屋烏 (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062733786

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  •  乙川優三郎「屋烏(おくう)」、2002.2発行、5話。第2話「屋烏」:弟を育て行かずどのと言われた小松原揺枝の生き様や良し、その揺枝の心に惚れた宮田与四郎良し。第1話「禿松(かぶろまつ)」:奥田智之助に嫁いだとせの「おまえさま、しっかり」、嫉妬を超えた愛情が伝わってきます。第5話「穴惑い」:34年かけて父の仇を討った関蔵、34年ひたすら待ち続けた喜代。2人で江戸へ。江戸での新しい人生に拍手を!

  • これ以上ないくらい大好きな話。何より、タイトルともなっている屋烏は一番お気に入り。文章というより、内容そのものに味わい深みがある。

  • 主人公が粉骨砕身するような、「生き方教本」ではないだろうかと少し手が出ずにいた。でも聞くところによると、そういう物語を書く人ではないらしい。
    図書館でしばし立ち読み。
    そして、衝撃を受けた。
    短編が三作あって、その二作目「安穏河原」の冒頭。
    少し長いが・・・。

     あれはたしか六歳の秋だったから、享保十七年のことになるだろうか。父母に連れられてどこかしら急な岨道を下ると、鮮やかな雑木紅葉の下に川の流れが見えて瀬音が冷たく聞こえてきた。薄暗い斜面から光の中へ出ると、そこは石の河原になっていて、元々そういう地形なのか雨の少ない年だったのか、川は見えるところでは細い流れになっていた。
     それまで歩いてきた道が暗かったので、双枝はその河原へ出た瞬間、夢の中でしか見られない別世界に踏み込んだような気がしたのをおぼえている。澄み切った空に映える照葉がたとえようもなく美しく、一目で目蓋に焼きつく光景だった。紅は漆や櫨で、黄葉は柏や櫟だったかも知れない。ときおり川面に憩う落ち葉が、いま思い出すとそんなふうだったような気がする。

    繊細で色彩豊かな風景が、かって見たような、今でも心に奥底の原風景を震わすような美しい始まりだった。
    読み進めるうちにそれは、その後の一家の行く末を暗示するような一時の安穏な思い出だったのかと気づく。

     当時、父は郡奉行で、夏が過ぎても日に焼けている顔はそれだけ逞しく見えた。どんなときでも毅然としている人で、躾もきびしかったが、その日だけは嘘のように優しかった印象がある。普段はいつ見ても険しい顔が、たえず口元がほころんでいたからだろう。双枝は晩秋という季節の寂しさも、じきに散ってしまう紅葉の儚さも知らなかったが、父は腹をくくって自身のそういう運命を笑っていたのかも知れなかった。人生の厳しい冬を前にして、父もいっとき輝いたような日だった。事実、それから数日後に父は退身し、一家は国を去ることになったのである。

    こうして物語は始まり、いつまでも武家の矜持を持ち続けた父と娘の、その後が哀切極まりない。
    窮乏生活を送ることになり、苦界に身を落とさせた父の願いと深い悔恨、娘はそれでも生きようとする。心を打たれる終章に行き着くまで何度か読み返しながら、繊細で暖かい物語を楽しんだ。


    「生きる」

    それは「生きる」ことではあるが、死ぬべき機会をなくして、「生きねばならなかった」男の物語だった。
    庭に咲くアヤメの花で毎年の吉凶をささやかにうらなっているという、さりげない話も美しい。



    「早梅記」

    下働きの「ききょう」という娘に心を引かれながら、縁あって家に見合う娘と夫婦になった。その後の年月の間には子どもにも恵まれ無事勤めを終えた。
    隠居後すぐに逝った妻のことなどを思い、なすこともなくなった無聊や、わずかな孤独も感じていた。

    いつもの散歩道のさきに、足軽小屋があった。
    婚儀の話が来るとすぐ、そそくさと行き先も告げずに去った「ききょう」はどうしているだろう。風の便りに足軽に嫁いだと聞いたが。




    三篇ともに、余韻が残る筆致で、いつの世にも変わらない人の行き方の奥深くにある情感を、見事にえがいた感動作だった。

  • はじめての乙川作品。いい人と悪い人がはっきりしている。だまされるんじゃないかとハラハラしながら読んでいても、いい人そうに見える人はいい人のまま、という印象を持った。情景描写に使われている言葉は難しいが、こんな表現の仕方があるのかと感心しながら読んだ。

  • 乙川優一郎さんは2冊目。前作と同じ、山本周五郎、藤沢周平の流れを汲む人情系の時代小説です。
    最初の数編の印象は、確かに描写や構成は優れているものの、ややありたきりなストーリーで物足りないものでした。小粒な周五郎という感じ。
    最後の「穴惑い」は良いですね。老いた主人公が非常にしたたかで、しかも妻と二人して苦労がマイナスにならずに思いやりの方向に生かされる。実際にはこんなに上手くは行かないだろうけど、ホッとする話です。

  • 最高。珠玉の五編。情景描写がしっとりしてて巧みで引き込まれる。表題作「屋烏」とラストの「穴惑い」が凄く良かった。

  •  初めての乙川優三郎さん。
     しみじみとしていい話だった。藤沢周平さんのような。

  • 作者の本を最近3冊ほど続けて読みました。決して恵まれているとは言えない男と女の話。でも、心が穏やかになり静かな気分になります。風景描写がとても綺麗です。はまってます。

  • 義父からもらったシリーズ。
    良かった。短編集。タイトルにもなっている「屋烏」が特に好きだったな。

  • 幼い弟のために一生を犠牲にしてきた女性が道で出会った親切から嫌われ者の武士に恋をする「屋烏」は人の心の素晴らしさと美しい景色のハッピーエンドが感動的です。昔愛した女性と妻の間で心が揺れながらも妻への愛情を確認するその3人の微妙な心の動きの描写が秀逸な「禿松」、国を思い脱藩する武士と家を捨てて出ていった姪夫婦を助ける老武士の気づきが同年代の私にとっても感動の「武の春」、美しく若い父の後妻との不自然さと赦し、受け入れていく心の動きが楽しい「病葉」、34年ぶりに敵討ちを果たし帰国した武士を待っていた老妻と一族「穴惑い」どれも劣らず感動の小品です。

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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