アンドロイドは人間になれるか (文春新書)

  • 文藝春秋 (2015年12月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784166610570

作品紹介・あらすじ

天才ロボット工学者・石黒浩とアンドロイドが、あなたの「常識」を覆す!



TVで人気のマツコ・デラックスさんそっくりのアンドロイド、マツコロイド。リアルさを追求するために毛穴を20万個持つマツコロイド──その生みの親が「世界を変える8人の天才」に選出されたこともある世界的ロボット工学者、石黒浩・大阪大学特別教授である。



美人すぎるアンドロイド・エリカ、不気味な外見なのになぜか人を虜にするテレノイド、人間国宝の故・桂米朝さんの名人芸を永久保存した米朝アンドロイド、自分そっくりのアンドロイド・通称イシグロイド……

世間の度肝を抜く斬新な発想で注目を集めてきた鬼才・石黒は、子どもの頃、「人の気持ち」がわからない子どもだったという。

大人になった今でもその正体がわからず、「人の気持ち」の謎を知りたいという思いから人工知能の研究、そしてアンドロイド開発・研究へと足を踏み入れた──。



アンドロイドが教えてくれる「人の気持ち」や「人間らしさ」の正体とは? 今まで常識と信じて疑わなかったことが次々と覆されていく様は鳥肌が立つほど面白く、またちょっと不気味でもある。



アンドロイドやロボットは、近い将来、必ずあなたの隣人となる。手塚治虫やSFが描いた未来はすぐそこまで来ている。最先端の場所に常に身を置く石黒浩の見ている未来をお見せしようではないか。

人間存在の本質に迫る興奮の知的アドベンチャー。これはもはや哲学だ!

感想・レビュー・書評

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  • 読み始めるまであの、イシグロイドやマツコロイドを作った石黒さんによる本だということに気付いていなかった。
    さすが石黒さん、こんなこと考えながらロボットやアンドロイドを作っているんだなあ。少し前に読んだAIは心を持てるか、という本よりだいぶ分かりやすい。言ってることはわりとラディカルだけど。
    石黒さんの思い描く社会が早く実現するといいな。楽しそうだ。

  • 精巧なアンドロイドのトップクラスの研究者 石黒浩によるヒトとアンドロイドの違いについて
    むしろ、違いはないのではないか?という哲学的な問いかけになっている


    目次だけ読んでもある程度の内容は推測できる
    --------------------
    プロローグ
    「人の気持ちを考える」
    第1章 不気味なのに愛されるロボット──テレノイド
    誰もが気味悪がるロボット
    高齢者の話し相手として大人気
    人間らしさと「不気味の谷」
    落ち着きのない子が一瞬で静かに!

    第2章 アンドロイド演劇
    人間よりも人間らしい
    アンドロイド演劇が映し出す「心」の正体

    第3章 対話できるロボット──コミューとソータ
    ロボットが家庭教師になる日
    ロボットと赤ちゃんは同じ

    第4章 美人すぎるアンドロイド──ジェミノイドF
    生身の人間よりアンドロイドに夢中な男たち
    ロボットが変える家族

    第5章 名人芸を永久保存する──米朝アンドロイド
    ロボットと宗教
    ロボットが死生観を変える

    第6章 人間より成績優秀な接客アンドロイド──ミナミ
    ミナミの接客テクニック

    第7章 マツコロイドが教えてくれたこと
    マツコロイドにキスするとどうなったか
    もう一人の自分

    第8章 人はアンドロイドと生活できるか
    ロボットは人間の敵なのか?
    ロボットは当たり前の隣人になる

    第9章 アンドロイド的人生論
    「自分らしさ」など探すな

    エピローグ
    --------------------

    世間の度肝を抜く斬新な発想で注目を集めてきた鬼才・石黒は、子どもの頃、「人の気持ち」がわからない子どもだったという。
    大人になった今でもその正体がわからず、「人の気持ち」の謎を知りたいという思いから人工知能の研究、そしてアンドロイド開発・研究へと足を踏み入れた──。

    アンドロイドが教えてくれる「人の気持ち」や「人間らしさ」の正体とは? 今まで常識と信じて疑わなかったことが次々と覆されていく様は鳥肌が立つほど面白く、またちょっと不気味でもある。

    アンドロイドやロボットは、近い将来、必ずあなたの隣人となる。手塚治虫やSFが描いた未来はすぐそこまで来ている。最先端の場所に常に身を置く石黒浩の見ている未来をお見せしようではないか。
    人間存在の本質に迫る興奮の知的アドベンチャー。これはもはや哲学だ!
    --------------------


    アンドロイドに心はあるか?という問いの実証として
    実在するアンドロイドに対して、周囲の人がそれに心の存在を意識すれば心があるとみなしても良いという定義
    チューリングテストの心バージョンということなんだろうけど
    あまりにも暴論ではなかろうか?

    この理屈で言えば、まったく動きもしないモノに対しても周囲の人が認めれば心があるという事になってしまう
    宗教は正にこれなんだろうけど、やはり哲学的な問題になってしまうので、科学として扱うには「心」の定義が難しい


    ・ジェミノイド:見た目の人間らしさを追求したアンドロイド
    ・テレノイド:人の個性を削ぎ落とし、人の存在を感じる最小限の要素を持ったロボットト
    ・ハグビー:テレノイドよりもさらに個性をそぎ落とし、最低限想像を喚起させるロボット。携帯電話をホルダに挿して、抱きしめながら通話ができるガジェット


    人の存在を感じるためには、二つのモダリティ(知覚)があればいいらしい
    二つのモダリティ(知覚)とは、例えば「声」と「触感」など
    五感全てでわかっていなくても、二つの表現がつながった瞬間に「わかった」と、人は言うらしい


    面白いアプローチとしては、人間をプログラミングするというところ
    ----------------
    「ロボットをプログラミングする」のではなく「人間をプログラミングする」ことが可能かを実験しているんです。具体的には、大学の学生を実験対象にして、授業に出席し論文を読み書きするといった学生生活を送るように逐一スマホから人間に指示を出しす実験を行ったのだそうです。その結果、プログラミングを導入した学生の方がそうでない学生に比べて効率良く勉強を進めることができたと記されています。
    ----------------
    これに近しい事は既に実用化されているなぁ
    コンビニの仕組みもそうだし、マニュアル化できるような業務は既に人間はある種の単なるオブジェクトに過ぎないのかもしれない



    ジェミノイドを利用した会議には人件費を払えないという主張に対する反論

    人が出席する事の定義
    評価されるべきは結果や成果であり、生身の身体が必要というのは何を盛って本人とするのか?

    また、センサーは信用するのに、ロボットを信用しないのはおかしいという主張

    当時とは違って今やテレワークなど、物理的に直接顔を合わせなくとも済む会議が増えている中
    画像を共有せずに本人らしい声で出席した会議はもしかしたらフェイクの可能性もあるわけで
    すべての責任はその人という取り決めがされているのであれば求められるのは成果というのは理解できる

    となると、「本人」という属性が必要になるのは何なんですかね?
    本人を模したAIが同様の仕事をこなす未来が容易に想像できるけど、その際にもまた議論される事になると思う


    技術に対して信用をしない人達

    「技術への偏見は時間と共に解消する」という言葉がしっくりくる
    今や技術を利用せずに生きている人間がほぼいない
    導入当初は嫌悪の要素があったかもしれない技術も普通に許容されているわけで
    アンドロイドに対する嫌悪も社会に浸透していくに連れて解消していくというのも納得


    アンドロイドの進歩に感情的な拒絶を示す人間に対する言葉
    「人間はアンドロイドのスイッチを切ることができます」

    しかし、アンドロイドのスイッチの切れない場合もあるのではなかろうか?
    アンドロイドの運用がブラックボックス化していくのが容易に想像できる昨今
    一部に問題があるからと言ってすべてのシステムを止めるわけにもいかない

    また、システムが様々な方法で冗長化されている場合なんかも、スイッチを切りたくとも切れないケースが想像できる
    そんな危うさはあるあもしれない



    タイトルの問題として、「人間とはなにか?」という定義が必要になる
    それこそ、人間っぽく振る舞うアンドロイドというのはいずれ作られるし
    この本でもアンドロイドに心はあると感じる人もいる

    しかし、そこにクオリアはあるのか?というのはどうしても検証できないのではなかろうか?
    クオリアを全く持たない哲学的ゾンビが正にアンドロイドなのだとしても、それを私達は確認する術がない
    やはり、「人間とはなにか?」という哲学的な問題に帰結してしまう気がする

  • ペッパーくんが20万ほど(月額使用料を入れると約120万)で手に入る現在。
    ロボットが身近にいる時代がもう来てます。
    個人的には近い将来ロペットが「コンバインOKコンバインOK」って言うてる時代が来るように思います(笑)

    「技術への偏見は時間と共に解消する」
    これは至言やと思います。
    いかにテクノフォビア(科学技術恐怖症)の人であっても便利さには勝てないんやと思います。
    おそらくマイナンバーも過渡期でこれからの少子高齢化で労働力不足問題に直面する中において手作業で名寄せしたり突合させたりするのが正義という人は減ってくるんやと思います。
    AI時代になったらますますブラックボックス化が進んで誰もその結果に説明をつけることが出来ない時代が来るんですから。

    そういった意味でも今こそ正しい科学技術に対する理解を深めて隣にいるテクノフォビアな人たちに説明することが必要なんやろなあと思います。

  • 著者は阪大の先生らしい。僕もオーケストラの方で阪大とは縁があるので勝手に親近感笑。たまたま友達に貸してもらった本だったのだけどめっちゃ面白かった。ロボット、アンドロイドをどのように作っていくかの紹介と同時に、アンドロイドがこれから果たすであろう社会的な役割、人間の心とは何か?という所まで話を広げていて刺激になった。シンギュラリティが来てアンドロイドが人間の能力を凌駕すると嫌悪感を感じるみたいだけど、「何となく嫌」ではなくて何故そう感じるのか、本当に嫌なことなのか?と理詰めでどんどん切り込んでいくスタイルはさすが研究者だと思った。タブーとされていてみんなの中で暗黙のうちに、曖昧に把握している世界にズバっと踏み込んでいける姿勢は真似したいなぁ。僕も肉体がもう一つあって、頭脳もついていけるならこんな研究してみたいなぁ...。

  • ◆未来のアンドロイドとわたしたち◆
    『アンドロイドは人間になれるか 』 は、驚きのタイトルです。大阪万博の「いのちの未来」パビリオンでも人間と共存するアンドロイドが注目されています。ロボットが人間らしさを持ち、社会にどのような変化をもたらすかという内容です。倫理課題を乗り越えたなら楽しい未来が見えてくるでしょうか。この本を読んだなら、あなたはアンドロイドを「人間」として認識するか機械として扱うか、そんな問いに向き合うことになりそうです。

  • この石黒さんという方は、
    ものすごい理屈で物事を切っていく面と
    大阪人らしいいい加減さが同居しておられますね。
    なにがなんだかわからない世界です。

    しかし、AIアンドロイド研究についてはさすが第一人者。

    研究者としては、
    ハード面をいじって、ロボットを人間の動きに近づけていくほうがやりやすいんじゃないかと思うんです。
    しかし、石黒さんは、人間が自分の意識をどうロボットに投影して、「人」あるいは「人に似たもの」として認知していくか、ということを追求しておられるみたいです。

     現時点では男性陣には人間のコンパニオンよりアンドロイドのコンパニオンのほうが圧倒的に人気があって、そっちに
    人が集まるので、人間のコンパニオンさんがはぶてる、というようなことを書いてありました。

    しかし、それは現時点では人間よりアンドロイドのほうが圧倒的に数が少ないからじゃないですかね? アンドロイドが増えて人間が少なくなれば、人間のコンパニオンのほうに人が集まると思います(笑)。

     あと、アンドロイドFさん、モデルがいらっしゃるようなんですけど、失礼ながら私の好みではなかったなあと。どういうのを美しいと感じるかは好みもあるな、と思いました。

     アンドロイドでは表情が増幅されるというのは、能面と似ているなと思いました。
    能面はつけている人の顔の角度によって表情が変わって見えますから。能を研究されるとよいのではないかと

     アンドロイドを作る側の人は膨大な事柄を学習しないといけないので大変だなと思います。私には到底つとまらないと思いました。

    >>> まあ、人の存在を感じるためには、二つのモダリティ(知覚)があればいいらしい
    二つのモダリティ(知覚)とは、例えば「声」と「触感」など
    五感全てでわかっていなくても、二つの表現がつながった瞬間に「わかった」と、人は言うらしい

  • 特に亡くなった人を墓ではなくアンドロイドにして遺すと言う話が面白かった。
    確かに形式化した墓参りよりも亡くなった両親に自分の近況を報告しに行くような状況、そしてそれに生きていた時のように応えてくれる両親のアンドロイドという構図はとてもいいなと思ってしまった。
    考えること、をやめない限り人間としての価値を残せるのは、間違いないと感じるし、今後も考えることのできる人間になりない。

  • 所謂タイトル詐欺系、上から口調は読むに堪えない

  • 548-I
    閲覧新書

  • 著者がいう「ロボット作製とは人間とは何か、心とは何かを探求すること」という意味が良く分かりました。人は自分の外に「心、気持ち」を感じるんですね。二つの知覚の組み合わせで「わかった」という気分になるとのこと。ロボットに対する方が人間は素直になれる、という事実。人間が生み出した技術を外部化して突き詰めていったのがロボット。であれば人間とロボットとの境目はない。何故石黒さんが話題の人になっているか、理解できました。更に先を知りたくなりました。

  • f.2016/1/27
    p.2016/1/5

  • この石黒教授は間違いなく変人で、独特のアプローチでロボット研究が進んでいる。人工知能を、人間の脳を再現するという本流のアプローチではなく、とにかく人間らしく動作することを目的として進めていくため、どちらかというとアルゴリズムをガリガリ書いていく派。■ロボットとの距離の取り方が独特で、やっていることは工学というより認知心理学とか哲学とかに近い。死生観も独特で、ぜんぶロボットにして保存しちゃえばいいじゃん!というのだけど、滅びの美学というか、無くなるからこそ尊いし、美化されて長続きする部分もあると思うんだけどなぁ。

  • 図書館でふと気になっで読んでみた。脳科学的なアンドロイドの有用性が述べられていて面白い。石黒先生的な人生や科学に対する哲学も興味深い。

  • アンドロイドロボット研究の第1人者である石黒先生がご自身のロボット研究について語っている。
    石黒先生のことは知っていたが、本を読んだのは初めて。
    一言一言がかなり強烈だが、うなづける。
    先生の考えが、途中でカギかっこでくくられてバーンと訴えかけてくる。
    「人の気持ちを考える」という言葉を理解するためにロボット研究をしている、という。ロボット研究にのめりこめばのめりこむほど、ロボットではなく「人間」とはどのような存在なのかを考えずにはいられない、という。
    ロボットの研究は哲学なのだ、という言葉にとても納得がいった。

  • 「人の気持ちを考える」ことへの著者の幼い頃からの疑問から始まる。アンドロイド、ロボットの技術的な話ではなく、哲学的な話であったり、相手が人間であるよりもロボットのほうが心を許して接しやすくなることが中心。

  • 以前、NHKのSWITCHインタビューや「最後の授業」という番組で
    とても面白く興味深かった石黒さん。
    「最後の授業」に内容が通じていて、語りを文章にまとめた形で読みやすい。
    本人の持つ雰囲気、ユーモアのセンスが、この本の中からもうかがえる。
    人の気持ち、感情という曖昧なものを突き詰めていくと、
    プログラミング可能な範囲がどんどん広がっていく。
    結局「自分」は「他人の目」によってしか規定されない。
    「自分」だと思っているものも、
    もともとは他者をまねて覚えたものなのだ。
    仕草や間(ま)などを覚えさせることで、
    見る側もロボットであることを越えて、親しみを感じることができる。
    対人の生々しさの無さが、より気持ちを近くし、引き出しやすくなる。
    何度でも同じ動きを、倦まず繰り返すロボットだからこそできる
    丁寧で継続的な教育や指導や仕事の可能性。
    逆に人間のピークのときのパフォーマンス(芸術や技能など)を残し、
    その人が亡くなってからも後世に伝えていくことの可能性。
    また、ロボットだからと、信頼しているからこそ起こってくるであろう弊害に
    どう対応していくべきかを、早くから準備しておく必要があること。
    ロボットを作る人、仕組みに立ち入って使える人と、
    ただ使う人の間での格差は、より一層大きくなっていく。
    それは今の、PCからスマホに移り、
    誰にでも簡単に使えるようになった情報端末における格差よりも
    なお大きくなるだろう。
    番組「最後の授業」では、
    人間がいなくなった後の、
    ロボット(アンドロイド)だけになった世界についても触れていたが
    それこそが、いずれ来るかもしれない外部の生命体に対し、
    当時の世界の姿を残し、伝える手段になるというくだりにはゾクゾクした。
    人間を考えアンドロイドを考えまた人間を考える。
    石黒さんの仕事の可能性と挑戦の今後が気になる。

  • 【由来】
    ・図書館の新書アラート

    【期待したもの】

    ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。

    【要約】


    【ノート】
    ・「マツコとマツコ」で全国的にブレイクした感のある石黒ハカセ。ロボットを作っていく過程でのブレイク・スルーが「心は捉える側の問題」。そこから、モダリティを抽出してから具体に還元していく。それも二つで十分。例えば触覚と匂いだとか。

    【目次】

  • マツコロイドで有名な石黒教授の2015年の著書。過去や現在研究中のアンドロイドとその狙い。音声認識せずに「そっか」だけで会話するコミューとソータが成り立つのが意外だった。

    [more]

    - 「欲求−意図−動作」という3階層を持つロボットはこれまで本気で作られたことがない。
    - 抱きしめるとオキシトシンというホルモンが分泌される
    - テレノイドには頼んでもいないのにしゃべりすぎてしまう

    eof

  • イシグロイド先生は文章もうまい。人間とは何なのか。一種の哲学書である。

    [more]<blockquote>P10 人の気持ちを考えなさい
    これはいったいどういうことなのか?僕にはわからなかった。
    皆さんは「気持ち」とは何か、「考える」とは何かを説明できるだろうか?

    P15 誰もが「このロボットは心を持っている」と思うロボットが実現できれば、それは人間と一緒である。そのロボットは即ち「人の気持ちを考える」とはどういうことか、そして「人間とは何か」という根源的な問いに対する答えとなる。

    P23 テレノイドを渡すと、話が止まらなくなるほど会話を楽しむケースが大半なのである。デイケアセンターでも認知症の治療をする病院でも、重要なのは高齢者自身がしゃべることだと言われている。高齢者がしゃべってくれさえすれば解決する問題は非常に多い。

    P28 不気味の谷が起こる理由は何か。私が信じる有力な仮説は「側抑制」である。われわれの網膜は「境界」に特に反応するようにできている。ごく簡単に言えば、「ちょっと違う」所を見つけるのが側抑制という効果である。

    P36 人間は、自分にとって足りない情報は、プラスの方向に補完する傾向にある。マイナスに補完することは少ない。人に「想像」させる余地を作ることが、人間らしいアンドロイドの要素だと気づいた。

    P43(ハグビーの実験)「抱いている感覚と声」という組み合わせが重要なのだ。声でなくても、においでもいい。ハグビー以外にもさまざまなモダリティの組み合わせで実験をしている。女性の場合は「声とにおい」も有効だ。しかし最も技術的に簡単で、最も与えるインパクトが強いのが「触感と声」である。

    P57 感覚器を一切持たない存在が心を持てるかといえば、持てないだろう。なぜなら感覚器がなければ、相手を観察する方法がないからだ。相手を観察するすべがない存在にとっては自分一人の世界しかこの世にはありえない。そんな存在は心を持たない。

    P75 相手をするロボットが複数体いる場合、三体のうち二体以上がお互いに対話していれば、そこに参加している人間は、自分が直接話していなくても、対話しているような感覚になってしまう。

    P80 会話や動作をしている時に「意図」や「欲求」ができる場合もある。必ずしもきれいに「欲求-意図-動作」の順番で「意図」ができるわけではない。

    P92 性に限らず、人間とロボットとの関係には、もっとバリエーションが必要だ。人間はひとりひとり性癖も違えば生殖能力もコミュニケーション能力も違う。ロボットを使うことで、個々人に最もフィットした、多様な関係のあり方をもたらし、それらを社会がより許容していけるようになること、人間ができる選択肢を増やすことが大事なのだと僕は思う。多様性の許容は社会的なストレスを減らし、差別をなくしていく。

    P109 人間には才能が発揮できる絶頂期がそれぞれにある。その人間の社会的な存在価値にはピークがあるのだ。米朝師承の全盛期のアンドロイドを作ることで気がついた。人間のアイデンティティにはピークがある。

    P116 銅像や遺体以上に、国家や思想のシンボルとして民衆の前に現前し続けるはずである。政治や宗教のリーダーをかたどったアンドロイドがいれば、カリスマ本人がその場に行って話さずともよくなる。

    P133 悪く言えば「過去に縛られて生きる」ということ、よく言えば「家族の幸福な思い出の中に生きたい」と思う姿である。これは人間の本質的なありようだと思うのだ。
    人間には新しいものをどんどん作っていかないと我慢ができない「未来を向いて生きたい人」と「豊かな記憶に包まれた過去に生きたい人」がいる。

    P143 「人間がネガティブなことを伝えたあとはフォローに走る」傾向は統計的に明らかである。

    P150 「慶應の学生はプログラム可能である」それくらい、スマホを使って行なうことができる情報処理能力がすさまじいものがある。人間はもはやただのスマホホルダーになっているのだ。スマホと人間の価値、どちらが高いのか。CPUと、それを持って移動しているホルダーのどちらが大事だろうか。自覚されていないだけで、人間はアルゴリズムに頼れば頭を使わずに大半の仕事をこなせるようになっているのだ。

    P157 アンドロイドが人間のパートナーとなる可能性を秘めているのに対して、ドローンはどこまで行っても道具である。コミュニケーション相手にはなり得ない。

    P171 (アンドロイドを使った仕事に対しては労務費を払わない?)僕個人の生身の身体がそこに物理的に移動したかどうかが問題の本質なのか?そうではなく「タスクが処理されたかどうか」を基準にするのが筋だろう。身体が「ある」ことでなく仕事を「する」ことが報酬の対価であるはずだ。

    P175 僕はどうせなら、あらゆる身体改造をOKにして競ったほうが、とんでもなく早いやつが出て来て面白いのではないかと思う。技術を制約するのではなく、オープンにしたその先の世界を探求してみたほうがいい。

    P194 人間がしている「考える」という行為を細かく定義し、個別の作業に分解していくと、ほとんどのことは簡単にコンピュータに置き換えられる。むしろ人間らしいのは「考える」という言葉の中身を理解しないままに、その曖昧な言葉を使うこと、使えてしまうことである。

    P212 好き嫌いを簡単につけてしまうことは僕に言わせれば半分目を閉じているのと同じである。「嫌い」に振り分けた半分の情報を捨てているのだから。人間は好き嫌いなど持っていはいけないのだ。好き嫌いできるほど偉いのか。そんな乱暴なことをして、自分の生きている意味、自分とは何かをまともに考え続けられるのか。(好き嫌いを簡単に口にする人は)脳のキャパシティ、情報処理能力が乏しいから、好き嫌いを先に選ぶしかない。あらかじめ「ここしか見ない」とフィルタリングしないと頭がパンクしてしまうのだ。好き嫌いとは、入ってくる情報の量を制限し、考えやすくするためになされる行為である。しかしそれは、ものごとの真実を見ようとする態度ではない。

    P218 人類は「人とは何か」という問いかけに対する答えを、延々と求め続けて来た。だからこそ、自分の中身を外側に残そうとする。僕は、記録と芸術的な表現活動をわけて考えていない。芸術とは一種の記録なのだ。

    P221 価値を探すのをやめた瞬間に価値を持てる可能性はゼロになる。だからそれを探すために僕は生きている</blockquote>。

  • ビブリオバトル in 阪大 第一部

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著者プロフィール

石黒 浩
ロボット学者、大阪大学大学院基礎工学研究科教授(栄誉教授)。1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了(工学博士)後、京都大学大学院情報学研究科助教授、大阪大学大学院工学研究科教授を経て、2009年より現職。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。オーフス大学(デンマーク)名誉博士。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年大阪文化賞受賞、2015年文部科学大臣表彰及びシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞、2020年立石賞受賞。『ロボットとは何か 人の心を映す鏡』(講談社現代新書)、『どうすれば「人」 を創れるか アンドロイドになった私』(新潮文庫)、『ロボットと人間 人とは何か』(岩波新書)など著書多数。

「2022年 『ロボット学者が語る「いのち」と「こころ」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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