光炎の人 (上)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店
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感想 : 26
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041101452

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  • 徳島出身、煙草農家の三男、機械、電気に魅せられ自分の行く道を模索している青年音三郎。明治から大正、まだまだ簡単に情報が入ってくる時代ではない。世相への嗅覚を鋭くし、いかに能動的に動けるか。何かを成し得ている男はだいたい貪欲だ。音三郎は少し違う。完全に研究者。好きなことだけずっと考えていたい。彼には驚くほどの出会い運がある。だから研究に没頭していても、向こうから出会いがやってくる。最高に幸運な男だ。上巻ではまだ何も成功していない。準備段階。下巻ではどのように抜け出していくのか。とても楽しみ。トザ、やったれ。

  • 近代日本の黎明期、徳島の寒村に育った音三郎は、実家に心残しながらも ”機械” の魅力に惹かれて池田のタバコ工場で職工見習いとして働き始める。

    やがて音三郎は先輩職工に誘われて大阪の工場へ。
    大阪工業会のドンに見出されて、転職。
    技術開発に携わりたいという夢が現実のものとなっていく...

    とスジをまとめると、明治大正の立身出世のエエ話、のようである。
    が、このフィクション、
    日本経済界の後ろぐらさを 音三郎という人物を中心に描き出した強烈な皮肉である。
    平成の世に繰り返された、東電原発事故や、それに関わった "エリート”達の不誠実さ。あるいは、小保方事件とその隠蔽、亡くなったキーマンなどをあれもこれも思い起こさせる。

    音三郎は、よく言えば、集中力がある技術屋だろうが、自分の好きなこと以外に関心を払わない、コンプレックスが強く嫉妬深いのに他人を見下している、器のちっちゃーい男だ。
    まさに失敗を認めることができない、ごめんなさいがいえない、日本の”エリート”層を映した存在。

    上巻最後に出てくる実験の大きな失敗と、それに対する無反省は、人間らしい気骨?哲学?のない技術が、どれほど人を傷つけるかを予感させる。

    下巻へGO

  • 木内昇が紡ぐ歴史の中に埋もれた物語には、いつもひたむきな人が登場する。その不器用さに多少の歯痒さを感じながらも、読むうちにいつの間にか主人公の目線と同化して、歴史のうねる波間を漂うことになるのが常だ。この「火炎の人」も、主人公である音三郎の真面目さと天賦の才の徐々に開花する様を追いながら、やはり同じような感慨を覚える。

    しかしその印象は、主人公の向上心が少しずつ常軌を逸するにつれ変化する。自身の功績のためではなく探究心に突き動かされていた筈の向上心が、他人を蹴落としてまで這い上がろうとする野心へと変わっていく。その変化は丁度、二分冊の上巻から下巻へ映るところで、際立って起こる。実験を手伝って負傷した者より自らの成果が台無しにならぬようにすることに執着し、やがて出自を偽ってより高い地位を得るべく奔走する。はたと、これは芥川龍之介の蜘蛛の糸をなぞらえた物語なのだな、と気付く。

    己の欲望にまるで気付かないかのような性格の音三郎の前に開けた自分の才で切り拓ける道。給金のほとんどを家族の仕送りに充てながらも新しいことに触れられる喜びで満たされていた筈の思いは、やがて己の向上心にのみ執着するように変わっていく。カンダタのように一本の蜘蛛の糸にすがるように、己の道を進もうとする主人公の背中にべったりと張り付きすがる、産みの親と思しき人物。大震災に乗じて切ったかに見えた縁は、まるでカンダタの背後から迫ってくる亡霊たちのようにしつこくどこまでも追ってくる。それを振り切ろうと非道な言葉を吐けばどうなるか。

    最終章において起こる語り手の交代は、予想されていたとはいえ、悲劇的な結末を決定づける効果が大きく、まるで映画の中で流れる音楽が物語の顛末を告げるような印象を残す。歴史は未来から見た必然によって解釈されるべきではないし個々の歴史を単に束ねたものでもないと、木内昇を読むたびにしみじみと思うものなのだが、これ程までに大きな流れの中に沈んでゆく人物を描かれると、その思いも乱される。個は全体の中において飽くまでも要素でしかないのか、と。市井の人々に焦点を当ててきたこれまでの木内昇とは、やや趣きを逸にする作品だと思う。

  • 私が心酔する作家木内昇、彼女の魅力のひとつはまるでその時代に生きていてそれを見聞きしたかのように描く精緻を極めた筆力。
    そして本作では明治から昭和初期の一人の技術者を取り上げるのだが専門的な知識を交えながら葛藤する心の描写はどれだけ取材を重ねようが出来るものではなく何かが憑依した?とも思える程のリアリティはこの人の真骨頂。
    物語としてはどてらい男(古っ)のエンジニア版かと思いきやそうでなくページを捲るたびに「漂砂のうたう」に代表される時流の悪魔に翻弄されて行く主人公。
    いままでの作品になかった重苦しさを纏いながら下巻へ

  • 技術者の生き様が見れた
    自分の開発を進めるが故に変わって行く主人公
    最後は友に殺され少しかわいそうだった

  • 夢中になって読んでいた
    電気のこと、明治から昭和の時代のこと
    専門的な事や歴史上のことなど、難しいことも多かったけど
    ぐいぐいと引っ張られるように物語の中に引き込まれる
    人は、こわい。破滅へと向かう人は特にこわい
    本人はそんなこと全然わかっていないのがこわい
    楽しい話ではないけど、読んでよかった

著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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