みずうみ (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001180

感想・レビュー・書評

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  • ストーカー、あとをつけるスリル、つけられるスリル。気味の悪い物語である。時間軸もひとつではないし、どの箇所が現実で幻想なのかも釈然としない。もしかしたら、これは全部幻想なのかもしれないし、すべて現実なのかもしれない。

    男と女、追う追われる関係。最後には、追うはずの男が女に追われている。逆さまの世界。この物語をどう評価すべきなのか、読みおえていまだに処理のしようがないが、物語の核たる箇所があるとすれば、おそらくは主人公の男が語った一節だろう。男はこう言う。

    「君はおぼえはないかね。ゆきずりの人にゆきずりに別れてしまって、ああ惜しいという・・・僕にはよくある。(中略)そのまま別れるともう一生に二度と見かけることは出来ないんだ。かと言って、知らない人を呼びとめることも話しかけることも出来ない。人生ってこんなものか。(中略)この世の果てまで後をつけてゆきたいが、そうもできない。この世の果てまで後をつけるというと、その人を殺してしまうしかないんだからね。」

    男は最後に、あとを追ってきたゆきずりの女と酒を飲む。ゆきずりのままではなく。人間は孤独で、そう運命づけられているから、物語の男女は追い追われることに悦びを見出すとでも言いたげに。

    男の思い出には、いつもみずうみと孤独がある。愛への渇望がある。ときどきなにかの拍子に、ある人の瞳に、ショーウインドウのガラスに、そのみずうみを想う。男は言う。「水にうつる二人の姿は永遠に離れないでどこまでも行くように思われた」。非常に物悲しく美しい筆致で、わたしの目にも男の想うみずうみが映る。霧に包まれた静寂のなかで、そのみずうみは枯れることなく男の心にあるのだろう。

  • 私の中では川端オルタと呼びたい。

    学生時代に課題図書として、何度も何度も銀平とストーキングしたものです。
    よく友人と「人の足が汚いかどうかが気になってくるよね」と言っておりました。
    ふと、再読すると何か感触が変わるかしらと思ってみたけど、やっぱり変わらん!

    ただ、解説の中村真一郎の言う「夢」というイメージがふわふわ漂う。
    キャラクターのどぎつい小説なのに、ふわふわしているのだ。

    故郷を失った男は、定まることが出来ない。
    醜いものは全てみずうみに飲み込まれていった。
    醜い父は殺され、美しい母は逃げてゆく。
    銀平が自己を意識するのは「醜い足」でしかない。

    その足で、彼は美少女を追いかけ続ける。
    夢か現実か分からない倒錯の中、自身の教員という地位をなげうってまで、彼は堕ち続ける。
    その行為は所謂ストーキングであるが、彼につけられる女は、聖性を持つ少女と魔性を持つ女に分けられる。
    けれど、聖性も魔性も、少女の持つアンビバレンスな魅力だとも言える。

    銀平の追いかけるものは何なのか。
    母性か、理想か、故郷か。
    定まらぬ足を引きずりながら、彷徨う彼を何度も読む度に、切なく寂しくなる。

  • まず、他の川端作品とは書き方がだいぶ異なることを言う必要があると思う。私の意見だが、「山の音」にしろ「千羽鶴」にしろ多くの掌・小・中編にしろ、川端は人物の心理を一から十まで書かない。どこかでふっと漏れるたった一つを書いて残りは読者に読ませる。それが読めるのは背景の構成の巧さゆえだと思うが、いずれにしても、書かない心理を伝えるのが川端文学の特徴と思っている。「何故かこの人の気持ちが伝わってくる...!」これが川端文学である。本当に凄いと思う。

    さて当の「みずうみ」だが、もうびっしり心理を書いてくる。とても「山の音」を書いたのと同じ人が書いたとは思えない。足の指の長さやら二の腕の付け根の丸みといった病的に細かい身体への審美的執着が無ければ、これが川端文学とすら思えなかっただろう。情緒が入る余白など全く無い、それこそ湖に沈んでいくような息の詰まる世界だった。

    しかしこの作品で書かれていないこともあると気づいた。それは背景、特に人物関係だ。読んでいくと、「あれ?もしかしてこの時のこの人ってあの人?」というような人間関係がいくつかあるのだが、真実は全く語られない。というか徹底的に一人称視点のため本人は知る由もないのだ。作者は物語を〝心理″で埋め尽くして、逆に〝事実″に余白を作ったのかな、と思った。(書いていて思いましたが、主観的心象と客観的事象は本質的に両立し得ないものかもしれませんね。)

    もう一つ加えると、丹念に心理を記述したことで読者が人物、特にストーカー男の心理がいつのまにか受け入れられるように書かれている。はっきり言って、最初の時点でここまで嫌な男主人公もいないと思う。確かに川端の書く男は多分に女々しくヒネているが、読んでいてここまで嫌悪感があるのは武者小路実篤か鴎外か堀辰雄(...完全に個人の好みで作家その人を悪く言う意図は皆無です)以外では規格外だ。しかし恐ろしいことに、後半になるとこの男なりの愛というか純粋さが理解できてきてしまうのだ。これこそはねっとりじっとりと心理ばかりを描いた功績だろう。人物に共感できる川端作品なんて、本作以外ではちょっと思いつかない。

  • 美しく好みの女性をみると、見境なく粘着的に尾行をはじめるという困った男を中心に、その周りから発生するエロス的出来事をオムニバス様に描き出す。醜と美の対比、堕と美の対比を川端的言い回しで幻想的現実感をもって展開しているといってよいだろう。この男の振る舞いは普通の感覚なら嫌悪感を抱かずにはいられないのだが、それがまた女性美を際立たせる意味を持っているのではないかと思った。一方で、男の幻想的感覚は少し突飛すぎてかなりわかりづらい部分もある反面、羨ましい「性格」だなとも思った。(笑)また、川端は単純に女性美を際立たせているわけでもない。そうした女性たちのあざとさを裏腹として描くところが興味深いところだ。
    解説は、これまた幻想的な女体美を描く中村真一郎。川端文学の中での位置づけがよくわかりました。

  • ストーカーの話。
    今でこそ、ストーカーという単語まで存在し、一般的な概念だが、これがいつ創作されたかを考えるとやっぱり川端康成はすごいと思った。
    そして、雪国に続き川端作品は2冊目だが、隠喩が多く、一回読んでも理解できた気にならず、続けて再読した。
    読み終わった後でも、気になるのが、みずうみが何を象徴しているのか。はっきりと掴みきれない。

    教え子と禁じられた関係になることで、教職を追われた桃井銀平が3人の女性をストーカーする際の心持を描く。ストーカー発覚を恐れ、隠れ暮らしていた銀平が、辿りついたトルコ風呂で、湯女を相手に独りごとをつぶやくモノローグから始まる。そこで、ストーカーが、行きずりでもう会えない人との邂逅を惜しんで、あきらめきれずに追跡してしまう行為であると核心を語る。だが、この作品では、1人は教え子であり知り合いである。

    興味深いのは、ストーカーされる側にも、複雑な事情を持つ女性が多いということだ。女生徒久子は父の裏稼業、宮子は祖父ほどの年齢の男性の妾、町枝は交際相手の親から反対されている。それが、一種ミステリアスな雰囲気を人に帯びさせるのだろうか。そして、最後には逆に銀平がつけられる。当時の銀平は、ストーカーから派生した罪で捕まえられるのを恐れていたから、ストーカーを引き寄せたのだろうか?

    38ページのクモの巣と86ページの父の幽霊に関しては、同じことを言っている様な気がする。
    近づけば、からめとられ、やられる。
    だから、怖くて、知り合いである教え子にもストーカーしてしまうのであろうか?

    ストーカーの恐ろしさの真髄は、その止められないところ、盲執にあると語っていると思われる部分が何か所もある。
    醜い足をもった銀平が、ストーカーを水虫の様なものだと32ページで語る。興味深いのは、担当のクラスには僕は水虫じゃないと宣言し、ストーキング対象である久子には水虫持ちであると嘘をつく。水虫=ストーカーと変換すると、興味深い。

    幽霊に関しては、もう一つ意味しているのではないかと思う個所が138ページにある。幽霊は足がないはずと思った後に、自分の足もすでにこの世の土を踏んでいないのかもと自問自答。対象になる銀平の足は醜い。醜くても生きている、ととるべきか、醜く歪んだ生き方の象徴そのものととるべきか、それとも生きていないのか。そして自分の子供に足の醜さが遺伝するはずと語ることで、つまり湖で自殺した父親もなんらかの盲執にとりつかれて醜い足をしており、それが遺伝したことを暗示しているのか?

    最初のストーカーの相手である従姉妹のやよい。
    彼女と故郷の湖を散歩しているとき、湖に桜が映り込んでやよいが怖がるシーンがある。湖が桜を取り込んで逃さない様に思えた?やよいは、銀平が父親の仇探しにとりつかれることが無意識にこわかったのかもしれない。

    後述する、犬が殺したねずみの遺棄先がみずうみ、そして、銀平は町枝の黒い瞳のみずうみで泳ぎたいと願う。
    wikiの解説では、川端さん自身が、「水には時がない」と記している前書きがあるらしい。
    とりこまれた者は、時間による制限がなく、一生とらえられたままということで、水虫とリンクした、ストーカーを魅了する側の象徴であろうか?そして、もちろん、水はとらえきれない。

    最後に向かって、銀平は、ストーカーを嫌悪して、その悪習からの脱却を試みているように思う。
    76ページで、一度ねずみを捕まえて、その喜びに固執して、ねずみを探し続ける犬に嫌悪感を感じているし、タクシーの後部座席から見るガラス越しの景色は青で、運転手側のガラスを通さない景色は桃色がかっている所で、現実の方が美しいと感じている銀平がいるのではないか?と思う。そして、銀平がいつも心に描く、故郷の山は桃色と紫がかって美しい。これは、母親とすごした頃の希望の世界を象徴しているのではないか?

    そして、最後のストーカー対象者である町枝は、蛍狩りでも遭遇することができ、そして名前を知ることもできて、それだけで十分現実世界で縁があると記述してある。
    足のコンプレックスにより、縁深い相手との関係も逃してしまう銀平。それどころか、彼女が入院中の恋人に贈りたがっている蛍をこっそりと彼女に上げて立ち去る銀平。その後、ストーカーされた汚い女を現実、町枝を夢幻と対比させる。町枝を夢とすぐ前でも表現しているが、その時は、夢現と表現しており、銀平が現実はこんなものだと悟ったことで現→幻の転換が図れたということだろうか?
    そして、「幽霊としても平凡だぞ」と独りごちる。幽霊とは、つまり、ここにきて、現実と向かい合うことができず、ストーキング対象者からも認識されないこともある生きているのか、生きていないかも明らかでない幻の様な存在の象徴ではないかと思った。

    そして、深読みしすぎかもしれないが、銀平が町枝に贈る蛍。蛍は暗闇で見ると幻想的な光で確かに美しいが、光の中で見ると黒い虫である。現実社会では美しくなくて、幻を同じく意味しているのだろうか?

    雪国と同じで、川端さんは何度も違う比喩を使って、同じ事を言う傾向にある。それが伝えたいことであろうか?そして、現実と向かい合えない人間を描くことが多いのであろうか?どうにしろ、気になる作家さんである。

  • 元祖ストーカー小説と謳われているが、この評価は違う。
    追う男が加害者でつけられ追われる女が一方的な被害者であるという単純な構図ではない。追われる女は跡をつけられ求められていることに快感を覚えているという倒錯した男女の共犯関係を描いている。
    主人公の銀平は記憶の断片がときにフラッシュバックする。こうした構成と描写は加害と被害、幻想と現実、回想と現在、夢とうつつといったあらゆることの境界を曖昧にし溶かしていく。これがシュールリアリズムの手法と相俟って、まともな者がでてこない非倫理的なストーリーなのだが小説を幻想的で美しいものにしている。

  • 手に入らない相手が一番記憶に残る。

  • 人に潜む穏やかではない感情。
    ただ、そういう感情下にある人間は、
    非常に非常に穏やかなのである。

    意識の移ろい、がとても素晴らしく描かれている作品です。

  • なんかなぁ。

    銀平とか全く魅力的に感じないんだけど何ちゃっかり生徒とつきあってんの?

    なんか男の小説の悪いところが出すぎてるよ。
    最後はざまって感じだったけど。

  • ストーカー行為の中にも純心があるだとか、いわゆる一般的な恋愛スタイルではない恋情の中にも見るべきところがあるとか、そんな逆説を振りかざすわけではない。そこは流石に名のある著者であるから薄っぺらくはなく、安心して読める。

    心の空疎を埋めようとするように、あるいは内なる過剰な何かを下ろしたくて喘ぐように、無軌道な欲望探究にいそしむ主人公。ストーキングの対象となる女性に対する、人形愛玩的な目線は、他の川端作品を読んでいても時に感ずることのあるものだ。
    生き血の通う感じの伝わらない空虚さが作品を支配しており、これも作者の好む世界だと思う。

    小説としては、とっ散らかったままコーティングをち密に進める意思もなさそうな出来栄え。川端作品の雰囲気が嫌いでなければ勧められる。

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著者プロフィール

1899年生まれ。1920年東京帝国大学文学部英文学科に入学(のち、国文学科に転科)。1921年第六次『新思潮』を創刊。『伊豆の踊子』や『雪国』などの作品を残す。1961年文化勲章受章。1962年『眠れる美女』で毎日出版文化賞受賞。1968年10月、日本人初となるノーベル文学賞受賞が決定する。1972年没。

「2017年 『山の音』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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