噓つきジェンガ

著者 :
  • 文藝春秋
3.62
  • (174)
  • (667)
  • (588)
  • (64)
  • (8)
本棚登録 : 6745
感想 : 551
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163915845

作品紹介・あらすじ

詐欺をめぐる3つの物語。
『2020年のロマンス詐欺』
まさか、こんな2020年の春が待っているとは思いもしなかった――大学進学のため山形から上京した「加賀耀太」だったが、4月7日、緊急事態宣言が発令されてしまう。入学式は延期され、授業やサークル活動どころか、バイトすら始められない。そのうえ、定食屋を営む実家の売り上げも下がって、今月の仕送りが半分になるという。地元の友人「甲斐斗」から連絡が来たのはそんなときだった。「メールでできる簡単なバイト」を紹介してくれるというのだ。割の良さに目がくらんで始めた耀太だったが、そのバイトとはロマンス詐欺の片棒を担ぐことだった。早く「実績」を上げるよう脅され、戸惑いながらもカモを捕まえようと焦る耀太は、「未希子」という主婦と親密なやりとりを交わすようになる。ある日、未希子から「助けて、私、殺される」というメッセージが届く……。
『五年目の受験詐欺』
「紹介は、詐欺だったんです、私たち、騙されていたんですよ」――電話口でそう告げた女の声に「風間多佳子」は驚愕した。詐欺と言われてもにわかには信じられなかった。なぜなら、「大貴」は志望校に合格したのだから。教育コンサルタントが受験生の親向けに開く完全紹介制の「まさこ塾」に多佳子が通っていたのは、次男・大貴の中学受験に際してだった。頑張っても頑張ってもなかなか成績が上がらず苦しむ息子の姿に心引き裂かれていた多佳子は、息子を信じようと決意しながらも、つい、まさこ先生に持ち掛けられた、100万円で受けられる「特別紹介の事前受験」という甘い誘いに、夫にも内緒で乗ってしまったのだ。あれが詐欺だったなら、息子は自力で合格したのか。混乱する多佳子のもとに、「まさこ塾」で親しくしていた「北野広恵」から連絡がある。「多佳子さんにも、当時、まさこ先生からその……お誘いはあったの?」
『あの人のサロン詐欺』
「紡」はオンラインサロン「谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会」を主宰している。最初は漫画原作者・谷嵜レオとファンとの非公式な交流イベントだったが、谷嵜のようなクリエイターに憧れる彼らの質問を受けるうち、いつのまにか創作講座がメインとなった。紡が発する言葉を熱心に書き留める参加者たち……谷嵜レオになるまで、紡は自分がこんな風に話せる人間だとは知らなかった。自分の作品を熱心に愛してくれる皆が、紡の話に真剣に耳を傾けてくれる高揚感で、オフ会の時間はあっという間に過ぎる。しかし、じつは紡は谷嵜レオではない。谷嵜が覆面作家なのをいいことに、創作サロンの参加者にも、自分の家族にもそう偽っているのだ。これは詐欺なのだろうが、全身で谷嵜レオを生きてしまっている紡には、その考えはしっくりこなかった。ほんものの谷嵜が逮捕されてしまうまでは。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 3編で編集されている辻村深月さんの作品で、各タイトルは「2020年のロマンス詐欺」「五年目の受験詐欺」「あの人のサロン詐欺」。「嘘つきジェンガ」という作品全体のタイトルと短編の各タイトルの「詐欺」という言葉のつながりに興味を惹かれた。

    読んでみて分かったことは、各短編の主人公は嘘をつくが、それぞれに詐欺という認識はなく、後から詐欺がついてきたという展開になっていたということ、それぞれがやむをえず嘘をついてしまう状況になっていた。同時に、私が同じ状況だったとして、踏みとどまれただろうかという不安も湧いてきた。とは言っても、仕方ない状況だったと思うのは嘘をついた当事者側の理由でしかないだろう。嘘をつかれた側からしてみれば、怒りや悲しみの感情が膨らみ、何らかの被害があれば、詐欺だという声が上がることになる。どの話も、ラストに向かって主人公が嘘をついたことを自ら認め、戒め、謝罪する。嘘の経緯も含めて謝罪の意を真摯に伝え、嘘をつかれた側と新たな関係をつくっていく。その緊張感が丁寧に描かれていて、現実味を帯びて伝わってくる。そこには爽快さも感じられる作品たちであった。

    「2020年のロマンス詐欺」は、大学生の加賀耀太が主人公。コロナ禍での大学生活のスタート、その状況のやるせなさを想像する。希望や期待が膨らむ大学生活も現実は厳しいものとなる。東京での一人暮らしを始める耀太の厳しい現実を想像する。決まりかけていたバイトの話も断られることになり、生活面でも苦しい状況になっていく。孤独と不安がひしひしと伝わってくる。そんなところに、友人からオンラインでできるバイトの話がもちかけられる。巧妙に誘ってくる友人の話にのってしまう耀太。さらには、未希子と名乗る女性からの返信に耀太の心が動かされていく。嘘をつきながら、本音の部分が垣間見える。未来子のことを心配するがあまり、無謀なことをしてしまう。それだけ純粋に心配したことに対して、胸が痛くなる。ラストに向かって、美希子の背景や素性が明らかになってくる。思わず感嘆の声が出てしまった。そんな話の展開に胸がざわざわとする。それでもラストは温かい空気に包まれた状況に、ほっとしながら読了した。

    「五年目の受験詐欺」は、高校2年生の大貴という子をもつ風間多佳子が主人公。物語は大貴の中学受験時に遡る。私立がひしめく都市部では、今や中学受験に挑むことはめずらしくないだろう。大貴には3歳年上で、それぞれの段階での志望校の受験をクリアしてきた兄がいる。この兄と大貴を比べてしまう多佳子。そんな状況の中で、多佳子に別途受験料を払っての特別紹介による事前受験の話が舞い込む。自分の判断でそれを受けることにする多佳子の心中を想像する。大貴の希望校に受かりたいという願望や夫に相談しづらい関係が絡まり、多佳子は一人で決断してしまう。結局、大貴は志望校に合格した。それから5年後の高校2年生になったときに突然、事前受験自体が詐欺であったという連絡を受ける。多佳子一人で決断したことが重くのしかかる。一人で悩んでしまい決断する状況が詐欺に遭う状況になりやすいのではないかな。悩んでいる事柄を、ありのままに相談できる誰かがいればそうはならないのではないかな。ラストに向かって、多佳子は事前受験の顛末を大貴に明かし、そこでの2人のやりとりにはどきどきが続いたが、大貴の冷静な清々しさに救われ心地よい余韻を味わった。

    「あの人のロマンス詐欺」は、両親と暮らす31歳の紡が主人公。紡は、あらゆることを非公表にしている人気の漫画作家、谷嵜レオを名乗ってしまう。その背景には羨望していた谷嵜への思いと、夢と現実のかけ離れた状況にもがいていた背景があった。きっかけはSNSのやりとりということがこの物語の現実味を増す。顔の見えない相手とのつながりは、なりすますのには都合がよいだろう。しかし、それが継続し、相手が多数になっていき、そこに会員制となっていくところに、顔の見えないつながりの危うさを感じる。谷嵜と紡の出会いは、伏線もあり事件もありと私の想像を超えていく。その展開に魅了されラストに向かってページを捲る手が止まらなくなる。はーっと息を吐いた最後の場面は胸が苦しくなっていた。

    本作品は短編集ということもあり、さくさくと心地よく読み進めることができた。3作品ともに、ラストに向かって明らかになっていく展開にどきどきしながら、最後は爽快感を味わった。これからも辻村深月さんの作品を一層楽しみたいという思いが膨らむ作品であった。

    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      ヤンジュさん、こんばんは!
      略称「本とコ」です。
      「いいね」の炸裂ありがとうございます♪
      精選して読書され、レビューも緻密でフォロワーさんも...
      ヤンジュさん、こんばんは!
      略称「本とコ」です。
      「いいね」の炸裂ありがとうございます♪
      精選して読書され、レビューも緻密でフォロワーさんも
      とても多いんですね。
      今後ともよろしくお願いします(^^)
      2023/09/23
    • ヤンジュさん
      本とコさん、ありがとうございます!
      レビューを読んで、気になる本が見つかってます。
      楽しみにしています!
      本とコさん、ありがとうございます!
      レビューを読んで、気になる本が見つかってます。
      楽しみにしています!
      2023/09/23
  • あなたは、人を騙したことがありますか?

    なんともいきなり過激な質問ですね。こんなことを言われて、”はい!”とスラスラ答える方もなかなかいないでしょう。人を”騙す”ということは、人を”欺く”ことです。そう、”欺”という字が入ったことではっきりしますが、それは、『詐欺』行為であり、『犯罪』行為になってもしまいます。では、

    あなたは、人に嘘をついたことがありますか?

    こちらは、どうでしょうか。なんだか嫌な質問です。しかし、この質問には、嫌々ながらも”はい…”と答える人しか逆にいないのではないでしょうか。かくいう私も今までのXX年の人生の中で何度も嘘をついてきました。プールに入りたくなくて、先生に風邪をひきましたと言って体育を見学しました。朝、寝坊してしまって何だか面倒になって、結局、体調がすぐれず…と上司に連絡して会社を休みました。そして、こっそり○○○して、妻に…やめておきましょう。ほころびはどこから見つかるか分かりませんからね(笑)。

    私たちは、その人生において大なり小なり嘘をついて生きていると思います。”嘘も方便”という言葉がある通り、人間関係を円滑に回していくためには、嘘は必ずしも悪ではなく、場面によっては嘘によってその場が円滑に回ることだってあるのだと思います。この感覚は、人生経験を積めば積むほどに見えてくる、そんな風にも思います。しかし、人に”嘘をつく”ということは、人を”騙す”と言い換えることができるもの、そして突き詰めれば、それは、『犯罪』行為に繋がってもしまうものでもあります。この辺りの線引きの難しさ、人はこの見極めを体得しながら人生を生きていると言えなくもありません。

    さて、ここにそんな”嘘をつく”=”人を騙す”という行為に着目した作品があります。”騙す側”と”騙される側”、それぞれの言い分に、それぞれの立場に立った人たちの思いを感じるこの作品。『実は、谷嵜レオって、知り合い ー なんだよね』、『え?そうなの?』という『最初は、些細な始まりだった』という小さな嘘を起点に、結果『入念な嘘を吐き続け』ることになる主人公の姿を見るこの作品。そしてそれは、そんな”騙し、騙される”、それぞれの人生のその先に『ジェンガ』というスリル満点のバランスゲームの危うさを感じる物語です。

    『まさか、こんな2020年の春が待っているとは』。『大学の入学式が飛』び、『新歓コンパや授業やサークル活動、バイトすら始められないキャンパスライフなんて、想像もしなかった』と思うのは主人公の加賀耀太(かが ようた)。そんな中、『今月の仕送りが半額になる』という連絡を実家から受けた耀太は実家のことに想いを巡らせます。『地元で評判のいい定食屋を営んでいる両親の元に育った耀太は、『みんなが受験するから』と考えもなく受けた入試に合格、『地元のことは嫌いじゃな』いものの『東京に行ける、という新しい予感に胸が高鳴』りました。そんな中、世界を襲ったのが『新型コロナ』。『緊急事態宣言が全国に拡大された』ことを受け、営業休止に追い込まれてしまった『父と母の定食屋』。そして、父親から『生活費はバイトして、自分でどうにかできるか?』と訊かれた耀太は、『できる』と答え、一人東京に出てきたものの、『未経験者は採用できない』等言われ、なかなか働き口を見つけることができません。『こんなキャンパスライフになるなんて』と、未来の見えない日々に苦しむ耀太。そんな時、『以外な相手から』『LINEの着信』がありました。『地元の幼馴染の、奥田甲斐斗』。『中学まで一緒で、高校以降は進路が別々になった』という甲斐斗は、『中学では、所謂遊んでいるグループの奴らとよくつるんで髪を染めたりしていたタイプ』でした。『一体何の用なのか』と、LINEを開くと、そこには、『ヨウタ、おひさ。今、ひま?オンラインでできるバイトあるけど、しない』というメッセージが書かれていました。『山形県内の私立大学の一年生になっていた』甲斐斗から、『彼の”先輩”に紹介されたこの仕事で食いつな』いでいると説明を受けた耀太。『割がいいバイトだから本当は人に教えたくなかった』という甲斐斗は、『先輩に話したら、ヨウタ、スカウトしてもいいことになった』と続けます。そして、『中古のスマホ』や『ノートパソコン』と共に『たくさんの名前とアドレス、アカウントが並ぶ表データが入ったUSBメモリ』が届きました。『表のアドレス、百件送ればだいたい一万円もらえる…』と説明する甲斐斗に、『この表は何なの?』と耀太が訊くと、『ひっかかりやすい人のリスト。これまで何回か恋愛系のサイトとかにアクセスしたことがあって…そこから結構値段するものを買ったりとかした相手…』と甲斐斗は説明します。さらに自分用の『偽の顔写真やFacebookのアカウント』の説明も受ける耀太。何か不穏な空気を感じるものの『定食屋を休んでいる』両親のことも気になる耀太は、そんな『バイト』を始めます。そして、そんな日々のその先に全く予想もしなかった未来が待ち受けていました…という最初の短編〈2020年のロマンス詐欺〉。『コロナ禍』の今の時代だからこその起点を元にページを捲る手が止まらない見事な展開を見せてくれる好編でした。

    『騙す側、騙される側、それぞれの心理を巧みに描く小説集』と本の帯に紹介されるこの作品。「オール讀物」に三回に渡って連載された三つの短編をまとめた短編集となっています。短編間に繋がりはありませんが、帯の紹介から類推できるとおり、”騙し、騙される”人たちの両方の視点からそんな犯罪行為の裏側にある人の感情に絶妙に迫っていくという点が共通しています。

    では、まずはそんな三つの物語の内容を簡単にご紹介しましょう。

    ・〈2020年のロマンス詐欺〉: 『四月になっても大学は始まらなかった』という『コロナ禍』の2020年に山形から東京のL大学に入学した加賀耀太が主人公。『緊急事態宣言』により実家の定食屋が営業できなくなり、仕送りも不安になる日々の中、『幼馴染の奥田甲斐斗』から『割がいいバイト』を紹介された耀太。男性として『大倉誠吾』、女性として『渡辺彩美』と名乗るよう指示を受けた耀太。どこか不穏な空気も感じながらも『偽の顔写真やFacebookのアカウント』も受け取り、甲斐斗に言われるがままに、『マニュアルの模範文面を参考に』渡されたリストに乗った人物に次々とメールを送り始めます。

    ・〈五年目の受験詐欺〉: 『お弁当は持ったのね?』等々言いながら息子の大貴を送り出す風間多佳子が主人公。そんな多佳子はある日、島村と名乗る女性から『五年ほど前に「まさこ塾」に通われていましたよね』という電話を受けました。『あれ、詐欺だったってご存知ですか』という島村は自身が『百五十万』払ったと続けます…。『手のかからない子だった』長男の誠一に対して、次男の大貴の中学受験に気を揉む日々を送っていた多佳子はかつてのママ友の後藤しず香から『まさこ塾』の話を聞きました。そして、『中学受験専門の教育コンサル』という『まさこ先生』の元に通うようになった五年前の多佳子…。

    ・〈あの人のサロン詐欺〉: 『こちらを見る目、目、目。今日の参加者は三十名』という面々を見る紡(つむぎ)が主人公。『谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会』とボードに書かれた会合は、最初は『ファンとの単なる交流イベント』で、『連載中の漫画の感想を一方的に聞くだけだった』ものの、『今では、創作の講座がメイン』になりました。『会員たちの力作を広げ』、話をする紡は、『非公式の会ですから、今お話したこと、ネットへの転載は禁止です』、『編集部にバレると、もう二度と会が開けなくな』るからと付け加えます。『年齢も性別も』非公表の『覆面作家』の『名前と作品、立場を』騙る紡は…。

    三つの物語はおおよそ上記のような内容で展開します。かなり詳細に触れているように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、それぞれ肝心な展開の前で止めています。一方で、版元の文藝春秋社の内容紹介はその先にまで触れていて、いやそこまで触れてしまうと…短編なのに…という内容になっているようです。気になる方は私のレビューまでとされることをおすすめします(笑)。

    そんな作品では、上記の通り”騙し、騙される”というそれぞれのシチュエーションの物語が展開します。『「詐欺」は人の願望や欲望、その人の「今」が色濃く滲む犯罪です』と語る辻村深月さん。そんな辻村さんは、『詐欺』という両者がいて初めて成り立つ『犯罪』の”被害者と加害者、どちらの側にもあなたの今があると感じていただけたなら、とても光栄です”と続けられます。

    では、そのそれぞれの側について、順に見ていきたいと思います。まず、〈2020年のロマンス詐欺〉と〈あの人のサロン詐欺〉では、”騙す側”に立つ主人公が描かれますが、微妙に立ち位置が異なります。前者が”騙す”組織の末端に組み込まれて抜け出せなくなっていく大学生が描かれるのに対して、後者は自身が”騙す側”に成り上がっていく無職の女性という違いがあります。当然のことながら、人を”騙す側”の人間になんて同情の余地はないはずですが、そんな”騙す側”にもやはり当然に理由があります。積極的に”騙す側”に回るつもりなど毛頭なかったはずの主人公たち。それぞれの物語の前半を読む限りは同情を誘う物語がそこに描かれます。そこからは、決して特別な人物でもない、どこにでもいそうなごく普通の人物の姿が浮かび上がります。そんな人物たちが、”堕ちていく”様が描かれていく物語には、思わず息を呑むものがあります。いずれも描き方が巧みですが、〈2020年のロマンス詐欺〉の方は、物語冒頭に『コロナ禍でのストレス?大学生が会社員を暴行』から始まる『埼玉日報 5月25日朝刊』の記事が掲載され、この物語の結末が冒頭に提示されるという形をとった後に、その舞台裏が描かれていくという凝った手法が取られています。同様な手法は、こちらは、フィクションではなく本物のニュース記事を元にしたものですが、角田光代さん「三面記事小説」があります。これら二者において、辻村さんの作品の特徴は、フィクションとは言え、今の世の中を襲い続ける『コロナ禍』を物語の背景にしてリアル感を出しているところでしょうか。『コロナ禍』を前提にした作品も少しづつ見かけるようになってきましたが、この作品はその中でもその状況を直視したものです。『コロナ禍』で『世界の動きが止まったように見えても、見えないところに需要はある』という『コロナ禍』を狙った犯罪の存在。やがて、過去のものとなる前に、そう、ある意味で”旬のうち”にお読みになることをおすすめします(笑)。なお、補足ですが、この作品にも辻村さんの過去の作品に繋がるある人物の名前がふっと登場する辻村ファンへのサービスが用意されています。誰が登場するのか?こちらもお楽しみに!

    次に、”騙される側”ですが、こちらは〈五年目の受験詐欺〉で描かれていきます。短編タイトル通りの犯罪に巻き込まれていく主人公。しかし、この作品で上手いと思うのはリアルに”騙される”瞬間ではなく、そこからタイトル通り五年が経った後の物語だという点です。”騙す側”に”堕ちていく”人がいる以上、当然に反対の立場、つまり”騙される側”になってしまう人は必ず存在します。冷静に考えることができる中には人は正常な判断ができる余地があります。しかし、そんな判断ができなくなっていく人の心境、追い詰められていく人の心境がどんなものであるか、どこに原因があるのか、辻村さんの見事な筆の力で、そこには息を呑むような主人公・多佳子の心の揺れが描かれていきます。”騙される側”は、この真ん中に置かれた一編だけですが、長編を読むような読み味が味わえもするこの作品。こちらも読み応え十分な物語が描かれていました。

    言葉巧みに“騙す側”と、弱った心につけ込まれる”騙される側”、この作品ではその両者それぞれの立場から、それぞれの”側”に回った人たちのそれぞれの心の内が細やかな感情の機微の描写の中に描かれていました。『一線を越えてしまったら、もう戻れない』と”騙す側”に堕ちる危険が『切実に身近にある』ことを教えてくれるこの作品。『今の私だったら、絶対に騙されない』と”騙される側”に回ってしまった過去を冷静に見る様が描かれるこの作品。そんな”騙し、騙される”感覚を『ジェンガ』というバランスゲームの危うさに比喩するこの作品。

    “騙し、騙される”という犯罪行為が描かれているにも関わらず、極めて読後感の良い結末に、辻村さんの語りの上手さを改めて感じた素晴らしい作品でした。

    • さてさてさん
      ほん3さん、こんにちは!
      辻村さんの作品、かなり久しぶりなんですが、新刊が出ると知って発売日当日に読んでみました。
      はい、”騙す、騙され...
      ほん3さん、こんにちは!
      辻村さんの作品、かなり久しぶりなんですが、新刊が出ると知って発売日当日に読んでみました。
      はい、”騙す、騙される”、なかなか意識することはないと思うのですが、身近なところにそのキッカケが潜んでいることがよく分かります。辻村さん相変わらず上手いです。その一方で、極めて読後感の良い結末にも驚きます。
      …ということで、まだとてもフレッシュなこの作品、おススメです!
      どうぞよろしくお願いいたします。
      2022/08/27
  • 3話からなる詐欺の物語。
    1話目の「020年のロマンス詐欺」が印象に残った。
    大学合格して上京したとたん、コロナ禍に巻き込まれ実家からの仕送りも期待できない。バイトもなく生活費がない。
    つい先月まで高校生だった耀太が世間をよく知る期間もなく詐欺に巻き込まれていく。
    少し怪しいと思いながらも「自分は大丈夫」と自分に嘘をつきながらロマンス詐欺に嵌まっていく。もし同じ立場なら危ないかもと思ってしまうリアリティがあった。

  • 後ろめたいことに手を
    染めて、

    嘘を積み重ね積み重ね、

    ときにバレそうになり
    心臓が凍る思いをする
    ・・・

    グラグラ危うい感じが
    まさにジェンガですね。

    そしてふとバランスが
    崩れた途端、

    すべてガラガラと崩れ
    去る。

    まだ大丈夫まだ大丈夫
    を繰り返した先で、

    いつか必ず崩れるのが
    ジェンガ。

    このタイトルは秀逸♡

    三篇ともちゃんと救い
    があってよかったです。

  • 三作の中編小説集。

    「2020年のロマンス詐欺」
    東京に住んでいた頃、私も高給に惹かれてロマンス詐欺ではないけれど、テレホンアポインターという仕事をしたことがあります。
    そこの、事務所の人が持っている会社の名簿に片っ端から電話をして「社会人用の教材を売っているのですが、パンフレットをお送りしてもいいですか」と話す仕事でした。
    私は、そこはなんか怪しいと思い1カ月くらいは勤めたと思いますが、すぐ辞めました。

    今はSNSでのロマンス詐欺なんですね。
    この話はコロナ禍でバイトのない大学生になった加賀耀太が、35歳の主婦未希子を騙そうとしているうちに本当に好きになってしまう話で、とても面白かったです。未希子の方もなんか嘘があるのじゃないかと思ったら、やっぱりでした。
    でも、ラストは清々しくハッピーでよかったです。


    「五年目の受験詐欺」
    「あの人のサロン詐欺」


    この二つの話もとても面白く読みました。
    読んで辻村さんの小説に騙されてみてくださいとだけ書いておきます。
    読後感は良い話だということだけは言っておきます。

    • アールグレイさん
      まこちゃん
      こちらの図書館にもカードはあります。でも、行かれないのでスマホ予約です。
      新刊を知ると毎日のように購入予定になっているか調べます...
      まこちゃん
      こちらの図書館にもカードはあります。でも、行かれないのでスマホ予約です。
      新刊を知ると毎日のように購入予定になっているか調べます。
      殆どの本は8番目位までに予約できるけれど、今回は忘れたのです!
      あ~ぁ~よりによって辻村です!
      おとなしく待つしかない!
      (;O;)
      2022/09/23
    • まことさん
      アールグレイさん♪

      Twitterみてね!(*^^*)
      アールグレイさん♪

      Twitterみてね!(*^^*)
      2022/09/23
    • アールグレイさん
      後で返事書くヨ
      後で返事書くヨ
      2022/09/23
  • 先の読めた話が多く、いまいち入り込めなかった。
    題材的にもう少しミステリーに寄せても良さそうに感じた。
    どっちつかずな感じ。
    辻村さんに期待して読んだところもあり、★3の評価で。

  • 詐欺をテーマにした短編集。

    《2020年のロマンス詐欺》
    大学生になったばかりのタイミングで、コロナが流行り出して、バイトができず困った学生が、詐欺グループの一員となってしまう。

    《五年目の受験詐欺》
    息子の中学入試に、裏口入学に手を染めるが、実はそれが、受験詐欺だったと知らされた。

    《あの人のサロン詐欺》
    売れっ子漫画原作者と偽り、ちゃっかりオンラインサロンを開いて、創作講座を開いていた漫画好きな女性。

    三遍の中で、一番良かったのは
    《五年目の受験詐欺》で、長男と比べ、何かと頼りないと思っていた次男が、いつの間にか、逞しく成長していた事。

    我が息子が中学生になった頃、二人で歩いている時、母であるワタシを何気なく歩道側に誘導してくれた。いつまでも、子供だと思っていたのに、母をエスコート出来る年齢になったんだと、なんとも言えない、嬉し恥ずかしい気分になった事を、フト思い出した。


  • 騙す側、騙される側、どっちの心理もリアルでページを捲る手をなかなか止められなかった。
    お行儀悪いけど、こっそり一人でラーメン食べながらも読み進めてしまった。(昼ごはん)

    3つの物語、どの主人公も憎めないキャラクター。
    辻村さんだから、見て見ぬ振りをしたい人間の黒い部分とかを見せ付けられるのかと思いきや、そんなことは無く優しい物語だった。
    人と人との繋がりって必要だなと朗らかな気持ちになれたし、困っている人を応援したくなるお話だった。

    でも嘘つくのって怖いです。
    嘘って、最初はほんの出来心でついてしまった小さな嘘なのに…
    それを隠すために、どんどん嘘をつかなきゃいけなくなって、辻褄合わせるのに頭グルグルさせて、でも最後には結局破綻すると思うから怖くて嘘つけない。
    たぶん私の嘘はバレる、自信がある。
    顔に出るし、嘘ついた設定を守り通せない。
    暴かれる前に自爆する、ジェンガみたいにねっ。

    • あゆみりんさん
      心得てるんですね、やっぱりそこが大事…っと。
      φ(. .)メモメモ…
      心得てるんですね、やっぱりそこが大事…っと。
      φ(. .)メモメモ…
      2023/05/16
    • みんみんさん
      三歩下がって…操りましょう♪(´ε` )
      三歩下がって…操りましょう♪(´ε` )
      2023/05/16
    • あゆみりんさん
      みんみん講座っ!! 聞きもらさないようにしなくっちゃっ!!
      三歩下がるの大事…φ(. .)メモメモ
      みんみん講座っ!! 聞きもらさないようにしなくっちゃっ!!
      三歩下がるの大事…φ(. .)メモメモ
      2023/05/16
  • ジェンガは、同サイズの直方体のパーツを組んで作ったタワーから崩さないように注意しながら片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる動作を交代で行うテーブルゲーム。

    詐欺をテーマに、嘘を積み上げていく者たちの3編の短編。タワーがいかに崩れていくかを描く。

    詐欺という旬で興味深い素材で、読ませる辻村さんが書き手なだけに、短編なのがもったいない、長編でもっと唸らせてほしかった、と勝手なことを思いました。完成度は高いです。

    特に、「あの人のサロン詐欺」。
    引きこもりの主人公が人気マンガ原作者になり切って創作サロンを開催する話。
    導入で感じたほのかな違和感が確信に変っていく過程、事実が発覚した理由や最後の落とし前のつけ方まで、見事な展開。読ませられました。


    この小説読んで思い出したことがあって…

    曲も書けず楽器も弾けないのに(歌はカラオケ好きなんで大丈夫)なぜかシンガーソングライターとしてデビューしてそれなりに売れていて、そんな詐欺的行為がいつか世間に暴露されるんじゃないかとビクビクしているという…僕がそんなロックスターになっている夢を、若い頃よく見ました。

    あれってどういうことだったんだろう。
    誰か夢分析して笑

    ♪バンビーナ/布袋寅泰(1999)

  • 「嘘」にまつわるリアルワールドに近く、イタイ雰囲気を3話堪能した。1作目は「2020年のロマンス詐欺」コロナ禍で男子学生がオンラインでできる詐欺バイトを引き受ける。主婦への感情移入により彼は葛藤する。主婦から「助けて!」の文字、主婦を助けだそうとするがヤバイ展開!2作目「五年目の受験詐欺」次男の高校入試で妻が裏口に入学のために100万円を払う。しかし、実体のない詐欺グループで、ヤバイ展開!3作目もヤバイ展開!人間の弱さと社会の闇が垣間見える作品でした。辻村作品、人間描写が秀逸、自分も色々と反省しよう。⑤

    • ポプラ並木さん
      なおなおさん、こんばんは~
      まだ未読ですね?
      これは、なおなおさんに、是非堪能して欲しい作品です(^^♪
      読了感はいいですよ~
      機会...
      なおなおさん、こんばんは~
      まだ未読ですね?
      これは、なおなおさんに、是非堪能して欲しい作品です(^^♪
      読了感はいいですよ~
      機会があればぜひ!
      2023/08/07
    • なおなおさん
      ポプラ並木さん、お返事をありがとうございます。本書は未読です。辻村深月さんの本が好きなので、いつか読みますね。ヤバさを堪能したいです。
      ポプラ並木さん、お返事をありがとうございます。本書は未読です。辻村深月さんの本が好きなので、いつか読みますね。ヤバさを堪能したいです。
      2023/08/07
    • ポプラ並木さん
      アハハ!感想楽しみです(^^♪
      アハハ!感想楽しみです(^^♪
      2023/08/08
全551件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』『レジェンドアニメ!』など著書多数。

「2023年 『この夏の星を見る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

辻村深月の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×