- Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163292304
感想・レビュー・書評
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6月の初めに『女中譚』を読んだときには、まだ図書館に『小さいおうち』は入っていなかった。数日して、また図書館の蔵書検索をしてみたら、めでたく『小さいおうち』も入っていたのだが、すでに20人くらい予約がついていた。ああ当分あかんなと思い(私は予約待ちが1桁の人数になってから予約することにしているので)、本屋でなんどか『小さいおうち』をチラチラ見ては、読みたいな~買おっかな~と迷っていた。
そしたら、中島京子さんがこの本で直木賞をとってしまった。こうなると、もう当分のあいだ図書館では読めないので、『We』入稿がすんだ先週の金曜に、近所の本屋で買ってきて(ちょうどもらいものの図書カードがあり!)、いそいそ読んだ。おもしろくて、翌朝には読み終えてしまった。
中島小説はこれまで元ネタ加工モノかカゾク小説が多かったけど、この『小さいおうち』は、『エ/ン/ジ/ン』に似て、ある時代を書いたもの。これからは、こういう方面も掘って書いていくんかな~と楽しみ。
受賞を伝えるテレビニュースを、中島京子さんはこんな顔でこんなしゃべり方をするんか~と思いながら見た。芥川賞の赤染晶子さんは、そういえば前に、津村紀久子さんにおもしろいと教えてもらって、『うつつ・うつら』という本を読んだことがある。
テレビや新聞の表現はちょっとおかしかった。前作の『女中譚』同様、これは女中奉公の日々をばあさんが振り返る話なのだが、NHKは「お手伝いさん」と言い、CSテレビのニュースは「お手伝いの女性」と言い、日経では「女中」とカッコ付きで書かれていた。もし前作が直木賞だったら、NHKは『お手伝い譚』とでも言い換えるのであろうか。
主人公のタキは、「女中」という職業をこう振り返る。
▼わたしが奉公に上がった時代、昭和の初めになれば、東京山の手のサラリーマン家庭では女中払底の時代になっていたのだから、「タキや」と呼びつけにされるようなことは一切なく、「タキさん」と「さん」づけで呼ばれ、重宝がられていたものだ。東京のいいご家庭なら、だいたいそうであろう。わたしがその仕事についた時代は、「よい女中なくしてよい家庭はない」と、どの奥様だって知っておられたものだ。
わたしは偶々、こうして生涯、お嫁に行かなかったけれども、元来、女中奉公というのは、嫁入り前の花嫁修業であった。よい花嫁となるためのご奉公なのであるから、今日の女子大学とまではいわぬものの、そう馬鹿にした職業ではなかったのであるのに、なにかこう、奴隷のごとき存在のように思われているのはいかがなものか。
わたしにしたところで、つらい思いをしなかったわけではないが、はて、仕事というもので、どこもつらくない、楽しいばかり、ということがあるだろうか。(p.8)
この女中奉公回想記は、タキばあさんがノートにこつこつと自分で書き、合間に、そのこつこつ書いたノートを「甥のところの次男坊」に見られた(あるいは読むだろうと思って出しておいた)ことについての所感が挟まれる。この「甥のところの次男坊」が、自分の知っている"歴史的な知識"に照らして、昭和10年代はおばあちゃんが書いたみたいにそんなウキウキしてるはずがないとか、おばあちゃんは間違ってるとか言うので、タキばあさんは、アホかこいつと、あの時代に生きた者にとってはこうだった、わたしはこう感じ、こんなことをしていた、ウキウキもしたのだ、と書く。ここのところが、またおもしろかった。
「秘められた恋の話」がどうのと、この小説は紹介されているようだが、そうかなあとも思い、まあそうも言えるかなあとも思う。
『小さいおうち』、というタイトルは、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』に、やはりちょっとかすっているのだった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
女中の甥の息子の疑問は、いつしか私の、女中に対する問いかけへと変わる。
「あなたはどこまで本当のことを書いているんですか?」 -
主従関係でありながら、姉妹のような友達のような、そんな昭和初期の女中。
タキおばあちゃんが女中奉公を回想する。
美しい奥様と可愛いぼっちゃん。遠くで戦争の話題を聞いても、うちの中では穏やかで優しい時間が流れている。流れていってしまう。
甥の次男の健史の「嘘はいけない、過去を美化してはいけない」という意見に、嘘ではない、それが当時の気分だったと書き綴るタキ。
それではあの辻褄の合わない数行は?
事実なのか、記憶の摺り替えか、あるいはこうあるはずだったという願いからの嘘か。
そう、正しい答えは見つけられない。 -
子どもが小さい時に読み聞かせた絵本が即刻思い浮かんで図書館で借り出した。
昭和初期、女中として東京郊外の坂の上の「ちいさいおうち」に住み込んだタキさんが語る戦前、戦中、戦後の話。身なりを整え、妻として、母親として美しく生きている「奥さま」と坊ちゃんと呼ぶ息子と心を通わせ合う。タキさんが書いていたものを戦後世代の甥が読み、後に一つの秘密が明かされる。
本筋を彩る詳細な記述では、タキの作る料理がすごい。印象的なのはピーナッツバター。千葉の落花生を香ばしく炒ってからすり鉢ですり潰し、砂糖と塩と米油を加える。「きつね色のトーストとともにお出しすると、本物のバターよりうまい」と褒められたと。
戦地での負け戦が国内には伝わらず、いろいろ変わってはいてもまだ楽し気な東京の様子が哀しい。戦争に向かっていく日常、その中を生きていると気づかないのだろうと思わせる。時勢にのせられて騒ぐ男たちと、ある意味何ものにも動かされない、自分自身の視点で周囲を見て日常を生きる女たち。戦前昭和の奥ゆかしさの残る人間関係が温かく描かれる傑作。母の時代を見る思いで読んだ。 -
最後まで読んでみてやっとタキが心に秘めた恋の話だったのか?と思ったが実際のところどうなのだろう。
板倉さんはタキの気持ちに気付いていたのかな。
戦時中の東京の様子がイキイキと描かれている良作だった。 -
現代でも、事件の側にいる人と、そうではない人の間に温度差があるように、昭和の時代、戦時中でさえもそうだったと言う事がうかがえる。
もちろんその時代その時代で、それぞれ精一杯に生きているからこそなのだが、女中奉公という制度が鍵になっていると感じた。
先に映画を観たのだが、良く出来ていたなぁ。 -
桃山学院大学附属図書館蔵書検索OPACへ↓
https://indus.andrew.ac.jp/opac/volume/743124 -
▼福岡県立大学附属図書館の所蔵はこちらです
https://library.fukuoka-pu.ac.jp/opac/volume/149102 -
面白かった。あまりない小説。戦前から戦後にかけての昭和時代、女中という文化があり、慎ましく生活する日々の様子や、戦争の悲惨さを庶民の日常生活の中から描いているところが興味深かった。さらに、引退後のタキが覚え書きと称し、当時お仕えした時子奥様との思い出を語り、甥の次男がたどり着く真相はサスペンスの要素もあり、何重にも深みある小説だった。
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昭和の始め頃の庶民の暮らしが、女中であるタキさんを中心に生き生きと書かれていて引き込まれます。気働きのいい、女中としての才を活かしてまめまめしく平井家にお仕えする様子はこちらまで気持ちよくなりました。
戦後を教科書でしか知らぬ世代の私には、戦争が行われているという事実と、当たり前の日々が乖離せずあった日常を感じさせる部分も新鮮で、同時に今のコロナ過に似た状況を見出して不思議な心持ちにもなります。
装丁まで含めたエピローグも素晴らしいですが、タキさんの奥様への気持ちは個人的には「恋」ではないと思います。(少なくとも一言で言い表すことのできない様々な思いがあるのではないでしょうか)