永瀬清子詩集 (岩波文庫 緑 231-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003123119

作品紹介・あらすじ

妻であり母であり農婦であり勤め人であり、それらすべてでありつづけることによって詩人であった永瀬清子(1906-95)。いわば「女の戦場」のただ中で書きつづけた詩人の、勁い生命感あふれる詩と短章。茨木のり子よりずっと早く、戦前から現代詩をリードしてきた〈現代詩の母〉のエッセンス。(対談=谷川俊太郎)

感想・レビュー・書評

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  • 未だかつて「古事記」をこんな風に読んだ人はいない。一周回って、永瀬清子は新しい。

    永瀬清子はイザナミはジェンダー差別を受けて黄泉の国に去ったというのだ。そしてこううたう。

    なぜ女だけが悩み焼けただれるのか
    なぜ悩む姿はきらわれるのか
    お互いうるわしかった元の姿を
    なぜそのままいたわり合い苦しみも分ちあえないのか

    今も女は子生みで悩み 子連れで悩み
    朝働き夜も働き 内も外も戦って
    そして悩む姿は見せるなと云う
    (「古事記」より1987『あけがたに来る人よ』所収)

    偶然、永瀬清子さんにお会いしたことがある。使い走りで、私はある女性の近影を撮りに行った。当時、名前は全く知らなかった。行けばそこは長屋と言っていい昔ながらの平屋の木造家屋で、1人の老女が出てきた。小さな記事につく写真なので軽い気持ちで玄関前で撮ろうとしたら、ちょっと待ってという。奥に入ってカツラをつけてきた。光の加減もかなり気にして、慎重に撮った記憶がある。「こんなおばあちゃんでも、こんなに見た目を気にするんだ」と、不遜にも社会人2年生の私は思った記憶がある。その後、老女が日本でも著名な詩人だと聞いた。

    永瀬清子は、1924年18歳で詩人を志す早熟な「目覚めたる女性」だった。同時に社会は彼女に望まぬ結婚を強いり、直ぐに母になる。家庭との狭間で悩みながら、詩作を続け、30年24歳にして第一詩集を刊行、45年疎開中の岡山市で空襲を受け、終戦後郷里の岡山県熊山町へ。結果、ずっとここで百姓もしながら、旺盛な詩作も続けることになった。1995年89歳、岡山市で没。

    最初の出会いのすぐあと、彼女の詩を読んだ。全然ピンと来なかった。けど、本書の自筆年譜を読むと、今更ながら私との様々な符号にびっくりしている。生前の宮沢賢治を認めた数少ない詩人の1人でもあり、民俗学に興味を持ち、なんと日本の市民参加型発掘の先駆けである柵原の月の輪古墳発掘に参加して「月の輪音頭」まで作詞しているのである。或いは、「有事を語る」ことのおそろしさを詩っている。

    茨木のり子のような凛とした清潔感はなくて、むしろ泥臭い気持ちを(ホントは浮名を流してはない様だけど、結婚後にかなり多くの恋はしている)戦前戦後のあの時期に堂々と書き、一方では常に前を向いている。惚れ惚れするほど、男前な女性であった。生活に根ざした発見、男女のすれ違い(『だましてください言葉やさしく』)、四季の美しさ、等々。一周回って、現代、永瀬清子は新しい。

    岩波文庫編集者の書いた本書の紹介文が、かなり的確に永瀬清子の詩を言い当てているので、そのまま紹介したい。

    妻であり母であり農婦であり勤め人であり、それらすべてでありつづけることによって詩人であった永瀬清子(1906-95)。いわば「女の戦場」のただ中で書きつづけた詩人の、勁い生命感あふれる詩と短章。茨木のり子よりずっと早く、戦前から現代詩をリードしてきた〈現代詩の母〉のエッセンス。(対談=谷川俊太郎)

    「勁い」とは「つよい」と読む。

  • 久しぶりの詩集。
    最近短歌ばかり読んでいたので新鮮でした。
    詩の美しさ、自由さに心打たれました。
    短歌を始めたのだって、元々は詩が好きだったことから寄り道して派生したこと。
    私、今まで詩のレビューをどんな風に書いていたかさえ忘れてしまった。

    ずいぶん遠い所へ一人で歩いてきたような気がしてこの詩集を読んでいたら泣けました。

    私は詩や短歌を読むとき、いいなと思ったものに付箋を貼ります。
    永瀬清子さんの作品で、一番引用されたり、朗読されたという詩、この詩にももちろん付箋を貼っていました。


    「だましてください言葉やさしく」

    だましてください言葉やさしく
    よろこばせてくださいあたたかい声で。
    世慣れぬわたしの心いれをも
    受けてください、ほめてください。
    あああなたは誰よりも私が要ると
    感謝のほほえみでだましてください。

    その時私は
    思いあがって傲慢になるでしょうか
    いえいえ私は
    やわらかい蔓草のようにそれを捕えて
    それを力に立ち上がりましょう。
    もっともっとやさしくなりましょう。
    もっともっと美しく
    心ききたる女子になりましょう。

    ああ私はあまりにも荒地にそだちました。
    飢えた心にせめて一つほしいものは
    私があなたによろこばれると
    そう考えるよろこびです。
    あけがたの露やそよかぜほどにも
    あなたにそれが判ってくだされば
    私の瞳はいきいきと若くなりましょう。
    うれしさに涙をいっぱいためながら
    だまされだまされゆたかになりましょう。
    目かくしの鬼を導くように
    ああ私をやさしい拍手で導いてください。


    「プラタナス」
    「三月」
    「悲しみだけは」
    は若い日の自分を思って泣けました。
    つい昨日のことのように感じます。



    永瀬清子
    1906年岡山県生まれ
    1924年愛知県立第一高等女学校英語科入学(18歳)
    1928年長女美緒生まれる(22歳)
    1933年長男春来生まれる(27歳)
    1937年次女奈緒生まれる(31歳)
    1940年詩集『諸国の天女』出版(34歳)
    1950年詩集『焔について』出版(44歳)
    1979年『永瀬清子詩集』出版(73歳)
    1987年『あけがたにくる人よ』出版(81歳)
    1995年永眠(89歳)

    • まことさん
      kuma0504さん、おはようございます♪

      今、ちょうど読まれていらっつしゃるのですね!
      永瀬清子さんにお会いされたこともあるのです...
      kuma0504さん、おはようございます♪

      今、ちょうど読まれていらっつしゃるのですね!
      永瀬清子さんにお会いされたこともあるのですね!
      kumaさんのレビュー楽しみですね。きっとレビューのお手本にしたくなるかと思います。
      私は永瀬清子さんは『あけがたにくる人よ』を確かに以前読んだと思いレビューを探したのですがないのです。何かのアンソロジーに入っていたのかもしれません。
      この詩集の帯に「フェミニズムの源流を遡る」とありますがレビューとしてはその辺を書くべきだったのでしょうね。
      2024/01/07
    • 傍らに珈琲を。さん
      間違えてしまったので訂正に…汗
      三好達治ではなく、我が家の本棚にあるのも八木重吉でした!
      尾形亀之助、八木重吉が好きだといいたかったのです。...
      間違えてしまったので訂正に…汗
      三好達治ではなく、我が家の本棚にあるのも八木重吉でした!
      尾形亀之助、八木重吉が好きだといいたかったのです。
      (どちらでもいっか 笑)
      kumaさんも読んでらっしゃるんですね。
      買い求めに本屋に行きたくなってきました♪
      2024/01/07
    • まことさん
      傍らに珈琲を。さん♪

      八木重吉はいいですよね!(三好達治も「太郎を眠らせ」の詩が好きですが)ブクログにも八木重吉ファンのブク友さん多い...
      傍らに珈琲を。さん♪

      八木重吉はいいですよね!(三好達治も「太郎を眠らせ」の詩が好きですが)ブクログにも八木重吉ファンのブク友さん多いですよね。
      2024/01/07
  • 永瀬清子(1906年~1995年)
    岡山県出身の詩人。
    命日の2月17日は紅梅忌と呼ばれるらしい。
    驚いた、この方は誕生日に亡くなっていた。
    89歳だった。
    きっちり全うされたのだなぁ。

    一番感じたのは"女だなぁ"ということ。
    詩の中に、女性が人生で味わうであろう全ての感情が溢れているように思えた。
    その強さ、したたかさ、儚さ、美しさ。。。
    怒り、愁い、孤独。。。
    妻として母として、特に戦時中にご苦労を重ねられたことが、巻末の谷川俊太郎さんとの対談で分かる。

    この詩は終戦時のものかしら。

    『美しい国』(抜粋)
    はばかることなくよい思念(おもい)を
    私らは語ってよいのですって。
    美しいものを美しいと
    私らはほめてよいのですって。
    失ったものへの悲しみを
    心のままに涙ながしてよいのですって。

     敵とよぶものはなくなりました。
     醜(しゅう)とよんだものも友でした。
     私らは語りましょう語りましょう手をとりあって
     そしてよい事で心をみたしましょう。


    それから何と言っても、冒頭の谷川俊太郎さんによる「はしがき」。
    こちらに谷川さんが寄せられた「永瀬清子さんのちゃぶだい」という詩が、彼女の全てを表しているように感じられて、素晴らしかった。

    永瀬さんご本人の詩は、個人的には、女性としての感情を謳ったものより、言葉を紡ぐ者としての詩の方が好きだったかな。

    『言葉』
    私は言葉を垂直に考える。特に自分の言葉を。
    あるものは水面に近くいて鴎たちについばまれる。
    あるものは中くらいの深水に泳いで、漁夫の網に追われる。
    そしてあるものは底にぴったりはりついている。深海にはトランシットの形の魚がいたり、雪のように降る生物もある。
    どれが最も値打ちのあるものかわからない。
    けれど私の求めるのはシーラカンス。深い深い所で青銅の鱗の中の孤者。
    もし一尾でもみつかったらその意味は百万年の時間を物語るのだ。

    • kuma0504さん
      傍らに珈琲を。さん、こんばんは♪

      そうか、茨木のり子は「叱られた」ような気になるのか。
      自分の発した言葉にきちんと責任持ってそのまま生きた...
      傍らに珈琲を。さん、こんばんは♪

      そうか、茨木のり子は「叱られた」ような気になるのか。
      自分の発した言葉にきちんと責任持ってそのまま生きた女性ですもんね。
      男からしたら、凛々しくてちょっと憧れる感じかな。

      永瀬清子は、そばに住んでいたこともあって、かなり親近感あります。
      解説でも言及あった「弥生のもみじーある人に」という詩があります。こんなにも美しく、想像力豊かに、遺物そして遺跡を讃えた文章を読んだことがない。
      調べたら、場所は南方釜田遺跡。ベネッセ本社建築の際に出てきた八つの土壙墓を詩っています。
      2024/02/17
    • 傍らに珈琲を。さん
      茨木さんはね、もう遠すぎて。
      共感して心震わせるというより、ゴメンナサイ、私はそんなに強くなれないよ…と思ってしまったんですね。
      男性から憧...
      茨木さんはね、もう遠すぎて。
      共感して心震わせるというより、ゴメンナサイ、私はそんなに強くなれないよ…と思ってしまったんですね。
      男性から憧れを持たれるって、分かる気がします。

      永瀬さん、お会いしたことがあるとレビューで仰られてましたよね。
      それから「古事記」に触れてらした。
      「弥生のもみじーある人に」も、弥生時代の人々に思いを馳せた詩。
      こういう歴史的な書物や遺跡を讃えることが出来る感性って凄いなと思います。
      (凄いって表現がいささか子供じみてますが 汗)
      言葉も美しいですしね。
      私事ですが近頃疲れているようで、読書すらペースが落ちています。
      自覚があるので少し心の泉が枯れているのかしら?と美術館に足を運ぶようにしています。
      歴史あるアートを目の当たりにしたときに、このような美しい言葉で(言葉にならなくとも感性で)讃えることが出来たら素敵だろうな。
      2024/02/17
    • 傍らに珈琲を。さん
      今少しネット記事を見てきました。
      実際に土器、出土してるんですね。
      お祭りの際に、お酒などを入れた壺をのせ神様や祖霊に捧げたもの…だとか。
      ...
      今少しネット記事を見てきました。
      実際に土器、出土してるんですね。
      お祭りの際に、お酒などを入れた壺をのせ神様や祖霊に捧げたもの…だとか。
      あぁやっぱり、しっかり検索したりしながら読み手も思いを馳せないと、感じ方が半減してしまいますね。
      2024/02/17
  • 本を支える手から伝わって来るのはありあまる元気・活力とのしかかるような責任・責務、汗浮かぶほどのプレッシャー。寄せる気迫による手汗で紙のブックカバーがよれよれ。

    恐れながらも、足かけ60年以上にわたり詩作へ向き合ったひとりのひとの生涯が収められている重みをジンジンと感じられた読書でした。
    うかうかしていると置いてきぼりにされるような臨場感。凄い。

    ガッと胸倉を掴まれたような感覚を覚えたのは〈流れるごとく書けよ〉の篇。あえて抜き出すが
    「あゝ腐葉土のない土地に 種まく日本の女詩人よ 自分自身が腐葉土になるしかない女詩人よ なれよ立派な腐葉土に。」(p48)
    これはもう檄文だろう。いくらとも知れない累々たる腐葉土の上に、芽は萌し始めただろうか。芽を潰したり摘み取ろうとする心無い勢力は未だ残存しているが、根腐れせずに立っているだろうか。女性の覚悟と悲壮が伝わる詩。

    確かに永瀬清子氏の詩は難しいと思う。実際、「貴女の詩は難解だと云われた」(p217)と綴っておられるし。だが氏は「正確に我が感じを伝える表現。それ以外により解りやすいと云うことはあり得ない。」(同)と断じておられる通り、伝えたい事は全てキッチリとことばに落とし込み形になされておられる訳で、難しいわからないと匙を投げるのは怠慢であろう。

    臍を固めてまた向き合いたい一冊。


    1刷
    2023.11.1

  • 【あけがたにくる人よ】岡山県に生を受けた詩人・永瀬清子さんが老いを見つめ、生を瑞々しく描き出した代表作 | ふるさとおこしプロジェクト(2018-11-21)
    https://www.jr-furusato.jp/magazine/1635/

    NPO法人永瀬清子生家保存会 - NPO法人永瀬清子生家保存会
    https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/

    詩人・永瀬清子/赤磐市
    https://www.city.akaiwa.lg.jp/annai/kyouikuiinkai/kumayama/tenjisitu/kiyoko.html

    永瀬清子詩集 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b633358.html

  • 岡山ゆかりの詩人・永瀬清子。Z世代の生徒たちにも、ぜひ読んでもらいたいです。
    [NDC] 911.5
    [情報入手先] 本校蔵書
    [テーマ] フリーテーマ

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永瀬清子の作品

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