山の音 (新潮文庫)

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レビュー : 119
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001111

感想・レビュー・書評

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  • 戦後日本の鎌倉を背景に、息子夫婦と同居する老紳士の家で次々と巻き起こる家族の問題。しみじみとした会話と物語進行だったのに加え、鎌倉の自然とともに生きる穏やかな性格の夫であり父であり舅である主人公の信吾と嫁の菊子の心の交流を主軸に描いているものと思いきや、豈図らんや、次第に昼ドラや渡鬼顔負けのドロドロ愛憎劇の様相を呈してきて、展開が気になり一気に読み進めてしまった。(笑)いや、舅と嫁の交流が主軸なのは間違いないんですけどね。
    死というものを感じるようになった老境の主人公の、未だ幼い嫁に「女」を感じる眼差しと、かつて自分が恋した妻の亡き美人姉への忘れ難い想いが、老紳士の哀愁を引き立てている。だが、「老人」と「少女」という川端ならではの対比と相関がそこはかとないシンボリックな描写に止まり、逆に想いだけを胸に秘めた旧き家長像を設定することで、ドロドロとした物語展開にもかかわらず、読者へ安心感を与えているようにも思える。物語は次第に不倫、DV、離婚、エトセトラと重たい話になっていくのだが、主人公の女性に対する抑制とほんわかな老紳士ぶりをみていると、どの重たい出来事も優しく包まれているような感じになってくるので不思議だ。シンボリックといえば、主人公がみる夢の話が随所にみられるが、これも抑制した主人公の心理状態や予兆をうまく物語の表面へ浮き上がらせる話のタネとして面白い手法であった。
    この物語で登場する主要男性は実は主人公の信吾と息子の修一のみで、その周りを彩る女性が多いのも特徴だ。信吾の妻・保子、修一の妻・菊子にはじまり、信吾の娘・房子、その子どもの里子と国子、信吾の秘書・英子、修一の不倫相手・絹子などなどで、それぞれの個性が対極な相手によって対比させられているのも設定の妙である。何気ない女性らしさの描写をみるにつけ、細やかな観察眼には敬服するとともに、やはり川端先生、女好きなんですね。(笑)
    会話は考え抜かれて選ばれたであろう言葉が多くみられ、たおやかな表現が心地よいのだが、自分には意味が捉えずらい会話も少なからずあり、途中で何度か会話の前後を読み返してしまった。(笑)しかし、それだけに心理と感情のあやが繊細に伝わってくるので、この物語全般に流れる穏やかな関係性を一層印象付けているといえる。
    あと余計な話だが、やはりこの物語の展開自体はかなりのドロドロ劇であるので、昼ドラになってもかなり面白いのではないかな。(笑)

    • mkt99さん
      nejidonさん、こんにちわ!
      毎度コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      あの大きい目で、じぃぃぃぃっと観察されると...
      nejidonさん、こんにちわ!
      毎度コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      あの大きい目で、じぃぃぃぃっと観察されるとかなりコワイですね。(笑)
      まっ、気持ちはわからんでもないですけど。(笑)しかし、それをもって創作できるのですから、大したものですね。
      ああ、映画があるのですね。自分は昼ドラが似合っていると思ったのですが、山村聡と原節子の配役なら案外合っていると思いますね。義父と嫁の擬似恋愛?いや、原作もまさにそんな感じだったと思います。
      原作はもっとしみじみ感があるのですが(←どんな感じじゃ!)、冷静に考えるとこの主人公の周辺で起きていた出来事は、ドロドロの家族劇だったのではないかと・・・。(笑)
      そんなわけで割とハラハラするホームドラマのような感じで楽しめるように思いますよ。(^o^)
      2014/05/16
    • だいさん
      >やはり川端先生、女好きなんですね。

      やはり、注目するべきところは、ここですか!!
      >やはり川端先生、女好きなんですね。

      やはり、注目するべきところは、ここですか!!
      2014/06/01
    • mkt99さん
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうなんですよ!
      この川端の業ともいうべき思いのたけを...
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうなんですよ!
      この川端の業ともいうべき思いのたけを味わうのも一興です。(笑)
      2014/06/01
  • 川端康成はどうも好きになれなくて。時代もあるかと思いますし、私の薄い読解もあると思いますが、どうも女性蔑視というか、男性目線がいやらしいというか、男上・女下にしか感じられなくて…
    最後まで読んだ川端康成は、これが初めてで、やっぱり上記の気持ちを再確認した。ただ、戦後10年ぐらいの当時の世相を、冷静に著しているだけなのかもしれないが。
    現代まで続く、日本の家族崩壊の始まりを、クールに叙事詩的に描いたという点は、まぁ良かった。

  • いつか読んだ、岩松了さんの本(「溜息に似た言葉」)に出てきて
    読んでみたいなと思っていた作品。

    ある日、手に取って裏表紙を見たら
    「戦後文学の最高峰に位する名作である」とあり、
    思わずのけぞり、購入した次第。

    で、読んだけれどね。

    暗くてじめじめした鬱陶しい雰囲気の中、
    不幸を誰かや見た目のせいにする人、
    自分の娘が醜いことが不幸(その娘にとっても
    親にとっても)と言う感覚がさっぱり理解出来なかった。

    その他の問題にしても、
    もっと朗らかにユーモアを持って対応出来ないものか…。

    大体昔好きだった人の話も
    見た目だけの話でいま一つぴんとこないんです。

    常に誰かに文句は言うけれど、
    あんまり自分からは動かないんだね。
    あとは白けているか、どちらか。

    うわべはお互い素知らぬふりだけど、
    実は驚くほど色々知っている、と言うのも、嫌だなあ。

    あ~あ、他人とくらすのって、こんなに面倒くさいんだなあ。

    でも、不思議なのは、
    「気持ち悪い…嫌だ…、暗いなあ…またか…しつこいなあ…」
    と思っているのに、
    全然読み進むスピートが落ちない、と言うかむしろ、
    引き込まれるようにあっという間に読み終わってしまったこと。

    そしてここで、主人公のお気に入り、
    息子の嫁さん菊子さんだけれど、
    実際こんな娘さんはいませんよ。
    これは私の命をかけても良い!と言いたいけれど、
    命を粗末にすることは神様みたいな人が悲しむと
    私の良心Y江ちゃんが教えてくれたので、
    かけはしません。

    でも本当です!

    そしてここで鼻息荒く宣言したところで、
    ふと、自分が少女小説や少女漫画的なものをみていて
    男子(!)などに馬鹿にされた時、
    自分が言ったセリフ、
    「あるとかないとか関係ないの!いいでしょ!」って、追っ払ったよね。
    アンソニーや、ギルバートや、メンフィスがこの世にいないなんて、
    そんなこと知ってるよ!

    でもね、つまり、これなんだな、と合点がいったよ。
    (「菊子みたいな娘はいない?!知ってるよ!」)

    これはおっさんのファンタジーなんだね。
    それに気付いて、どーっとなんだか楽になったよ。

  • 登場人物一人一人の細かい観察眼を踏まえながら、生きた時代性や自然美が混然一体となってストーリーが展開していく。

    この微妙な人生の機微をここまで肉薄して描くことのできる作家は恐らく現代にはいないだろう。だからこそ僕は川端康成に毒され、憧憬の念を抱いてしまう。

    これはストーリーで語るものではない。清濁織交ざった人間心理に直接問いかけてくる本だ。素晴らしいの一言。

  • 面白かった。
    ホームドラマが繰り広げられる中に、叶わなかった憧れや戦争によってもたらされた無常感や、老いへの不安などが直接言及されないまでも描かれている。それらの心象は全編に渡って低く鳴っている「山の音」にも託されている。

    信吾は、亡くなった義理の姉への恋心を菊子に持ってしまっていたところを、「菊子を自由にしてやること」で断ち切ることで信吾の物語は終わる。
    義理の姉への恋心が、綺麗に整えられたモミジの盆栽で表現されているあたり、その恋心はもはや対象を失った観念的なものだったのだと思う。
    それは最後に菊子たちと故郷の山のモミジを見に行こうというあたりとうまく対応して、菊子への思いが観念的な恋心の錯覚から、生きた家族愛のようなものに変わったようである。

    修一の、新しい命を命と思わないような自暴自棄ぶりからは、修一が戦争で何か無常感のようなものを心に塗りつけられてしまったような感じがした。

    ともかくも、戦後に生きる家族という場を利用して、失われてしまったものへの愛しさや哀しさを心の奥底に持ち続ける日本人的な感性を描いた小説だと思った。

    失われてしまったものに特別感傷的になって表に出しやすくて浸りやすいのは男の常なのかもしれない。それに対してこの小説の女性は男性よりも逆境に強くてパワフルだった。

  • そうして、ふと信吾に山の音が聞こえた。


    :::::::::::::::::::::::::


    今にも
    泣きだしそうな空のもと
    墓参りをすませて
    蕎麦を食しに向かう

    なんとか
    というドラマが終わる前に
    流行りものである
    おとずれなければ

    そう
    思っているうちに
    この季節になってしまった

    蕎麦屋が
    並ぶ通りについた頃
    丁度ひるどきまえ
    雨が降り出した

    先程
    父に語りかけたことを
    蕎麦を啜りながら
    思い浮かべる

    不安だ
    まずいちばんには
    胸が締めつけられる
    胃が痛くなるような

    自分では
    もうどうもできず
    祈るしかないという

    大葉の
    苦味が応える
    茶を呑んだ

    昨夜
    まるいまるい月を
    眺めてきこえた
    あの音は
    今宵もきこえてくる
    のだろうか

    「もう少し父と
     語れば善かった
     かな」

    甘くない
    蕎麦羊羹を放り込む

    あの音
    きこえてくる夜はもう
    終わらせなければならない

  • この作品を読んでいると、小津安二郎の映画を見ているようでした。
    調べてみれば、両者が暮らした町はともに鎌倉。小津は読書家で川端作品も読みふけっていたそうです。
    『東京物語』に『麦秋』など、人間臭い小津シネマ。この『山の音』も小津が映画化してもおかしくない所ですが、小津はそれら文学作品を映画にすることはしなかったのだとか。
    小津の中で、文学と映画を別物として扱う、大きな線引きがあったようなのですが、詳しくは、中公新書『小津安二郎文壇交友録』に載ってるそうなので、今度買ってみようかな。

  • 2019/3/19 読了

  • 昭和のどこにでもある二世帯住居家族の物語。浮気、出戻りなどいろんな事件が起きる。老化を実感しはじめている60代の老主人はそれらにおろおろとしながら日々を過ごしていく。文体は淡々としているのですが、登場人物の細かな感情が、季節の風景や小物たちを絶妙に使いながら、見事に描かれているのがすごいところ。さすがの文豪の名作。

  • 処分日2014/09/20

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著者プロフィール

1899年生まれ。1920年東京帝国大学文学部英文学科に入学(のち、国文学科に転科)。1921年第六次『新思潮』を創刊。『伊豆の踊子』や『雪国』などの作品を残す。1961年文化勲章受章。1962年『眠れる美女』で毎日出版文化賞受賞。1968年10月、日本人初となるノーベル文学賞受賞が決定する。1972年没。

「2017年 『山の音』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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