夜明けの街で (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2010年7月23日発売)
3.32
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本棚登録 : 20649
感想 : 1600
5

【感想】
まったく東野圭吾という作家は、魅力的な悪女とそれに翻弄される男性を書いたらピカイチだ。
「白夜行」しかり、「幻夜」しかり・・・
まぁ本作品は前述2作と比べると勿論悪女レベルは落ちるのだが(秋葉が優しいから)、とはいえ本当に男性読者の背筋を凍らせる話を書くのが上手だなぁ。
もう二度と浮気できねえよ。

さて、あらすじにも書いてあるように、「不倫をする奴は馬鹿だ」と思っていた生真面目な会社員が主人公。
しかし、ついつい魔が差してしまい、更にはドップリとその相手との恋愛関係に溺れてしまうという、その点はありきたりな不倫小説のストーリー設定だろう。
お相手は同じ会社の女性社員。艶やかで、色んな意味で気が利いて、決してお馬鹿さんではない知的な一面も併せ持つミステリアスな女性という設定もまた、この手の作品ではありきたりなのだろう。
だが、これらの要素をベースにしつつ、単なる不倫物語で終わらせずに時効間近の殺人事件を絡めてある点が東野圭吾のニクイところ。
不倫ストーリーと同時進行する殺人事件の真相解明は、読んでいて本当に面白かった。

また何より、不倫をしている人間の思考を描くのが本当にリアルだなーとも感じた。
「自分は不倫なんかしない」という一種の慢心であったり、中年男性の人生の虚無感であったり、不倫相手への愛情や嫉妬心なんて、本当に物凄くリアル・・・
そして、男性よりも女性の方がより利口かつ現実的で、且つ引き際は冷酷という点も、秋葉や渡部の妻の動作や台詞からとてもリアルに感じられた。
この作品に限らず、現実世界でも「男性は間抜け」、「女性は(悪く言えば)狡猾」という特徴は思い当たるフシがある。

この本を読んだ男性は、皆恐れおののきつつも、「でもまぁ自分は大丈夫だ」って思っちゃうんだろうな。
何を隠そう、僕もその一人だ。
「不倫をする奴は馬鹿だ」と罵るのではなく、「不倫なんて絶対しちゃ駄目だ!」と改めて強く戒める必要が、世の男性諸君にはあるのかもしれない。

・・・とまぁ、終始不倫にまつわる男女の視点等についての話になってしまったが、単純にミステリー作品としても本当に面白い1冊でした。
オススメの一冊です。


【あらすじ】
不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた。
ところが僕はその台詞を自分に対して発しなければならなくなる―。

建設会社に勤める渡部は、派遣社員の仲西秋葉と不倫の恋に墜ちた。
2人の仲は急速に深まり、渡部は彼女が抱える複雑な事情を知ることになる。
15年前、父親の愛人が殺される事件が起こり、秋葉はその容疑者とされているのだ。
彼女は真犯人なのか?
渡部の心は揺れ動く。
まもなく事件は時効を迎えようとしていた…。


【内容抜粋】
1.不倫をする奴なんて馬鹿だと思っていた。
妻と子を愛しているなら、それで十分じゃないか。
ちょっとした出来心でつまみ食いをして、それが元でせっかく築き上げた家庭を壊してしまうなんて愚の骨頂だ。

2.「今はそういうこと、しないんですか?」
この一言で僕の気持ちは萎んでしまう。
薄く笑いながら、忙しいからね、と小声で答えるだけだ。
この10年で、自分がいかに多くのものを失ってきたかを自覚せざるをえない。
こうして若い女性と食事をする機会を得ても、現在進行形で語れる瑞々しい話題とあったものがまるでない。
素敵な体験も、自慢話も、全部遠い過去のことだ。

3.新谷からの助言
もし有美子さんにばれたら、とにかく謝れ。謝って、二度としませんと違うんだ。
土下座しろ。旦那の浮気が発覚した時、女房がまず求めるのは謝罪だ。
それから誓いだ。怒りに任せて生活基盤を手放すような無謀なことを女はしない。
今から土下座の練習をしておけ。

4.新谷からの助言2
謝るっていうのは、その時だけのことじゃないんだぞ。土下座は贖罪のスタートに過ぎないんだ。
で、それが終わる日は来ない。一生、謝罪の日が続くんだ。
女房に頭は上がらず、家でも肩身の狭い思いをすることになる。どちらかが死ぬまでそれは続く。

どうだ、地獄だろ?その地獄に耐えられるか?そこまでの覚悟があるか?

5.後輩の結婚式に参列した際の、渡部の結婚観について
結婚なんて、大抵の人間が一度はするものだ。周りの人間にとっては他人の結婚なんて大事件でも何でもない。
ところが本人はそう思っていない。皆から注目される存在になったと勘違いしている。
もちろん注目はされるが、それは結婚式とパーティの間だけだ。それが終わればスターの座からも降りることになる。

結婚によって、今まで自分たちが手にしてきたワクワクするようなチャンスは殆どすべて失われることになる。
結婚と結婚式は違うんだよ、と僕は加島の背中に向かって心で呟く。結婚式は1日で終わる。失敗したって笑い話で済む。
でも結婚生活はずっと続く。結婚を失敗するわけにはいかない。

6.秋葉との別れ
「あたし、あなたのことを利用してた。不倫したのは、あの人たちを苦しめるため。あたしがどんな不道徳なことをしたって、あの人たちはあたしを責められないから」
「嘘だ」
「悪いけど、嘘じゃない。父があなたを見て不愉快そうな顔をした時、このひねくれた計画を思いついたの。」
「あなたには申し訳ないと思ったけど、不倫はよくないことなんだから、自業自得よね?」
「それともう一ついえば、不倫を体験したかった。どんな思いがするものなのか知りたかった。だからね、あなたじゃなくても良かったの」
嘘だ、と僕は胸の中で繰り返した。口に出さなかったのは、それはもう無駄なことだとわかっていたからだ。


【引用】
p7
・最初の一文
不倫をする奴なんて馬鹿だと思っていた。
妻と子を愛しているなら、それで十分じゃないか。
ちょっとした出来心でつまみ食いをして、それが元でせっかく築き上げた家庭を壊してしまうなんて愚の骨頂だ。

もう一度いう。不倫する奴なんて馬鹿だ。
ところが僕は、その台詞を自分に対して発しなければならなくなった。ただし、その言葉の後に、こう続ける。
「でも、どうしようもない時もある。」


p47
「ごめんなさい。これは便利な言葉ですよね。この言葉を聞いた相手はたぶん不愉快にはならないし、これを口にしさえすれば、少しの失敗は許してもらえる」
「本当に申し訳ないと思っているわけじゃない。ごめんなさいって、万能の言葉みたいなものですよね」

「だからその言葉が嫌いなの?」
「簡単には口にしたくないんです。心の奥からこみ上げてくるものがあって、思わず口にせざるを得ないような時以外には」
秋葉はカクテルを口に含んでから続けた。
「少なくとも、言いなさいと命じられて、そこから発するような言葉じゃないと思うんです」


p57
「今はそういうこと、しないんですか?」
この一言で僕の気持ちは萎んでしまう。薄く笑いながら、忙しいからね、と小声で答えるだけだ。
この10年で、自分がいかに多くのものを失ってきたかを自覚せざるをえない。こうして若い女性と食事をする機会を得ても、現在進行形で語れる瑞々しい話題とあったものがまるでない。素敵な体験も、自慢話も、全部遠い過去のことだ。


p129
「基本的には、どんなに証拠を突きつけられても否定するしかないんだけど、場合によってはそれが無理なこともある。その時にどうするかだ。間違っても勢いで離婚なんて言い出すなよ。そんなことをしても誰も幸せになれないんだからな」
「俺から言い出さなくても、あいつから言い出すかもしれないじゃないか」
だが新谷は一度強く首を振った。「言い出さない。女は利口だからだ。今も言っただろ?誰も幸せにならない。有美子さんだって幸せになれない。そんな道を選ぶはずがない」
「じゃあどうしろって言うんだ?」
「そんなことは決まっている」新谷はテーブルを叩いた。
「もし有美子さんにばれたら、とにかく謝れ。謝って、二度としませんと違うんだ。土下座しろ。旦那の浮気が発覚した時、女房がまず求めるのは謝罪だ。それから誓いだ。怒りに任せて生活基盤を手放すような無謀なことを女はしない。今から土下座の練習をしておけ」


p130
「謝るっていうのは、その時だけのことじゃないんだぞ。土下座は贖罪のスタートに過ぎないんだ。で、それが終わる日は来ない。一生、謝罪の日が続くんだ。女房に頭は上がらず、家でも肩身の狭い思いをすることになる。どちらかが死ぬまでそれは続く」
「どうだ、地獄だろ?その地獄に耐えられるか?そこまでの覚悟があるか?」


p171
「その日は友達の結婚式があるの。歌舞伎には興味があったんだけど」
僕は彼女の顔を見つめた。
「それがなきゃ、行ってたのか」
「悪い?」今度は彼女が僕を見た。冷徹といっていい目の色だった。
「だってさ・・・」
「あたしが」彼女はフォークを置いた。「あなたの日常に口出ししたことある?あたしといる時間以外の生活について、何か文句をつけた?」

世の中の不倫男たちに問いたい。こういう時、どう答えればいいのか。僕の場合は何も答えられず、俯いて黙々と食事を再開するしかなかった。
本当は強盗殺人事件について、芦原刑事から聞いた不可解な事実など、色々確かめたいことがあったのだ。
でも今の僕はそれどころじゃない。
15年前の事件なんかどうでもいい。せっかく手に入れた宝物が、指の間からするりとこぼれ落ちそうなのだ。


p173
加島はほかの社員にも声をかけて回っている。今が最も幸せで楽しい時なのだと彼の後ろ姿を眺めながら思った。

結婚なんて、大抵の人間が一度はするものだ。周りの人間にとっては他人の結婚なんて大事件でも何でもない。
ところが本人はそう思っていない。皆から注目される存在になったと勘違いしている。もちろん注目はされるが、それは結婚式とパーティの間だけだ。それが終わればスターの座からも降りることになる。

結婚によって、今まで自分たちが手にしてきたワクワクするようなチャンスは殆どすべて失われることになる。
結婚と結婚式は違うんだよ、と僕は加島の背中に向かって心で呟く。結婚式は1日で終わる。失敗したって笑い話で済む。
でも結婚生活はずっと続く。結婚を失敗するわけにはいかない。


p249
やはり例の台詞が気になっている。
「来年の四月になれば・・・正確にいうと三月三十一日。その日が過ぎれば、いろいろとお話しできるかも」
さらにこう続けた。
「あたしの人生にとって、最も重要な日なんです。その日が来るのを何年も・・・」
彼女は明らかに事件が時効になる日を指していったのだ。


p263
「あたし、待ってるよ」
「いつになるかわからないだろうけど、あたし、待つことにした。あなたの言葉を信じる。家庭を捨ててまであたしを選ぶと言ってくれた、あなたの言葉は嘘じゃないって思うことにしたの」

俺は本当に秋葉を愛しているのか。
もし愛しているのなら、彼女のことを信じられるはずだ。
仮に彼女が15年前に罪を犯していたのだとしても、愛しているのなら、一緒に罪を償うぐらいの覚悟を持つべきではないのか。
時効を迎えられたとしても、彼女の傷は消えないはずだから、それを癒してやるとも愛する者の務めではないのか。


p271
「三白眼」さんぱくがん
黒目が上方に偏り、左右と下部の三方に白目のあるまなこ。人相学上、凶相とされる。


p331
秋葉は微笑み返しながら、「浮気は論外です」といった。さらに続けた。「でも、本気なら仕方がないと思います」

「決まった相手がいるのに、他の人を好きになったからって、そのこと自体は責められないと思います。許せないのは、自分は何も失わず、傷つかず、相手にばかり負担を押しつけるような行為です。それは本気じゃないです。単なる浮気です。人の心を弄ぶ権利なんか、誰にもないでしょう?」


p354
「目を覚ましたあたしに、この二人は知恵を授けてくれた。あたしは自体を見て気絶し、あとで帰ってきた二人によって部屋に運ばれた。だから何が起きたのか、全く知らない。刑事に何か聞かれたら、そのように答えるようにってね。でも、あたしには一度も聞かなかった。本条さんを殺したのかって。それであたしは決心した。聞かない以上は、あたしも答えない。あたしが殺したと思い込んでいるのなら、それでもいいって」

「待ってくれ、秋葉」僕は言った。「君は・・・殺してないのか」
秋葉は僕のほうを見て、申し訳なさそうに首を振った、
「ごめんなさい、あなたからその質問をされても、あたしは答えない。あたしが答えるのは、この人から質問された時だけ」
そういって仲西氏を指差した。「15年前にそう決めたの」


p362
「あなたも家に帰りなさい。まだそんなに遅くないから、出張が変更になったとか言えば、奥さんも変には思わないでしょ」
「俺は、今夜はずっと一緒にいるつもりだったんだぜ」
「ありがとう。でも、もう一緒にはいられない」
はっとして秋葉の顔を見つめた。彼女は目をそらさなかった。

「あたし、あなたのことを利用してた。不倫したのは、あの人たちを苦しめるため。あたしがどんな不道徳なことをしたって、あの人たちはあたしを責められないから」
「嘘だ」
「悪いけど、嘘じゃない。父があなたを見て不愉快そうな顔をした時、このひねくれた計画を思いついたの。あなたには申し訳ないと思ったけど、不倫はよくないことなんだから、自業自得よね?それともう一ついえば、不倫を体験したかった。どんな思いがするものなのか知りたかった。だからね、あなたじゃなくても良かったの」
嘘だ、と僕は胸の中で繰り返した。口に出さなかったのは、それはもう無駄なことだとわかっていたからだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2019年7月3日
読了日 : 2019年7月3日
本棚登録日 : 2019年7月3日

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