マジカルグランマ

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.25
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022516046

作品紹介・あらすじ

第161回直木賞候補作!

いつも優しくて、穏やかな「理想のおばあちゃん」(マジカルグランマ)
は、もう、うんざり。夫の死をきっかけに、心も体も身軽になっていく、75歳・正子の波乱万丈。

若い頃に女優になったが結婚してすぐに引退し、主婦となった正子。
映画監督である夫とは同じ敷地内の別々の場所で暮らし、もう五年ほど口を利いていない。
ところが、75歳を目前に先輩女優の勧めでシニア俳優として再デビューを果たすことに!
大手携帯電話会社のCM出演も決まり、「日本のおばあちゃんの顔」となるのだった。
しかし、夫の突然の死によって仮面夫婦であることが世間にバレ、一気に国民は正子に背を向ける。
さらに夫には二千万の借金があり、家を売ろうにも解体には一千万の費用がかかると判明する。

感想・レビュー・書評

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  • “おばあちゃん“と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるでしょう?

    そうですね。漠然と聞いても答えられないかもしれません。では、”おばあちゃん”という言葉の前に形容詞をつけるとしたらどうでしょう? ”やさしい”、”親切な”、”かわいい”、こんな感じでしょうか。思えばポジティブな形容詞ばかりが並びました。”冷たい”、”不親切な”、”憎たらしい”、個別具体的な顔が思い浮かぶとこういった表現も出てくるのかもしれませんが、漠然とした”おばあちゃん”のイメージとしては違うように思います。では、その姿、見た目のイメージはどうでしょう?『なぜかエンタメの世界で描かれるお年寄りって、和服を着ていませんか?』と語る柚木麻子さん。確かに”50ン歳”と実は若い”磯野家のフネさん”も割烹着姿が思い浮かびます。『私は和服を着ているお年寄りってあんまり見たことがないんですよ』と続ける柚木さんが語られるようにエンタメ世界の”おばあちゃん”像と現実世界のそれは異なるように思います。また、世の中には色んな人がいるのに、歳を取ったらみんな”やさしい”、”親切な”、”かわいい”おばあちゃんばかりになるというのもなんだか都合が良すぎる考え方とも言えます。私はおばあちゃんっ子として育ちました。両親が共働きだったこともあって、恐らく私の人生の中では、母親と過ごした時間よりもおばあちゃんと過ごした時間の方が長いはずです。しかし一方で、叱る、怒る、躾けるという役割から一歩引いたおばあちゃんには、どうしてもポジティブな印象だけが残る、そういう側面もあるのだと思います。そんな結果としておばあちゃんというもののイメージがどこか単純化され、美化されていく、その先にポジティブな言葉、ポジティブなイメージだけが残っていく、そういった側面はあるように思います。『そろそろフィクションで描かれるお年寄りのイメージをアップデートしてもいいのでは』と語る柚木さん。この作品は、そんな柚木さんが描く”おばあちゃん”とは何かを問う物語です。

    『売れっ子になりたいなら、まずはその、髪の色を変えるべきよ』と言うのは『お抱え運転手付きのベンツですうっと会いに来てくれ』、『八十代を迎えてなお足腰も丈夫で美しく』、『この業界に誰よりも精通している』という紀子。そんな『紀子ねえちゃんを前にすると』、『自分が七十代半ばであることを忘れてしまう』という主人公の正子。『映画監督・浜田壮太郎にプロポーズされ』て結婚したものの『義母の介護にも子育てにも、まったく介入せず』に『女の噂が絶えない夫』といても『家族になったという実感をついぞ得られないまま』という正子は『夫とはこの四年間、一度も口を聞』かない生活を送ります。『一刻も早く、自活できるだけの収入を手に入れて』離婚したいと願う正子に『今の事務所を紹介してくれた』紀子。『脇役専門のシニア俳優の派遣』に特化した事務所に籍を置き『昔の芸名「尾上まり」は捨て、旧姓の本名「柏葉正子」としていちから新人の気持ちで頑張る』と意気込みます。しかし、『素人同然の同世代たちが次々に役を手にしていくので、あっという間にめげてしまった』正子。そんな時『その髪ね、黒くするんじゃなくて、むしろ真っ白にするべきだわよ。できるだけ、老けてみえた方が仕事の幅が広がると思うの』という紀子のアドバイスを受け『青山にあるガラス張りの美容院』を訪れます。『知る人ぞ知る芸能人御用達のお店』で、『まず、完全に白髪染めをやめてみるのよ』と言われる正子。『銀髪が増えたタイミングで、そこにラベンダー色を加えていく』というその説明。『肌なじみのいいきらきらしたグレイヘアになる』という正子の未来。そんな時、正子は高校時代のことを思い出します。『陽子ちゃんは街で唯一の映画館の一人娘だった』という親友と見た『ハリウッド映画のラストシーン』の山場、『ヒロインがようやくたどり着いた故郷に広がるラベンダー畑』。しかし『モノクロなので、さっぱり感動が伝わら』なかったという失望感。『高校卒業を前にして』、『汽車と船を乗り継いで、北の街に出かけた』という『生まれて初めてにして最後の女二人だけの旅』の思い出。『それから間もなくして、「北条紀子の妹」役のオーディションに行くことを勧めた』陽子。そして今に至る自分を思う正子。『自分を変えるなら、正子ちゃん、ピチピチの今、おやんなさいよ。今しかないわ』と八十になる前に踏み出すよう勧める紀子。そして、『心は決まった。失うものなど何もない』と決意を固めた正子。そして、この白髪染めをきっかけに『七十四歳にして、正子の人生の本番はようやく始まったのだ』という波乱万丈な正子の人生が動き出します。

    あらすじにある通り、『正子は75歳の元女優。携帯電話のCMで再デビューを果た』すところから物語が動き出すこの作品。それは、『髪の毛の色』という些細なことがきっかけでした。紀子に勧められ『染めるのをやめて、白髪交じりのまま放置』した正子の仕事量は目に見えて増えていきます。そして、『髪が徐々に淡い色に移行するにつれて、愛らしいとぼけた表情が自然と引き出されるようになった』と正子の内面にも変化が訪れます。『人を喜ばせることは昔から好きだった』という元々の人柄が上手く作用し”日本のおばあちゃん像”にぴたっとはまっていく正子。『年をとったら最後、愛玩動物系か、すべてを救済する魔法使いか、どちらかしか許されないような気がする』という通り、私たちは意識しないうちに、”おばあちゃん像”というものを勝手に作り上げているところがあるように思います。現実世界でも”日本のおばあちゃん”というような言い方で紹介されてきた女優さんがあの人、この人と思い浮かびます。日本に”おばあちゃん”は何十万、何百万、もっといらっしゃいます。それぞれが別人格でそれぞれの個性をお持ちで今日も元気でそれぞれの人生をそれぞれの舞台で生きている”おばあちゃん”たち。それなのに、”日本のおばあちゃん”というようなステレオタイプなイメージを当てはめて、まるで、それが日本国民の共通認識であるかのように語るのはよくよく考えるとおかしな話です。『あ、ちえこばあちゃんだ』と役名で呼びかけられ『自分のサインを欲しがったり握手したがる人がいるなんて』と驚く正子は、一方で『自分の個性なんて、髪色ひとつで消えてしまうものなのだと思うと、ほんの少し寂しい』と感じていきます。

    そして物語は、アップダウンを激しく繰り返す七十代の正子の人生を描いていきます。その中で、柚木さんは「マジカルグランマ」という書名に拘りを見せます。具体的には『マジカル○○』というその形容詞の方です。実は私、この作品を読み始めるまで”マジカル=Magical=魔法の”というように理解をしていました。そして、その表紙の印象からも”魔法使いのおばあさんが主人公のファンタジー作品”だと思っていました。それが全くの勘違いだったというのは、早々に理解しましたが、一方で、この作品が背負うものの重さに驚かされることになります。『「風と共に去りぬ」ってマジカルニグロ問題がヤバいって、どこかで聞いたことがあって』という本文中の会話のシーンに登場するその言葉。『ハリウッドでは、白人を救済するためだけに存在する、魔法使いのようになんでもできる献身的な黒人のキャラクター』のことを『マジカル二グロ』という『差別用語を使って、批判的に語られている』というその言葉。一旦、読書を中断して色々と調べてみて意外なことを知りました。2018年に公開されたアメリカ映画「グリーン・ブック」。アカデミー賞も受賞した作品であり、私も見たことがあります。人種差別が激しかった1960年代のアメリカ南部を舞台にしたこの作品では、そのさりげなく行われる差別、そして差別意識を前にした白人と黒人の友情が描かれていた、そのように思っていました。しかし、そこには、”白人の主人公を助けに現れる黒人”という典型的なアメリカ映画の型があるという批判が存在することを初めて知りました。思えば、アメリカ映画には、例えばモーガン・フリーマンさんが演じられる役所などで、白人と黒人の間に一種の型のような関係が描かれることが多いように思います。そして、そんな言葉を元に生まれたこの作品の書名「マジカルグランマ」。柚木さんはこの作品で、この”マジカル○○”のようなことが日常の色んな場面で意識されずに行われているということを描いていきます。それが『マジカルゲイ』であり、『マジカルジャパニーズ』であり、そして書名の『マジカルグランマ』でした。”日本のおばあちゃん”としてちやほやされてきた『マジカルグランマ』の正子。そんな正子は『ステレオタイプをなぞることは、声を持たない人々を傷つけたことになるのではないか』と気づきます。『おばあちゃんはこういうもの』という考えの中心にいた正子。『もてはやされる姿を見て疎外感を感じた人たち、例えば家族を持たない人、…愛される性質ではない人』など『いわばほとんどの老人を傷つけてしまったのではないだろうか』と気づき『確かに差別に加担していたのだ』と結論する正子。しかし一方で『やっぱり、女優としての道を探りたい』という思いから『この家をお化け屋敷にして、私がお化け役を演じるの』と、”日本のおばあちゃん”として、作られたイメージを真逆に転換する新しい自分の生き方を模索します。『そうしたら、もう女優として使ってもらわなくても、働き続けることができるわ』というその先に見える新しい未来へ向けて突き進む正子。とても重い問題を、エンタメ的要素を巧みに織り交ぜながら、重くなりすぎないように絶妙なバランスで描いていく柚木さん。説得力のある絶妙な落とし所へと収まる結末は、この畳み掛けるような中盤の構成あってのことだと思いました。

    『みんなから好かれるおばあちゃん像を作ることの裏には、「女性は年老いたら愛される存在でいろ」という抑圧があるんですよね』と語る柚木さん。”やさしい”、”親切な”、”かわいい”といった言葉を用いて安易に”日本のおばあちゃん像”を作り出し、そこに勝手に癒しを求めてしまう私たち。ステレオタイプなイメージで物事を考え、組み立てるのは、頭を使わずに済むこともあって、どうしても安易な方向に流されがちに思います。そして『そうしたことは女性への抑圧や差別意識と結びついていると思います』と続ける柚木さんの言葉にある通り、頭を使わずに済ませる安易な発想の中には、知らず知らずのうちに予想外な差別意識や、人を区別する意識が埋もれている場合があるのかもしれません。この物語に出会って、日常の何気ない感覚の中に、冷酷な意識が潜んでいる可能性がある、そのような気づきの機会を得ることができました。

    「マジカルグランマ」、思った以上に深く、重く、そして鋭く切り込んだ作品だと思いました。

  • 元女優で長らく専業主婦だった正子は、長らく敷地内別居中ながら離婚に応じてくれない夫と別居するための費用を稼ぐため、シニア俳優派遣事務所に登録。オーディションに何度も失敗しながらも、髪型と髪色を変えることによってついに携帯電話のCMに起用され一躍有名人になるのだが…。

    柚木さんの作品を読むたびに『~べき』というものを削ぎ落とされ自由になっていく気がする。
    例えばアッコさんシリーズでは派遣社員だの正社員だの、そもも社員だのの『~べき』から抜け出し、「伊藤くんAtoE」ではイケメンの輝かしくあるべき恋愛遍歴を見事木っ端微塵にしてくれた。

    この作品でも最初の正子は世間が求める「おばあさん」像を見事に体現したことによって人気を掴むものの、それは正子の本当の姿ではない。だから夫の葬儀の場で正子の本音を晒した途端に大バッシングに遭ってしまう。
    物語のためだけに作られた都合のよいステレオタイプなキャラクターのことを『マジカル~』と言うとは初めて知ったが、正子が初めに演じたCMのキャラクターはまさに『マジカルグランマ』だった。

    『マジカルニグロは白人しか助けない。マジカルゲイはヘテロセクシャルしか助けない。そしてマジカルグランマは健康な若者しか助けない。なぜなら、差別する側によって都合よく作られた人格だからだ』

    もちろん仕事として引受け契約した以上は、『マジカルグランマ』を演じ続けるのは当然だろう。だがそれを葬儀というプライベートな場面でありながら公然の場で崩してしまった正子は、一見迷走しているように見えつつもグイグイと前に進む。
    『マジカルグランマ』ではなくなった正子ではあるが、正子はその積極的な行動で周囲を巻き込み(勝手にやってきた人もいるが)、そのことで周囲の人々を再生させていく。
    同居する若い杏奈も驚くように、まるで生き急ぐかのように様々なことに挑戦する。
    それでいながら色んなことを柔軟に受け入れる鷹揚さもある。それが何故夫だけは受け入れ難かったのか。

    この流れであれば最後は大団円で正子は再びシニア女優として見事に返り咲き…となるのだろうが、そこは柚木さんのこと、ひと味もふた味も違う結末が待っている。

    • みやびさん
      先日は私の投げやりにも思われる感想にコメントありがとうございました。コメント返しどうしたらいいかわからず、ここでお礼申し上げます。
      あの作品...
      先日は私の投げやりにも思われる感想にコメントありがとうございました。コメント返しどうしたらいいかわからず、ここでお礼申し上げます。
      あの作品はああ書くしかありませんでした。
      そしてこちらの作品!好きだったけれどしばらく離れていた柚木さんの作品…マジカル〜という言葉もちろん知らず、この作品、一気に読みたくなりました。ステキな書評、ありがとうございます。
      2019/07/01
  • 映画監督の夫とは、敷地内別居の日々。
    正子は離婚と独立に向け、若い頃にやった女優に復帰しようとする。

    タイトルから、魔法のようにおばあちゃんが解決、といった話かと思ったら、違った。
    タイトルの由来が意外と深く、考えさせられる。

    いろいろやらかして、仕事がなくなり、すっかり嫌われ者になった、正子。

    欲望や表に出やすいところはあるものの、率直で、生身の人間らしい。
    偶像のおばあちゃんにはない、前向きに生きる力強さがある。

    最初は、杏奈のずうずうしさが引っかかったものの、みんなの力がうまくかみ合いだす後半は、楽しかった。

  • 明るい黄色の装丁の中央に赤いベレー帽をかぶり、真っ白な髪の毛に可愛い服を着て佇むマジカルグランマ
    てっきり明るく可愛いおばあちゃんが周りのみんなを笑顔で包み込み幸せにするお話かと思いきや・・・

    本当に75歳の正子さんには振り回されました
    しかし、そういう私の考え方そのものが、75歳のおばあちゃんは、いつもホッホッホと微笑みを浮かべ、酸いも甘いも噛み分けた物分かりのいい人であるはず、あるべきという固定観念があるのだろう

    そこに柚木麻子さんは、メスを入れたかったのかなと思う

    マジカルという言葉も、マジック(魔法)の形容詞形かなと思っていたら、全然違っていた

    マジカル◯◯
    マジカルニグロ
    ハリウッドでは、白人を救済するためだけに存在する魔法使いのようになんでもできる献身的な黒人のキャラクター

    マジカルゲイ
    楽しくておしゃれでお節介で、主人公の恋愛や仕事を手助けしてくれる女言葉を使う男性キャラクター

    マジカルグランマ
    いつも優しくて会えばたっぷりお小遣いをくれるキュートな、孫にとって都合のいいおばあちゃん

    誰かに褒められたい、認められたいという思いは、男も女も老いも若きも関係ない。しかし、自分を押し殺して、相手の望む通りの自分を演じるのでは、それこそマジカル◯◯だ

    何とか女優として、もうひと花咲かせたいと願う正子さんだが、マジカルグランマの役どころではなく、自分だけにしかできない役を目指していく
    老人という大きなカテゴリーに押し込められ、埋没しつつある自分に焦りを感じ、何とかしたい、そこから抜け出して、一人で輝きたいと飽くなき挑戦を続ける正子さん

    私の望んでいる生き方とはあまりにも違うため、ただただ驚き、後ずさりしたくなりそうだけど、人間そこでよしと立ち止まったら進歩も発見もないだろうから、ある意味見習わなくてはね

    最後の方になって、やっとこの本のテーマが分かった

    正子さんが、初Twitterで世界に発信したメッセージ
    『周りに求められるままふるまっていても時代はよくなりません
    声をあげませんか ♯M e Too 』



  • とにかく痛快で、最後まで面白かった!

    周囲の人が期待するような『かわいいおばあちゃん』を演じて一躍人気者になった正子さんが、ある日を境に一夜にして激しいバッシングの対象に。…なってからのバイタリティがとにかく凄い!とにかく貪欲!逞しい!
    そして彼女の好奇心と行動力は、我知らず、自分の中の可能性に気づかずに燻っていた周りの人達をどんどん巻き込んで彼らの人生を動かし、社会的なムーブメントまで作ってしまいます。

    そして、実はこのお話の肝は、女性や高齢者、有色人種、性的少数者などに対して昔も今もある差別について、気づかないうちに鈍感になっていないか、いつのまにか刷り込まれた『望まれる役割』を演じて自らを抑圧する事に慣れてしまっていないか、といった気付きをさりげなく促してくれるところにある、と私は思います。
    さすがは『エトセトラvol2』の責任編集をされた柚木麻子さんです。

    息子のパートナーに対しての正子さんの考え方が実に素敵でいいなと思いました。

    同じ作者の『ランチのアッコちゃん』にあまりハマらなかった人にも、この本はおススメしたい。

  • 75歳で再デビューした女優は、理想的な「日本のおばあちゃん」として人気を博すが…?

    正子は若い頃は女優としてそれなりに成功したが、映画監督と結婚して、夫の望むまま家庭に入りました。
    夫は自由に行動し、家事も育児も介護も任せっきり。
    もう4年も口をきいていないのだが、離婚を求めても応じない。
    正子は友人の勧めで髪を染めるのをやめ、脇役の老人として、再デビューします。
    一時は人気が出るが、イメージダウンした途端に大炎上。
    おばあちゃんは、優しく可愛くなければいけなかったのだ…

    マジカルとは、アメリカで「風と共に去りぬ」に出てくるスカーレットの乳母マミーのことをマジカルニグロというのと同じ使い方。
    あたたかく親切で、家族同然、奴隷であることに苦しんでなどいない、スカーレットを助けてくれる存在。
    これが白人の望む黒人の姿なのだという。
    差別する側は、そういう意識を抱いてイメージするのだと。
    そのイメージを守り続けることは、差別に加担すること?
    言われてみればわかる気はするが、そこまで考えてはいませんでした。

    この正子さん、性格上の一番の特徴は「目立ちたがり」で、ややおっちょこちょい、口も悪く、性格がいいってわけじゃない。
    でもいいところがないわけでもなくて、気が合う人はいるし、率直で生き生きしていて、諦めないでチャレンジしていく。
    自宅が増築を重ねたヘンテコで陰気な建物であること、自分のイメージダウンを逆手に取り、身近な人たちと組んで、次の仕事を始めるのです。
    さらに意外な展開が…?
    キョーレツだが面白おかしく、かつ鋭い指摘も含んでいる。
    熱っぽく、辛口で、突拍子もなくて、笑える、柚木麻子の世界☆

  • 「マジカルグランマ」のタイトルから「魔法使いのおばあちゃん」とぐらいに想像していた。でも、本作ではmagicalは異なる意味合いで引用されたようだ。
    小説『風と共に去りぬ』を引いて説明されていたのだが、主人公・スカーレットの乳母・マミーの存在の解釈が実に興味深い。マミーはスカーレットを温かく厳しく見守り続ける黒人女性と概ね思っている。しかし、ハリウッドでは白人を救済するためにだけ存在する魔法使いの様になんでもこなせる献身的な黒人のキャラクターであって、マジカルニグロと敢えて差別用語を使って批判的に語られることもあるというのだ。同様にマジカルゲイも挙げてあった。物語を進めるためにだけ存在するおしゃれでおせっかいな同性愛者。差別を受けているのに忠誠が揺るがないのはおかしいと指摘してあった。マジカルニグロは白人しか助けない、マジカルゲイはヘテロセクシャルを援ける。それは差別する側にとって都合よく創られた人格だからという。
    おばあちゃんと云えば、白髪頭に和服を着て杖をつく穏やかで優しそうな像が結ばれる。時代は変わりもはや当てはまらない。というより、そんなのって実はあり得なかったのではないかとも思えて来る。
    理想的な偶像は便利な存在を求められたからからかもしれない。お互いがうまくやっていくには都合が良い。この世界が押し付けてくる規範に抗うことができるのは、自分と似たような立場の誰かと助け合うことかもしれないと、正子は幼なじみの陽子ちゃんを見つけ出し、老人ホームにいた痴呆症気味の彼女と住む決断をした。
    といっても、正子は偏屈な女子ではないのよ。近所の若い主婦や子供たち、地方から舞い込んで住みつく若い女の子、折り合いが悪い息子らと、遺されたお屋敷で面白い計画を思いつく。
    老いてもなお、自分の気持ちを大事に他人の目を気にせず果敢に挑む正子は痛快。手際よく食べ物をふるまう正子は料理の腕も確かだろう。

    ★同著者による「本屋さんのダイアナ」も好きです。

  • 夫が遺した負債を返済するため柏葉正子は自宅を売却しようとするが…。映画監督だった夫を崇拝する杏奈をはじめ、大勢が関わることで「屋敷」はどんどん変化していく。

    久々に自分よりも年上の主人公に出会った。突然ころがり込んできた杏奈との関係が変化していく過程がコミカルだ。2人には50歳近い年の開きがあり、最初のうちは主従関係のような間柄だったものの、だんだん両者がウィンウィンのような関係になっていく。独居の野口さんが役割を担うことで生き生きとしたり、明美さんが能力を発揮したり、息子孝宏が本音を話すなど、周りの状況がどんどん好転する。正子も夢に一歩一歩近づいて行く。ああ、予定調和的な結末なんだなあと思うとちょっと嫉妬してしまう。主人公は俳優としての武器があるからこそ成功するのだ、と。

    ところが、最後に思いがけない結末を聞かされる。そこに「マジカルグランマ」の真の意味がある。未来に向かって奔走する75歳の主人公を、心から応援したいと思うラストだった。

  • 行動の速さと自分へのチャレンジ精神☝️。
    勇気と元気をたくさんもらいました

  • 元女優の正子。結婚後は引退し主婦となるが、75歳にして俳優業に復帰した。理想のおばあちゃんとなるも、ここ5年ほど口もきかぬ人となっていた映画監督の夫が亡くなる。仮面夫婦がばれて人気が落ち、さらに相続によりお金が必要になることが判明。夫に憧れてやって来た監督志望の杏奈、そして近所の人々とともに降りかかる危機を正子はどう切り抜けるのか。
    普通で一般的な高齢者が主人公の小説ではない、元女優ね。『風と共に去りぬ』を絡め、自分の生きる道を探る正子のお話。元女優の彼女がどんなことをしてゆくのか興味深く読み進めた。しかし、物語の世界に上手く入っていけないのか、無理に作っている感があり馴染めなかった。後半のお化け屋敷を作るところからエンジンがかかった風であるが。"マジカル"より自分の道を突き進んだ正子の姿は良かったけれどね。

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著者プロフィール

1981年生まれ。大学を卒業したあと、お菓子をつくる会社で働きながら、小説を書きはじめる。2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。以後、女性同士の友情や関係性をテーマにした作品を書きつづける。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞と、高校生が選ぶ高校生直木賞を受賞。ほかの小説に、「ランチのアッコちゃん」シリーズ(双葉文庫)、『本屋さんのダイアナ』『BUTTER』(どちらも新潮文庫)、『らんたん』(小学館)など。エッセイに『とりあえずお湯わかせ』(NHK出版)など。本書がはじめての児童小説。

「2023年 『マリはすてきじゃない魔女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

柚木麻子の作品

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