やし酒飲み (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2012年10月17日発売)
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感想 : 101
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20世紀に書かれた作品ながら神話の雰囲気を持つ、非常に独特な作品。何よりとても面白い。

淡々と事の次第をつづる文章と登場する生き物や環境の設定の突飛さが魅力的で、全体をおおうちぐはぐさ、アンバランスさが絶妙。突飛さをことさらに押し出すことはせず、その突飛さがその世界のリアルであるかのように平然と描写する。
ストーリーはシンプルで面白い。読むものを引き込む仕掛けとリズムのようなものが徹底されている印象を受ける。

この物語はまさに神話だ。死神の由来やドラム、ソング、ダンスの最後などにあるように、物語の展開、結末がこの世界の成り立ちに関わっている。
主人公がときどき自分が神であることを忘れたりするのがうっかりしていてかわいらしい。妻は次第に予言という能力で神性を帯びて物語の魅力に貢献する。

指輪物語との共通点を感じる。あちらも創造した神話の話であるし、森の危険と森に住む様々な異形の生き物たちがいて、ときおり助けてくれるものや平安の地に癒されながら旅が続く。

旅路で出会う異形の者たちは他部族の示唆だろうか。姿形、仕草や習慣は違っても人間らしい生き物たちがよく出てくる。物語の最後にも関わってくるが、ありがたがって群がったり、怖がって締め出したりとあまりに都合よくふるまう人間というものがよく描かれている。

死者を探しに行く旅なのだが、空へ行くでもなく地下に行くでもなく地続きを歩いて死者を探すという世界観が面白い。ナイジェリアとザンビアでは全く違うが、そういえばザンビアにも森から死者の霊が来るニャウ・ヨレンバというのがあった。

訳者のあとがきが少々退屈だった。書かれた時代が古いというのもあるだろうが、引用している研究者の意見も含めてかなり強引で、作品鑑賞の枠を超えて新説や知見をひけらしているように見える。この作品の魅力はあとがきに書かれているほかにずっと語るべきことがある気がするのだ。なによりたびたび出てくる"アフリカ"は主語が大きすぎる。一方で続く多和田葉子の巻末の文章は等身大の目線で作品を味わっていてよい。

この作品の原語はどうやら"下手"な英語と受け取られるらしい。この作品の魅力は異質なものを並べてつむいでいくそのリズムであって、不純物を取り除いた結晶ではない。まさにこの物語の魅力が原語での響きにも現れているのだろう。英語版を読みたくなる。

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感想投稿日 : 2023年4月13日
本棚登録日 : 2023年4月13日

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