グロテスク 下 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
3.52
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本棚登録 : 3612
レビュー : 353
  • Amazon.co.jp ・本 (453ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167602109

作品紹介・あらすじ

就職先の一流企業でも挫折感を味わった和恵は、夜の女として渋谷の街角に立つようになる。そこでひたすらに男を求め続けて娼婦に身を落としたユリコと再会する。「今に怪物を愛でる男が現れる。きっと、そいつはあたしたちを殺すわよ」。"怪物"へと変貌し、輝きを放ちながら破滅へと突き進む、女たちの魂の軌跡。

感想・レビュー・書評

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  • 去年のアメトーークの読書芸人の回で光浦靖子が推薦していたのが印象に残っていて、それからずっと頭の隅にありつつ、内容が大変そうだからちょっぴり避けていたところもありつつ。
    を、ついに読んでしまった。
    結果、とても疲れた。笑

    主人公の“私”(最後まで名前は出てこない)には、怪物のように美しい妹のユリコがいた。
    妹と似ても似つかぬ容姿の“私”は、常にユリコと比較される人生に幼少期から嫌気が差し、ずっとユリコを妬み憎みそれなのに囚われるという人生を歩んでいた。
    元来男好きだったユリコは、モデルを経て娼婦として生きたが、40歳を目前に殺害される。同じ頃殺害された同じく娼婦の和恵は“私”の高校時代の同級生で、大手の建設会社に勤めながら夜は娼婦をしているという謎の経歴が世間の興味を引いた。
    階級社会、女同士の嫉妬と足の引っ張り合い、男の中での女の価値、殺人事件…様々な要素が絡み合う「グロテスク」な世界。

    1997年に実際起きた、東電OL殺人事件がモチーフとして使われている。(言うまでもなく和恵がその事件の被害者がモデルになっている)
    読んだあと検索してみたら、かなり細部まで似せて書かれているみたいで、エリート会社員なのになぜ?という普通の人間であれば持つであろう疑問を、最初は感じずにいられない。
    あくまで物語の登場人物である和恵は、真面目で努力家であるものの容姿や社会の中での自分の立ち位置にコンプレックスがあり、エリート会社員でありつつ娼婦として身体を売ることは社会への復讐だったのだと思う。堕ちたのではなく、むしろ上り詰めたのだと。

    美しき怪物・ユリコはその容姿だけで男たちを手なずけすいすいと人生を歩んでいくが、心は常に渇いていて、自分の容姿にも人生にも強い執着を持たない。
    ある意味で天賦の才を持つユリコは根っからの娼婦で、そんな彼女を“私”は羨み、妬み、それを全く意に介さないユリコをさらに憎むようになる。

    そして事件。ユリコ殺しの容疑者として捕まった男は、和恵殺しの疑いもかけられるが…
    (下巻冒頭に男の手記がある。事実との違いは?というのも見物)
    (ちなみに実際の東電OL~は未解決のままの事件)

    コンプレックスは自分を高める要素に繋がることもあるけれど、単純に人や社会を憎む要素になることもある。
    幸福の基準が自分のなかに見出だせないままだと、結果的に自分を傷つけることにもなりかねない。

    エリート高校(Q学園)を出た三人と、もう一人ミツルという重要人物がいるのだけど、皆違うかたちでエリートコースから逸脱し、世間から見れば幸福とは言いがたい人生を歩んでいる。
    でももしかしたら四人とも幸福なのかも知れない。少なくとも“私”以外は。
    (Q学園にもモデルがあるらしいけど、本当にこんな学校があるのだとしたら恐ろしい。私なら三日で退学しちゃうレベル)

    “私”の感情は共感はできないけど解る気はする。美しすぎる妹を持ってしまった悲劇。
    殺されても尚影響を与え続けるのだから、ユリコという女はまさに怪物。

    濃いし長いし、読んでて疲れた。笑
    でも面白かったのも否めない事実…
    ちなみに一番グロテスク度が高いと感じたのは、和恵の日記の章だった。

  • 読み終わったあとなんともいえない
    心地よさを感じた。
    Q学園における社会の縮図。日本の価値観で支配されてる貧富、美醜、センス。
    そういった事柄を登場人物4人で描かれている。
    物語に惹き込まれるように読み貪った
    面白い

  • タイトルそのまま。
    下巻は特にグロテスク。
    心の奥にある醜い部分にふれていくので、読んでいるとなんだかこちらまで気持ち悪くもなる。でも真実を知りたくて目が離せない。
    最後まで真実が読めないところもありますが、女の性は果てしない。
    老いることが醜くて、辛い現実を見ました。
    文体は読みやすく、先を知りたい衝動にかられます。

  • 積ん読チャレンジ(〜'17/06/11) 2/56

    同じ努力型、ガリ勉タイプであっても、周りの見えない滑稽な人間として描写されていた和恵と、勤勉さに加えて周囲の人間を欺く術を隠し持つ「切れ者」として描写されていたミツル。

    上巻では和恵が名門のお嬢様校に希望を持って入学しつつも、「わたし」の悪意も手伝って次第に歯車が狂っていく様が描かれていたが、下巻の初めではミツルも人生の坂道を転落していたと言うことが判明する。

    生まれながらに特別な何かを持たない「凡庸」なカテゴリーに属する人間は、努力をする以外に他者を押しのけてのし上がる術はない。
    しかし、同じ「凡庸」なグループの中であっても、決して越えられない人間が存在する。
    それに加え、更にその上には努力を超えた、即ち「凡庸」の範疇を逸脱した人間がいるのだ。

    本作では「勉学」で競う凡百の学友をあざ笑うかのように、類い稀な「美貌」で世を渡り歩くユリコの様が描かれている。
    ユリコは周囲の人間が競い合う土俵とは違うところに天賦のものを持つ存在として描かれているが、これは構造を分かりやすくするための筆者の措置であるように思う。
    現実には多くの人間が競い合う同じ土俵の中においてさえ、「凡庸」の範疇を逸脱した者は存在するからだ。

    本作で焦点の当てられている登場人物は、大半がユリコという存在から(意図するとせざると問わず)影響を及ぼされている。
    その影響というのが、いずれも「死」や「共同体からの落伍」といった負の方向に向かって及ぼされていることが、ユリコの怪物性の現れであると言えるだろう。

    この作品は紛れもなく、語り手である姉の「わたし」と、生まれてから死ぬまで(更には死して尚)「わたし」に影響を与え続ける妹「ユリコ」の二人が主人公である。
    しかし冒頭の時点で既に死人となっているユリコが、時に語り手である「わたし」以上に大きな存在感を読者に与えている点が面白い。

    ここまではユリコについて言及してきたが、もう一人の主役である「わたし」はどのような人物だろうか。
    「わたし」を一言で言い表すなら、「賢いつもりでいるだけのズレた女性」、と言うことが出来るのではないだろうか。
    彼女は屈折した自己の内面を認識しながら、自己と他者との間に存在する「ズレ」の本質に気が付いていない。
    「あんなに賢かったミツルが、こんな非科学的なお馬鹿さんになってしまうなんて、いったいどうしたことでしょうか」と言いつつも、彼女自身は「人相学」という非科学的なものを信奉し、さらにはそれを誰彼構わず他者に対して披露してしまうし、「人相学」を知る者同士でないと通じない用語を発してしまう。
    更には自分の心の中でだけ通用するはずの「例え」の表現を他者に漏らしてしまいもする。
    そのことに対して他者が「分からない」と言う反応を示した時、原因が自分にあると気づけない(加えてそれらの要素こそが、恐らく他者を自分から遠ざけている要因であろうことにも気付いていない)。


    「わたし」とユリコの姉妹双方から生きる上で影響を及ぼされた和恵はどうだろうか。
    彼女はユング心理学で言うところの「ペルソナ」の概念を象徴した人間であると言えるだろう。
    会社員としての「昼の顔」と、娼婦としての「夜の顔」、初めはその二つの仮面を使い分けていた彼女。
    しかし、その二つの顔は「誇れるものと恥ずべきものは実は表裏一体で、あたしを苦しめたり、喜ばせたりするのだ」という言葉に見て取れるように、まさしくコインの表と裏。
    独立して存在する二つの人格ではなく、「自己」という単一の概念・人格の一側面でしかないのだ。
    昼の顔の息抜きとして存在していたはずの夜の顔であるにもかかわらず、次第に彼女の中で夜の顔の方が存在感を増し、主導権を握り始める。

    和恵がスーツのスカートにコーヒーををこぼしてしまった際、「染みは出来てしまったら、もう取れない」と描写されるシーンがある。
    これは彼女の人格の中に芽生えた「娼婦」という一面が、その後染みのように彼女の中から抜けなかったことの暗喩といえるのではないだろうか。

    この作品では、登場人物の誰もが自らの性欲に忠実な生き方を選ぶことで幕を閉じる。
    顔立ちや内面の美醜を問わず、性欲におぼれずにはいられない人々の生き方こそ、作者が題に掲げた「グロテスク」という言葉で言い表したいことなのではないか。
    本書を読み終えて覚えた得も言われぬ読後感の中でそのように感じた。

  • イヤミスの最高峰と言って良いのではないでしょうか?
    もう暗い暗い。
    イヤ~。
    ミステリ~。
    最後まで嫌~な感じで終わっていきます。
    まさに正と負は表裏一体。
    それも感じられる作品です。
    それにしても、ユリコの子。
    ユリオて。

  • なかなか重かった。

    私の想像力では、ユリコの美しさを思い描くことが難しい。あそこまで表現される絶世の美女とはどんな人間としてこの世に降り立つのだろうか。

    女を狂わす原因は若さなのか。美なのか。はたまた、頭脳なのか。
    女の生きる意味とは。

  • チャンの手記は必要だったのか?
    人の心の中のどろどろした部分をさらにえぐる感じは良いが、読んでて病んでくる(苦笑)
    何で息子まで…ってのも理解できず。
    実際にあった事件をモデルにしているのを知ったが、本当にそんな留学で娼婦になったんだろうか?

  • ラスト、処女をつらぬき妹ユリコのように男に溺れなかった主人公が、結局はユリコの息子に溺れ、自分も娼婦となり街に立つというオチが糞胸糞悪かったです。

  • そういう意味でのグロテスクなのか と、読み終えてから分かることがあった。

  • まさしくグロテスク。上巻から感じられた不快感・嫌悪感は拍車をかけ、物語は進んでいきます。
    読者にとって地の文というのは唯一の味方であるが、その地の文でさえもグロテスク。

    「和恵」と「ユリコ」の狂気。そしてその狂気に侵食されていく「わたし」。
    本当に最後までグロテスクだった。

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著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。成蹊大学卒業。1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、2011年同作で読売文学賞を受賞。2015年、紫綬褒章を受章した。近著に』『奴隷小説』『抱く女』『バラカ』など。

「2016年 『猿の見る夢』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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