家庭の医学

  • 朝日新聞社
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  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022577986

感想・レビュー・書評

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  • いわゆる「家庭の医学」のように要所に「見出し」が入っており、その語句の意味が書かれているために、短篇のペースで読める連作。
    扱われている問題が問題なだけに軽い調子で語りたくはないけれど、それでもあらすじにもあるように物語の内容を簡潔に言ってしまえば「末期がんになった母を看取るということ」であり、それ以上でも以下でもない、といえば、ない。乱暴に言ってしまえば「よくある話」と読むことはいくらでも出来てしまう。「余計」なものは一切なく、徹底して末期がんの母に関わるところから視点を動かさないからだ。
    その「よくある話」にみえるということをどう考えるか、がこの話の大切なところだと思う。たとえば、定期的に日本のテレビドラマ、映画、ドキュメンタリーなどでもがん患者とその家族の姿は題材として扱われるし、それと同じようなものだ、と大枠で捉えること。たとえば、がんとの闘いの当事者や身内として同情したり反発したりすること。読書に正しいも間違っているも無い、と思っているから、基本的には本が読者の元に届いた時点でその物語は読者のものになったらよいと思っているから、「こう読むべき」なんてことは言いたくない。だけど、この話に限っていえば、少し慎重になった方がよいのではないかと思う。
    私にはちょうど今、身内にがん患者がいる。たまにそのさまを他人に話す機会がある。遡れば、私が幼く記憶にない頃には祖父ががんと闘い、その末に亡くなった。その話は母から何度も聞かされている。いずれにしても、その闘病話を他人に語るとなったら、つまるところ「家庭の医学」と同じような内容になるのではないかと思う。あるいは、他人の耳に残る情報は「家庭の医学」程度のものになるのではないかと思う。いわゆる起承転結に話を要約してしまえばそういうことになるのだと思う。同じ病気になった者が辿るものはある程度似通うもので、何か所か分かれ目があって、そこで多少話の内容が異なってきて、でも人である以上いつかは死ぬ。ある意味「みんな同じ」「みんな平等」という感じだ。だけど、人間一人一人の人生はどれも唯一無二のものであるはずだし、だからそれぞれの物語も唯一無二であるはずだ。つまり、大枠の話が語られるだけで他人が「分かる」ことなんてあってはならない。語りの聞き手は、真摯に想像力を働かせることが必要だし、それでどれだけ話の芯に近付けたつもりになっても決して本当の話に触れられたとは思ってはいけない。特に悲しみや苦しみに関する話についてはそうだと思う。似たような悲哀は沢山あるだろうけれど、どれも異なっていて同じものはそうないと思う。だから、「よくある話」にみえるものほど丁寧に目を凝らして耳を済まして感じないと大事なものを受け取り逃してしまいそうな気がする。それが語りの聞き手に求められる姿勢だと思う。
    ただ、この話から感じられる寂しさ、というのか不気味さというのか、というのも心に残ってしまう。個人が匿名になった途端ありきたりな存在になってしまうような感じが出ていて、どうも怖いのだ。ゲスの極み乙女。の「私以外私じゃないの」じゃないけれど。サカナクションの「アイデンティティがなああああい」じゃないけれど。「私とは何者なのか」よく分からなくなってしまう事態やその問いかけへの確固たる解答を見いだせないのが現代人の抱える重大な問題の一つだという。自分という存在は簡単により大きな枠に溶け込んでしまうもののように思われることがある。「そうじゃない」と自分個人のことを語るということを行うものの、その語りの内容すら一定の型にはまってしまうこともある。「家庭の医学」の独特の描き方はそういった問題も踏まえているように思う。
    グダグダと頭に浮かんだものを綴ってみたが、「要するに」な話は柴田さんのあとがきに書いてある。翻訳家は多くの場合その作品を強烈に愛している人だから(であって欲しいから)、そんな人が書く訳者あとがきの内容は大体素晴らしいのだけど、本作のあとがきは個人的に特別好きだ。こういうことを書ける人になりたい、と心底思わされた。

  • 「あまりに強烈な愛の自壊などをテーマとし、個人と個人の濃密な関係を呪縛的なリズムを持つ文体で書く作家、というのが第一の要素であり、そこに、エイズ患者を助けるホームワーカーを語り手とする連作短編「体の贈り物」や、母を看取る過程を描いた本書などが加わって、いわば「介護文学」のすぐれた書き手でもあるという第二の要素が加わっている、と ひとまずまとめてよいと思う。」
    (引用 P123 訳者あとがきヨリ)
    レベッカ・ブラウンについて、さすが訳者、すごいコンパクトにまとめてあります。

    私はこの「第二のレベッカ・ブラウンの要素」が大好きです。
    透明で感傷的でなく(涙お頂戴じゃなく)、淡々としていて冷静だけれども、愛情深い。
    偶然にも(偶然じゃなく、心のどこかで選びとっているのかもしれませんが)同時期に読んだ「そして目覚めない朝が来る(大島真寿美・著)」とは、まったく違う「死」がここにはあります。(大島氏の「やがて・・・」も嫌いじゃないですけれども。)

    「体の贈り物」は傑作。あれにかなう本なんてないんじゃないの?というくらい。・・が★5つなので、こちらは★4つにしてみました。

  • 著者の母が発病してから、息を引き取るまでのノンフィクションストーリー。

    透明感があって、すっきりとまとまっていて、タイトルの通り、癌の進行順に(貧血、転移、モルヒネ等)語られています。

    それぞれの症状別に解説も付されていて、次の物語に進む前に、その全体について把握する、確認するような、手順というか、読み進めていくと扉をどんどん開いていくような戸惑いと後ろめたさを感じます。

    読むと、進んでいってしまうのですよ病気が…哀しいことに。

    母とその家族のエピソードがやはり美しいというか、胸に沁みるようなじ~んとしてしまう物が多いです。

    柔らかな母の皮膚が、どんどん脆くなっていってしまう場面、
    金色の母の髪など、実感を伴った言葉が、読んでいるこちらの心に入り込んでくるような気がしてしまう。

    決して嫌ではないのですけども。

    …所謂介護物です。

    入院時のエピソードは、私自身が入院した時、また、祖父が亡くなったときを思い出してしまいました。

    著者の取った行動は立派。

    介護ものであると同時に良い家族物、そして肉親の死を、どのように受け入れて、折り合いをつけていくのかについても考えさせられました。

  • この本に書かれているのは「大切な人を看取る」ということ。ただそれだけだ。

  • ーーいまふり返ってみて、母が徐々に死んでいく姿がやっと見えてくる。ふり返ってみるなかで、母は何度も何度も死ぬ。(p.30)

    肉親、しかも母子家庭における母の死。看取る中で膨大な感情が湧き出ているはず。けれど、筆致は極めて抑えられ、ページ数にしてたった119ページ。淡々と事態は進む。
    けれど、そういうものだったかもしれない。目の前で起こる(あるいは想起される)受け止めきれない事態に対して、たとえ感情は湧き出ていたとしても、言葉の形はとりにくかったかもしれない。何度も何度もシーンをなぞる中で、それは徐々に「言葉」という説明の殻を纏っていったかもしれない。事後的に、それは「事実」として再構成されていたのかもしれない。
    断定はできない。いつだって二人称の死は極めて個人的な体験なのだから。

  • 闘病から緩和、鎮静まで、患者の家族目線のナラティブな本。

  • 良かったのだけど、「体の贈り物」のイメージがまだ鮮烈だからつい比べちゃって3点。

  • 医学書のような各編のタイトルに沿って語られる、末期癌の母の介護。
    何度も何度も死んでいく母。
    それは著者の中で、看取ってからずっと起こっていることなのだろう。
    客観的な美しい文章だった。
    手元に置いていたい一冊。

  • 『家庭の医学』
    癌になったお母さんの看病をする娘さんの手記みたいな話。

    河合隼雄さんと小川洋子さんの対談の本で紹介されていた。
    「寄り添う」っていろいろあるなぁ…と_φ( ̄ー ̄ )

  • 一見、主婦の友社あたりが出していそうな(事実出してる)タイトルだが、翻訳が柴田元幸。当然、違った。胃がんを、それも末期の状態になってから知った母親を介護しつつ、その過程を示す医学用語を散りばめながら、淡々と追った闘病記である。しかし実際は「闘」う余裕などは無く、家族が、特に末っ子である著者が、失われていく母という存在を、そして失われるという事実を受け入れていく様が、水彩画のような穏やかさを持って綴られていく。哀しいけれど受け入れる、そのしなやかな強さがとても印象に残った。

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著者プロフィール

1956年ワシントン州生まれ、シアトル在住。作家。翻訳されている著書に『体の贈り物』『私たちがやったこと』『若かった日々』『家庭の医学』『犬たち』がある。『体の贈り物』でラムダ文学賞、ボストン書評家賞、太平洋岸北西地区書店連合賞受賞。

「2017年 『かつらの合っていない女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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