天災と国防 (講談社学術文庫)

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感想 : 31
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062920575

感想・レビュー・書評

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  • 残念ながら地震雑感とそれほど変わりない。重要な事を言っているのはわかるけど、出版社側のちょっとした怠慢じゃないだろうか?

  • 過度の依存心が天災を助長する。経験と教育による本能的な危機管理が重要。安全神話は思考停止の一形態。

  • 事象に対する向き合い方が、寺田さんは徹頭徹尾『科学者』だね。人間の性質による社会現象さえも、自然現象だといいきっちゃって、スパスパと気持ちいい随筆でした。

  •  本書は大正~昭和初期にかけて発生した天災等を題材にして、物理学者・寺田寅彦氏が科学的視点から考察・分析した随筆・論評の短編が12編収められています。
     
     取上げられている題材は80~100年前であるにもかかわらず、その切り口、分析、問題点の指摘等は現代でも色褪せる事無く同意できる部分大であることには驚きます。さらに、その天災・災害の根本を問う姿勢は人間の拭い難い特質や神話・民族・宇宙・進化論様々に思い巡らして思慮に思慮を重ねており、文脈の端々から当時最先端であった量子論を意識したと思われる洞察や、果てはまだその存在すら科学的立場からは意識されていないはずの”複雑系”を匂わせるような見識も持ち合わせているように見受けられます。もっとも”複雑系”に関する感覚は科学的見地とは無関係に東洋的伝統から発したものかもしれませんが。

     また、本書の特徴の一つに、科学者独特の感性で、(不謹慎承知でストレートに表現すれば)天災をある意味楽しんでいる(悪い意味ではない)表現が散見され、本音ベースで(なんてやつだ!)(ううむ、気持ちはわかる。。けどそれ言うと顰蹙かいそう!)(やっぱり、そう思うよね!)等々見解がわかれそうな表現があります。


     本書で取上げられている主な天災・事故は以下の通り。寺田博士は、これらに関して自身の体験や現地に赴いての調査等の十分な裏づけの元に論評されています。
     
     関東大震災(1923年9月1日)
     静岡地震(1935年7月11日)
     白木屋火災(1932年発生、文脈から判断して、東京都心の劇場か博物館か何かのビル火災)
     航空機事故(日本航空輸送会社の旅客飛行機白鳩号というのが九州の上空で悪天候の為に進路を失して山中に迷い込み、どうしたわけか、機体が空中で分解してばらばらになって林中に墜落した事件)
     浅間山噴火(1935年8月4日)
     函館大火(1934年3月21日)
     三陸地震(1933年3月3日)

     また、本書巻末の解説も40ページ近くあり、かなりのボリュームがあります。この解説を読んでさらに「そうだよ。それだよ」と腑に落ちると思われる分析があります。やや長くなりますが、一部引用します。

     必須の6つの視点
      寺田の随筆の面白さは、正確なものの見方に起因しているものと思われた。寺田は身近な現象を科学的に考察することを意識して行っていたようだが、それがいつもきちんと正確に行われているから、そこから導き出される考えも非常に豊かなものになっているのだろう。この点は大いに参考になる。
      どんな事柄や現象を見るときも同じだが、対象の正しいモデルを自分の中につくるときに欠かせない必須の視点というものがある。大まかにいうとそれは、「構成要素」「マイクロメカニズム」「マクロメカニズム」「全体像」「定量化」「時間軸」という六つの視点である。
      これらのうちの一つでも欠けていると、その見方なり考えは抜けのある不完全なものになる。裏を返せば、寺田のものの見方にはこの視点がすべて入っているから、古い時代に書かれた随筆でも非常に豊かな考えを含んでいると感じられるのだろう。



     一般のジャーナリストや文人からは発し得ないような解析力・表現・捉え方。また一般の技術系理学系専門家からは表現しえない文章力、その二つを備えた稀有な文章です。これを堪能したい方、また昨今記憶に新しい大震災と重ね合わせながら天災に関する随筆を読んでみたい方にはお勧めです。
     

  • 天災を『国防』という言葉で表現しているという、筆者の視点が面白い。かつて天災⇛国防、という捉え方ができるということを始めて知った。考えてみれば”定期的に”地震、台風、津波がやってくる日本。であれば、外的に備えて海岸線を防御するのと同様、天災に対しても自衛の手を持つべきなのかなと思う。このように認識を変えることで、自衛隊の存在も天災に対する国防と広く捉えられたりして。また、「天災は”愚直に”定期的にやってくる」と書いてあったが、この”愚直に”という表現がいい。人間は忘れる生き物。脆弱な人間の記憶と、天災をすごく対照的に比較している形容詞だ。

    元々物理学者のはずなのに、エッセイが面白いのは意外。ところどころ物理学者的思考が見えるけど、非常にわかりやすい。天災は忘れた頃にやってくる、とはよく言われることだけど、本でも読んで面白かった、とかためになった、とかいう感情とその記憶をもっておくことで、リスクマネジメントの役割を果たしてくれればいいなと思う。

  • 今読んでも古典たるにふさわしい名文だ。科学的態度を身につけるとはどのようなことかを考えさせる。中の一節、「科学の効果が滑稽なる程度にまで買いかぶられているかと思うと、一方ではまた了解のできないほどに科学の能力が見くびられている。」現在の状況を喝破したような文章である。

  • 津浪と人間の章では、昭和の三陸沖津波のことをとりあげ、人間が喉元過ぎれば忘れてしまう生き物であることに警鐘をならしている。ほんの七十年前に書かれた文章である。今回も教訓は活きなかったのである。
    後書きは失敗学の畑村洋太郎さん。東日本大震災でも調査に活躍した。畑村氏も寺寅も、責任追求より原因究明と言い続けているのだが、どうも、一般の人たちの(エンジニアの職についている人たちも含めて)理解を得ることができていないようだ。

  • 各社から寺田虎彦の同類のエッセイ類を集めた本がいくつか出版されているが、畑村先生の解説と併せて読めるといった点で、本書が一番ではないか。
    東日本大震災のことを後世にいかに伝えていくかということを考えた時、収録されている「津波と人間」をテキストとして子どもたちに伝え考えさせるということをしてはどうだろうか。
    畑村先生の『未曽有と想定外』(講談社現代新書)と併せて、是非読んでほしい一冊である。

  • 火事教育…防災教育に繋がる。
    天災と国防…p15…これほど大事な神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するのである。市民の栄養を供給する水道はちょっとした地震で断絶するのである。…それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を十分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。…しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。

  • 解説の畑村氏の文章も、ボリューム内容ともによい。

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著者プロフィール

1878年‐1935年。東京生まれ(高知県出身)。熊本の五校で夏目漱石に英語を習う。東大物理学科を卒業し、ヨーロッパ留学後、東大教授。理化学研究所、東大地震研究所の研究員としても活躍。物理学者、俳人、随筆家。

「2022年 『万華鏡』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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