新装版 おろしや国酔夢譚 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (415ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167902087

作品紹介・あらすじ

苛烈な大地で開花した光太夫のリーダーシップ数か月の漂流の末にたどり着いた島。彼らを待っていたのは、ロシア帝国内での十年に及ぶ流浪の暮らしだった。映画化された傑作!

感想・レビュー・書評

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  • 米原万里の「マイナス50度の世界」を読んで、古本屋でこちらが目に入ったので手に取った。
    先に米原さんの本を見ていたので、シベリアの寒さが具体的にわかって、想像を絶する世界だと肌で思った。
    なんといっても寒い。
    そして、この時代のロシアの広いこと。
    アムトチカはアラスカだし、そこからの移動も相当なもの。南端はトルコと戦争をしているし。

    ヤクーツクでラックスマンに出会ってから、話が上向きになるが、基本的にいつも、先がわからないまま、延々と見知らぬ世界に身を置くのはどれほどのことか、これまた想像を絶する世界だ。
    仲間は早々に死んでいく。
    どこの街でも葬式を出し、雪を削って仲間を埋めていく。
    街を去るとき、墓参りに行く。

    光太夫たちの前にも後にも、数人の漂流民の記録が残り、その二世に光太夫たちが会えたこと、ロシアが日本に接近する意図を持ち、通訳を国策で作っていたことも、今回初めて知った。
    エカチェリーナ2世はドイツ人だったのも初めて知る。

    新蔵、庄蔵、小市たちが、残るか、行くか、改宗するか、何度も選択の場面があり、胸が痛い。死んだやつの方が幸せだ、とか、言わせる世界が辛い。
    光太夫は常に冷静で、ロシアの記録にも余念がない。頼りになるリーダーだったのだなあ。
    そんな光太夫は、ラックスマンが病気になったとき、どれほど心細かっただろう。
    ラックスマンとの別れに際して、父のように敬ったというのは自然に思える。
    ラックスマンには彼なりの狙いがあり、ロシアの国策もあって、漂流民を日本に返してくれたと思うが、ひたすらこの人の尽力によって、帰国が実現したのだから有難い。
    他人の家でも勝手に酒を飲んでいるが、自然にやるので嫌な感じがない、というラックスマンの説明が面白い。

    最後に2人が江戸に戻ってから、ここに書かれているほど、ひどい生活でもなかったことが、最近の研究では明らかになっているらしい。まずはホッとした。
    よく帰ってきた。すごい時代、数奇な運命。
    そして小市、めちゃくちゃ不憫ですよ。

    あと、すごく些細なことですが、帰路にちらっと名前が出る「スタラコマン」という名前、一読では空目してしまう。なんというか、手塚治虫に出てそう感がある。

  • 映画を鑑賞した後に読んだもの。淡々とした筆致で描かれておりながら、光太夫ら漂流民のその時々の思いに自然と想像力を巡らせられるものとなっている。

    光太夫のどこまでも帰国を諦めない気持ちとそれを仲間に言い続けるリーダーシップ、日本にロシアで見たことを伝えるためにロシアを観察しようとする姿勢、若者らの柔軟性とその良さを認めて生かす光太夫、ロシア人・現地人と自然に対等に接し、イルクーツクでは大変な数のロシア人から別れを惜しまれた彼らの人間性、どれもこれも感嘆させられる。

    心が張り裂けそうな思いになったのは、帰国が決まった3人が、庄蔵、新蔵に別れを告げる場面。庄蔵、新蔵も、病気がきっかけでロシア正教に入信してしまったのはやむを得ない面があったと思うが、それも帰国は無理だと思っていたからでもあるだろう。そう思うと、3人の帰国を見送るのは相当辛かったに違いない。また、帰国する3人も同じように辛かっただろう。

    帰国後の光太夫、磯吉に対する処遇は本当に悲しくなる。

    なお、映画は小説からさらに創作されている部分も結構ある(ヤクーツクからイルクーツクへの移動、九右衛門や小市の死亡の経緯など)。

  • 2023/04/06 読了
     流浪する大黒屋光太夫と十数人の仲間たち。まずは漂着した後に次々と亡くなってゆく姿が痛ましい。その後恩人ラクスマンと出会って女帝エカチェリーナに謁見するまでがまことに奇跡的でドラマティックだし、そこまでの光太夫の精神力とリーダーシップにも驚嘆。ようやく帰国となった途上でも仲間を失うことも悲しいが、帰国後に解放されることなく幽閉されて人生を終わったことも哀しい。

  • 壮大な物語

  • 1782年に伊勢を就航した船が漂流しアリューシャン列島に流される。船頭の大黒屋光太夫と16人の船乗りの過酷な運命を迫力のある筆致で追う。特に光太夫がエカチェリーナ2世に謁見する描写も見事で読みながら胸が高鳴った。全編を通じて一行の異国の地を生き抜く聡明さと精神力に感嘆し、運命の過酷さに涙した。時代の制約とはいえ、貴重な異国の見聞を活かせぬばかりか、2人を幽閉する幕府の暗愚さが無念でならない。
    光太夫以前にも不幸にも北方へ漂流した日本人について解説された序章は貴重である。

  • 過酷な環境や絶望を克服し、果ては大国の女帝と謁見まで辿り着く漂流記としての面白さと、夢にまで見た帰国が叶ったにも関わらず、それが幸せだったかは分からないという寂しい余韻が作品を貫いている。仲間が次々に命を落としていく中、生き残った面々ほど、身体の頑健さや適応力や精神力など、生き延びる為に相応しいものを持っていたようで、サバイバル小説の側面も含まれている。一方、滞在した地での特権階級から庶民に至るロシア人達の親切や援助は、未知の人間同士の交流の本質的なハードルの低さを感じもした。

  • 外国における日本語教育史の授業で、鎖国時代に、船が嵐で遭難し黒潮にのってカムチャツカに漂着した人たちが、漁民であろうが商人であろうが、ロシアで日本語教師になったり、辞書を作る仕事をさせられていたと聞いて、にわかに興味が湧き、読み始めた。考えてみれば、交易をするにも戦争をするにも、まずは相手のことを知らなければならず、言葉はその第一歩なのだ。大坂人のデンベエ、薩摩のゴンザとソウザ、東北のサノスケらから少し遅れて、伊勢の白子から出航し台風に流された光太夫一行の、十年に及ぶ放浪の日々。帰国を果たした者も、残った者も、それぞれの運命を受け入れるしかなかったけれど、厳しい自然環境に耐え忍ぶ術を学び、異国の人々の人情にもふれ、めずらしい文物に好奇心を抱き、確かに生きた。

  • 伊勢から江戸に航海するはずが、台風に巻き込まれシベリアの孤島に漂着した大黒屋光太夫。 船員仲間とともに故郷に帰るために奮闘するが、自分の運命を受け止め、今までの常識が通じない土地で如何に生き延びるか考える力強さはすごい。 さらに故郷に帰りそれを広め活かすために、異国(ロシア)に関する情報、知識を貪欲に吸収する姿勢は尊敬の念を抱かずにはいられない。 関連する資料を読み込み、史実に忠実に、ダイナミックな物語に仕上げられていると感じた 井上靖の他作品もぜひ読んでみたい。

  • 昔、緒形拳主演の映画を観て、いつか原作を読みたいと思っていた。

    読めない言葉や漢字などを調べながら読んだので、とても時間がかかってしまったが面白かった。

    はじめて見るオーロラを美しい、ではなく不吉を捉える箇所が印象的だった
    実際にそのあと悲しいことが起きるし…

    エカチェリーナに謁見するところも緊張感があってドキドキした。

    せっかく日本に降り立ったのに、最期まで故郷には帰れなかったなんて…なんとも言えない

  • 「母は強し」という言葉を思う。光太夫は「全員伊勢へ帰す」という使命感に突き動かされ、帰国の許可を得る。
    だが、鎖国政策中の当時の日本には、彼の本当の土産である様々な情報は、極一部の人間にしか理解を得られないどころか、披露することすら許されなかった。
    そして正規の外交を目指したロシアは、幕末の開国にあたって遅れをとってしまった。
    もっとも、ここでロシアと交易が確立していたら、今頃北海道はロシア領になっていたかもね。

    2019年5月歌舞伎座夜の部 三谷歌舞伎「月光露針路(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」

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著者プロフィール

井上 靖 (1907~1991)
北海道旭川生まれ。京都帝国大学を卒業後、大阪毎日新聞社に入社。1949(昭和24)年、小説『闘牛』で第22回芥川賞受賞、文壇へは1950(昭和25)年43歳デビュー。1951年に退社して以降、「天平の甍」で芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」で日本文学大賞(1969年)、「孔子」で野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章。現代小説、歴史小説、随筆、紀行、詩集など、創作は多岐に及び、次々と名作を産み出す。1971(昭和46)年から、約1年間にわたり、朝日新聞紙面上で連載された『星と祭』の舞台となった滋賀県湖北地域には、連載終了後も度々訪れ、仏像を守る人たちと交流を深めた。長浜市立高月図書館には「井上靖記念室」が設けられ、今も多くの人が訪れている。

「2019年 『星と祭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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