羆嵐 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117133

感想・レビュー・書評

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  • 大正4年12月、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢 でヒグマが開拓民を襲った『三毛別羆事件』をモデルにした話。
    入植した村落の者たちの過酷な環境だけでも圧倒されるが、そこに襲いかかる羆。どこまで厳しいのかと身が竦み上がる。
    状況が変わるにつれて恐怖感が高まり、羆に対する人々の感情の変化が生々しく伝わってくる。
    人々の銃に対する盲信、集団に対する安心に対して、一人で羆と対峙する熊撃ち名手の銀四郎は違う。
    羆の習性を知悉し、冷静に判断する。けれど誰よりも羆の恐ろしさ知り、畏敬の念を持っていた。
    人間は別の生き物を狩って生きてきた。が、その逆は考えない。羆にしたら人間は生きるための食料なのだ。そのことに思い至ったとき、別の恐怖を感じた。

  • H29.4.27 読了。
    羆が近くにいそうな怖さが伝わってきました。
    ドキドキしながら、一気読みしちゃいました。

  •  大正四年、北海道で実際に起きた、ヒグマが次々と人を襲う事件。あまりに有名なので、事件の存在は知ってはいたが、その事件のことを描かれた此の本を読むと、その生々しさは想像以上だった。
     羆一頭じゃないか、と現代人の感覚なら思うだろう。簡単に、駆除できるのではと想像するだろう。しかし、当時、武器を手にした男たちが二百名程集まろうが、それでもこの羆の圧倒的な力に抗うことができなかったのだ。大勢人が集まろうが、鎌や錆びた銃を持っていようが、深傷を追わせることすらできないのだ。
     冬の夜、この本を読んで、寒さの中の、暗闇での混乱を、リアルに想像できた。
     自然というのは、とても怖い。人が勝手に「うまくこの土地に馴染んだ」と思っていても、自然は前触れもなく手の平を返す。そして、曲げられないその条理こそが、畏れだったり尊さなのだと思う。
     羆と戦ったひとがいた。畏れを抱きながら。その話を書いた本書。…私は、この本を読めてよかった。

     そして、是非、倉本聰氏によるあとがきも読んで欲しい。
     その後の、色々な「運命」に、胸が熱くなることだろう。

  • 先月読んだ『高熱隧道』に感化され、手に取った吉村昭の2冊目。
    大雪山の紅葉を見ようと、北海道旅行に行くフェリーの中で一気読みしてしまった。
    いやいや、登山前のタイミングで恐ろしいモノを読んでしまった、と後悔(失笑)。

    苫前三毛別羆事件という、史実に基づく小説。
    二度と起こらないであろう高熱隧道の時代とは異なり、
    羆は今もなお、北の大地で息を潜めている。
    我々現代人だって、生きたまま羆に食される可能性はゼロではないのた。

    厳しい自然環境と経済状況でも、土地を離れることのできない人間達。
    集団で火を焚き、使い慣れない銃を持っていることで「安全」だと錯覚している。
    実際は、銃は使い物にならず、炎は羆にとって「餌」があることの目印にすぎなかった。
    羆にとっては、入植してきた人間が自分の縄張りを荒らしたことで環境が変化してしまい、冬眠場所が無くなり、空腹とストレスが溜まっていたのだろう。

    自然の摂理を理解し、孤独と闘いながら羆に立ち向かう老猟師の迫力が伝わってくる。羆の犠牲になった村人や、当初は「集団で羆を仕留める」息巻いていたものの実際は成すすべの無かった滑稽な男達は、自然界における弱者として描かれ、猟師と対比した描写が際立っている。

    そして、老猟師自身も、羆に向かう真剣な姿(自然界での姿)、酒癖が悪くトラブルを起こす姿(人間界での姿)の2面性が描かれる。

    最後は猟師が見事、羆を仕留めるのだが、犠牲者が多数出ていることや、その凄まじい惨状描写もあって、全体を通して、何とも言えない「寂しさ」を感じる作品であった。どれだけ文明が進んでも、大自然の中で人間はとても弱い存在であり、羆にまともに立ち向かえる人間(自然にマトモに立ち向かえる人間)もまた、減り続けているのである。

  • 二日間で、一気読み。すごい迫力。肝が冷えた!!
    羆と人間の、命を賭した闘い。
    人間の無力さ、たくましさ。
    吉村昭は、どれも、つくづく、すごい。

  •  北海道の貧しい開拓集落で実際にあった羆害事件を題材とした小説です。吉村昭は事実に取材した小説をいくつも書いていますが、特にこの小説では基となる事件が衝撃的なものであるだけに異様な迫力があります。

     この小説で登場する羆は、ジョーズやシンゴジラも顔負けの恐ろしさで、どこで出くわすことになるのかとはらはらしながらページを繰りました。中篇といえる長さで、しかも文章が緻密で淡々として無駄がなくすらすらと読めるので、あっという間に読み終えました。

     羆撃ち名人である山岡銀四郎の活躍が、分署長たちの無能さと対比するようにして描かれています。銀四郎は妻子に去られた悲哀から、すさんだ生活をしています。普段は忌わしい厄介者でしかない彼が、羆を撃つ時だけは別人のように頼もしい男となるのは、胸がすくほどかっこいいけど、悲しくもあります。なぜなら、彼が命がけで羆を撃つのは、自分を死の恐怖に晒すことによって悲哀を忘れるためだと思えるからです。

     加えて、自然の非情さに翻弄されながら寒村で生きていかざるを得ない人々の姿にも、重苦しい悲しさを感じました。

  • いつか読もうと思いつつ、概要は知っていたのでなかなか手が出なかった一冊。
    このところ、異なる経緯で今作について聞くことが重なったので、読む時が来たな、と思った。
    とにかく文章が上手いので、身も凍るような寒さや羆の生臭い息までも感じられるようだった。
    事件について概ね知っていたせいもあるだろうが、人々が恐怖に飲まれていく描写が一際上手く、羆以上に人間の寄る辺なさにぞっとした。

  • 『バーナード嬢曰く』で知り、読みました。おもしろかったです! バーナード嬢のおすすめ本は、私と相性がいいみたいです。ほぼ外れなし。
    北海道の貧しい村にクマがやってきて、とんでもないことになっちゃう、実話ベースのお話。貧富の差だったり、厳しい自然だったり、人間の器の小ささだったり、いろんなものをつきつけられ、圧倒されちゃいました。(2019年11月5日読了)

  • 事件を端的に知らせるような筆致なのに、序文からすぐに小説の世界へ引き込まれる。
    詩的な、感情的な表現を用いていないため、人々の非力さが却ってくっきりと際立っている。
    哀しい群像劇をじっくりと味わうことができた。

    また、自然の描写が美しく、しかも扱い方が上手い。
    淡々と綴られていながら、雪に閉ざされる北海道の荘厳な風景が目にありありと浮かぶよう。
    凄惨な事件の最中に描かれる、午後の渓流の牧歌的な雰囲気が、事件とのコントラストを強め、また日常の地続きで一連の事件が起きているということに対する恐怖を高める。
    『高熱隧道』でも感じたけれど、合間に差し込まれる過不足ない自然描写が、物語に一層奥行きを与えて、まるで映画を観ているかように思わせる。

    すっかり吉村昭の世界にハマってしまった。
    ただ事件内容を描くだけでなく、その後色々と考えさせてくれるのも良い。
    次も次もと読んでしまう。

  • 怖い、怖すぎる。乾いた文体で、淡々と現象と心情をリアルに連ねる表現が効いてる。少し古風な単語表現の耳障りも相まって、効きすぎてる。合流する烏合の衆と六線沢、三毛別の人々との対比も実にリアルで、同じ空間にいる時の空気感の描き方は熊とは別軸のテーマとして読み応えを増す結果となった。
    思い通りにいかないのが自然であり怖さ。羆も銀二郎も予想の出来ない動きをする故恐れられているが、銀二郎、やはり人間であった。

著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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