ラ・カテドラルでの対話(上) (岩波文庫)

制作 : 旦 敬介 
  • 岩波書店
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (640ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279649

感想・レビュー・書評

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  • 「これまでに書いたすべての作品の中から一冊だけ、火事場から救い出せるのだとしたら、私はこの作品を救い出すだろう」
    なんとも素敵な作者の言葉につられて気軽に読み始めてみたところ……まぁ~すさまじい展開にしばし呆然。
    ***
    ひょんな出来事から、サンティアーゴはかつて父親の運転手をしていたアンブロ―シオと出会います。邂逅を祝して酒場で思い出話がはじまるのですが、これがまるでウナギの寝床……間口はごくごく狭く、その奥は深くて際限ない時空間が広がっています。これぞいい小説の予感! 冒頭からわくわくします。

    1940年代から8年ほど続いたペルーの独裁政権下を基軸に物語は展開します。ペルーの史実もよくわからないまま読み進めていたのですが、まことに興味深くておもしろい、さすが読ませます、ということで深淵なウナギの寝床は大きくわけると3つです。

    *裕福な家庭に育った秀才サンティアーゴは、親の望まない大学に進学し、家を飛び出してジャーナリストの道を歩みます。政界に隠然とした力をもつ富豪の父ドン・フェルミンとの確執に悩みながら、自分探しをはじめる苦い青春物語。
    *独裁政権下で権力を掌握した公安担当者ドン・カヨ・ベルムーデスとその愛人オルテンシアの盛衰物語。
    *愛人オルテンシアの女中アマーリア(インディオ系混血)とドン・フェルミンの運転手アンブローシオ(黒人系混血)との切ない恋物語。

    この3つのストーリーが入り乱れていて、その小説作法はすさまじく、時空は飛ぶ、語り手の視点は飛ぶ、一つの場面にいくつもの場面の会話が平然と挿入され、同時並行でストーリーは流れていきます。激流のような手法を駆使したこんな小説はちょっと見たことがありません、あのフォークナーも真っ青でしょうね。しばし圧倒されて目を白黒させていたのですが、慌てず落ち着いて読んでみると、しだいに作者とシンクロしてきます。そうなると理解するのはさほど難しくありません。ただ描写がぎりぎりまで切り詰められ、埋め草のようなそれはほぼありませんので、あまり気が抜けません。冗漫さとは無縁のぎゅうづめ羊かんのような濃厚な味わい♪

    腐敗しきった独裁政権下の民衆や学生たちの民主化運動は躍動感があっておもしろいですが、私がもっとも興味をもったのは、当時のペルー社会の人々の暮らしぶり、民族や人種の問題を物語の中にさらりと組み込んで丁寧に描写しているところです。

    解説によると、ペルーは全人口の45%が先住民、白人との混血(メスティソ)が37%、白人が15%、黒人が約1%という構成で、上位の人々がインディオと呼ばれているようなのですが、チョロやチョラと侮蔑的に呼ばれることもしばしばあり、民族や人種間の複雑な問題を孕んでいます。民主化の進まない不安定な世上にくわえ、人々の間には経済、学歴、貧富の格差も大きく、そのような複雑怪奇なところを臨場感とスピード感をもって体験できるのは痛快です。

    諸国民の私的歴史を書くのが小説家であり、そのためには社会の全側面に目を配っていなければならない、という作者が引いたバルザックの一節をみごと体現するよう。サンティアーゴと父の確執、政界の男たちの尽きることのない権力欲と栄枯盛衰、儚い女オルテンシアの生きざま、地を這うように生きるアンブローシア……作者はその社会や時代背景の全側面に目を配りながら、私的歴史を奔放に語りつくしています。

    もちろんこれだけでペルーのことが分かったなんておこがましいことは間違っても言いませんが、少なくともバルガス=リョサという一人の作家が、作中人物に化体しながら逃れようのない時代とその在りように悲嘆し、歯噛みし、慷慨し、あるいは嬉々としながら、こつこつ愛情込めて書き上げた本作を読了できたことは感無量。「火事場から救い出せるのだとしたら、私はこの作品を救い出すだろう」という彼の言葉は決してウソではないだろうな~と心から思えてくるから不思議です。

    作者の磁場世界に入るまで少し忍耐と時間を要しますが、作家の須賀敦子さんではないけれど、一トンの塩を舐めながら一人の作者を理解し、その小説芸術に感嘆し、その国の時代背景や文化や歴史を体験できるのは、まさに読書の醍醐味ですね。
    バルガス=リョサという作家にますます興味がわいて好きになりました。これからも少しずつ塩を舐めるように時間をかけながら彼の作品世界に遊びに行こうと思います(^^♪

  • 新聞記者のサンティアーゴは、野犬収容所に連れていかれてしまった愛犬を取り戻すべく出かけるが、そこで偶然にもかつて彼の実家で父の運転手をしていた黒人のアンブローシオと再会する。サンティアーゴは実はアンブローシオに対して後ろめたい何かがあるのだが、犬を取り戻し彼と一緒に飲みに出かけ、ラ・カテドラルという店で4時間も語り合う。基本的にこの長大な小説は二人がラ・カテドラルで語り合った思い出話。そこに他の登場人物の彼らの知らない物語も編み込まれており、時系列もバラバラ。

    1部はいきなり読み難い。再会した二人の交わした会話の合間に、その思い出話の回想が織り込まれ、数行おきに時間も場所も登場人物も複数の場面がくるくると入れ替わる。あまりのめまぐるしさに、慣れるまで大変だった・・・。ある程度リズムがつかめれば、こういうものだと割り切って読み進められるのだけど。ここで躓いたら永遠に先に進めなさそうなので、忍耐が必要。

    2部は1部ほど錯綜しておらず段落ごとに主要人物が入れ替わるだけなのでぐっと読みやすくなる。しかし上巻だけで600頁以上もあるので、質・量とも膨大。久しぶりに気の抜けない読書時間になりました。ひとまず上巻では、お坊ちゃんなサンティアーゴが自分を溺愛してくれている父親に反発、わざと庶民の大学へ行き、反政府活動に足を突っ込み、逮捕されるが父親に助けてもらい、しかしなおそれが気に食わず家出、伯父さんの紹介で新聞社で働き始めるまでと、アンブローシオとアマーリアのラブストーリー、アンブローシオが運転手をしていたドン・カヨがオドリア大統領の政権下で成り上がってゆくまで。

    とりあえず、これから読む方には当時のペルーの状況をざっくり把握しておくことをおすすめしておきます。緒言でリョサ自身が書いているように「一九四八年から一九五六年まで、ペルーはマヌエル・アポリナリオ・オドリア将軍を首班とする軍事独裁政権の統治下にあった」こと、そして「あの八年期のペルーにおけるシニカルで無気力な、諦念と道徳的腐敗の精神風土こそがこの小説の原材料であり、この作品はフィクションの特権を自由に使いながらも、あの陰鬱な年月の政治的、社会的歴史を再現したものである」という点を頭に入れておくこと。


    以下自分の備忘録・登場人物メモ(※下巻読了後ちょっと追加)

    <サバラ家の人々>
    ◆サンティアーゴ・サバラ(サバリータ)(ヤセッポチ):主人公、三十才。冒頭ではすでに既婚、新聞記者。お金持ちのお坊ちゃんで秀才だったけれど、どこかで道を踏み外す。この物語は彼が自分の半生をたどり「どこで駄目になったか」を探す物語でもある。
    ◆ドン・フェルミン・サバラ:サンティアーゴの父。一代で成し遂げた起業家で政府にも影響力のある経営者。次男のサンティアーゴを溺愛、期待している。
    ◆ソイラ:サンティアーゴの母。貴族の出でお上品。お高くとまっている。
    ◆チスパス:サンティアーゴの兄。わりとダメンズ。長男である自分を差し置いて父親から溺愛されている優等生の弟サンティアーゴには意地悪で辛辣だけど、意外とそんなに悪い奴でもない。
    ◆テテ:サンティアーゴの妹。チスパスと同じくサンティアーゴに辛辣だが、やっぱりそんなに悪い娘じゃない。
    ◆クロドミーロ伯父さん:ドン・フェルミンの兄。独身。家出してきたサンティアーゴに新聞社の仕事を紹介してくれる。
    ◆アニータ(アナ):サンティアーゴの妻、看護師。

    <ラ・クロニカ新聞社の人々>
    ◆バイェホ編集長:クロドミーロ伯父さんの友人で、サンティアーゴを雇ってくれる。
    ◆カルリートス:先輩記者、アル中で入院中。途中からサンティアーゴの話の聞き役となることもある。恋人のマンボダンサー・チーノに振り回されがち。
    ◆ベセラ(ベセリータ):警察担当記者。流血ページのエースと呼ばれるベテラン。
    ◆ペリキート:カメラマン
    ◆ダリーオ:運転手
    ◆アリスペ:編集長
    ◆ノルウィン、ミルトン、他先輩記者多数

    <サンティアーゴの友人とその周辺>
    ◆ポパイ・アルバロ(ソバカス):サンティアーゴの高校時代の友人。テテのことが好き。のち結婚。陽気でいいやつ。
    ◆ドン・エミリオ・アレバロ:ポパイの父。オドリア派の上院議員で、サンティアーゴの父ドン・フェルミンとも仲良し。
    ◆アイーダ:サン・マルコス大学でのサンティアーゴの友人、片思いの相手。コミュニスト。
    ◆ハコーボ:おなじく大学で出来た友人。親友だったがアイーダをめぐる三角関係に。

    <サバラ家の使用人とその周辺>
    ◆アンブローシオ:ドン・フェルミンの運転手。以前はドン・カヨの運転手をしていた。アマーリアに求愛し続け、紆余曲折の後に結婚。彼が旦那さんと呼ぶのはドン・フェルミン。坊ちゃんと呼ぶのがサンティアーゴ。実はドン・フェルミンとの間に秘密がある。
    ◆トリフルシオ:アンブローシオの父親だがずっと刑務所に入っていてほとんど会っていない。出所してから政治家たちの謀略に捨て駒的に利用される。
    ◆トマサ:アンブローシオの母。
    ◆アマーリア:小間使い。内緒でアンブローシオとつきあっていた。わけあって退職後、製薬工場で働いているときに知り合ったトリニダー・ロペスと結婚。

    <アマーリア周辺の人物>
    ◆トリニダー・ロペス:アマーリアの最初の夫。なぜか反政府活動をしているかのようにふるまいたがり、結果不幸な死を遂げる。
    ◆ヘルトルーディス・ラマ:製薬工場で働いていた頃の親友。
    ◆オルテンシア奥様:ドン・カヨの愛人。元・歓楽街の女王、歌姫(ムーサ)。トリニダーの死後、彼女が囲われている邸宅にアマーリアは雇われる。
    ◆シムラ:オルテンシアの使用人。
    ◆カルロータ:シムラの娘。アマーリアと仲良し 。
    ◆セニョリータ・ケタ(ケティータ):オルテンシアの友人の美女。どうやら二人はレズビアン。高級娼婦。
    ◆イボンネ:ケタの働く娼館の女主人。フランス人?
    ◆ロベルティート:イボンネの店の給仕兼用心棒。オネエ?
    ◆ドン・イナリオ・モラーレス:ルドビーコの親戚。プカルパでアンブローシオに仕事を斡旋してくれるはずが・・・。とんだクワセモノ。
    ◆ドニャ・ルーペ:プカルパ時代の良き隣人。アマーリアとアンブローシオの赤ん坊を引き取る。

    <その他政治に関わる人たちとその周辺>
    ◆ドン・カヨ・ベルムーデス:禿鷹とあだ名された高利貸しの息子。駆け落ちして勘当。アンブローシオと幼馴染で駆け落ちにも協力してもらった。のち政治家として成功してからアンブローシオを運転手として雇うことに。女性同士の絡みを見て興奮する性癖あり。
    ◆ローサ:ドン・カヨの妻。熱烈に求愛されうまいことドン・カヨと駆け落ちするが、結婚後どんどん醜くなり結局放置妻に。
    ◆エスピーナ(セラーノ)中佐→将軍:内務大臣。ドン・カヨの幼馴染。政治の世界に彼を引きこむが、逆にドン・カヨによって追放される。ドン・フェルミンとも仲良し。
    ◆ロサーノ氏:公安?ドン・カヨの下で働く。
    ◆イポリト:ロサーノ氏に使われているチンピラ。実はトリニダー・ロペスを殺したのは彼。
    ◆ルドビーコ・バントーハ:イポリトの相棒。アンブローシオと仲良し。のち正規採用となり警察官に。
    ◆アルシビアデス博士:ドン・カヨの腹心。
    ◆パレーデス少佐:オドリア大統領の甥。

    <作中当時のペルーの政治家と政党>
    ◆ブスタマンテ:1945~1948年の間のペルーの大統領。
    ◆マヌエル・アポリナリオ・オドリア将軍:1948~1956年の間のペルーの大統領。
    ★アプラ党(アメリカ人民革命同盟=Alianza Popular Revolucionaria Americana=略称:APRA):
    1924年に帝国主義や白人支配に反発したビクトル・ラウル・アヤ・デ・ラ・トーレが設立したペルーの政党。マルクス主義を標榜しペルーでの社会主義暴力革命を目指し、テロを繰り返す。

  • 幾重にも落ち葉が積もって、美しい落葉の風景が広がるように、物語が進む。
    ウィリアム・フォークナーのように文字フォントが変わるわけでもなく、一行ごとにといっても過言でないほどに、話し手や時代が変わる。テンポになれるまで、なかなか物語を掴みづらいのは事実。
    しかし、少し辛抱して読み進めると、積もった葉が総体となって大きな景色を作りあげていっていることに気づけるはず。

  • いつも沖縄に出張にいくときにラテンアメリカの文庫を携えるようにしているが、最初、上巻だけ持って行った。
    面喰らいながら書いたメモが、以下。


    複数の会話が入り乱れる。時間の混乱。しかし似たトピックを話していたり、連想的に響きあったりすることもある。
    地の文においては、彼がいうのだった、と人称の妙。
    地の文は会話文で中断されなければ原則的に改行なし。
    おまえは何々だったなサンティアーゴ。と、作者の声なのか、サンティアーゴの自問自答なのか、も地の文に紛れ込む。
    地の文においても、たとえば208ページ、もちろん構わないのよ、いいことだと思っているのだった。と、直接話法?と間接話法?が入り混じる。

    自分(そして国)はダメになってしまった、遡ればいつからだったか?あのときだったのだろうか、と話しながら度々考えている。
    全体小説を書きたいと思った時、こういう文体と形式を選ばざるを得なかった。ボヴァリー夫人なんかは単純で純朴だ。
    ところで、アンブローシオが坊ちゃんに話しかけるだけでなく、旦那さんにも話しかけているが、誰?=たぶんフェルミン>108p。

    ※もっと分析を頑張るならば、地の文でこういう話、そこに混入するのは誰と誰の会話でどういう内容か、まで。
    また、各人物ごとにエクセルなどで時系列のマトリックスを作るのもおもしろいかも。


    上巻を読み終えてから下巻の訳者解説を読んで、面喰うのも無理はないと納得した次第。
    読み終え、各章ごとのあらすじをまとめ、登場人物の表(B5にたっぷり!)を作り、もっと分析したいと思いつつも果たせないので、いったんここで感想を書くことにする。

    ざっくり言えば、過去を悔いている(自分は、そして国は、いつから駄目になってしまったのだろう、という問いへの執着ぶりが独特)青年が、かつての実家の使用人と再会し、ラ・カテドラルという酒場で飲みながら対話する、という大枠。
    四方山話噂話過去話などなどが入り乱れ入り混じり読者は渦に巻き込まれていくが、中心にあるのは「(息子にとっての)父を巡る謎」。

    視点人物であるサンティアーゴの父は、政治にどっぷりの商人だが、ある種のセクシャリティを隠しており、ある殺人事件を機に息子が探り合ってしまう。(「間抜けのふりをするのはやめてくれ」「二人で率直に、ムーサについて、父さんについて、話をしようじゃないか。彼に命令されたのか?父さんだったのか?」という序盤の台詞が、後半に効いてくる)
    次の視点人物であるアンブローシオの父は、ムショ帰り。青春期の息子がいる家に帰り、息子の性格を曲げてしまう。
    さらに政治的重要人物であるカヨも、禿鷲と綽名される金貸しの父を持つがゆえ、独特なセクシャリティを持つ。

    というように、父ー息子ー政治や権力ー性、というテーマがあり、そこにアンブローシオの妻となる使用人のアマーリアや、差別意識の強いサンティアーゴの母や、カヨが囲う愛人のオルテンシア(=ムーサ)やが緊密に絡んでくる。もちろん性がかかわれば男女両面ひっつくのは当然なのだが。
    政治劇と個人劇がつながるのが性、というのは、下衆だが、吉本隆明や埴谷雄高を連想したりもした。

    ネットで感想を漁っていると、火サスをタランティーノやゴッドファーザーPART2っぽく書きました、という例えがあって、膝を打つ。
    「緑の家」と較べるとスケールの小ささは否めないが、むしろ日本の学生運動を連想したり、家庭の権力性を考えたり、と、自身に引き付けて考えるきっかけになるのは、こちらかなと思ったりもした。

  • 独裁社会についての予習をはじめる。
    1-VIは大学の話。

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