ルポ 下北核半島――原発と基地と人々

  • 岩波書店
4.08
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000024686

作品紹介・あらすじ

使用済み核燃料が大量に集積される、もっとも危険な原子力施設-六ヶ所再処理工場。原子力センターが姿を現しつつあるそこは、かつて、農民の土地だった。マグロ漁でしられる本州最北端の大間町では、危険と隣合わせの「最新鋭」原発が建設されている。その建設地のど真ん中で、建設に抗い、自然エネルギーで暮らす母と娘がいる。原子力開発・核燃サイクルという国策のもとに押し潰されてきた人々の暮らしと土地、そして矜持。フクシマ原発災害を出来させた構造と同じ光景が広がる下北核半島の現況を報告する。

感想・レビュー・書評

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  • 2011年3月、東日本大震災により、東北地方が大きな被害を受けた。 その直後、福島原発事故が起き、各地の原発が注目を浴びるようになる。 と同時に、在日米軍が「オトモダチ作戦」を開始。被災地への復旧支援が行われた。その拠点となったのが、米空軍三沢基地。

    東北下北半島は、核関連施設、自衛隊・米軍の基地が多数ある。しかし、その存在を意識している日本人がどれだけいるだろう。

    この本は、前半は鎌田慧氏が核関連施設について、後半が斉藤光正氏が基地について書いている。

  • 東日本大震災
    軍事
    原子力発電

  • 三沢についての著作を記してきた斉藤記者とルポライターの鎌田慧氏の共著。斉藤記者は三沢、鎌田は六カ所を担当。三沢の最新事情を知りたくて購入。

  • い図。脱原発、ノー基地スタンスの本。
    原発については、大部分が震災前に書かれたもの。鎌田さんは、長年取材を続けている方のようだ。下北が原子力施設を受け入れるに至った流れや歴史、電源開発の成り立ちについて触れていたり(p98)。熱を伴った文章で、全てを鵜呑みにするのは控えねばとは思うが、自らの足で取材し、過去の資料に当たる真摯な姿勢には学ばさられる。自分の使う、そして恩恵を得ている、身近な電気、そして原発。関わる者の気持ち、そして遠巻きな気持ち、両方わかる。考えたくなくなる気持ちもある。でも、無関心ではいけないと思う。反対意見、推進派の意見、両方の情報にアンテナを張っていたいし、何より、意見に左右されず、公開される数字やデータを積極的に集めて、自分の頭で考えたい。原発について考えるとき、読み返したい。

    後半は斉藤氏による三沢基地についてのルポ。三沢基地に携わった戦争体験者のインタビューを含む。釜臥山の建物は、ガメラと呼ばれる高性能かつ重要なレーダーだとは聞いていたけれど、「代表委員である柳谷睦夫さんは、「防衛省は「問題ない」と言うだけで、ガメラレーダーが発する強力な電磁放射線の影響を明らかにしていません。これで信じろと言われても……」と不満をぶつける。(p152)」という記述を読んで、少し不安になった。携帯やテレビ、電子レンジの電磁波についても人体への影響はハッキリわからないという意見も聞くけど、それを気にしすぎても生活に困るしなと思っているのでガメラレーダーの電磁波についても同じようには思うが、でもやはり、少し不安だ。
    2017/8/23

  • 前半、核について。
    後半、基地について。

    下北半島が如何にその二つに場所を割かれているか、初めて知った。
    六ヶ所村の他にも、むつ市使用済み核燃料中間所蔵施設、東通原発、大間原発なんつそんなに核施設があったなんて。
    開発地域では土地の買取から漁業組合まで賛成派と反対派で地域はバラバラになり、子供達が働いているからと口を閉ざし、なくなったら暮らしていけないと語り、その姿は物悲しい。
    勿論頑として土地を売らなかった強い人もいるけれど、誰もができるわけではない。国家の力、また金を受け取ってしまった後ろめたさ……
    前半の核担当、鎌田氏の文はちょっと感情的過ぎるような。もう少し冷静に書いて欲しい。激情に引きずられて読みにくい。
    後半、斉藤氏の文は落ち着いて読めた。三沢基地がそんなに米軍でも重要な所とは知らなかった。秘密基地、海上自衛隊下北海洋観測所では潜水船の音を拾っているらしい…基地ありきに作られた町三沢では、沖縄のようなノーがない。基地がないと成り立たない。
    青森は沖縄に次いで米軍基地専用面積の割合が全国二位だなんて知らなかった。

    そのように生活している人達にノーと言え、というのは酷だ。しかし下北半島の実情として知っておきたい。
    東北人の、学習的無気力の可能性が示唆されているのが恐ろしい。

  • この本を読了した平成23年12月1日、「東京電力が東通原子力発電所1号機の建設を断念する方針を固めた」とのニュースを耳にしました。発電所とか、新幹線とかもそうなんだろうけど、計画した時点と、それが稼働する時点ではそうとうな時間的な開きがあるわけです。今でいえば、経済状況が異なっているわけで、だいたいの計画は、日本経済が右肩上がりのときに計画され、右肩下がりの時に稼働開始仕様とする、そんな感じなのでしょうか。
    エネルギーの消費と、経済成長とは正の相関関係があるわけで、であるとすれば、今の日本には莫大なエネルギーは必要ないのではないでしょうか。
    それでもなお、やたらめったらでかい物を作りたがる人たちは、その路線で進まないと、権益を失う人たちなのでしょう。

  • 陸海空の三自衛隊と米軍基地があるのは、沖縄と青森だけだそうです。青森の米軍基地の割合は7.6%で、沖縄についで2位。米軍と自衛隊を合わせると、世界有数の攻撃力を持ち、アフガン空爆などに出撃しているという三沢基地。そして、かつての「むつ」、東通原発、建設中の大間原発、六ヶ所村。
    米軍が作戦行動に出ると、実は商売上がったりだという人。買収資金を狂言強盗で着服しようとする人。大間の建設地で、土地を手放さず、自然エネルギーによる暮らしで反対を続ける人。
    暗い話ばかりの本ですが、迷惑施設と関わる人の心理と、大きな力の罠・嘘についての予習復習に。
    全般の原発と後半の基地のタッチは結構違っていて、本来別の本でもいいのかもしれないけど、いっしょにすることで、地方への迷惑施設問題を解くということなのでしょう。

  • (2011.11.08読了)(2011.10.27借入)
    【東日本大震災関連・その34】
    1990年代までは、鎌田さんの本を熱心に読んでいたのですが、最近はあまり読んでいません。関心がほかのところに移ったのでしょうか。自分でもよく分かりません。
    東日本大震災で、福島第一原発が津波に襲われ放射能漏れを起こしてしまいました。
    安全・安心をうたい文句に、さらに二酸化炭素を排出しないので、エコにもつながると推進されてきたのですが、一挙に危険性が露呈され、原発見直し、または、廃止へと一挙に舵が切られようとしています。
    (各地で、停止していた、原子力発電が動き出し、電力が供給されだすと、なし崩し的に、原子力発電の継続利用へと揺れ戻し、計画中であった原子力発電の建設継続へと動く可能性も残っています。)
    青森県の下北半島には、原子力発電の使用済み燃料の再処理工場や使用済み核燃料の貯蔵施設、原子力発電所などがあり、さらに、多数の原子力発電所の建設も予定されているとか。取材は、東日本大震災の前に行われていますが、震災後の様子も追加されています。
    下北半島には、さらに、三沢基地があり、ここでは米軍によって航空機による原爆投下の訓練が繰り返し行われており、原子爆弾が供給されれば、いつでも出撃できるという。
    ほかにも、謎の施設もあるとか。知らないことがいっぱいです。

    章立ては、以下の通りです。第5章までが、鎌田さん。第6章からが斉藤さんの執筆です。
    第1章、悲劇の六ケ所村
    第2章、核最終処分場候補の不安・東通村
    第3章、原子力に翻弄される町・むつ市
    第4章、フルMOXに脅かされる本州最北端・大間町
    第5章、3.11後の下北半島
    第6章、軍事化される半島―謎秘める自衛隊基地群
    第7章、戦略出撃基地ミサワ
    第8章、基地に依存する街

    ●買い集めた土地(9頁)
    「むつ小川原開発株式会社」所有の土地は、公有地を含めて5280ヘクタールに達した。ところが、1973年のオイルショックで、鳴物入りで宣伝された、会員会社の工場は、一軒も姿をあらわさないまま、土地ブームは終わった。
    工業用地として造成した2800ヘクタールのうち売却できたのが、日本原燃に750ヘクタール、国家石油備蓄基地に260ヘクタール、その他の零細な誘致企業を含めても、結局1170ヘクタールでしかなかった。
    ●六ヶ所村の核燃サイクル(15頁)
    六ヶ所村の核燃サイクルは、かつては「三点セット」と言われていた。「ウラン濃縮工場」と「低レベル放射性廃棄物埋設センター」は、1992年3月と4月に操業を開始した。ここにはすでに200リットルのドラム缶で23万6000本が受け入れられている。
    全国の原発には、これ以外に60万本の低レベル廃棄物が貯蔵され、将来、300万本までここに運び込まれる。もう1点が、問題の再処理工場だが、「試運転中」といいながら、目下、全面休止中、無理な運転は危険きわまりない。
    それ以外にも、「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」は、1995年に操業開始、フランスやイギリスから返還されたガラス固化体2200本を貯蔵管理し、さらに貯蔵施設を増設工事中である。
    もう一つは、プルサーマル計画をささえるための「MOX(プルトニウムとウランの混合酸化物)燃料工場」である。2007年4月に着工予定だったのだが、2009年11月に延期、それもまた延期された。
    ●核兵器開発(18頁)
    上坂冬子氏との対談で「プルトニウムをエネルギー源とする国策」が、中曽根康弘氏によってすすめられ、彼が防衛庁長官の時に、核兵器開発を研究させたことも明らかにされている。
    ●六ヶ所村の村長さんへの取材(38頁)
    企画課の担当者から取材内容をFAXで送るように言われたけれど、村に来ているので、直接持参したら、
    取材内容をFAXで送るように、電話で言ったのに、持参するとは何事だ、受け取れない、
    と怒られた。
    ●東通村への交付金(62頁)
    東通村にこれまでに入った、国からの電源三法などによる交付金は、234億円にものぼる。東北電力の第一号の稼働は2005年だったが、すでに1988年から交付金が入りはじめ、5年後の1993年には、その金額が13億円に達した。それ以来、年によって増減はあるにしても、2008年には28億円が入っている。
    ●原子力船「むつ」(70頁)
    原子力船「むつ」は、原子力潜水艦の開発の野望を含みこんだものだったが、膨大な国費の無駄遣いとして、歴史に名を留めている。一度だけの実験航海のみで、原子力船をやめてしまったのだ。
    建造費は73億円だったが、2カ所になった定係港の建設費や地元対策費など1500億円を空費した。原子力行政に群れる欲望の象徴的な事例である。
    ●許可が下りた時には94%完了(78頁)
    むつ市の「使用済み核燃料中間貯蔵所」の建設許可が原子力安全・保安院から下りたのは2010年5月13日である。そのころ、すでに敷地造成工事は94%、専用道路工事が93%の進捗率だという。準備工事は、2008年3月17日から開始されていた。
    ●使用済み核燃料は下北へ(87頁)
    2005年から2046年まで、各原発で発生する使用済み核燃料は5万5千トン、このうち、3万1千トンは六ヶ所村へ、2万4千トンはむつ市の中間貯蔵所へ運ばれる、と電気事業連合会は想定している。
    ●サイクル交付金(107頁)
    青森県には大間原発のほかにも、むつ市の中間貯蔵施設、六ヶ所村のMOX加工工場といった新規の建設計画があるため、これからの10年間で、国から一施設当たり60億円、上記の三施設だけでも計180億円の交付金が入る。「サイクル交付金」という名の買収金である。
    ●青森は2位(129頁)
    青森県は陸・海・空の3自衛隊のほか、米軍の重要基地が連なる軍事濃密地帯だ。日米の四軍がそろっているのは、青森以外には沖縄しかない。米軍基地専用面積の割合を都道府県別にみると、青森は7.6%で沖縄に次いで二位。
    ●ロシアのコズイレフ外相の言葉(142頁)
    「旧ソ連は日本への侵攻計画を全く持っていなかった。ただ、米ソの核戦争などが勃発したときには、横須賀、佐世保、嘉手納、三沢などの米軍基地を標的とすることにしていた」
    ●三沢は核攻撃の基地(171頁)
    三沢の主任務は核作戦の実行だ(1961年)
    三沢の司令官に与えられた特別な権限
    1、核搭載が可能な部隊のアラート(緊急出動待機)着手
    2、核搭載が可能な機体への核兵器搭載
    3、世界大戦が発生した場合、事前計画された核攻撃の着手
    ●核物質は嘉手納から(176頁)
    三沢をはじめとした出撃基地が常備するのは、核物質抜きの「コンポーネント」と呼ばれる核爆弾本体で、「コア」と呼ばれる核物質は、最終段階に米軍政下の嘉手納基地から運び込まれる手はずになっていた。「核物質が装填されていない以上、核爆弾は存在しない」というのが米国の論理。
    ●三沢から中東へ(190頁)
    米軍基地を抱える意味を知らずに過ごす日本国民。しかし、そんなことにお構いなく三沢のF16部隊はイラクを前進拠点にグローバル・ストライクの一番槍として、アフガニスタンはじめ中東各地を飛び回っている。

    参考書『米軍「秘密」基地ミサワ』斉藤光政著、同時代社

    ☆鎌田慧の本(既読)
    「日本の原発地帯」鎌田慧著、潮出版社、1982.04.01
    「六ケ所村の記録 上」鎌田慧著、岩波書店、1991.03.28
    「六ケ所村の記録 下」鎌田慧著、岩波書店、1991.04.26
    「大災害!」鎌田慧著、岩波書店、1995.04.26
    「家族が自殺に追い込まれるとき」鎌田慧著、講談社、1999.07.14
    「津軽・斜陽の家」鎌田慧著、祥伝社、2000.06.10
    「原発列島を行く」鎌田慧著、集英社新書、2001.11.21
    「狭山事件」鎌田慧著、草思社、2004.06.01
    「橋の上の「殺意」」鎌田慧著、平凡社、2009.08.10
    (2011年11月9日・記)

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著者プロフィール

鎌田 慧(かまた さとし)
1938年青森県生まれ。ルポライター。
県立弘前高校卒業後に東京で機械工見習い、印刷工として働いたあと、早稲田大学文学部露文科で学ぶ。30歳からフリーのルポライターとして、労働、公害、原発、沖縄、教育、冤罪などの社会問題を幅広く取材。「『さよなら原発』一千万署名市民の会」「戦争をさせない1000人委員会」「狭山事件の再審を求める市民の会」などの呼びかけ人として市民運動も続けている。
著書は『自動車絶望工場―ある季節工の日記』『去るも地獄 残るも地獄―三池炭鉱労働者の二十年』『日本の原発地帯』『六ケ所村の記録』(1991年度毎日出版文化賞)『ドキュメント 屠場』『大杉榮―自由への疾走』『狭山事件 石川一雄―四一年目の真実』『戦争はさせない―デモと言論の力』ほか多数。

「2016年 『ドキュメント 水平をもとめて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

鎌田慧の作品

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