花ひいらぎの街角 紅雲町珈琲屋こよみ

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163907949

作品紹介・あらすじ

北関東の小さな町で、珈琲豆と和食器の店「小蔵屋」を営むおばあさん、お草さん。彼女の周囲にあたたかく描かれる人間の営み、日常にふと顔をのぞかせる闇が読むものをグイグイ引き込む大人気シリーズ第6弾。秋のある日、草のもとに旧友の初之輔から小包が届く。中身は彼の書いた短い小説に、絵を添えたものだった。これをきっかけに、初之輔と再会した草は、彼の苦しかった人生を元気づけるために、彼の短編を活版印刷による小本に仕立て贈ることにした。この本を作るために小さな印刷会社と関わり、個人データ流出事件に遭遇。行き詰まる印刷会社を助けることに。草の働きによって、印刷会社周辺の人々の記憶までもが明るく塗りかえられてゆく。「一つほぐれると、また一つほぐれてゆくものよ」―-逃した機会、すれ違い、あきらめた思い―ー長い人生、うまくいくほうがまれだったけど、丁寧に暮らすのが大切。お草さんの想いと行動が心に染みる珠玉の一冊。

感想・レビュー・書評

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  • <紅雲町珈琲屋こよみ>シリーズ第六作。
    読み落としているのに気付いて読んでみた。

    シリーズ初期はお婆ちゃん探偵のお草さんの枯れてなさに戸惑ったが、今や70代の婚活パーティもあるし生涯現役でバリバリ働いたりスポーツを楽しむ方も増えた。時代がやっとお草さんに追いついたというところだろうか。

    今回は草の旧友・田中初之輔との約半世紀振りの再会を機に、彼がかつて同人誌に掲載していた短編小説を本人に内緒で本にしようと計画する。
    お草さん、また余計なことを…と心配になるが、草が出向いた印刷会社では個人情報漏洩を思わせる不穏な会話が耳に入り、こんな会社に頼んで大丈夫か?と更に心配になってしまう。
    さすがにそこで首を突っ込むことはなかったが、別の印刷会社<萬來印刷>に話を持ち込みに行くと、先の情報漏洩事件に繋がっていそうな出来事に遭遇する。


    かつて草の元夫が率いていた芸術家集団のメンバーだった初之輔とバクサンこと寺田父。二人とも芸術家になることを半世紀前に諦め家族にすらそのことを隠していたのだが、初之輔は今になって草とバクサンに当時の作品を送り、バクサンは当時の同人誌を大切にしまっていた。
    自分の才能を見切っても事情により芸術への道を諦め心の奥底に押し込めても、その情熱はちょっとしたことで再燃するのだろうか。
    バクサンが草のサプライズ計画をとても喜び、本になる過程を我が事のように楽しんでいる様子は何だか不思議。自分が叶えられなかった夢をこういう形で叶えているかのように思えるのだろうか。
    シリーズ初期の作品をすっかり忘れているが、バクサンが寺田息子に芸術家時代のことを何故隠しているのかが分からない。今はレストランのオーナーシェフとして成功しているわけで、こんな時代もあったと笑って語っても良いと思うのだが。

    意外だったのは久実のキャラクター。ここ数作は不運なことが重なって落ち込み気味ではあるが、本来はサバサバした前向きな女性だと勝手にイメージしていた。しかし久実曰く、これまでの彼女は『断られる側』だったようでグズグズしている。
    急に訪れたモテ期、受け入れ方も断り方も分からずアタフタするばかり。『断られる側』の痛みを知っているだけに、相手を傷付けず自分も傷付きたくないと悩んでいるうちに結局最悪の選択をしているように思えた。

    今回のお草さんは派手な立ち回りはなかったが、<萬來印刷>やら久実のモテ期やら三年前の飛び降り自殺やら、相変わらずあれこれと首を突っ込んでいる。
    『あなた、案外鈍いのね』と言われているが、鈍いどころか頭はフル回転。それでも年齢を重ねるうちに気を抜くところ、休んで良いところは心得ているようだ。

    人の死に関わることに首を突っ込むべきではないとは思うけれど、結果的には心が晴れる部分もあり良かったと言えるだろうか。とはいえ当事者の一人が不快に感じていて、そこは素直に謝るお草さんではあってもやっぱりこの性分はずっと変わらないのだろう。

    最も気になっていた情報漏洩の顛末についてはモヤモヤが残ったままだった。小林親子については更にモヤモヤが残る。<萬來印刷>の将来も心配だが、今後シリーズで触れられることはあるだろうか。

    そしてもう一つ気になっていたお草さんのおせっかい、初之輔へのサプライズプレゼントの顛末は、さて。
    私ならとても恥ずかしくて受け取れないが、そんな人間はそもそも若き日の作品をかつての仲間に送ることなく即処分しているのだろう。

    お草の友人・由岐乃の自然体が好き。病気の後遺症で記憶に曖昧なところはあるものの、それも含めての彼女であり、しっかりしているときの彼女はとても頼もしい。
    商売に冒険にと忙しいお草にとっても由岐乃との時間は癒やしの時間でもあるようだ。
    どれほど年齢を重ねても、病で思うように頭が働かなくても出来ることはある。

  • お草さんのシリーズも6作目。
    今回は、ちょっと若やいだ雰囲気が感じられます。

    北関東の小さな町・紅雲町で、珈琲豆と和食器の店「小蔵屋」をやっているお草さん。
    若い頃に離婚して実家に戻り、今は一人暮らしのおばあさんです。

    旧友の初之輔から突然、小包が届きました。
    かって芸術家集団にいた仲間どうし、お草さんの夫がそのリーダーだったのです。かっては皆で芸術家村を作ろうという構想もあったのですが‥
    初之輔と再会した草は、彼の作品を活版印刷による小さな本にしようと企画。
    地元の印刷会社と関わり、思わぬ事件に遭遇します。

    新しい人たちとの出会い、一癖ある人や、真面目な人。
    これまでは若い頃のことはあまりわからなかったのですが、幼い息子の死という重い出来事で塗りつぶされていたのかもしれません。
    ほろ苦い思い出を抱えつつ、高齢者同士そこはかとなく意識し合ったり。
    気を取り直して、あちこちでひと肌脱ぐお草さんでした。
    一方、店員の若い久実にも急に恋の花咲く季節が‥?!

    年季の入った家事能力を生かして丁寧に暮らしながら、好奇心も失わないのが頼もしい。
    謎を解くのが若さの秘訣?

  • 紅雲町珈琲屋こよみシリーズ6作目。
    今回は50年前の過去の記憶と3年前の事件、現在のじけんを行ったり来たり。
    相変わらず忙しいお草さんでした。

  • 50年の時を越えて、本になる作品。
    夢があるなぁ。

    お草さんも由紀乃さんも元気で何より。
    でも、由紀乃さんは息子さんのところに行ったんじゃなかったっけ・・
    忘れてるなぁ。
    でも、読み返す元気ないなぁ。

      「あれもこれもなくなった。これもあれも嫌だ、
       となげくより、これが一つ残った、あれは好き、
       じゃぁ何ができるかな、考えるほうが楽しい。
       楽しがる癖をつけると、結局自分が救われる」(本文抜粋)

    って思うとお草さんのような
    気持ちの元気なおばあちゃんになれるかな。

    小林親子がどうも、気に入らない私。
    特に娘。
    社長は大丈夫かな、乗っ取られないかなと心配しちゃう。

    そんなこと思っていてはお草さんにはなれないか。

  • シリーズ6

    50年も前の懐かしい友人初之輔から草とバクサンに
    『絵巻 香良須川』が送られてきた
    これに何の意味があるのか初之輔の意図を訝りつつも3人は再会、一気に50年の年を超えて旧交を温める

    初之輔には内緒で小説「香良須川」を本にしようと企てる
    お草さんとバクサン

    そして今回のメインテーマの活版印刷の世界へと読者を誘う
    萬來印刷の職場、インクの匂い、ずらりと並んだ活字
    機械の音、活字を拾う晴秋さんのインクが染み付いた黒い指。温かく、懐かしい
    ほしおさなえさんの『活版印刷三日月堂』の世界が蘇ってきた

    地元大手のアルファ印刷工業の個人情報流出事件の濡れ衣を着せられた萬來印刷、
    晴秋さんの奥さんの自殺の真相など、いつものことながら不穏な事件の真相解明にスマートに関わるお草さんも素敵だったが、やはり私は小蔵屋の特に和食器コーナーの描写がたまらなく好きだ

    今回は、読書の秋にちなんで文芸作品に関係する器の陳列
    竹久夢二の菊見酒を詠んだ句から、杉箸と盃
    白洲正子の随筆から、信楽焼の壺、谷崎潤一郎の短編に寄せて、雑煮椀とおけらまつりの火縄

    さらに、活版印刷のメッセージカードもできた
    贈りたい人への言葉が書けるように、小蔵屋の名前は入れないところがお草さんらしい

    主人公が80歳近いお草さんと名脇役の由紀乃さんなので、言動に落ち着きがあり、歳の近い私にはすっと胸に入ってくる

    以前の自分を失う。その苦みを、由紀乃同様草も知っている。能力の衰え、病気や怪我、老い、それらを生涯知らずにむむ人はまずいない。楽しいことだとは言えないけれど、苦味を呑み下した心は、どういうわけか前よりずっと深く豊かなのだ


  • コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋(こくらや)」を営むお草(そう)さんのシリーズ、第6弾。
    シリーズももう6作目。

    過去にはサスペンスだったり、もうおばあちゃんなのにアクションだったり、悪い奴が出てきたり、いろんなことがあったけれど、今回はなんだか雰囲気が違って見えたのは私だけだろうか…

    なんだか疲れて起き上がりたくない朝も、もう一人の自分が自分を叱咤激励して起き上がる。
    寝て起きたら定休日であることに安心して眠りにつく。
    お草さんは、自分の老いを実感している。
    その上で、まだできることがある、楽しいと思えることがある、ということを大切に生きている。
    こんな風に歳をとりたいと思う。
    その一方で、人生を畳む準備をしている、心残りをひとつずつ片付けて、悔いを残さないように…と、そんな気持ちも感じられるのだ。
    亡くなった人が、「本当のことを伝えて」と語りかけているように感じるのも、他人事とは思えないシンパシーから来ていたのではないだろうか。

    級友たちと歩いた花野。
    良くない思い出が、懐かしいそれに書き換えられる。
    その風景に古い知り合いと写って、なんだか“あの世”みたい、というお草さんの感想が印象に残る。
    芸術家を夢見た若き日の情熱を思い返す人たちがやけにまぶしくて、印刷屋のゴタゴタ事件も嫌な影を落とさないほど。
    次回もすぐにお話がつながりそうで…
    婚家に残してきた幼い息子を亡くしたことで自分を責め続けてきたお草さんだが、その気持ちが救われる日も来るのだろうか。

    お草さんの見立てで、バクサンの料理が映えるようになったり、和食器にいつもと違うものを盛りつけたり差したりして遊んだり、昔ながらの活版印刷の良さを見直したり…と、センスの良い描写が、映像も浮かんでくるようで目に楽しかった。

    第一話 花野
    第二話 インクのにおい
    第三話 染まった指先
    第四話 青い真珠
    第五話 花ひいらぎの街角

  • 「小さな町で、珈琲豆と和食器の店「小蔵屋」を営むおばあさん、お草さん。彼女の周囲にあたたかく描かれる人間の営み、日常にふと顔をのぞかせる闇が読むものをグイグイ引き込む大人気シリーズ第6弾。」だそうです。

    シリーズものとは知らずに読みましたが、ほっこりとした感じのストーリーでした。中にちょこちょこっと謎解き要素もありますがほんの少しです。
    年齢を経てこの年になって今だからこそできることがある、というお草さんの言葉はいいですね。

  • いいなぁ。いいなぁ、という気持ちがずっと心の奥にあって、もうなんていうか、いいなぁとしか言えない。
    草さんの毎日は、この先の私たちが歩いていく人生の、一種の理想なんじゃないのかな。
    悲しいこともたくさんあったけど、失くしたものもたくさんあったけど、それをひとつひとつ数えてうつうつと生きていくよりも、あれがある、これも残ってる、と手元にある楽しいことを考えて生きていく方がずっとずっと幸せだ。
    自分の目の行き届く小さなお店で、好きなものに囲まれて生きていく。ずっと年下の相棒と、気の置けない友だち。いいなぁ。いいなぁ。
    美味しいコーヒーと素敵な雑貨、そしてちょっぴりの謎。いいなぁ、いいなぁ。
    しかし70歳を過ぎてもこんなにも軽やかでいられるのか。ふと50代くらいの女性に思えて来る。若々しくいられる秘訣を教えて欲しいね。

  • 2019 2/8

  • 紅雲町珈琲屋こよみシリーズの6作目。安定の出来、安心の読書感。
    こういうぶれないシリーズものを、いくつかほぼリアルタイムの刊行順に読んでおくってのは、読書人生の醍醐味やなぁと思う。ハッピー

    さて、本作でも、主人公の早さんは謎解きのみならず、人間関係の糸もつれをほどいたり結び直したりに大活躍。あげく死者の呼ぶ声に応じてしまって、しなくていいやっかいに巻き込まれてしまったり。
    っちゅうか、あれは八つ当たりと思うがなぁ、痛くない腹を探られたくないなら、家族の思い出を家族で大切に持っておきたいなら、ややこしい金の受け渡しやら、恋のヤサ当てやら、そういうの全部やめときゃエエのになぁ。早さんもとんだとばっちりじゃないか。

    人間関係って面倒くさいもんで、「もう関わることもないだろう」と疎遠になった関係をほっといたら、「付き合いの悪い、冷たいヤツ」と思われたり、逆にそう思ってしまっていたり…。
    このシリーズを読むと、そういう人間関係が煩わしくとも「今、大事だと思っていることを大切に丁寧にすればそれでいい」と達観する場面も多くて助かります。

    衣食住や仕事、朝の掃除兼散歩をはじめとして、日常をゆっくりでも丁寧に生きる早さんの活躍や、大胆かつ繊細で、悩んだときは筋肉?で解決する久美さんの場面を読むと、自分自身の日常の些末なしがらみが、「今を一所懸命生き、悩みごとなど体を動かせばなんとかなる」と思えて勇気が出る。

    このシリーズを読んだら心の垢が綺麗になるねんなぁ~

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著者プロフィール

1964年、埼玉県生まれ。群馬県立女子大学文学部美学美術史学科卒業。2004年、「紅雲町のお草」で第43回オール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ『誘う森』『蒼い翅』『キッズ・タクシー』がある。

「2018年 『Fの記憶 ―中谷君と私― 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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