1925年 F・スコット・フィッツジェラルド (野崎孝 訳)
久しぶりに文学作品を読んだ。アメリカ文学界でも「20世紀最高の小説」とまで言われている今作品。
読む前にデカプリオ版の映画を観たのでストーリーは何となく覚えてる(何となくってとこがミソ!)
余りにも有名なお話。主人公ギャッツビーが大好きなデイジーと一緒になるためにとにかくお金が必要で汚い仕事をして成金となり、お金を手には入れたけど一足遅くデイジーは他のお金持ちトムと一緒になってしまう。
ギャッツビー曲線ともいわれるくらいにアメリカはアメリカンドリームと言いながらどんなにお金持ちになっても出自を問われる。
なかなか幸せにはなれない。
とは言え、とにかくギャッツビーは一途で健気でそして、涙の最後。
そんなギャッツビーにフィッツジェラルドは自信を投影してニックの目線で冷静に描いたのでしょうか?
翻訳は村上春樹もしてたのでそちらを読もうかと思ったのだけど、少しググっみると野崎孝版の方がお勧めって複数の方のレビューがあったので野崎孝版を読みました。
家の本棚にあったのだけど、一体いつのんやって思うくらいに黄ばんでた。
言い回しとかも古くて、そして難しくて意味が分からない部分とかがあり、その部分を調べるとやはり、同じように同じ部分で躓いてる方々がいてほっとした(なんでや!!)
ギャッツビーがニックやトムに「親友」って呼びかけるところが、、ううううん、オリジナルにはなんて書いてたんだろう?見てもわかんないと思うけど(笑
- 感想投稿日 : 2021年6月11日
- 読了日 : 2021年6月11日
- 本棚登録日 : 2021年6月11日
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