ラテンアメリカの文学 2

  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784081260027

感想・レビュー・書評

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  • 主人公ともいえる大統領の腹心の登場シーンで何度も挿入される「魔王(サタン)のように美しく、…」というフレーズが印象に残る。
    私はキリスト教徒ではないのでピンとこないが、「魔王」と「美しい」をつなぎ合わせることは、化学の授業で「この薬品同士は絶対に混ぜないこと!」と言われたにもかかわらず混ぜ合わせ、教室を吹っ飛ばしてしまうような、危険であり魅惑的な第一印象を、作者の出身地グアテマラや欧米の多くの国の読者は感じたのではないか。

    また、この小説では視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚への刺激も大きい。
    視覚では、中米の独特の色彩感覚によって、私はケツァールの翼の色をイメージした。
    また聴覚、嗅覚では、拷問によるうめき声や吐瀉物のすえたにおいなどの、とても日本の小説では見られない描写が独特な手法で組み込まれている。
    中米訪問経験のない私でも、光や熱やにおいや音、そして郷愁(嫌悪も)を五感全体で受けることができた。

    一方、今の日本の実態からこの物語に対するとき、日本の現実からは遠く離れている、と言い切れるか?
    改めて北朝鮮を挙げるまでもなく、ほんの60数年ほど前まではわが国でも不当逮捕や処刑が統治者の名においてなされていたのは事実。
    また現代の日本で天下り官僚や、公金感覚に欠けた政治家がのさばる様子は、小説中のワイロの横行や、太鼓持ちの役人がノシ上がる様と全く変わらない。
    作中の登場人物が流す涙と、現代の我々が不条理に直面して流すにがい涙とそれほど違いがあるとは思えない。この小説の主題は、対岸の火事ではない。
    (2007/5/9)

  • 大統領ばなし的には、ガルシア=マルケスの「族長の秋」よりも分かりやすく、面白いかも。終わり方がちょっとアレですが、カミラが母親としてしっかり子供を育てていったようなので、そこだけが救いかなあ。女はやはり強いのか。

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 作者はグアテマラ人。日本では作品全てが絶版だが、中南米二人目のノーベル文学賞受賞者で南米文学を世界に認識させた「魔術的レアリズム」の先駆者。
    現実の中に浮かぶ白昼夢、ふと目前に現れる精霊や神々、音や言葉の呪術的繰返しが、まぎれもない現実でありながら渾沌とした世界を創り上げる。

    ===
    中南米のある国では大統領が独裁により君臨している。
    "魔王のように美しくまた悪辣"と形容される大統領の腹心カラ・デ・アンヘルは、政治的工作から大佐を亡命させ、その娘カミラを知る。親戚から捨てられたカミラへの憐憫は愛情に変わり二人は結ばれる。
    愛を知ったカラは支配者から被支配者へ、飼いならされた犬から一個の人間へ代わる。

    カラの態度に変節を疑った大統領は彼を投獄する。

    長く陰惨な地下牢で、カラは老いさらばえいくつもの病気を併発し、衰え盲しい、彼自身でも彼の遺体でもなくなりそれでも生きたが、カミラが大統領の愛人になったという偽の情報で頓死する。

    カミラは田舎で息子を産む。国では大統領の圧制が続く。
    ===

    ふと目の前や心の隅を通る幻影が書き現され、凄惨さの中に確かに愛や自我を感じる小説。
    地下牢でカラがカミラを想う描写はあんな陰惨なのに確かに美しい。
    ここでの大統領は現実を覆う暗い影のような存在となっている。
    韻を踏んだり繰り返したり、原語ではリズムも良いのだと思うけれど、それは翻訳だとそこまでではないかな。

  • 『大統領閣下』と、『グアテマラ伝説集』(抄訳)を所収。以下、感想。

    『大統領閣下』
    ラテンアメリカによく見られる典型的な独裁政権を扱った政治・社会小説。
    タイトルから想像される内容とは異なり、肝心の大統領閣下本人はあまり登場しない。
    大統領の腹心、軍隊、市井の人々、乞食など、独裁政権のもとで苦しみ、葛藤する人々を描くことで、逆に大統領の隠然で巨大な存在が浮かび上がる。
    ストーリーとしては悲劇的なものであり、大統領に逆らったものは皆みじめな末路を送ることになる。その展開たるや早く、ほとんど希望もみせずにあっさりと朽ち果てていく人物のあまりに多いことに思わず寒気を感じる。これがラテンアメリカ社会の現実なのだろう。
    表現手法で面白いと思ったのは、同じ文章を何度も繰り返すという手法が多用されている点である。文章にリズムを与えるのはもちろん、かなり万能な強調効果があることに驚いた。精神の混乱はより錯綜したものに感じ、ユーモアな部分はより面白おかしく感じる。ただ同じ文章を繰り返しているだけなのに、アストリアスはこの手法を実に巧みに用いていると思う。★★★★

    『グアテマラ伝説集』
    こちらは抄訳版。5つの伝説と、一篇の散文体の短編が収められている。
    これは内容云々よりも、読んでみてそのイメージを堪能するのが一番。ラテンアメリカの壮大な自然と、時に不気味な情景描写や怪異な登場人物(?)は他ではなかなか味わえない世界を作り上げている。★★★

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