- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041131862
作品紹介・あらすじ
舞台は昭和初頭の神楽坂。影の薄さに悩む大学生・甘木は、行きつけのカフェーで偏屈教授の内田榮造先生と親しくなる。何事にも妙なこだわりを持ち、屁理屈と借金の大名人である先生は、内田百間という作家でもあり、夏目漱石や芥川龍之介とも交流があったらしい。先生と行動をともにするうち、甘木は徐々に常識では説明のつかない怪現象に巻き込まれるようになる。持ち前の観察眼で颯爽と事件を解決していく先生だが、それには何か切実な目的があるようで……。偏屈作家と平凡学生のコンビが、怪異と謎を解き明かす。
感想・レビュー・書評
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この小説は内田百閒の好きな方ならとても楽しめると思います。
私は芥川龍之介や夏目漱石が出てくるくだりは面白く読めましたが百閒は積読中なので、面白さがいまひとつわからなかったと思います。
百閒とは怪異や亡くなった人の話を書かせると上手い作家だということでした。
第一話 背広
昭和の初め関東大震災が起こった八年後、市谷の私立大学に通う甘木は食事も出す喫茶店でドイツ語学部教授の内田榮造と出会います。
その時、甘木は友人の青池に借りた背広を着ていましたが、女給の宮子の間違いで榮造の着てきた背広を着せられて帰宅します。すると甘木はおかしな夢を見ます。
それを聞いた青池は…。
果たして内田榮造は漱石の門下の内田百閒でした。青池にはとあるたくらみが浮かんだのです。
第二話 猫
甘木と内田先生は宮子のカフェでときどき会うようになり、そこに青池も加わりました。
カフェ千鳥には新しく若い女給の春代が入ってきました。
甘木は大人しい春代に魅かれて病気で店を休んだ春代を宮子と一緒に見舞いにいくことになります。
百閒先生は「おかしな娘には気をつけなさい」といいますが、果たしてその意味は…。
これもまたちょっと不思議な話です。
第三話 竹杖
甘木はステッキをつき、和服の男に出会います。
その男に甘木はどこかで会ったことがあるような気がしますが最初は誰なのかわかりません。
でも次第に、その男の正体がわかってきます。
内田先生は『山高帽子』という芥川龍之介との思い出を小説にしていました。
その男は亡くなった芥川龍之介のドッペルゲンガーだったというお話です。
ドッペルゲンガーとは自分とそっくりの分身でそいつと顔を合わせると死んでしまいます。
内田先生にはドッペルゲンガーがとり憑いていたのです。
第四話 春の日
内田先生の元教え子で笹目や多田と同期の伊成の話。
内田先生には自分の怪異のせいで伊成が亡くなったと思い伊成の実家のいなり屋を訪れています。
甘木も狐に化かされていなり屋で迷子になってしまいます。
内田先生は伊成のドッペルゲンガーに未来の話を聞き、伊成は病気で亡くなったのだと諭されます。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
内田百閒(閒の字は作中では敢えて間で表記)先生を探偵役に、甘木という内田先生の教え子の目を通して不思議な世界を描く。
内田百閒と言えば「ノラや」のイメージが強すぎて猫好きな先生なのかと思っていたら、取っつきにくい怖そうな先生として描かれている。
食べることが大好きだがこだわりがあり、整理整頓が好きで、ドイツ語教師としては鬼のように恐れられていて、だが一方で常に借金を抱えていてそこはルーズで。
何よりも不思議な世界とずっと関わってきていて、内田先生の周囲では人死が多い。
漱石先生、内田先生の教え子たち、そして芥川龍之介。
芥川龍之介が描いたという『百閒先生邂逅百閒先生図』という不思議なタイトルの不思議な似顔絵。
こういうものがあるとは初めて知ったが、その解釈がまた面白い。
これをこのような不思議な事件に発展させるというのはさすが作家さんだと感心。
読後調べたら、甘木という主人公の名前は『百鬼園随筆』にも度々登場するらしい。
この辺りも作家さんの遊び心が感じられて楽しい。
また内田先生と芥川龍之介との親交の深さも感じられて興味深かった。
背広、猫、竹杖…様々なモノが起点となって始まる、ちょっと怖くて不思議な世界。
そこに引き込まれて時には命を落とす者もいるが、甘木は意外にも強い。
彼の、人の印象に残りづらい平凡な容貌と、優しくも粘り強い性格が内田先生を助けている。
一人で異世界と闘ってきた内田先生の変化も楽しい。
作中に出てきた内田先生の『冥途』やタイトルにも使われている『百鬼園随筆』にも興味が出てきた。そのうちに読んでみたい。 -
影が薄い大学生と偏屈で有名な大学教授のコンビが、遭遇する奇妙な出来事の謎を解く連作短編オカルトホラーミステリー。
物語は主人公の甘木という大学生の視点で描かれていく。
◇
大学生の甘木は午後の講義が終わった帰り、夕食を摂ろうと行きつけのカフェに入った。
ここ●喫茶千鳥には週イチで来る甘木だが、影が薄く存在感が希薄なため、未だに女給から馴染客として扱ってもらえない。
そんな自分を内心で嘆きながらふと隣のテーブルを見ると、そこには大学で見知った顔が口をへの字に結びギョロリとした目でアイスクリームを睨んでいる。偏屈で厳しいと評判の内田榮造教授だった。
(第1話「背広」)全4話。
* * * * *
名探偵役を務めるのが、百閒先生こと内田榮造です。
漱石山房のメンバーの中でも変人として知られた百閒は、独特の作風が特徴の作家で優れた ( 変わった?)短編を多く残しています。
気が向かないことには関わろうとしない性格だったと伝わる百閒ですが、本作では門人には寛容だった漱石に似て目下の者に対する面倒見がよいという設定です。作中の百閒は、主人公たちを助けようとして怪異に挑みます。
また、気難しい顔から一変したゴキゲンな顔で百閒がアイスクリームを味わうシーンがありますが、子どもじみたところがあったという百閒らしい描写だったと思います。
そのように、登場人物から小道具、エピソードに至るまで、百閒ファンはもちろん漱石や芥川のファンも思わずニヤリとしてしまう構成になっています。
その他にも、主要舞台となる「●喫茶千鳥」にもおもしろい物語を用意するなど、凝り性の三上延さんらしく、背景もよく考えられていました。
もっと書きたいのですが、ネタを割ってしまいそうなのでこのあたりで置いておこうと思います。
ところで、もし三上延さんが続編を考えていらっしゃるのならお願いがあります。
百閒先生の『ノラや』という随想が私は大好きで、不器用な先生が可憐な野良猫に愛情を注ぎ、愛猫を喪ってロス感に悲しむ様子には共感してしまいます。
そんな百閒先生の猫好きの一面を、ぜひ続編で描いてくださいませんか。
三上先生、編集者の方、どうかご一考ください。お願いします。 -
「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズの三上延。今作は、推理物というよりはオカルト•ホラーです。
内田百閒(1889〜1971)は、アンソロジーに収められた短編をいくつか読んだくらいで、私は馴染みがない。黒澤明の映画「まあだだよ」の人、という印象が強い。
主人公の甘木は大学でドイツ語の講義を受けている内田教授と近しくなる。そのきっかけとなったのは教授が着ていた背広で、それはかつて内田教授が師事していた"ある人物"の形見分けの品だった…。
「背広」「猫」「竹杖」「春の日」の4話連作です。どれもじわじわと恐怖感が増していく感じの物語で、楽しんで読めました。
"証拠を積み重ね、推理をもとに真犯人を追う"的な『事件帖』ではありません。推理物でもS Fでもなく、あくまでオカルトです。…「オカルトとUFOはS Fの敵!」という"コアなS Fの人"には合わないだろうなぁ(笑) -
実在する人物が登場しているので背景も知りたくなり検索しながら読んでしまうと時間がかかります。
主人公は影の薄い甘木という学生。ドイツ語の内田先生と親しくなるにつれて、怪異に遭遇してしまい、、、。
最近多い怪異や妖ものかと思いきや、大正から昭和という時代背景もありスピード感よりもジワジワくる薄気味悪さを感じる怪異物でした。 -
市ヶ谷の私立大学生・甘木は、極端に印象が薄く、他人の記憶に残らないのが悩み。
しかし、カフェー〈千鳥〉で出会った、ドイツ語教授・内田先生は、彼の名前を憶えていて……。
昭和初期における教授と学生という、節度ある距離感。
それでいて、相手を思い、きちんと向き合う、独特の関係性がよかった。
ドッペルゲンガーが現れたり、教授の周りには死が多かったり。
ホラーチックなストーリーですが、おどろおどろしくなりすぎない。
教授と甘木の絆が感じられ、バッドエンドにならない、と信じられるからかも。
内田百閒をよく知ってると、よりおもしろかったのかも。 -
不思議を味わい尽くした一冊。
一言で言うと美味だった。
昭和初期を舞台にした内田百閒こと内田榮造先生と学生の、それはそれは世にも不思議な物語。
背広が、猫が…偏屈先生の周りで起こる怪異に学生の甘木と磁石のように吸い寄せられた。
不思議な時間と小さな笑いを味わい尽くし、うなじが粟立つようなゾワリとした後味までまた美味。
第三話はこれぞこの世のものでないるつぼ。
ぐるぐる吸い込まれそうな感覚が面白い。
第四話は桜の季節の哀しみと怪異の溶け合いが醸し出す儚い雰囲気がとても好き。
数々の不思議の続きを夢の中で味わいたいぐらい。 -
昭和初頭の神楽坂。大学生の甘木は、偏屈な教授・内田榮三と親しくなる。先生は内田百間という作家で、著名な作家たちとも交流があったらしい。そんな二人の前には怪異と謎が立ちはだかって──。
実在の作家・内田百間が登場する文豪ミステリー&怪異譚。ビブリア古書堂シリーズを書かれたこともあり、こういう作家や作品を絡めた物語作りはさすが。どちらかと言うと怪異譚寄りかな?タイトルから難しい話かと思いきや、そんなに偏屈じゃなく軽快に読める連作短編集。でも、ビブリア古書堂シリーズに比べるとパンチが弱いかなという印象。
『背広』
影が薄い私大生・甘木が喫茶店で出会ったのは、偏屈で厳しいことで有名なドイツ語部教授・内田榮三だった。同じテーブルで会話が弾んだ後、家路へとつく甘木は榮三と背広を取り違えたことに気づいた。後日返せばいいと思っていたところ、甘木は奇妙な夢を見て──。
「深くなる、夜になる、まっすぐになる」
川へと身を沈めていく夢に、心まで溺れて冷たくなってしまうような情景が怖ろしい。まさに熱でうなされている時に見る夢!そこから始まる背広の由縁と、その消失。背広を持って行った友人・青池はどこへ行ったのか。謎を解きながらも、怪異がつうっと隣りを通る感覚が面白い。
『猫』
喫茶「千鳥」の女給・春代が先々週から具合を悪くして休んでいるという。気になった甘木は女給の宮子とともにお見舞いへ行こうとする。すると、榮三は「おかしな娘には気をつけなさい」と釘を刺してきて──。春代とともに暮らす三匹の白猫。それは亡くした家族の人数だけ引き取った猫たちだった。訪ねて行った先で甘木が出会ったものとは?!
訊く人によって全く違う春代の性格。借りてきた猫のような態度は、猫をかぶっているだけなのか?そこに得体の知れない奇妙な事件が重なる。暮らしの中に怪異が滲んでくるのが怖い。猫の手も借りたい事件を解き明かした後に残ったのは、こっちが寝込みたくなるぞわぞわ感。「犬は人につき猫は家につく」ということわざをふと思い出す話だった。
『竹杖』
甘木は榮三の元教え子である笹目と出会う。彼と飲んだ晩、竹の杖をついて歩く男と出会う。笹目はその男に陽気に声をかけたが、何も答えない。甘木がどなたですか?と笹目に訊くと「芥川龍之介先生だよ」と事もなげに答えた。だが、芥川はすでに亡くなっていたはずで──。
ここでぼくは内田榮三=内田百間先生が実在の人物だということを知るという(笑) 「百間先生邂逅百間先生図」という実際に芥川が描いたとされる絵が登場!なんじゃこりゃ?!という謎すぎる絵なんだけど、これが重要な意味を持ってくる。この話から怪異の侵食が深まって、榮三と甘木の立ち位置が揺さぶられていく。芥川作品とも繋がる内容で、そちらも読んでみたくなった。このあたりはさすが三上先生だなと。
『春の日』
笹目たちの同期であり、病死したある青年の物語。そこに甘木は怪しげな狐によって導かれ──。春の日に散るもの。春の陽に咲くもの。どう生きようとも季節は巡るのだから。二人の選んだ道がずっと続きますように。
p.18
「誰からも見られる気遣いがなければ、見ることだけに集中できるじゃないか。影が濃すぎるのも考えものだ」
p.49
「きれいに並んでいるものは記憶に残るものだ」 -
文芸カドカワ2017年10月号背広、2019年7月号猫、小説野性時代2022年8,10月号に書き下ろしの春の日を加えた4つの連作短編を2023年9月角川書店から刊行。大学生の甘木と先生の内田百閒の怪異探偵譚。謎めいた内田百閒もさることながら、甘木にも異能力がありそうだし、喫茶店の宮子にしても普通ではなく、怪しい。というレギュラーメンバーが不思議な事件に遭遇する話は、楽しく面白い。