岩波文庫の『罪と罰』の訳者、江川卓さんによる解説本。ドストエフスキー独特の文章の作り方、登場人物の名前にこめられた意味、主人公の思想(=非凡人は既存の法を踏みこえる権利を持つ)と原題『プリストゥプレーニェ・イ・ナカザーニェ』との対応など、日本語に訳された文章を読んでいるだけでは絶対に気づかない目からウロコの知識が盛りだくさんで、ほんとにミステリーのように面白かった。
ところで『罪と罰』を読んでいる間ずっと気になって仕方なかったのだが、主人公のラスコーリニコフ(ロージャ)という青年、どういうわけかやたらと男に絡まれる男なのである。美男子である彼は女性ウケも良いのだが、それ以上に同性からみて放っておけない存在らしい。マルメラードフは初対面でいきなり「見込まれたと思って話を聞いてくれ」と口説くし、ラズミーヒンは完全にロージャの世話女房と化しているばかりか、「だから僕はこいつが好きなんだ!」と放言する始末。スヴィドリガイロフも「俺たちは同類だろ?」と絡むし、ポルフィーリィまでもが「太陽におなりなさい」と、「You are my sunshine!」と言わんばかりの熱弁をふるうので、私は「うーむ…」と考えこまざるを得なかった。主人公総受けという概念が当時のロシアにあったのか??
もちろん、こんな考えはロシア正教会においてはシベリア流刑レベルの冒涜だろうと思い、それ以上深く考えないようにして小説を読み終えた。しかし、なんとこの解説本において、訳者自身が同じようなことを書いているのである。「これはポルフィーリィのロージャに対する求愛である」とか、「ロージャに対する思い入れではスヴィドリガイロフとポルフィーリィはほとんどライバル」とか。もちろん思想的な意味においてではあるものの、私は自分の感じ方がさほど的外れではなかったのだと安堵するとともに、「訳者公認?!」という新鮮な驚きも覚えたのだった。
とりあえず、硬派な読み方もユルい読み方もできるという点で、本書は素晴らしい解説書だと思った。『罪と罰』既読の人で、ミステリー好きの人、ロシア語に興味のある人、BLっぽいのが嫌いじゃない人は、読まなきゃ損な本だと思う。
- 感想投稿日 : 2018年11月30日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2018年11月29日
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