大江健三郎 『燃えあがる緑の木』 2019年9月 (NHK100分de名著)

著者 :
  • NHK出版
3.67
  • (3)
  • (6)
  • (5)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 112
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (139ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784142231034

作品紹介・あらすじ

「祈り」はいかに可能か

既成の宗教に拠らない「魂の救済」は、現代において可能なのか──。一人の「救い主」の誕生と、彼を中心とした「教会」創生の物語を読み解くことで、生きることの意味、共同体のあり方などについて考察を深めていく。執筆当時、大江自身によって「最後の小説」と位置付けられた大作に取り組む。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 大江健三郎作品は今まで読んだことがなかった。
    いや、正確に言えば高校時代に「飼育」を読み、生理的な表現の強調が受け入れられず、それからずっと読むのを避けていたというのが正しい。

    しかしこのテキストでは(まだ本編の3部作は未読だが)次のことが描かれていることが説明されており、強く引き込まれた。
    ひとつは、人間は個として単独で生きているというよりも、個と個が社会的なつながりを必然的に有することで相互に影響しあい、その影響によって個が生かされているのだという考えが示されていたこと。
    もうひとつは、私たちの日常生活では人類の英知を意識することははなはだ難しいが、先人が残した文学や音楽作品に触れることで容易にアプローチできるというのが示されていたこと。

    一方で本文では、この作品が宗教的コミュニティーの成り立ちから拡大そして分裂までを、その教祖や信者や周りの者といった多角的な視点で描いていることから、現実の宗教団体とシンクロさせて、この作品がもつ象徴性を説明しようとしていた。
    私もそのとおりだと思うが、それはある意味で一面的にすぎないと思う。私は大江がこの作品で本当に描きたかったのは「個と個の本来的な繋がり」と思っている。

    著者が造形したギー兄さん、サッチャン、その他の多くの登場人物にはあまりにも欠点が多く、その欠点によって他人を傷つけ、他人に裏切られ、自己嫌悪に陥る場面があまりにも多いと感じた。しかしここで「飼育」のときのように目を背けてしまうと、こちらの“負け”になる。そこでさらに考えることで、ある1つの結論に至った――
    大江は、欠点をもつ個と個とが見えざる形で結びつくことによって、すなわち人が人らしく生きられるのだということを結論づけたかったのではないか。そして過去に人類が様々な形で道を誤って歩んできたその結論に至るまでの過程を、大江の視点で周到に描写したかったのではないか。

    その結びつきとは他人の目から見ると一見不自然で不細工かもしれない。でも人間とは、それぞれが結びつかなければ生きていけない動物である。大江の考えの核は実はそこにあるのでは?
    その考えを私にもたらしたのは、知的障がいをもつ著者の息子、光さんの存在だ。

    テキストにも出てくるが、大江さんは障がいをもつ息子を何とかして生かそうと心を砕いて日々を過ごしていたと思っていたのだが、ある日の光さんの自分に対する行動で次の思いに至る――「自分は光を生かしているのではなく、光に生かされている」のだと。
    大江ですら、長い曲折や負の感情を数多く渦巻かせながらようやくたどり着いた思いだ。
    「私たちは(障がいをもつ者も含めて)自分以外の他の者に生かされている」のだと。
    そして私たちの存在も見えない形で他の多くの人たちを“生かし”、その生かし生かされという関係性が、人間を他の動物と明確に区分するもの、つまり人間だけが持つ「社会性」というものだと。
    それは目先の利害関係で捉えられるものでは必ずしもなく、もっと大きな円環のなかで繋がっていて、その繋がりは平静では気づかないものの、あるときに考えのほうから降りてくることで関係性を認識できるのだと。
    しかしそれに気づくには無自覚な精神的態度では無理だが、先人達が残してくれた文学作品や音楽作品に積極的に触れることで、私たちにも容易に気づくことができるのだと。

    2016年に神奈川県相模原市で発生した障がい者施設での事件の犯人がこの番組を先に見ていたら、自分の考えが大江と比べるとあまりにも浅薄だと気づいていたかもしれない。

  • ここまでテキストの内容とテレビ番組が異なるケースは初めてでした。文学小説は難しかった。

  • 100分de名著 のおかげで読めそうな気がする 大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」大江健三郎の文学テーマから著作を読み解いている。

    大江健三郎 の文学テーマ
    *障がいを持つ息子と共生〜ケアする側も される側以上に多くのものを受けている
    *人間は続いている〜私たちは死んだ人間の代わりに生きている〜私たちは 未来の人間につながっている

    燃えあがる緑の木のテーマ
    *生き直し〜人間は続いている
    *魂の問題〜死の恐怖の克服

    魂の問題〜死の恐怖を克服する考え方
    「一瞬よりは いくらか長く続く間」と「永遠に近い自分の居ない間」はイコール関係にあり、「一瞬よりはいくらか長く続く間」の光景こそ、自分が生まれる前に存在し、自分が死んだ後も存在し続ける「永遠に近い自分の居ない間」に対抗しうる

    わかりにくい人物設定もよくまとまっている

    人物
    *あの人=主人公=隆=ギー兄さんとして生まれ直す
    *語り手の僕=K伯父さん=大江健三郎
    *語り手の私=サッチャン=両性具有=女性として生き直した〜語り手がK伯父さんからサッチャンへ


    カラマーゾフの兄弟「世界に調和が保たれるために、子供が苦しまなくてはならないのなら、そんな調和などいらない」

  • 「大江健三郎『燃えあがる緑の木』」小野正嗣著、NHK出版、2019.09.01
    139p ¥566 C9495 (2019.10.31読了)(2019.08.26購入)

    【目次】
    【はじめに】魂を揺り動かす物語
    第1回 「四国の森」と神話の力
    第2回 世界文学の水脈とつながる
    第3回 信仰なき「祈り」は可能か?
    第4回 一滴の水が地面にしみとおるように

    ☆関連図書(既読)
    「死者の奢り・飼育」大江健三郎著、新潮文庫、1959.09.25
    「夜よゆるやかに歩め」大江健三郎著、Roman Books、1963.05.10
    「われらの時代」大江健三郎著、新潮文庫、1963.06.30
    「叫び声」大江健三郎著、Roman Books、1964..
    「芽むしり仔撃ち」大江健三郎著、新潮文庫、1965.05.31
    「ヒロシマ・ノート」大江健三郎著、岩波新書、1965.06.21
    「性的人間」大江健三郎著、新潮文庫、1968.04.25
    「沖縄ノート」大江健三郎著、岩波新書、1970.09.21
    「遅れてきた青年」大江健三郎著、新潮文庫、1970.11.30
    「万延元年のフットボール」大江健三郎著、講談社文庫、1971.07.01
    「日常生活の冒険」大江健三郎著、新潮文庫、1971.08.17
    「空の怪物アグイー」大江健三郎著、新潮文庫、1972.03.30
    「みずから我が涙をぬぐいたまう日」大江健三郎著、講談社文庫、1974.05.15
    「見るまえに跳べ」大江健三郎著、新潮文庫、1974.05.25
    「青年の汚名」大江健三郎著、文春文庫、1974.07.25
    「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」大江健三郎著、新潮文庫、1975.11.25
    「個人的な体験」大江健三郎著、新潮文庫、1981.02.25
    「新しい人よ眼ざめよ」大江健三郎著、講談社文庫、1986.06.15
    「静かな生活」大江健三郎著、講談社、1990.10.25
    「オペラをつくる」武満徹・大江健三郎著、岩波新書、1990.11.20
    「ヒロシマの生命の木」大江健三郎著、日本放送出版協会、1991.12.20
    「あいまいな日本の私」大江健三郎著、岩波新書、1995.01.31
    「恢復する家族」大江健三郎著・大江ゆかり画、講談社、1995.02.18
    「ゆるやかな絆」大江健三郎著・大江ゆかり画、講談社、1996.04.10
    「「自分の木」の下で」大江健三郎著・大江ゆかり画、朝日新聞社、2001.07.01
    「「新しい人」の方へ」大江健三郎著・大江ゆかり画、朝日新聞社、2003.09.30
    「同じ年に生まれて」小澤征爾・大江健三郎著、中公文庫、2004.01.25
    内容紹介(amazon)
    「祈り」はいかに可能か
    既成の宗教に拠らない「魂の救済」は、現代において可能なのか──。一人の「救い主」の誕生と、彼を中心とした「教会」創生の物語を読み解くことで、生きることの意味、共同体のあり方などについて考察を深めていく。執筆当時、大江自身によって「最後の小説」と位置付けられた大作に取り組む。

  • ■書名

    書名:大江健三郎 『燃えあがる緑の木』 2019年9月 (NHK100分de名著)
    著者:小野 正嗣

    ■概要

    「祈り」はいかに可能か

    既成の宗教に拠らない「魂の救済」は、現代において可能なのか──。一人の「救い主」の誕生と、
    彼を中心とした「教会」創生の物語を読み解くことで、生きることの意味、共同体のあり方などに
    ついて考察を深めていく。執筆当時、大江自身によって「最後の小説」と位置付けられた大作に取り組む。
    (amazon.co.jpより引用)

    ■感想

    この本を読んだだけ、だけど、無駄な日本語でこねくり回す作家さんだな~と感じました。
    いや、小説って全部そうなんですけど、こねくり回し方、使う日本語が自分に合わないな~
    と感じました。
    この作家さんの本は、別に読まなくてもいいかな・・・・・

    こういう判断をさせてもらえるという意味では、この番組はいいのかも。

  • 面白かった。「ドキュメント72時間」を観て大江健三郎さんの「懐かしい年への手紙」を読みたいと思っていたタイミングで、「燃えあがる緑の木」の内容を知ることができて良かった。この本を読んで、「燃え上がる緑の木」や「懐かしい年への手紙」、「万延元年のフットボール」など他の著作が読みたくなった。この本を読んで、大江作品は難しい言葉を使っていて難しいというよりも、引用の内容が難しいと思った。この本を読んで、SNSに文章を書くことについて肯定感を持つことができた。

  • 19/08/28。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1970年大分生まれ。東京大学大学院単位取得退学。パリ第8大学文学博士、現在、明治学院大学文学部フランス文学科専任講師(現代フランス語圏文学)
著書に『水に埋もれる墓』(朝日新聞社、2001年、第12回朝日新文学賞)
『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日新聞社、2002年、第15回三島由紀夫賞)

「2007年 『多様なるものの詩学序説』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小野正嗣の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×