はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)

制作 : イロン・ヴィークランド  大塚 勇三 
  • 岩波書店 (2001年6月18日発売)
4.02
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  • Amazon.co.jp ・本 (355ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001140859

はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)の感想・レビュー・書評

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  • リンドグレーンからしばらく離れたあと、大塚勇三さんの訳と知って改めて手に取った一冊。読んでからどっぷりハマり、その場で再読しました。
    一見兄弟の冒険ファンタジーですが、舞台が死後の世界。なのに兄弟が現実で死ぬシーンが美しい。一貫して抒情的で、戦闘の場面も生々しすぎない。すごい。クッキーの視点で書かれながらも神様視点の気分で読める、不思議な作品。

  • リンドグレーンに育てられたわたしだけど、この本は邦訳が出たのがたぶん高校生ぐらいになってからということもあって、リアルタイムでは読んでいない。大人になってから、河合隼雄さんの紹介を読んで、一度手に取ったことはおぼえているけど、読了したかどうか記憶にない。

    今、あらためて読んでみて、おお、なんともひとことでは言い表せない、複雑で、透明な悲しみに満ちた物語なんだと思った。そしてイロン・ヴィークランドの絵のなんと美しいこと。これ、ぜんぶカラーで見たいわと思ったけど、ペン画のものも色つきで立ち上がってくるほどイメージが豊か。文で「美しい」と描かれていて挿絵を見ても本当に美しいことってなかなかないんだけど、この本に関してはほんとうにそう。

    戦わなければ自由をつかむことができないことを知っていて、その戦いの先頭に立ちながらも、自分はけっして敵を殺すことができないと知っているヨナタン。究極の非暴力なのだけれど、ではその先は……というわけで、途中からはページをめくるのがつらかった。

    しかもこの子たち、一度死んでるんだよね(^_^;; 
    なんで死んでからこんなたいへんな思いをしなくちゃならないのか。

    そして、ラストのその先にあるのははたして真のやすらぎなのか、あるいはまた同じことのくりかえしなのか。日本人の宗教観だとぐるぐるまわるほうをイメージしてしまうけれども、そこらへんはうかがい知れないのだった。

  • やさしくて強い兄ヨナタンと、ひたすら兄をしたうカール。はるかな国ナンギヤラにやってきた二人は、怪物カトラをあやつり村人を苦しめている黒の騎士テンギルに立ち向かっていった。
    勇敢な兄弟の姿を、叙事詩風に描いた作品。

  • 一見ただのわりと重度のブラコン兄弟の冒険ファンタジーなのでは??と思わせておいて、これ全部死後の世界を舞台にしてるんだな…、そいで兄弟が「死後の世界の死後の世界」を目指して終わる、という…すげえな…。

  • 例え、思うに任せない身の上であっても、決して精神の成長を諦めてはいけない、勇気や高潔さ、真心は、見えないところででも、培うことができるんだ、という気持ちになりました。
    小さな一冊の本で、ヨナタンに導かれ、クッキーと一緒に思わぬ世界に行けました。

  • 子供時代にもかなり印象的だったにも関わらず、それでもやっぱり「ラスムス」の方により親近感を抱くことができた理由、それはこちらの物語はトールキン的に言うなら「往きて還らぬ物語」だったからだと思うんですよ。  子供時代に何らかのきっかけで「もしも死んじゃったらどうなるの?」という疑問を持つことは誰しも経験したことだと思うけれど、「死」というのものがさほど現実味を帯びたものではない(そして現実味を帯びるべきでもない)ことであるのは間違いのないことだと思うんです。

    特に健康で、のびのびと育っている子供であればそれは尚更のことで、体の不自由な人や病弱な人に対する労わりの気持ちぐらいまでは育てていくべき「人間性」の範疇に入るとは思うけれど、そこから更に進んで「死」となると何歳ぐらいでどんな感覚でその真理を受け入れるべきなのか・・・・という問題になるとなかなか難しいものがあると思うんですよね。

    実際問題、子供時代の KiKi がこの物語を読んだときには「死」とか「死後の世界」を描いた物語という認識はごくごくわずかながら持ってはいたものの、どちらかというと「はるかな国ナンギヤラ」における冒険活劇的な読み方をしていたように思います。  それは言ってみれば実に健康的な読書の仕方であり、そのバックには健康体というゆるぎないものがあったればこそだったのではないか?  今回の読書ではそんなことを感じました。

    物語の主人公兄弟の弟カール(兄からはクッキーと呼ばれている)は病弱で、足も不自由で、台所の片隅に置かれたベッドから1人で出ることもできず、更にはもうすぐ自分が死ぬことを知っているという男の子です。  兄のヨナタンは、強く、賢く、優しいうえに美しいという非の打ちどころのない男の子です。  このできすぎの感のある兄と弱者も弱者、ここまで弱い人も滅多にいないだろうと思われる弟の関係がこれまた絵に描いたような美しさなんですよね。

    いわゆる母子家庭という家族環境の中、兄のヨナタンはクッキーのことをとても大切に思っていて、そんなできすぎのお兄ちゃんを前にクッキーの方も決して卑屈になることはなく、切ないほどに甘えっ放し・・・・。  子供時代の KiKi は自分が健康体だったが故に、クッキーのあまりの自立度の低さを理解できるほどには成熟していませんでした。  でも、大人になった今ならば、それを容認するとまでは言わないものの、卑屈にならないだけでも凄い!と感じると共に、子供時代に KiKi が感じていたよりも実は芯の強い男の子なのかもしれないとさえ思いました。

    さて、そんなヨナタンにある日クッキーは死ぬのが怖いと訴えます。  すると

    「ねえ、クッキー、ぼく、それはそんなに恐ろしいことと思わないよ。  素敵なことだと思うな。  だって、君の肉体はの抜け殻は土の下に寝ていても、君自身は、野営の焚火とお話の時代のナンギヤラへ飛んでいくだけなんだ。  そして、あそこに行けば、朝から夕方まで、それに夜中までも、冒険が続くんだよ。  ここで横になって、病気で、せきをして、ちっとも遊べないのとは、だいぶ違うことになるんだよ。」

    子供時代の KiKi はこのヨナタンの言葉をどちらかというと「子供騙しの口から出まかせ」と感じていました。  確かに健康体の KiKi にとってはこれは出鱈目以外の何者でもありませんでした。  でも、今回つくづく感じたのは「横になって、病気で、せきをして、ちっとも遊べない子供」にとっては、病気じゃなくて、咳も出なくて、遊べるという健康体なら当たり前のことこそが最大の望みだろうし、死後の世界でならそれが叶うというのであれば、日々死を恐れて苛まれ続けるのではなく、それを受け入れるパワーの源ともなりうるのかもしれない・・・・と。

    2人の母親も兄弟も、街の人たちも、誰もがクッキーの命の灯は間もなく消えると思っていたその矢先、事件が起きました。  ある日、火災がおこり、ヨナタンは1人では動けないクッキーを背負ってアパートの窓から飛び降り、自分の方が先に死んでしまいます。  ヨナタンの最後の言葉は

    「泣くなよ、クッキー、ナンギヤラで、また会おう」

    というものでした。  その後、クッキーも亡くなるのですが、まったく同じ言葉を子供二人を相次いで失うお母さんに残すのです。  その後、この可哀想なお母さんに関しては物語にまったく登場しません。  そこがある意味でリンドグレーンらしさの極致のような気がします。  彼女は恐らくこの物語を書く際に、大人のことはどうでもよかったんだと思うんです。  彼女の視界にあったのは「死と向かい合わざるをえない子供」だけで、そんな子供達に物語を語ることの意義をずっと自身に問い続けていたその答えだったのではないか?  そんな気がするんですよね。



    リンドグレーンは、晩年、ストックホルムに子ども専門病院を設立したのだそうです。  スウェーデンという国は「福祉国家」ですから、それまでにも子ども病院がなかったわけではないのだそうですが、リンドグレーンは今あるこども病院だけでは不足だと考えました。  病気を治す専門機関というだけではダメだ、病気であっても子供が幸せだと感じられるような、時々の症状に応じて異なる施設をたらいまわしにされるようなことのない統合病院でなければならないと考えていたのだとか。  だから彼女の作った病院には図書館やプールといった施設もあり、エレベーターの壁には物語の主人公たちのイラストが貼ってあり、劇場も作られる予定だったと聞いたことがあります。

    そんな彼女が書いた物語であることを考えると、この「はるかな国の兄弟」の物語には、病と向き合わざるをえない子供達に、同年代の健康な子供であれば当たり前のように享受できていただろうファンタジーとユーモアを提供したかったのではないか?  そんな風に感じずにはいられません。

    さて物語ではその後、クッキーも亡くなり、二人はナンギヤラのサクラの花咲く谷で再会し、冒険がはじまります。  と言うのもこのナンギヤラ、当初のヨナタンの話では桃源郷的なイメージが強かったのですが、実際には、戦いあり、裏切りあり、圧政ありと決して平和で楽しいばかりのパラダイスじゃありません。  更にナンギヤラでのクッキーは病気でこそなかったけれど、現実社会で常に引っ込み思案だった性格までは変わっておらず、相変わらず甘えん坊ぶりを発揮します。

    でも、そうそういつまでも甘えてばかりもいられない事態が次々とクッキーを襲います。  そして、最後の最後にはこの兄妹2人は圧政に苦しむ人々と共にカトラという竜をあやつるテンギルと戦い、テンギルを打倒した後はカトラと戦うことになります。  最後にカトラにとどめをさしたのは残念なことにこの兄弟ではなく、伝説の大蛇カルマで、この2匹は相討ちになり姿を消すのですがここで「良かった、良かった」とならないところがこの物語の更に深いところです。

    カトラとの最後の戦いの過程でヨナタンは竜の火によって致命傷を負ってしまうのです。  再びヨナタンを失うことにおびえるクッキーにヨナタンは言います。

    「次はナンギリマに行くんだよ。」

    と。  ナンギヤラ vs. ナンギリマ。  カトラ vs. カルマ。  何ともリズミカルな名前の対比じゃありませんか。  こういうところにリンドグレーンの音に対するセンスのようなものを感じます。  ま、それはさておき、ヨナタン曰く、ナンギリマはナンギヤラのような恐ろしい冒険の世界ではなく、楽しい冒険の世界なのだとか・・・・。  そしてクッキーは、以前とは逆に動けなくなったヨナタンを自分が背負ってナンギリマをめざし崖から飛び降りるのです。

    最後のシーンは予想を覆すものだし、子供にはどんな風に受け取られるのか正直なところちょっと心配な気がしないでもありません。  でも、今回改めてこの作品を読んでみてリンドグレーンが子供向けのお話だからと言って敢えて「死」をぼやかしたり、隠したり、否定したりはしていないところにある種の潔さを感じました。  「死」というものは必ずあるものとして語ったうえで、それでも人は次に行く勇気を持つ必要があるということを描いているのだと思うのです。  そういう点でも彼女が想定していた読者は彼女が設立に関与した病院の子供達だったのではないかと感じます。  

    人は死んだらまずナンギヤラというお話の世界へ行きます。  そこでは、現世では病気だった子供であっても病気ではなくなり自由に動き回れるようになり、冒険をすることになります。  でもその冒険は、楽しいだけのラクチンなものではなく、更にはその世界にも「死」が存在します。  でも、そのナンギヤラでの冒険でつけた力があれば、次のナンギリマへ勇気をもって飛んでいくことができるというのはある種の希望です。  そしてそのナンギリマでは希望に違わずもっと楽しい冒険が待っている......と言うのであれば、いたずらに死を恐れる日々を送る子供たちにとってどれだけ心強いことでしょうか?  

    じゃあ、自身が健康でノビノビと育っている子供にとってこの物語はどうなんだろう?と考えてみると、それは恐らく KiKi 自身がそうだったように、「死」については漠然とは感じるけれど、それ以上にナンギヤラの冒険活劇で楽しんじゃう物語になりうるのではないか??  そして、そんな語り口であるところがリンドグレーン女史の凄いところ・・・・・ような気がします。

  • 「ミオ」より更につらくて怖い話だった…
    深くてやさしい物語だけど、それがやっぱり最初と最後の衝撃をますます増幅させます。
    わたしはどうしても、残されたお母さんの気持ちをいちばんに考えてしまいます。
    強い人が読めば、自殺礼賛と読まずにいられるでしょうが、
    落ち込んだ時に読んだら、わたしもはるかな国に行きたくなりそうで怖いのです。

  • 美しく優しく勇敢な兄と、そんな兄を慕う身体と気の弱い弟が、はるか遠い国で人々を苦しめる悪の騎士を倒すために冒険するというファンタジー。
    『長靴下のピッピ』の作者でそんなファンタジーということで、めっぽう明るいのを想像していましたが、入りといいラストといい、なかなかどうしてシリアス。
    はらはらする冒険の中でも輝く美しい風景の描写と、何より弟を思いやる兄と兄を慕い成長していく弟のつよい絆に、じっくり浸りながら読めました。
    すてきな一冊です。

  • 図書館で借りました。思っていたよりもしんみりした切ない話でした。

    結局彼らははるかな未来にたどり着いたのかそれとも過去なのか。なかなか判じがたいところではありますが兄弟二人なら耐えられるのか。俗物な自分なぞには耐えられそうに無いなかなか厳しい展開だなあと読みながら思いました。今度こそ彼らが平和な国にたどり着いたと願うばかりです。

  • ラスト、弟の成長に、勇気に涙。

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