春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (123ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120042614

感想・レビュー・書評

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  • 山浦医師のエピソード
    昔からよく知っている老いた患者がやってきた。診察しながら「生きていてよかったな」と言うと、「だけど、俺より立派な人がたくさん死んだ」、と言って泣く。気づいてみると患者と手を取り合って泣いている、医者なのに。
     震災後、被災地に行った作者が出会った人々、そして考えたこと。タイトルはシンボルスカの詩から。
     二度目の春が巡ってきた時、人々はどんな思いで桜を見るのだろう。

  • (2012.02.21読了)(拝借)
    【東日本大震災関連・その58】
    うちのかみさんは、池澤夏樹の大ファンです。この本は、かみさんの本棚から拝借しました。「この本のなかにはここ5カ月の間に新聞や雑誌に送ったエッセーやコラムの内容が再編集された形で入っている。」(121頁)ということです。
    著者によれば、この本で扱ったテーマは、発表済みの作品で既に記しているということです。さてさて、池澤夏樹にはまるべきかどうか、思案中。
    「振り返れば、原発の危険については18年前の「楽しい終末」という本に書いていた。自然と人間の関係については「母なる自然のおっぱい」に詳しい。ボランティアについては「タマリンドの木」、天災に関しては「真夏のプリニウス」という小説があり、風力発電のことならば「すばらしい新世界」ならびにその続篇の「光の指で触れよ」がある。」(122頁)

    本の題名がなんとも素敵だ、と思ったのですが、ノーベル文学賞を受賞した詩人シンボルスカさんの詩の一節でした。
    ●眺めとの別れ
    またやって来たからといって
    春を恨んだりはしない
    例年のように自分の義務を
    果たしているからといって
    春を責めたりはしない

    わかっている わたしがいくら悲しくても
    そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと
    草の茎が揺れるとしても
    それは風に吹かれてのこと
    (後略)

    先日、新聞に訃報が掲載されていました。2012年2月1日に肺がんのため亡くなられたそうです。享年88歳。

    この本の目次は以下の通りです。
    1.まえがき、あるいは死者たち
    2.春を恨んだりはしない
    3.あの日、あの後の日々
    4.被災地の静寂
    5.国土としての日本列島
    6.避難所の前で
    7.昔、原発というものがあった
    8.政治に何ができるのか
    9.ヴォルテールの困惑
    書き終えて

    ●遺体はあった(6頁)
    日本のメディアは遺体=死体を映さなかった。週刊誌のグラビアでほんの一部が映っているのがあったくらい。また、津波が市街地に押し寄せる場面は多く見たけれども、本当に人が死んでゆく場面は巧みに外されていた。カメラはさりげなく目を背けた。
    しかし、遺体はそこにあったのだ。
    ●山浦玄嗣さん(12頁)
    自分が住む気仙地方で日常使われる言葉を文法と語彙の両方から整備し論理化して大部な「ケセン語大辞典」を作り、それを土台に四つの福音書をケセン語に訳した。これほどイエスの言葉が心に響く聖書はかつてなかった。
    山浦さんの話では、この医院(山浦医院)も床上まで水が来たのだそうだ。近所では目の前で流される人に手を差し伸べて、救えた人もおり救えなかった人もいたという。
    ●自然に意思はない(16頁)
    自然にいかなる意思もない。自然が今日は雪を降らそうと思うから雪になるわけではない。大気に関わるいくつもの条件が重なった時に、雲の中で雪が生まれて地表に達する。
    ●仙台市若林区荒浜(48頁)
    海岸に出てみた。防風林の松の大半は折れているが、踏みとどまって立っているのもまばらにある。砂浜は静かで、海面は水平線まで平坦だった。しかしこの浜にはあの日、二百人以上の遺体が打ち上げられていた。そう考えると、今もそれが見えるような気がして、立っているのが苦しくなった。
    ●奥松島(50頁)
    宮戸島の方へ少し下り、被災地の中を行く。どこでも最初の作業は道路の瓦礫を片付けて車が通れるスペースを確保することだったろう。それから遺体の創作と広い範囲の瓦礫の整理が始まる。そういう手順が分かってきた。
    ●日本列島の位置(55頁)
    大陸との関係において日本列島は絶妙な位置にある。
    朝鮮半島との間の対馬海峡は対馬を間に挟んで約二百キロ。古代の操船技術で渡れない距離でないが、しかし大規模な軍勢を渡すのは容易ではない。だから古来この島々に大陸から文物や人は多く渡来したけれども征服を目的とした大軍は遂に来なかった。元の二度の試みはどちらも失敗に終わった。
    ●鎌倉で8メートル(72頁)
    遠い昔、大晦日に鎌倉材木座海岸の光明寺で除夜の鐘を撞くのが自分の習慣だったことを思い出した。そして、光明寺あたりは関東大震災の時に標高八メートルのところまで津波が浸水したことも。
    ●イスラエルの検問所(77頁)
    パレスティナの作家ムーリッド・バルグーティによれば、過去五年と限っても69人のパレスティナの女性がイスラエルの検問所で子を産んだと報告していた。出産を間近にした妊婦を乗せて病院に向かう車を、イスラエルの兵士はそれと承知で通さない。劣悪な衛生環境の中で母は子を産む。出産という人間にとって最も基本の営みまで妨害する。
    ●第五福竜丸(80頁)
    ぼく(池澤さん)が八歳の時、アメリカがビキニ環礁で行った水爆の実験で日本の漁船第五福竜丸が被爆し、久保山愛吉さんが亡くなった。
    ●原発は安全(83頁)
    原発について、危険であるという学者・研究者が当初からいたのだ。その主張には根拠があったから、だから推進派は必死になって安全をPRした。その一方で異論を唱える人々を現場から放逐した。
    安全を結果ではなく前提としてしまうとシステムは硬直する。勝利を結果ではなく前提とした大日本帝国が滅びたのと同じ過程を福島第一原子力発電所は辿った。「原発の安全」は「必勝の信念」や「八紘一宇」と同じ空疎なスローガンだった。

    ☆池澤夏樹の本(既読)
    「タマリンドの木」池澤夏樹著、文芸春秋、1991.09.25
    「メランコリア」池澤夏樹著・阿部真理子絵、光琳社出版、1998.12.10
    「イラクの小さな橋を渡って」池澤夏樹著・本橋成一写真、光文社、2003.01.25
    (2012年4月4日・記)

  • 発売から暫く経つけど、手には取るもののなかなか読めずにいました。
    まだすべては読めずにいます。

    もう4月くらいから震災も、東電関連のニュースもほとんど見ていません。
    特に原発関係は、非難と憶測に溢れていて、
    何が真実かわからないし、裏の裏の裏を読むような、
    もう何度ひっくりかえしたのかわからなくなるような状況。
    それが必要なことだとしても、当然の批判だとしても悪意に触れるのが辛い。

    何がどう転ぼうが、朝が来れば仕事に行くか遊びに行くかして、
    日々それなりに楽しく生きていこうと決めた時点で、
    誰かをなじるのも恨むのもやめようと思いました。

    そして、そうやって自分の日常生活だけを見て生きていこうと決めた時点で、
    被災した人に同情して涙を流したり、可哀想だとか、外側からの感想を落とすこともやめようと思いました。


    だからこの本も読まないでおこうと思ったけれど、
    とても静謐で真摯な文章を綺麗な文字で書くお嬢さんが、
    一番好きな作家だと言っていた池澤夏樹だから、
    読んでみようと思いました。

    なかなかうまく読み進めることができませんが、
    モノクロ写真と淡々とした文章がしっくりきます。
    悲劇を感情抜きに、ただ事実として描く冷静さも必要だなあと思いました。
    何をどう書いても誰かを傷つけ、非難される可能性があるテーマなのに、
    まっすぐ向かい合っている池澤夏樹はなんだかかっこいいなとさえ感じました。

    ニュースも評論もいろいろあるけど、
    何者への悪意も感じない文章というのは久しぶりに触れた気がします。


    そして引用された詩がとてもよかったです。

    朝日新聞の連載のタイトルにもなった
    ヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」
    http://www.haizara.net/~shimirin/on/akiko_03/poem_hyo.php?p=5

    本作のタイトルになった詩 「景色との別れ」
    http://agarusagar.way-nifty.com/we_see/2011/04/post-cdc7.html

  • 原発事故後の著者の行動、思考、記憶が凝縮した一冊。

  • 数万人が亡くなったという数字ではなく、一人ひとりの死を想像しなくちゃいけないってことを思い出させてもらった。
    自分が経験した祖母や祖父の死が何万も…愚直に足し算で考え想像しなくてはいけない。
    ここに掲載された写真をことあるごとに眺めながら思いを馳せたいと思う。

    震災の復興にしても原発の問題にしても、池澤夏樹さんは希望を抱いておられる。
    「陽光と風の恵みの範囲で暮らして、しかし何かを我慢しているわけではない。高層マンションではなく屋根にソーラー・パネルを載せた家。そんなに遠くない職場とすぐ近くの畑の野菜。背景に見えている風車。アレグロではなくモデラート・カンタービレの日々。
    それはさほど遠いところにはないはずだと、ここ何十年か日本の社会の変化を見てきたぼくは思う(p.97)」
    本当にそうかしらと思う一方で、そうか、絶望ばかりしていてはいけないな、とも思う。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      『遠い水平線 On the Horizon』部数限定かぁ~←限定版とか、残り僅かと言う言葉に弱い、、、
      『遠い水平線 On the Horizon』部数限定かぁ~←限定版とか、残り僅かと言う言葉に弱い、、、
      2012/03/16
  • 東日本大震災と津波から11年めの3月。つい先日も東北で震度6の地震かあり、被害が報告されている
    そんな折、図書館でこの本を手に取った。
    池澤さんご自身、理工学分野に造詣が深い芥川賞作家。かねてから原発には否定的な立場でエッセイを書かれていることは知っていたが、その内容も入れながら、震災直後から被災地を巡り、体験されたことをベースに多面的な見方で思いを綴っている。

    日本人は自然を人格化してとらえるところがあるが、この震災から見ても、自然にはいかなる意思もない。これに我々は耐えられないのだ。
    ただ昔から日本人は、数々の災害に遭ってきており、忘れることや諦めるという特性も持っている。
    被災者には、何年経っても忘れることは出来ないことだろうが、忘れる能力も大事だろう。
    地震と津波には責任の問いようがないのだから。

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB06729198

  • タイトルがよい。

    そして、以下の引用句がよかった。

    祈るとは、自分は何をすべきなのか、それを伝える神の声を聴こうと耳を澄ますことである。

    僕もそう思う。

    気仙沼の死者たちは、恐ろしくなかった。
    死者や自然といった、声なきものたちとの対話ができるかが、ポイントだ。

  • 3.11後の想像力、「昔、原発というものがあった」

    所蔵情報
    https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/search?rgtn=078313

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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