- Amazon.co.jp ・本 (198ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167912246
作品紹介・あらすじ
あのころ知りあいのだれもがなにかしらのウソをついて暮らしていた――長く潜伏したあとでひょっこり姿をあらわした、良く似た姉妹による巧妙なウソ。郵便受けに届いた1枚の葉書が呼び起こした、弟との30年前の秘密。「語りとは騙りのことである」とうそぶく読書会の主宰者。賢治の童話やフランドル派の絵画に秘められた寓意。そして、記憶を失った青年たちと、自らの物語に生きる老婦人たち――。消えゆく記憶の彼方、不在の人物の輪郭から、おぼろげに浮かび上がる6つの物語。解説・東直子
感想・レビュー・書評
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文庫にて再読。
どの短編も、はっとさせられたり最初の印象が変わったり。巧みに誘導されているのか、私の思い込みのせいか。
そういうのが特に強調されもせず流れるように差し出されるから、参ってしまう。
もしかしたら、ぐらいに曖昧なところもいい。
「ポンペイのとなり」
人の秘密に触れて、あっと思っている間に置いて行かれたような感じ。
気になることが色々あるのにここで手を離されて、なのに不満じゃないのだ。
「ノヴァスコシアの雲」
老婦人の話は妄言なのかそれとも。
猫だったらと想像したら、なんとも可愛らしい。
「伊皿子の犬とパンと種」
記憶喪失の男の人物像が掴めない。
いくら外観を突き止めても、その人の本当なんて分からないし、それで何の問題もない気もする。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
家族の関係性をテーマにした短編集。
親子だと思っていたら姉妹だったり、姉妹だと思っていたら従姉妹だったり…。
テーマのある短編集って、そのテーマが広ければ面白いけど、狭いと物語のパターンが出来ちゃってその中でどれだけ読者が差異を見出せるかみたいなことになりがちな気がする。
わたしはちょっと飽きてしまった。 -
今回はウソがテーマの短編集。ウソはウソでも、人をひどく傷つけるようなものではなく、アッと思わせるような無邪気なウソなのが可愛らしい。しかしテーマが読者をだますようにできているので、集中して読まなければ最後のネタばらしについていけない。読みながら登場人物の相関図でも書きたくなるような複雑さである。
またいつもながら、長野さんの文章は美しい。特に情景描写がきめ細やかで、想像が膨らむ。会話も軽快で洒落がきいていて、口に出して読みたいくらいだ。「シャンゼリゼで」のモモコの長い語りも苦にならないし、でまかせで話しているとわかっていても信じてしまうほどの説得力がある。
お気に入りは「ノヴァスコシアの雲」で、最後におばあさんのウソに気づいた瞬間は思わず「あっ!」と声をあげてしまった。主人公の賢治と一緒にだまされながらも、最後のネタばらしを受けて笑いがこみ上げてくる。私は宮沢賢治の作品を読んだことがないが、きっとこの短編に登場する本を知っていればより面白かったのではないかと思う。 -
長野まゆみ短編集。
マリヒコとユリヒコのお話しが面白い。
悪意のない悪意みたいなものが 霧や靄のように漂ってます。 -
物語がはじまり、すすみ、おわる という体験がぶち壊される画期的な作品。こういうものがあってもいいかもっていう発想はどこからくるの?!
ジャケ買いしたらとんでもないものに出会えました -
あちらこちらにふっと飛ばされるような、惑わされるような不思議な短編。
どれも独特な魅力に満ちている。 -
とにかく不思議な不思議な短編集。
「ウソ」をテーマに書かれた6作品。
しっかり読んでいないとどこからどこまでがウソなのか、はたまた存在自体がウソなのか、全部ウソなのかわからなくなる不思議な長野ワールド。
ラストの話で「?」が残ってしまった。
だれか解説してほしい。