春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと

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  • 中央公論新社
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本棚登録 : 405
レビュー : 75
  • Amazon.co.jp ・本 (123ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120042614

感想・レビュー・書評

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    • 猫丸(nyancomaru)さん
      『遠い水平線 On the Horizon』部数限定かぁ~←限定版とか、残り僅かと言う言葉に弱い、、、
      『遠い水平線 On the Horizon』部数限定かぁ~←限定版とか、残り僅かと言う言葉に弱い、、、
      2012/03/16
  • 東日本大震災

  •  東日本大震災発生からの、約5ヶ月間にわたる思索を綴ったエッセイ集。
     9編のエッセイを収めている。正味120ページほどの薄い本で、写真のページも多い(鷲尾和彦という人が被災地を撮ったモノクロ写真で、静謐な印象でとてもいい)ので、すぐに読み終わる。

     エッセイの中身は玉石混交。何編かは、3・11後に身近で起きたことを感傷的に書き連ねただけの駄文に終わっている。我が国一級の知識人である池澤ともあろうものが、震災をめぐってこんなことしか考えなかったのか、と嘆息させられる。

     もっとも、あとがきに「書かなければならないことがたくさんあるはずなのに、いざ書き始めてみるとなかなか文章が出てこない」と当時の心境が記されているとおり、言葉のプロさえもが言葉を失い、何を書いたらいいのか途方に暮れるほどの大惨事だった、ということでもあろう。

     それでも、いいエッセイもあり、心に残る一節もある。
     とりわけ素晴らしいのは、「昔、原発というものがあった」という一編。これは、元々は『脱原発社会を創る30人の提言』という本のために書かれたもので、脱原発を目指す立場を旗幟鮮明にした文明論的エッセイ。
     大学で物理学を学んだ“理系の小説家”である著者が、豊富な科学的知見を活かし、脱原発(=再生可能エネルギーへの転換)への道筋を冷静に、かつ詩的に展望している。脱原発を主張する文章にありがちな声高な調子、エキセントリックな印象がないのがいい。

     表題作「春を恨んだりはしない」も、震災で亡くなった人々を作家らしい視点から悼む名文だ。タイトルは、ポーランドの女流詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカ(96年にノーベル文学賞受賞)が、夫を亡くした直後に作った詩「眺めとの別れ」の次の一節から。

    《またやって来たからといって
    春を恨んだりはしない
    例年のように自分の義務を果たしているからといって
    春を責めたりはしない

    わかっている わたしがいくら悲しくても
    そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと(沼野充義訳/詩集『終わりと始まり』所収)》

     この一節が「震災以来ずっと頭の中で響いている」という著者は、つづいて日本の古歌「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」を引き、最後に文章を次のように結ぶのだ。

    《来年の春、我々はまた桜に話し掛けるはずだ、もう春を恨んだりはしないと。今年はもう墨染めの色ではなくいつもの明るい色で咲いてもいいと。》

  • ◯あの時、日本人は戦争の災禍を一種の天災と受け止めたのではないか。(61p)

    ★災害の多い日本の風土が、日本人の気質を育てた。

  • 東日本大震災からのボランティア、復興、原発、政治など著者の意見がとてもためになりました。

  • 読メイベントにお誘いいただいたのをきっかけに震災の関連本を改めて読んでみよう企画第一弾は池澤さんをチョイス。
    とてつもなく広い範囲から物事を見詰めることの出来る論客だけに薄っぺらい本ながらその内容はどこまでも深い。
    出版されたのはあの日の半年後、書かれていることにもほとんどの人が共感し被災地のそしてこの国行く先を案じたものだ。
    それが今はどうだろう…復興の労働力を奪う東京オリンピックに浮かれバラマキ銭が目当ての自治体は原発再稼働にまっしぐら、忘れる文化は忘れ去る軽挙さにすり替えられてしまっているではないか。
    様々な思いの中また何もなかったように5度目の春がやって来る

  • 読みながら、時折目を閉じてあの日のことを思い出した。
    「薄れさせてはいけないと繰り返し記憶に刷り込む。
    あの時に感じたことが本物である。風化した後の今の印象でものを考えてはならない。(本書 p.9)」
    やなぎさんのBluesを聴いた。

    作者は、東日本大震災の当事者ではない。
    あの日、作者は四国吉野川にいた。
    震災が発生し、取材旅行を切り上げた彼は、東北を飛び越して、北海道の自宅に戻る。

    しかし、その後彼は、取材者兼ボランティアとして、被災地に入る。
    取材者であるから、自分の力で被災地の中まで入り込む。しかし、職業的報道者ではない彼は、同時にボランティアとして、被災者の元に必要な物資を届ける。
    現地をみて、話を聞いて、そして立ち止まって考える。
    そして、考えたことを、彼の言葉として伝えた。
    私も震災のあと、ボランティアとして現地に向かった。
    私は、そのことを言葉に残さなかったが、作者が織り出した言葉の中に、その時のことを思い出した。

    日本は地表プレートが衝突する場所に位置する。言い換えれば、衝突によって作られた地形が日本列島になっている。
    その狭い土地に多くの火山を抱え、多くの地震乗り越え、多くの津波に洗われた。
    自然の猛威に晒された日本人は、しかし、その自然を怨み、敵対することによって解放はされない。
    自然の営み、時には猛威に対しては、受け入れ、そして、忘れようと試みる。
    そして、また春が巡ってきても、その春を恨んだりはしない。
    日本人の考え方の根源に、この言葉があるような気がする。
    その、自然に洗われることが前提の国土に、人間がコントロールできない脅威(原子力)を解き放つことの異常さについて、きちんと向き合う。

    2011年3月11日。その日、そして、その日に連なる日々に考えたことをを忘れたくないから、私はこの本を読む。

  • 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け

  • <閲覧スタッフより>
    「死は祓えない。祓おうとすべきでない。」3.11の報道。しかし遺体の姿は隠されていた。しかしそこには確かに死があり、未来にも放射性物質による死の影が潜んでいる。被災地を訪れた著者がその姿と日本のこれからを考える。

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    所在記号:914.6||イケ
    資料番号:10211899
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著者プロフィール

池澤夏樹(いけざわ なつき)
1945年、北海道帯広市生まれ。1964年に埼玉大学理工学部物理学科に入学し、1968年中退。
小説、詩、評論、翻訳など幅広い分野で活動する。著書に『スティル・ライフ』(中央公論新人賞、芥川賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『花を運ぶ妹』『カデナ』『光の指で触れよ』『世界文学を読みほどく』『アトミック・ボックス』等多数。また池澤夏樹=個人編集『世界文学全集』、同『日本文学全集』も多くの読者を得ている。旅と移住が多い。
2018年9月から、日本経済新聞にて連載小説「ワカタケル」を連載。

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