文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2001年9月6日発売)
3.77
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本棚登録 : 7766
感想 : 623
5

私の中では『魍魎の匣』は完璧で、あの完成度を凌ぐ作品には絶対お目にかかれないだろうと思っていた。
のに! また同様の高揚感を味わえるとは!
ドン引きする厚さだけど、読み終わってみれば無駄が一切ない。
『魍魎の匣』と甲乙付け難い、素晴らしい作品だった。

箱根の奥地にある知られざる禅寺の僧侶がどんどん殺される話。
禅ががっつり絡むので、もしかしたら好みが分かれるかもしれない。私が比較的抵抗無く入っていけたのは、もしかしたら十牛図とか南泉斬猫とか白隠とかを何となく知っていたからかも。

とは言っても、これでもか、ってくらいの「知」の応酬は凄まじい。私は京極夏彦が創造するところの深くて広い「知」の海に無惨に突き落とされ、溺れそうなところを京極夏彦が放ってくれた小さな浮き輪に掴まることで辛うじて助かるも、自分では成す術なく京極夏彦に引っ張られるまま海を進むしかない。
そんな感覚にさせられた作品だった。

基本的に、『魍魎の匣』でのキーワードだった「匣」が本作品では「檻」に取って代わる感じで、「脳が世界を規定している」という世界に対する定義や、関口の閉じ籠もり気質や、京極堂のスタンスといった物語の前提条件はずっと一貫している。
レギュラーを含め登場人物の言動や思考はこれまでのシリーズの経験を経たものになっており、特に『姑獲鳥の夏』のエピソードが鍵になってるので、過去作品を読んだ人の方が絶対楽しめる。

冒頭の、按摩が殺人現場に出くわすシーンからテンポが良くて、引き込まれる。
続いて、なんと『姑獲鳥の夏』の久遠寺先生登場! なんだこの四冊越しの伏線は!(喜んでる)
すると今度は興奮冷めやらないうちに『魍魎の匣』の鳥口も登場。なかなか良いキャラだったからね彼は。また会えて嬉しいよ。
新キャラ今川の口癖「○○なのです。」ってのが可愛い。

関口はまた語りのポジションに返り咲く(おめでとう)。
関口の鬱体質は正直好きじゃないんだけど、言っても文学者である彼の語りは多分に文学的で抒情的でもあるので、やっぱり落ち着いて読める。(京極夏彦絶対意識して文体を関口に寄せてると思う)
…と思ってると、
なんと。
関口宅に。
みんな大好き京極堂が訪ねてくる!
のっけから山が動いた!(笑)
しかもめちゃテンション高い!(笑) どうしたの大丈夫???
しまいには私が大好き榎木津まで出てきて、相変わらず傍若無人にさっさと真実を暴く活躍を披露。神様でも王様でも何でもいいわ、とにかくカッコイイ。
なんなんだこの出血大サービスは。
途中の中禅寺兄妹の絡みも新鮮である。実はほぼ初めてのシーンかもしれない。
そんな、レギュラーファンの期待に応えるシーンが満載である。

しかし冷静になってみると、本作品でも京極堂の出番はそんなに無いのだった。はじめの方に出てきたから見事に誤魔化された感。

殺人事件の方は、珍しくオーソドックスというか、警察小説かと思うくらいミステリっぽかった。
現場が禅寺だから小難しいだけで。
禅僧達の言葉遣いがとても重厚で、世界観の構築に貢献している。こういう雰囲気作りがまた上手いんだな京極夏彦は。
菅野まで登場した時は本当に驚いた。てっきり開かずの間となった薬品室(だったっけ?)で涼子に殺されたと理解してたので。

そして、結局京極堂は出張る。
榎木津はそれを待っていて同行する。
やっぱり榎木津は中禅寺の一番の理解者なのだ。
職業上の探偵(榎木津)と物語構造上の探偵(中禅寺)が摩擦なく同居できてる喜びよ。

松宮仁如が13年前の放火の罪について告白する場面は、なかなか深いのではないか。
告白を後押しする関口を京極堂が「止せ!」と制し、それでも告白してしまう松宮に「そんなことはここで云うことじゃない!」「解き放てば楽になるかもしれないが、あなたが楽になるだけだ! それで誰かが救われますか!」と一喝する。
直接的には鈴の憑き物を落とす状況への危機感なんだろうけど。
この時関口は明らかに鈴の魔性に涼子を重ね、涼子を犯したという自らの罪を重ねている。あの罪を関口は未だに誰にも告白してない。でも多分、京極堂は分かってるんだろうな。あの台詞は松宮に言ったものだけど同時に関口に向けたものかもしれない。などと考えたのだがどうなんだろう。

結局、鈴に憑いた大禿は落とせなかったけど、殺人の動機、死体遺棄の動機、果ては事件以前の明慧寺の存在の謎すら解明されて、大満足である。
コロンブスを思い出した。一方の世界から見れば「発見」でも、その世界を日常にしてきた人たちからすれば不幸の始まりになってしまうのだ。やるせない。
で、京極堂が調査していた書庫の謎も、鼠騒動も、振袖娘の謎も(鈴の顛末はゾクッとした)、全部が絡みつつ綺麗に回収され、文字通り霧は晴れて終わった。
見事、の一言に尽きる。


強いて難を言えば、まぁ榎木津が言うように坊主が多すぎる。
警察が僧侶を名字で呼ぶので、気を抜くと誰が誰だか分からなくなる。
登場人物の名字が一部似ている(山下・山内、菅原・菅野)のも、混乱を招く。
京極堂の最後の「憑き物落とし」に割いた紙幅がちょっと少なすぎた感がある。どうせならもう少しじっくりやって、もっと厚くしちゃえば良かったのに。

あと、本筋とは直接関係ないけど、脱字(“。”や“」”の脱落)や誤植が目立って気になった。厚すぎて校正が疎かになるのか。しかし私の読んだ版は2016年の第20版。直す機会はいくらでもあったろうに。


まだ一度しか読んでないから、いろいろ理解の及ばないところは多そう。再読します。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 京極夏彦
感想投稿日 : 2019年7月30日
読了日 : 2019年7月26日
本棚登録日 : 2019年7月15日

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コメント 1件

さくらさんのコメント
2020/07/22

こちらこそありがとうございます。こちらにコメ残しですみません。
ゆうすいさんの本のレビューがとても素敵でしたので、勝手にフォローさせていただきました。お断りを入れずにすみません。
フォローさせて頂いたのは読む本が重複していたのも理由の一つですが、本に対してのコメントがとても良くて、賛同したり、発見したりし、また真摯に向き合ってらしていいな、と思いました。
これからも楽しみにしてますので、無理なく読まれて感想を残して下さい。
榎木津はカッコいいです(笑)

あと、17年前ものにコメント入れて頂いて嬉しかったです。
この頃は、記憶力も良くて真面目に書いていたのを思い出しました(笑)

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