おれに関する噂 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1978年5月29日発売)
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感想 : 55
5

復刊した筒井康隆の短篇集。筒井入門と帯に書いてあるとおり、収録されている短篇はいずれも読み易く、筒井康隆の奇妙な世界観で形成された摩訶不思議な短篇のオンパレードである。表題作「おれに関する噂」はある日いきなりテレビのマスコミが何の変哲もない凡人であるおれの日常を報道しだすという物語で、会話内容や夕食、はてはその日の自慰の回数まで放送され、それに翻弄されるさまはブラックユーモアに満ちている。ビッグニュースがなくてもマスコミが取り上げればビッグニュースになるという点も皮肉が聞いており、インターネット以前の世界であるため、情報の精査もされないまま鵜呑みにされてしまう恐怖もある。ラストは自身でマスコミに出向くことによりヤラセの疑いをかけて報道価値を無くすことで、ようやく意中の女性と連れ込みホテルにしけこむことに成功する。しかし報道価値がなくなった瞬間に女性を含めた周囲の興味が潮を引くようになるというのはオチとして非常に良い。表題作らしいバランスの良い短篇である。「熊の木本線」も名作で、ひょんなことから部落の連中が有する私鉄へ乗り込んだ男が、なりゆきで通夜に参加することになる話である。序盤は普通のギャグテイストの旅行記として読めるが、出色の出来なのは後半で、余興として皆が熊の木節を歌い始めるシーンにある。最初は替え歌に笑い転げ、宴もたけなわに進んでいくのだが、主人公が場の雰囲気に応じて歌った替え歌が偶然忌み歌の歌詞になった瞬間に、それまでの笑いから一転してゾッとする恐怖へと叩き落とされる。場が冷えきってしらける居心地の悪さと、特殊な部落に古来から伝わる歌ってはいけない忌み歌という二重構造の恐ろしさに背筋が冷えてしまった。オチは何も起こらず、天変地異の恐怖だけがゆるやかに進行していくという〆なのだが、煮え切らないオチなのがかえって恐怖を倍増させている。これは名作と言っても差し支えのない短篇だろう。「怪奇たたみ男」は読んでいて顔が痒くなる一本である。畳で寝ていて顔に畳の痕がつくというのは誰しもが経験のある事柄だが、そこから顔が徐々に畳へと変貌していくのはグロテスクなユーモアがある。特に頬の毛羽立った皮膚をかきむしる描写や、腐ってズグズグになった畳の描写などは中々にパンチが効いている。面白いのは一見ホラーなようでいて、主人公のバイタリティが高いせいか、気持ちの悪いギャグとして成立しており、最後は訪れた畳屋の娘をモノにするというハッピーエンドで収まってしまう。畳み掛けるようなテンポのいいオチ、妻と畳は新しい物に限るという一発ギャグのようなオチで綺麗に結んだ短篇であった。「だばだば杉」は現実と夢の境目が分からなくなる短篇で、淫夢に翻弄される男女がおかしみを誘う。誰が誰の夢にいるのか分からないまま、現実かどうかも分からずに綺麗に消えてしまうオチも中々に面白い。「幸福の限界」は高度経済成長期の世界でありながら、書いていることは何とも不穏で、幸福すぎるがあまりそれに苛立ちを覚える主人公というのが、幸福な終末という世界観に抗いつつも、解決不可能な問題として放置されているのが興味深い。週休3日という誰もが羨む休みになりつつも、家族サービスに出かけた海では異常なまでの大混雑に押し潰されそうになり、人いきれの中溺れた子どもを海中で踏みながら、群衆に押されるようにして決して後退できず、徐々に海の中へ進んでいくというオチはなんとも言えない後味の悪さがある。「講演旅行」は日常の延長であったはずの講演旅行が、不要な一言を漏らした結果、日常から隔絶されて帰れなくなるという不条理短篇である。置いてきた妻や子の状態が気になりつつも、ふくらんだ不安が講演の好意的な反応で雲散霧消していくという心理には妙なリアリティがあり、オチを求めた読者につきつけられる無慈悲で不条理な最後の一文がたまらない。「通いの軍隊」はフルタイムな正社員からパートタイマーまでの雇用形態がある帰宅可能な軍隊という設定が面白い。軍隊がまんま会社になるというおかしさと戦争という非日常が綺麗に組み合わさった短篇で、落語のようなオチも素晴らしい。「心臓に悪い」は主人公の苛立ちとあざ笑う妻のいやらしさ、話の通じない運送局の人間など、日常に感じる苛立ちが非常にリアルで味わいがあり、救いのない話かと見せかけて最後の馬鹿馬鹿しいオチも本末転倒で良かった。どの短篇もクセがつよいが、問題なく入門書として勧められる一冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2019年5月28日
読了日 : 2016年6月23日
本棚登録日 : 2019年5月28日

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