- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004313663
感想・レビュー・書評
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「論語」の翻訳は紹介、入門書は数多くあり、それなりに読んでいますので、取り立てて目新しいと感じるところはありません。著者なりの編集もわかりやすいのかどうか、何度も論語を読んでいる身には、何とも言いようがないです。但し、文章や翻訳は平明でわかりやすく読みやすいです。
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ラン友のおじさんが、
論語はいいぞ、と言っていたので読んでみた。
入門なので、2割程度の条文しか載っていないけど、
とてもおもしろかった。
読めば読むほど、
自分はまだ全然至らない人間と思えるし、
「マジ君子になりてぇ・・・」
と願わずにはいられなかった。
時間があったら論語も読んでみたい。 -
123.83//I53
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論語入門と銘打たれているが、「孔子とその弟子」といった内容。
孔子とその弟子たちの人となりが論語を通じて紹介されていてなかなか面白い。 -
白川静先生の「孔子伝」の読後、なんとなくモヤモヤしたものがあり、論語について読み返すことにした。つまり、孔子先生の理想のイメージが判らなくなったということ。
もっとも論語を読んだのは、40年前に中学の週1回のクラブ活動。
孔子伝のお蔭で、論語の成立には孔子死後のかなり後から付け加えられている条もあることを知り、また全体像が知りたくなったが、読み通す根性もないので、適当な入門書を探すことにしたわけ。
孔子伝では論語の基礎は、孔子の放浪につき従った顔回と孔子の家をその死後も守った子貢にあるとしている。本書は孔子と子路、子貢、顔回を中心に紹介されている。それ以外では孟子につながる曾子、荀子に繋がる子夏と説明される。昔の印象は弟子が多すぎて誰が誰やらだった。別名で呼ばれたりする所為もあると思うが、本書の書き方は痒いところに手が届くようで有難い。
孔子は「仁」を時により相手により、様々の言い方で説明している。明確な定義ではないわけだ。白川先生の全人格的概念というのはそういうことかと納得。詩経を琴をつま弾きながら歌ったらしく、今の学問と違うイメージ。古典は未整備だったという白川先生の論を思い出す。
論語に表わされる孔子と弟子たちとの会話。孔子が人間的で明るく、そして弟子たちが感銘を受けながら先生の話を楽しんでいたのがよく判る。孔子も言い過ぎて、前言撤回したり、フォローしたり、所謂堅苦しい古典を読むのとチョッと違う面白さがある。
子路は無頼あがりの一番弟子。先生大事の直情型。先生のお小言も多く、時に冗談でからかわれたりしている。
「子路聞くこと有りて、未だ之を行うこと能わざれば、唯だ聞くこと有るを恐る。」中島敦の弟子を読み返したくなったが、子路の純真を思うと泣いてしまうかも知れない。
子貢は外交でも活躍もし、商売の才能も高かったとのこと。孔子との会話はテンポが早く、生き生きしている。
その子貢がとても敵わないというのが顔回。最初莫迦かと思ったが、よく見ると莫迦じゃないとの孔子の評。この人の何が凄いのか、やはり不思議。孔子の門が政治家か官僚の養成所みたいなものと以前は思っていたが、顔回は純粋に学問を楽しみ、貧乏を顧みない。孔子自身も政治に係わり、世を改革したい野心が強かったが、顔回のような在り方にも強く惹かれていた様子。
論語にはお堅い古典とは違って、何か悠々としたところがある。勿論、弟子たちとのやりとりが生き生きしていればするほど、晩年の孔子の悲嘆は深く、残された子貢の辛さも残るのだけれど。
ますます、論語が好きになった。良い本に当たったと思う。 -
井波 律子 (著)
大古典『論語』から精選した百四十六条を味読する。その無類の面白さの中核は、孔子という人物にある。約二千五百年のはるかな時を超えて立ち上がる、臨場感あふれる弟子たちとの対話のなかに、不遇にあって大らかさを失わず、ときに笑い、怒り、慟哭しながら、明朗闊達な精神をもって生きぬいた孔子の、稀有の魅力を読みとく。 -
孔子が2m20cmもある大男だったとは知りませんでした。
朗らかで、ユーモアがあり、素直で、芸術も愛したこともわかりました。
孔子の語録ばかりではなく、ぐっと人間・孔子に近づくことができました。