風と行く者 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101302850

作品紹介・あらすじ

つれあいの薬草師タンダと草市を訪れた女用心棒バルサは、二十年前、共に旅した旅芸人サダン・タラムの一行と偶然再会する。魂の風をはらむシャタ〈流水琴〉を奏で、異界〈森の王の谷間〉への道を開くサダン・タラムの若い女頭エオナは、何者かに狙われていた。再び護衛を頼まれたバルサは、養父ジグロの娘かもしれないと気づいたエオナを守るため、父への回顧を胸にロタ王国へと旅立つが。

感想・レビュー・書評

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  • 今までの文庫本レビューでも書いてきたが、上橋菜穂子の文庫本は、上梓されるとき、そのときの情勢を予め見据えたかのように物語が綴られる。今回の場合は、上橋菜穂子はそうではないのよと言うだろうけど、ウクライナ問題である。いや、違う本書で大国の侵略など起きていないと貴方はいうだろう。そうではなくて、どの問題がどのように起きたのか、解決するとすればどういう道があるのか、それを示したのが、今回久しぶりのシリーズ長編となった「風と行く者」である。

    バルサの話はしばらく置く(ごめんなさい)。

    事の起こりは「氏族問題」だった。民族問題ですらない。顔の造作も言葉も同じだけど、生業の違うターサ氏族とロタ氏族とがあった。二つの隣り合う氏族はいがみあっていたが、圧倒的に強いサーダ・タルハマヤ神と闘うために共闘する(「神の守り人」参照)。タルハマヤ神の首をとったのはロタ氏族の勇者だった。それがもとでロタ王国が築かれるのである。やがて〈生粋のロタ〉は優遇されて、枝支属であるターサ氏族は小さな領主としてやがて消えゆくようになっていった。二つの氏ので婚姻は繰り返され、ほぼ見分けはつかない。それでも、ロタ王国の東北部にあるエウロカ・ターン〈森の王の谷間〉を擁するアール家はまだ存立していた。1発触発の動きをはらみながら。

    20年前に、バルサ・ジグロ父娘が過去二つの氏族の同盟を結んだラガロの墓を慰撫する旅芸人の護衛を引き受けたのはそんな頃だった。その時に決着がつかなかった「争いのタネ」に、36歳バルサが同じく護衛士を引き受けて秘密を解いて解決してゆく。

    ロタ氏族とターサ氏族の関係は、かつてはナチスの侵略をともに戦ったウクライナの人たちとウクライナ東部に根付いているロシア系ウクライナ人との関係のようにも思える。現代のウクライナのように「始まって終えば」もう元に戻らない。その前にに、バルサがいてくれたら良かった。魂の風を孕んで奏でる事のできるサダン・タラムたちの鎮魂の響きに耳を傾ける「1日」をもうける習慣が有ればよかった。ホントは殺し合いなどしたくない、騙し合いの連鎖はしたくない、氏族消滅の不安を取り除く道を示すことができたら良い。ドンパス地方の騙し合い、殺し合いの連鎖の歴史を巻き戻す事ができたらどんなにいいことか。

    新ヨゴ王国やロタ王国が、海を隔てた大国の侵略を退けたのが一年半前。バルサとタンダは、もはやすっかり若夫婦だ。チャグム新王もイーハン国王も登場しない。ヨゴ国内での政策や、ルミナとの往復書簡によって、その健在を知るばかりだ。それは多分平和時の物語なのだからであるし、いいことなのだ。

    上橋菜穂子本人は、この2年の間、お父様の死去に際し、コロナのせいで死に目にも会えず荼毘に付されたとのこと。お悔やみ申し上げます。

    • kuma0504さん
      Minmoさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます♪
      Minmoさんの「これは親子の物語だ」というが、著者の意図としても1番言いたい...
      Minmoさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます♪
      Minmoさんの「これは親子の物語だ」というが、著者の意図としても1番言いたいことだとは思うのですが、私はついつい「斜め上からの感想」を書いちゃうんですよね。

      「守り人シリーズ」では、ずっとナユグ、或いはナユークという「もう一つの世界」の存在が基底を成しています。サダン・タラムの様な、その世界の音楽を聴ける人たちは、日本で言えば恐山イタコ、韓国のムーダン、タイの祈祷師の様に、「精霊」の声を聴ける人たちです。著者もふと声が聞こえるのではないか?と思っています。だから世界の裏側で起こることを、予言できる。だから4年後に文庫化された時に、まるで予言したかの如く「似たようなこと」が起きる。東日本大地震、イラク内戦、コロナ禍‥‥。いや、そうじゃない。上橋菜穂子はファンタジーという仕掛けを通じて、「世界の根幹」を描いて来た。だから世界で起こるあらゆる重要なことは、すべて上橋菜穂子の物語の中に集約されてゆくのだ。
      どちらなのか、私にはわかりません。

      ついつい、レビューで書き足りなかった所を書いてしまいました。すみません。
      2022/09/05
    • Minmoさん
      守り人を読んでいると、文化人類学者である上橋さんは、バルサたち登場人物個人の物語というよりも、あの世界の文化や社会を描きたいのかもなと感じま...
      守り人を読んでいると、文化人類学者である上橋さんは、バルサたち登場人物個人の物語というよりも、あの世界の文化や社会を描きたいのかもなと感じます。だからkuma0504さんのレビューを読み、おおなるほど、と感じました。上橋菜穂子=シャーマン説もおもしろいですね。
      2022/09/05
    • kuma0504さん
      Minmoさん、おはようございます♪
      上橋菜穂子さんは、文化人類学者になったからファンタジーを書き始めたのではなく、ファンタジーを書くために...
      Minmoさん、おはようございます♪
      上橋菜穂子さんは、文化人類学者になったからファンタジーを書き始めたのではなく、ファンタジーを書くために文化人類学者になったので(『物語ること、生きること』)、キャラをあまり重視しない私のレビューは邪道なのかもしれませんが、世界の文化や社会に対する眼差しは、私を魅了してやみません。

      オーストラリアのアボリジニたちの精霊は、東南アジアの精霊たちと、「もうひとつの世界」の中で繋がっていると考えることは楽しいことで、(だからナユグの世界を考えたかどうかは、また別の考察が必要ですが)「守り人シリーズ」の世界観は、この長編で終わらすのはあまりにも勿体無い。上橋菜穂子ジャーマンに再び霊感が降りることを願うばかりです。
      2022/09/06
  • 2018年12月偕成社刊。書き下ろし。2022年8月新潮文庫化。何年ぶりのバルサと邂逅だろう。長編の中で、16歳のバルサと36歳のバルサが登場する関連する2つの興味深い話が語られる。強固で緻密な守り人の世界観というのは、別格で、今回もバルサや他の人の言葉のあちこちに守り人世界のことわりがたくさん登場した。面白くて夢中になります。

  • 良かった。
    現在と過去を繋ぐ役割を果たす物語です。
    父ジグロと子供の頃のバルサの旅の部分などバルサが独立する前の様子がよくわかります。

    ファンタジーに止まらない骨太な物語です。

    オススメ!

  • バルサ、久し振りだなぁ。
    『天災が光扇京を襲い、美しい都は泥の中に消え去った』と出て来たのでシリーズ最終巻「天と地の守り人」をいつ読んだかと遡れば10年以上も前だった。
    外伝の前作「炎路を行く者」からでも6年近く経っているし、そんなにも間が開いていたとは、ねぇ。

    でも、読み始めれば、ロタ王国や新ヨゴ皇国の世界にすんなりと入り込める。
    バルサがタンダとともに訪れた草市で、20年前にジグロとともに護衛士として旅したことのあるサダン・タラム〈風の楽人〉たち と再会し、その危機を救ったことで再び旅の護衛を引き受けることになったところから始まる物語。
    そこから話は20年前、バルサ16歳の時の旅に飛ぶ。まだジグロの元で鍛錬していた時期で、向こうっ気は強いが、ふとしたことに心も揺れるし気持ちも逸る、思慮も足らずに危ない目に合う、今では無敵のバルサだがそんな時期のバルサを見られるのが一興(その頃から腕はいいけどね)。
    サダン・タラムの頭サリは何者かに命を狙われており、その理由が分からないまま進む話は〈森の王の谷間〉での思わぬ光景で幕が閉じるが、時間は戻ってサリの娘で頭となったエオナもまた何者かの襲撃を受けるという、20年前と現在が重なるミステリー調の構成が楽しめる。
    終盤、ロタ王国北部におけるロタ氏族とターサ氏族の確執、マグア家とアール家の対立と、異界への道を開くことができるサダン・タラムの存在が交錯しながら紡がれてきた歴史の暗部が明らかになるに連れて、サダン・タラムの頭が狙われ続ける理由だけでなく、そこに至るまでの両家の主たちが氏族の名誉や民の利益のために企ててきたことの意味も解き明かされるところが深い。

    いつも彼女のことを話していたということを知ってか知らずか、ジグロを思って『こんなに経ってから、気づくことってのも、けっこうあるね』とつぶやくバルサの姿が、『善く生きた人の生は、その人と関わった者たちに、静かな温もりを残していきます』というあとがきでの作者の言葉をよく映していて、こんなところも、やはりこのシリーズはいいよねぇと思う。

  • 再読なれど大変楽しめた。すでに図書館で読んでいたが、文庫がでたので購入。守り人シリーズは異界旅行ものでは本当に秀逸。ビジュアル的で非常に臨場感あり。個人的にジグロのキャラクターが好きなので、今回バルサの若い頃とジグロの話が読めて嬉しかった。本作はいままでのものよりも、よりいっそう生きるということを考えさせられた。

    「人はみんな、どこか中途半端なまま死ぬもので、大切なことをつたえそこなったな、と思っても、もうつたえられないってことたくさんあるんでしょうが、自分では気づかぬうちにつたえていることも、あるのかもしれない。」

    このシリーズも『精霊の守り人』が新聞の某読書欄にレビューが載っていたのを読んで手に取ったのがスタートだった。某新聞(購読していない)のレビューは今まで3回しか目を通しておりません、百発百中状態(笑)、この『精霊の守り人』、『狼と香辛料』『十二国記』この3シリーズが新聞評からはまったシリーズですわ。なんか面白い縁だわ。

  • 「守り人」シリーズとの付き合いもかなり長くなったが、毎回胸が躍るし、読後に深く残るものがある。今回の外伝もまた、とても心に刺さった。

    物語は現在、過去の2つのパートから成る。いずれのパートでも、バルサは旅芸人サダン・タラム一行を護衛する。過去のパートのバルサは養い親のジグロと行動を共にしている。まだ10代で、ピンと張り詰め、ポキンと折れてしまいそうな脆さを感じさせる。一方、現在のバルサは、押しも押されぬ一流の護衛士である。

    作者の上橋菜穂子さんのあとがきが物語と連動し、印象的だった。この物語は、途中で書けなくなった物語だという。それが、お母様を送ったことで物語の核が見えてきたそうだ。同時に収録された文庫版のあとがきでは、亡くなられたお父様との思い出が綴られる。“離れて暮らしていても、電話をかければ元気な父母の声を聞くことができた、あの暮らし”に上橋さんは思いを馳せる。

    そして、上橋さんはバルサにこう語らせるのだ。「人はみんな、どこか中途半端なまま死ぬもので、大切なものを伝えそこなったな、と思っても、もう伝えられないってことがたくさんあるんでしょうが、自分では気づかぬうちに伝えていることも、あるのかもしれない」。血ではなく、共に暮らした日々のうちに、多くのことを得ていたことを思い知る、そんな日がいつか来るのかもしれない。

    本書の物語は親子の物語でもある。ジグロとバルサの父娘の物語に、あとがきの上橋さんとお父様の物語が重なる。

  • 久しぶりの上橋菜穂子さん。
    かつてともに旅をしたサダン・タラムと再び出会ったバルサ。
    ジグロとの旅。
    親が子どもや次の世代に伝えるべき大切なことをどう伝えるか?
    伝えるような生き方をしているか?
    簡単にいろんなことを伝えられると勘違いしていないか?
    大事なことは簡単には伝わらない。
    思いついたままを。

  • おかえり、バルサ。おかえり、タンダ。

    それとも、オイラが上橋ワールドに「おかえり。」
    なのかな?

    懐かしかったです。
    物語を読み始めるや、すぐに自分の心と想像が
    ロタ王国の旅にすべり込みました。
    そして、野宿して、焚き火の近くでバムをかじって、
    ラの香りを想像して。

    自分から彼らがこんなにクリアに見えているのに、
    バルサやタンダからは自分が見えてないなんて、
    ホントに歯痒い。

    現在の旅と、20年前の旅。同じ道をたどる
    ロードムービー的なお話でした。
    一瞬、一瞬が楽しい本でした。

  • 外伝とあるけれど、立派に守り人シリーズの一冊。

    若かりし頃のバルサとジグロの旅をもう一度辿っていけたことも、嬉しかった。
    何度も何度も、ジグロの元を去ろうと心に決めるバルサを見るのは、切なかった。

    こんな父娘の在り方を見たことがない。
    なのに、他の役割を当てはめることが出来ないくらい、自然でもある。
    父を乗り越える話でなくて、良いんだ。

    そんな二人の過去と現在を繋げるのが、サダン・タラムたちの旅。
    ロタ氏族とターサ氏族の悲劇を鎮魂するために、彼らは聖地を回り、歌い、慰める。

    いろんなシーンに心動かされたのに、ぶわあっと涙が溢れたのは、タンダがバルサに渡した、思い出の品「飴色に汚れた棒」だった。

    自分がそうしたものに少し関わりがあったからか、その描写があまりにしっくり来て、ジグロが仕上げた杖と、その杖を来る日も来る日も、槍に見立てて振り込んだバルサが思い浮かぶ。

    この作品は、もう一つの『闇の守り人』だと思う。
    その言葉が浮かんですぐに、あとがきにも見つけて嬉しくなった。

  • バルサ15歳の旅と同じルート同じようなシチュエーションで再び旅をする。
    護衛についているサダン・タラム達はなぜ再び狙われるのか?複雑で深い理由が解けていくとき感動がジワジワくる。

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著者プロフィール

作家、川村学園女子大学特任教授。1989年『精霊の木』でデビュー。著書に野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞した『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、野間児童文芸賞を受賞した『狐笛のかなた』、「獣の奏者」シリーズなどがある。海外での評価も高く、2009年に英語版『精霊の守り人』で米国バチェルダー賞を受賞。14年には「小さなノーベル賞」ともいわれる国際アンデルセン賞〈作家賞〉を受賞。2015年『鹿の王』で本屋大賞、第四回日本医療小説大賞を受賞。

「2020年 『鹿の王 4』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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