黄色い雨

  • ソニ-・ミュ-ジックソリュ-ションズ (2005年9月1日発売)
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「彼らがソブレプエルトの峠に付く頃には、たぶん日が暮れ始めているだろう。黒い影が波のように山々を覆って行くと、血のように赤く濁って崩れかけた太陽がハリエニシダや廃屋と瓦礫の山に力なくしがみ付くだろう」(P7)
「男たちの一人が階段を登り始めた途端に、私がずっと以前から彼らを待ち受けていたことに思い当たるだろう。突然説明のつかない寒気に襲われて、上の階に私がいると確信するだろう。黒い羽が壁にぶつかって私がそこにいると教えるだろう。だから、誰一人恐怖のあまり叫び声を挙げないのだ。だから、誰も十字を切ったり、嫌悪を表すジェスチャーをしないのだ。」(P17)
「ランタンの灯がそのドアの向こうのベッドの上に横たわっている私を照らし出すだろう。私はまだ服を着ており、苔に覆われ、鳥に食い荒らされた姿で彼らを正面からじっと見つめるだろう。
そうだ。彼らは服を着たまま横たわっている私を見つけるだろう」(P17~)
「川岸で過ごしたあの夜から、雨は日毎私の記憶を水浸しにし、私の目を黄色く染めてきた。私の目でだけではない。山も。家々も。空も。そうしたものにまつわる思い出までも。最初はゆっくりと、やがて時が過ぎるのが早く感じられるようになると、その速度に合わせて私の周りのものすべてが黄色に染まっていったが、まるで私の目が風景の記憶でしかなく、風景は私自身を映し出す鏡でしかないかのようだった。」(P156)
「彼を怖いと思ったことはなかった。子供の頃も。黄色い雨がその秘密を明かしてくれた夜も、怖いとは思わなかった。
彼を怖いと思ったことはなかった。というのも、彼もやはり老犬を追う貧しく孤独な犬獲りだとわかっていたからだ
しかし、私の声が彼に届くまでには長い時間がかかった。自分が耐えられると思っていたよりも遥かに長い時間がかかった」(P180〜抜粋)
「彼らがソブレプエルトの丘に着く頃には、再び日が暮れ始めるだろう。黒い影が波のように押し寄せて山々を覆って行くと、血のように赤く濁って崩れかけた太陽がハリエニシダや廃屋と瓦礫の山に力なくしがみつくだろう。以前そこにはソブレプエルトの家がポツンと建っていたが、家族のものと家畜が眠っている間に火災に見舞われて、今は瓦礫と化している。一行の先頭に立っている男がそのそばで足を止めるだろう。
(…)
男は何も言わず十字を切ると、他の者が追い付いてくるのを待つだろう。
(…)
全員が集まると、焼け落ちた屋敷の古い土塀のそばで一斉に振り返って村の家々や木々が夜の闇に包まれてゆく様子を眺めるだろう。その時、中の一人が再び十字を切って小声でこうつぶやくだろう。
 夜があの男のためにとどまっている」(P184より抜粋)

山間の廃村にたった独り残り続ける男。寄り添うのは雌犬だけ。
年月が経つと村には忘却の黄色い雨が降り、死者たちの幻影が現れる。
村は死に包まれる。そして彼自身も死に包まれる。

突き刺さるような孤独と偏狭。
尖く漂うような文体。
低音の俳優の朗読劇で聞いたらさぞかし心地いいだろうなと思う。
ふとしたときに、この文体に触れ、この本を読んだ独自の感覚を味わいたくなり本をめくってしまう。

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翻訳は神戸市外国語大学元学長木村栄一さん。解説で「自分とスペイン語文学」みたいなことを語っています。
元々は詩人だった作者のフリオ・リャマサーレスは「詩は自分にとって祈りのようなものだが、祈りに似た思いを散文で表現できるようになったので、小説や短編、あるいは紀行文を書くようになった」「文学そのものを目的として、なにかを手に入れるための手段ではない」とのこと。
そしてフリオ・リャマサーレストと会ってなぜ日本語訳しようとしたのか、と聞かれた木村栄一さんは、いい作品に出会ったら白い炎が出ているように感じる、この「黄色い雨」を読んだときには白い炎が見えた、と伝えたということ。
(木村さんが他に白い炎を見た作品は、バルザックのいくつか、罪と罰、デービット・コッパーフィールド、ボルヘスのいくつか、石蹴り遊び、なのだそうだ)

木村栄一さんの”白い炎が見える”は、私だと”自分を温めるエネルギー”かなあ。
私にとっても読書は読書そのものが目的であり、それによって現実的な何かを得ようとはいう読み方はあまりできません。そしてこの「黄色い雨」のような本を読んだあとにはまさに小さな火の光と温かさを感じて「私は本を読んでいればそれでいいじゃないか、もっと読まなければ」という読書欲と焦燥感が掻き立てられるのです。

自分にとってそんな感覚を呼び起こされた本。
ボルヘスの色々、汝、人の子よ(ロア・バストス)、黄色い雨、ペドロ・パラモ、世界終末戦争、人間の土地(サンテックス)、忘却の河(福永武彦)、漫画でパームシリーズ、映画で黄色い大地(陳凱歌)、舞台でジーザス・クライスト・スーパスター…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●西班牙・葡萄牙文学
感想投稿日 : 2019年12月4日
読了日 : 2019年12月4日
本棚登録日 : 2019年12月4日

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