「関ヶ原」の決算書 (新潮新書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106108594

作品紹介・あらすじ

金がなければ戦はできぬ! 天下分け目の合戦で、動いた金は総額いくら? 『「忠臣蔵」の決算書』に続き、日本史上の大転換点をお金の面から深掘り。知られざる歴史の新常識が浮かび上がる。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史的な出来事の収支報告、この視点で読むとグッと身近になる。
    武将の給料、物資運びの運賃、道案内の同行手間賃、こんな風に考え当時の支払種別を現代のお金に置き換えるあたりも面白い。
    地図でちゃんと土地の管理がされていない所、未開の地みたいなのが出てこざるを得ない策も面白い。
    日本史もなかなかだなぁと思った一冊。

  • 少し難しかったが石高と収入が結びついた。

  • 関ヶ原合戦に必要な、軍事費について計量的に示されている。

  • 関ヶ原の戦いを軍資金の観点から描いた一冊。

    後半は島津氏の話がメインだったが、今までにない視点で面白かった。

  • 忠臣蔵に続いてとにかくわかりやすい!

    兵糧の考え方が秀吉以前と以後で違い、自弁と現地調達の考えから、各大名が準備する方式になっていく。
    1人あたり1日5合の兵糧米ってなかなか大変…
    以下も、本書で示された基準↓
    ●米1石=8万円
    →1000人の軍勢を動かすのに1日40万
    ●金1枚(165グラム)=200万
    が、どんどん高騰し、5年で350万に上がる
    ●永楽銭1文=200円
    ↑信長が堺の町衆に要求した矢銭2万貫(40億!)の規模の大きさがわかる。
    しかし対外貿易で潤っていた堺が払えない額ではないというのもすげぇ
    ●銀1枚=35万円
    1匁=8000円、1貫=800万

    ●大名は家臣がいないと合戦に出れないので、10万石の領地のうち、8割くらいは家臣に与える領地になる

    小田原攻めの時に秀吉が用意してた兵糧米が50万石=400億ってのもすごすぎる。北条の総構をそこまで警戒してたということなんだろうか。

    あまり島津家に詳しくなかったので、島津義弘が伏見にいながら西軍側としてずっと戦い、兵が少ないから早く援軍を、と薩摩に求め続けていたのが少し意外だった。
    でもだからこその敵中突破だったのかもしれない。
    (そして追いかけたのが井伊直政だけってのもなんかもう井伊らしい感じで面白い(笑))

    関ヶ原合戦後も、家康に従うか従わないかで大いに揉めていた島津家。強硬派の義久と恭順派の義弘の板挟みになった忠恒が、従う決断をしたのは大きかったと思うな。
    それに対し、10億以上ポンと貸してくれて応援してくれた福島正則のカッコいいこと(笑)

    確かに戦ってもないのに関ヶ原以後、豊臣家が没落したのは疑問だったが、
    豊臣家蔵入地(直轄地)を持っている武将を移封させて家康にとっての加増分にしたのか。
    納得だし、それで豊臣家が年収1286億→185億になったのって大きすぎる。

    ここまで大きな合戦になると、大きなお金がこれだけ動き、歴史を動かしていくのだなと実感できる一冊。


    全然関係ないけど、城好きなので、
    山内一豊が高知へ大幅加増になったのが、家康が京へ上る生命線だった東海道筋の城を明け渡したのがきっかけだったというのも面白いし、
    松江城の堀尾氏も関ヶ原以後なのか。
    逆に毛利の下関移封もここからだもんな。

    やっぱり大きな合戦は、とことん歴史を動かすのだなと実感する。

  • タイトルは、誤解を生みやすい。ガチの決算書解説本ではない。著者は歴史研究の第一人者ではあるが、会計の専門家ではない。
    何万石とか何両など当時の通貨が分からないため、経済的規模感がわかりにくい戦国時代をザックリとわかりやすく解説してくれる。しかし、タイトルに特化した内容では決してなく、関ヶ原の戦いの経緯全体を解説している著作である。

  • ○米一石(1000合)=8万円から換算したとき,現代の価値とこんな感じに対応する. 永楽銭1文=200円 銀貨1枚=35万円 金貨1枚=200万円 千両箱=20億円 100万石の大名(五民五公でも実収入は30%程度)=年収240億円 ※そもそも,石(領土)=領地から年貢を取る権利.
    ○関ヶ原前後で,徳川家の年収は604億円→1809億円に増加した. 配下に収めた領地は573万石で,日本の約3割相当.さすが天下人って感じのスケール.

  • ●豊臣秀吉の軍隊では、非戦闘員を含めた総人数を把握し、彼ら全員に兵糧米を支給するようにしていた。支給基準は、一人当たり1日5合。約400円。
    ●当時の流通していた貨幣は金、銀、銭で、それぞれに換算レートが違った。金で買うものや銀で買うものなど分かれていたのである。そのため発達したのが両外商。銭1文は96円。
    ●日本では石見銀山などで銀が大量に採掘されていたので、金と銀の比率は近かったが、16世紀後半の比率は大体10対1。
    ●なぜ島津家は敗北した西軍につきながら、領地を失わずに済んだのか?
    ●利家はいまわの際に、秀吉の遺児秀頼の将来を悲観する言葉を残している。秀吉なき後、家康は目に余る行動をしており、自分が死ねばもはや秀頼を守るものはいないと感じていたのだろう。
    ●直江状。兼続は、さしたる根拠もないのに謀反の嫌疑がかけられていることから、「上洛の儀は、できないように仕掛けられているので仕方がありません」と上洛を拒否し、景勝に謀反の心は無いことを告げた。家康は聞く耳を持たなかった。
    ●小西行長は9月19日に伊吹山中で、石田三成は21日に田中吉政の家臣によって捕らえられた。10月1日斬首。
    ●秀頼は関ヶ原合戦以前の年収1286億円が185億円になってしまった。

  • 島津の話は、よく分かった。関ヶ原に限らず、戦の終わらせ方は難しいのだと理解。
     「忠臣蔵」に比べると、あまりに額が大きすぎて、「決算書」という感じはしなかったな。

  • タイトルと内容に違和感が残る⁉️
    関ヶ原の記事が少ないような…

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著者プロフィール

1957年、岡山県生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。文学博士。東京大学史料編纂所教授などを勤めた。1992年『江戸お留守居役の日記』で第40回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。著書は『寛永時代』(吉川弘文館)、『日本史の一級史料』(光文社新書)、『歴史をつかむ技法』(新潮新書)、『流れをつかむ日本の歴史』『武士の人事』(角川新書)など多数。NHK Eテレ「知恵泉」を始め、テレビやラジオにも数多く出演した。2020年逝去。

「2022年 『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史 全16巻+別巻4冊定番セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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