残像に口紅を (中公文庫)

  • 中央公論社 (1995年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (344ページ) / ISBN・EAN: 9784122022874

みんなの感想まとめ

言葉が消えていく世界を描いたこの作品は、言語の重要性を再認識させてくれる実験的な小説です。物語では、特定の音が失われることで、それに関連する言葉や概念も消えていく様子が描かれています。最初は軽やかな文...

感想・レビュー・書評

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  • 世界からことばが消えてゆく小説。
    いろんなところで紹介されていて、ずっと気になっていた。
    日本語の音を一つずつ消していき、その音の含まれていることばは使えなくなり、その存在も消えていくという設定。
    言葉が失われていくなかで、どこまで小説として成り立つのだろうかという好奇心と、単純にことばが消えていく世界というものに興味を引かれた。
    世界から言葉が消滅するまでの過程で、人々が思うように言葉が使えず困惑したり苛立ったりする姿が描かれており、言葉というツールが人間にとって重要な役割を果たしていることがわかる。
    最初のうちは、言葉が消えた違和感を感じさせない軽やかな文章だったが、徐々に代替えとなる言葉を使っても固く重くなっていく感じがした。そして、最後は限られた言葉でよくぞここまで…さすがだなぁと思った。
    物語を楽しむというより、実験的な要素を楽しむ感じかな。とても興味深い体験だった。

  • 著者、筒井康隆さんは、ウィキペディアによると、次のような方です。

    ---引用開始

    筒井 康隆(つつい やすたか、1934年〈昭和9年〉9月24日 -)は、日本の小説家、劇作家、俳優。ホリプロ所属。身長166cm[注釈 1]。大阪府大阪市出身、兵庫県神戸市垂水区在住。日本芸術院会員。

    ---引用終了


    で、本作の内容は、BOOKデータベースによると、次のとおり。

    ---引用開始

    「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

    ---引用終了


    ウィキペディアによると、SF御三家は、

    筒井康隆(1934~)
    星新一(1926~1997)
    小松左京(1931~2011)

  • ストーリーを求めてる方には薦めない。
    これは、あくまでも狂気的な実験をした本。

    この作品は読み進めるほど
    言葉を失っていく作品であ、い、う、え、お
    など表現できる文字に制限を掛けていく。
    どの作家も手をつけないであろうテーマだ。

    ただ、表現を狭まれたり中で紡がれるワードセンスはもの凄い。
    内容というより限られた言葉でもどこまで小説として成立していくのか?
    ということを目指しているように感じ
    まだいけるのか、もう無理ではないのか。
    そう言う言い回しをしてくるか...
    というやりとりが続き面白さというよりは
    凄い!という感想が全面的にくる。

  • 言葉が消えると、物も消える。

    最初に消えたのは「あ」だった。
    「あ」が消えると、「朝日新聞」も配達されなくなった。
    定食屋からは「からあげ」がなくなっただろうし、
    「綾瀬はるか」「芦田愛菜」「阿部寛」なども見れなくなってしまう。
    次に「ぱ」が消えたので、「朝」「パン」を食べることができなくなる。

    「芦田愛菜」は「愛菜ちゃん」に、「パン」は「トースト」に言い換えればOKだが不便でしょうがない。

    「あ」が消えると「ヴァ」や「ふぁ」も消える。
    音は全部で152個としてあり、3分の2くらい消えても使える言葉だけでさほど違和感なく読める。
    4分の3ほど消えると、さすがに日本語として苦しくなるし、言い換えことばに聞いたことがない表現も増えてくる。

    本書は限られた言葉だけで、どこまで表現できるかの実験なので、小説の内容には気持ちが入り込めなかった。

    先日の朝日新聞の夕刊に、核をなくすというマンガがあって、セリフに「か」と「く」が使えなくなっていた。
    本書と同じような言葉遊び満載の作品は探せば他にもありそうだ。

  • 『怖いのは音が消える世界ではなく、作者の突出した語彙力なのではないか』

    本作は五十音の“音”が消えていく世界を、あくまで実験的に描いた作品。
    音が消えていくのだから、その世界において使われる言葉も段々と限られてくる。
    例えば、“あ”という音が消えれば、『愛している』や『明日』と言った言葉は失われる。

    だが、突然消える音に苦しみながらも、なんとか類似する言葉で物語を進められているのを見て、驚愕してしまった。

    もちろん音が失われていくのだから、使用される言葉が難解になり続け、『あの言葉の代用か!』と考える時間が増える為、サクサクと読み進めることは難しくなる。
    そして、それは非常に重い愛のメッセージのように見えたり、“村の長老”を彷彿させる様な言葉遣いになることもある。

    だが、本作の魅力はそこにあると感じる。

    音は消えていくが、状況説明における言葉が物足りないと感じることはなく、寧ろよくそこまで言葉を繋ぎ、細かな情景を描けていることに感動してしまった。
    また、その世界の住人が、どのように言葉を編み出しているのかというのも非常に気になるところであり、欠けた言葉をいかに補っているのかを見ていると非常に面白い。

    かなり読み進めるのは時間がかかると思われるが、“音が失われる”という状況を読み、その世界で何が起こるのかを実験者の様な目で見て欲しい。

  • 五十音が徐々に消えていく世界。
    最初は「あ」が使えなくなる。
    そのあとは「ぱ」「せ」「ぬ」……。
    最後に消えるのはなんだろう?とワクワクしながら読んだ。
    ただ後半にさしかかるにつれ使える言葉が少なくなるからか、どんどん難解になっていく。
    自分は1回読むだけでは理解できない部分も多くあった。

    解説も専門的で難しかったけど、興味深いことが書かれていた。
    またいつか気合いを入れて読み直したい。

  • 語彙力を鍛える方法として、制限をつけてみることもひとつの手であると思います。

    例えば、普段何気なく使っている書き癖のようなもの、自分であれば、「確かに」という言葉が多く使われることがあるので、それを代用するかたちで、違う単語を考えてみる。

    文を書くときに意識的に書いているつもりでも、実は半意識的な部分があって、何を書くかという点については、頭で考えているが、日頃使っているフレーズを、無意識のうちに使いまわしたように創作してしまう。

    今こうして、同じ単語をなるべく使わないよう、気を使いながら並び替えてみるだけでも、日本語の文法そのものが危うくなるかもしれませんが、「捻り出す」という作業が生まれるのです。


    さて、感想を書く前に、ゴタゴタと戯言を書いてしまいました。

    この本は、単語ではなく、ひらがなが一文字ずつ消えていく世界で過ごすという話です。
    消えていった「かな」は2度と復活することはなく、最初は「あ」から消えていく。

    「あ」が消えたら、それだけでも相当苦労するのではないか、と思いきや、そんな心配をよそに、どんどん消えていく。

    あまり使われていない「かな」から消えているという前提はあれど、普通に話が進んでいく様子を眺めて、改めて日本語の語彙の多さと、自分の手持ちの少なさを感じさせられます。

    消していくにあたって、なぜかルールを作ったり、例外を使ったりしているのをみて、なんだか物語に巻き込まれた感があり、その制限の中で言葉を選ぶ世界に、ちょっとうっとりしながらも、実際にそうなったら面倒だなと。

    そんなふうにして、この本にハマって、テンポよく読み切ることができました。

    タイトルから中身が想像できない本は、クチコミからきっかけで読むことが多く、この本もそのひとつでした。

    ついタイトル買いしてしまう自分にとって、見落としている名作が他にもあるかもしれない、とこういう本を読むと毎回思うのです。

  • じわじわと襲う喪失感と焦燥感、切なさと虚しさ。
    大事なものは失ってから気づくと言うように、音が揃って存在する世界は「満ち足りた世界」だと、この実験を経て気づくことができました。

  • ◯文字が徐々に消えていく小説で、いかなる内容を描写していくのか、興味深く読んでいたが、いささか小説として何をか感じるのは難しかった。
    ◯文字が減っていく中で、豊富な語彙力を駆使して文書を紡いでいく様は圧巻。また、物語としても展開が小説的に自然に進んでいくのも凄みを感じる。
    ◯少ない単語の中で展開されるシーンの一つ一つにも、少ない故に選ばれており、演出もそれに応じたものになっていると思われる。例えば、講演での
    尊大な語り口や、言葉が足りないからこそ、悲しい伝記など、さすがと思う。
    ◯やはり表現の自由な小説を読みたい。他者への影響は多々あるかもしれないが、それをそれだけで受け取ることなく、読む側にとっても小説では自由でありたい。

  • これはすごい本を読んでしまったな、というのが率直な感想。
    途中から、限られた音の中でもこんなに文章って書けるんだと驚きの連続でした。言葉が消えていって勝夫さんの記憶も曖昧になり、やや回りくどい言い回しになっているのを、これは何について言っているのかを推測するのが面白かったです。むしろ後半にかけて、自分が知らなかった言葉が散見できたりもして、ここでも筒井康隆さんの筆力に圧倒されました。

    筒井康隆さんの他の本も読んでみたくなりました。

  • 字が一字ずつ減っていくなかで、いかに表現できるか試した実験的な作品。「あ」がなければ、「あなた」がなくなり、「ありがとう」がないので、感謝するという言い回しになる。さらにどんどん字がなくなるなかで、情事の様を描写してみたり、講演してみたり、作者はかなり楽しんでいそう。どんどん字が消えていくわりに、そんなに違和感がないところがすごい。ただしわりと内容はない。仕方ない。

  • 凄まじい。言葉(音?)が減っていく世界で、物語は成立するのか?という実験的な作品を成立させる筒井康隆。本当に化け物かな?
    読みながら、検証していたが途中からそれすらもできなくなってしまった。

    途中、情事のあたりは読むのに疲れて辛かったのが本音だが、文字が消えていく際に、「え?この文字消していいの?攻めるなぁ」など、ツッコミを入れるくらいのめり込んでいた。

    段落の初めに消える文字を明かしているのだが、これをなくして、ミステリー風に読んだらもっと、面白いのかなと思ったり。

    最後の不自由な雰囲気はアルジャーノンを思い浮かばせる。

    幽遊白書の海堂戦はこれのオマージュなんだよね?

    それにしても、やはり文豪。言葉のプロは凄まじいと思った。

    • もっかもかさん
      はじめまして^ ^
      コメント失礼します!
      幽遊白書、オマージュだったのですねー

      こちらの小説、途中でうっかり一文字くらい使っちゃってるんじ...
      はじめまして^ ^
      コメント失礼します!
      幽遊白書、オマージュだったのですねー

      こちらの小説、途中でうっかり一文字くらい使っちゃってるんじゃないのー?(笑)と粗探しとかしてしまって集中できず、今の私には難しかったですが
      シュンさんの感想を読んでまたいつか読み返して
      みたいと思いました^ ^
      2024/08/07
  • 筒井はさすが、としか言いようがない。言葉の音とは何か、文字とは何か、を寓話として表現。使える文字が減っても思っていたよりも情報の伝達はできるのだなと感じた。

  • マンガ「幽遊白書」で、私がいちばん好きな戦闘…それは、蔵馬と海藤の言葉によるバトルです。
    確か1分につき、使えるひらがなが1文字ずつ消えていくなかでの戦いで、言葉遊びがすごく面白かったのです。

    その元ネタになった小説がこちらの「口紅に残像を」だと知り、読んでみました。

    なんとも実験的な小説で、ストーリーはかなり無理がありますが、それでも、だんだん少なくなる文字数で、ここまで書けるんだ…とおどろきました。
    特に、主人公の情事シーンが圧巻…
    たとえの応酬ばかりなのに、それがかえってものすごく色っぽくなっていて、もう降参!という感じでした。

    ストーリーを求めたい人には向いていませんが、言葉と表現と小説の限界をみたい方は、一度その世界をのぞいてみてもよいかもしれません。
    ただし、後半にいけばいくほど辞書は必須です。

  • 「あ」が使えなくなると「愛」も「あなた」も使えなくなった。
    文字が1文字ずつ消えてゆき、最終的には何も無くなるという斬新な小説。

    驚くべきことに、この文字だらけの小説には最初から「あ」がないのだ。
    愛、あなた、表す、あれ、あの、〜ある、明日… そんな馬鹿な!
    よーし、私も「あ」抜きで行こう!

    最初に消える文字が「ぱ」なら分かる。
    『だって〝ぱ〟なら普通に文章を書くに◯たり、登場頻度が少ないのは◯きらか!』
    もとい…
    『だって、〝ぱ〟なら普通に文章を書きつづるに、登場頻度が少ないのは比較的に常』
    つまり、こういうこと。

    文字が消えると,語彙も失われる。
    変わる語彙が必要となる。
    1文字ずつ消えてゆく世界で、どんな物語が紡がれるのだろうと、読み出すと止まらなくなるけど、物語という物語は実はない。小説、壮大な言葉の戯れとして楽しむ一冊。
    ただただ、作者の裁量に驚くことしかり。

    1部でワクワクし、2部でからかわれているような気になり、3部で関心の唸りを発する。

    今年の23冊目

  • 最後に残る音はオノマトペしか残らないことに考えさせられました。言葉を伝えるとは長い年月を経て文章として形を残してるのだと思いました。
    音が無くなると同時に普段使わない言葉を使うようになる。私はのちのち作者の新しい言葉ができるんじゃないかなと思いました。失われつつも増えていく言葉に違和感を抱いたのは、それが言葉ができる過程でもあると作者は伝えたかったのではないかと考えさせられました。
    この本は現在→古代
    の言葉の過程だと思います。オノマトペから次々と新しい言葉ができ文章が作り上げられる。
    後ろから読んでも面白いと思います

  • アイディアすげーな...
    ページが進むにつれて文字が一文字ずつ減っていくというルールの中で展開される物語。文字が消える順番は作者に委ねられる。それならうまいこといけるのかな?と思いつつも最初から「あ」は消えてる...。「まじかよ」という感想からスタート。

    どんどん制限が厳しくなっていくのに官能描写でてきたり自叙伝が始まったりと使えない文字の代わりに豊富な語彙力を駆使しまくり。しかも自然な文章になるように工夫している...「いや無理やろ」と思ってたけどなんのその。ただただ感心。

    さすがに最後は文章が不自然になったり意味をなさなくなってくるのだけど、きちっと最後の一文字が消えるまで書ききってる。なんという高尚な遊び!

  • 読書芸人でカズレーザーが紹介していた本。
    「幽遊白書」の元ネタになったということで興味を持ち購入、読了。

    「文字が一つ一つ失われていく」という非常に変わった小説。
    しかも「会話文」だけでなく「すべての文書」から文字が消えていくという驚愕の設定。
    「究極の実験的長篇小説」という言葉がとても巧く表現しているように思う。

    文字が失われていくにも関わらず、多彩な文章表現で違和感無く物語を綴っていく筆力には、ただただ圧倒された。
    特に瑠璃子と交わるシーンでは、普通の小説と大差無く、むしろさらに妖艶な雰囲気が出ているようにすら感じられた。
    限定された条件だからこそ、本来持っているポテンシャルが余すところ無く発揮されていたようにも思う。

    一方で、物語全体としては非常に動きが少なく、中盤からの中だるみ感は否めなかった。
    個人的には「技巧に特化」し過ぎている感じが最後まで残り、全体として何となく薄っぺらく感じてしまった。
    自分との相性はあまり良くなかったかも。

    「筆力」を考慮し、全体評価としては3点とした。

    <印象に残った言葉>
    ・実はこの小説の冒頭から、五つの母音のうちひとつがすでに失われているんだ。気がついていたかい(P21、津田)

    ・それはやはり、お傍にまいるからには、君の横に並んで、自分のからだをそっと横たえることになります。当然、そのまま何もしないでじっとしていることには耐えられないから、じわり、じわり、と自分の片手を、畳の上に投げ出された君の手に伸ばしていくことでしょう。その片手の先、鋭い触感の密なる部分が密なる部分にそっとさわって、それはつまりわたしと君のからだの史上最初の部分的つながりということになります。(P159、佐治)

    <内容(Amazonより)>
    「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

  • この世から少しずつ文字が減っていく実験的小説。
    「あ」が消えれば「あなた」と呼べなくなり、「ねえ」なんて声を掛けることになる。
    言葉を制限されても物語を紡いでいける、作家の技量に感嘆する。
    「XXが使えないからこの表現なのかな?」と推測するのも楽しかった。

  • TikTokで話題になり今年重版した本書。
    私は3、4年前にTVアメトークで注目された時に購入。ずっと積読してました。

    30年以上前に書かれた実験的SF小説。
    主人公の小説家:佐治勝夫は、筒井先生ご本人でしょう。
    代表作が『夜走り少女』と、自虐してる記述には笑ってしまった…筒井先生は『時をかける少女』が代表作と言われるのはお嫌い⁈

    文字が消えていく…「あ」が消えると妻から「あなた」と呼ばれず「もしもし」と呼びかけられたり。奇想天外で語彙が豊富。ほぼ文字が消えても書き続けられていて驚愕でした。挿絵も楽しい。

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著者プロフィール

筒井康隆……作家、俳優。1934(昭和9)年、大阪市生まれ。同志社大学卒。1960年、弟3人とSF同人誌〈NULL〉を創刊。この雑誌が江戸川乱歩に認められ「お助け」が〈宝石〉に転載される。1965年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。1981年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1997年、パゾリーニ賞受賞。他に『家族八景』『邪眼鳥』『敵』『銀齢の果て』『ダンシング・ヴァニティ』など著書多数。1996年12月、3年3カ月に及んだ断筆を解除。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。

「2024年 『三丁目が戦争です』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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