小川洋子さんの短編集。
表題の「妊娠カレンダー」と、「ドミトリー」「夕暮れの給食室と雨のプール」の三篇から成ります。
背表紙にある紹介文を読んだ感じでは、悪意を持った妹が妊婦である姉に毒入りジャムを食べさせる……という感じで書かれていますが、実際にはもっとソフトな感じでした。
思うに、この姉妹は“妊娠”というものに対して人並み以上に恐怖や憧れ、赤ん坊に対する神聖視があったのだろうと思います。それが、姉は神経質に理不尽なことを言い散らすようになってしまい、見た目もどんどん崩れていくので、妹はある意味で(「仕返し」「罰」などではなく)「救済」の意味を持ってジャムを作り、食べさせたのではないかと私は考えました。
実際問題、グレープフルーツの農薬については不確かな情報だけを頼りにジャム制作に踏み切っているわけですから、ラストシーンで対面した赤子にも、彼女の姉にも何ら異常はなかったでしょう。
それでも、三階から覗く顔に幽霊めいた不気味さ、もの悲しさを感じ取っていたのは、彼女が妊娠というものに対しての憧れと過度な期待を持っていたからではないでしょうか。
実際に彼女たちは疲れ果てていたのかもしれないし、この先々を想うと憂鬱だったのかもしれない。
けれど、この妹の中には幼い頃から妊娠に対する好奇心めいたものが根を張っていて、実際に姉が妊娠してからの行動を間近に見るにつけ、「こんなものなのか」と驚いている。つわりが突然に始まり、突然終わったことを心の隅では同情しながら、しかし一方で面白がるというのか、少し冷めた目で観察している。
その「妊娠」への憧れを交えた妄想が現実になって、それほど素晴らしくないと分かると、妹は姉を助けたくなってくる。そうしてジャムづくりが始まる……私にはそんなお話のように思えました。
描写のところどころにグロテスクで鮮明すぎる(?)描写があり、グラタンを食べるシーンなどはホラ―小説かなと思うくらいでした。そこがまた好きなのですが(笑)
残りの二篇も素敵な作品で、「ドミトリー」はミステリーチックな話の構成でどんどん世界に引き込まれましたし、「夕暮れの給食室と雨のプール」は情景描写が美しく、熱気に溢れた給食室と雨が降る外の温度差が肌に感じられるようでした。
しかし、どの作品を読んでも思うのですが、登場人物が悉く「小川洋子」なんですよね(当たり前といえば当たり前ですが)。男性も女性も、子供もおじいさんも、表現とか感受性が寸分たがわず脳内小川洋子、という感じです。
おじいさんに見えていない世界が主人公である女性には感じられる、とかではなく、この世界に登場する人物は全員が小川洋子とまったく同じ水準で世界を見ているんです。
それってある意味では、大枠のSFチックだなと思ったりもしないではないのですが、いかがでしょうか。
「妊娠カレンダー」という題名と、あらすじを見るといかにもドロドロした物語のように思えてしまいますが、実はそうでもないので、興味のある方は一度読んでみると良いかもしれません。
- 感想投稿日 : 2021年3月5日
- 読了日 : 2021年3月5日
- 本棚登録日 : 2020年12月30日
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