カレーソーセージをめぐるレーナの物語 (Modern&Classic)
- 河出書房新社 (2005年6月10日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309204390
感想・レビュー・書評
-
表題にちょっぴり不安を覚えながら手にした本だったけれど、読み始めてみると一気に引きこまれた。最後まで緩むことなく素晴らしい仕上がりになっている。『ぼくの兄の場合』でも有名なウーヴェ・ティム(ドイツ・1940~)の作品で、「僕」と一緒にカレーソーセージをほおばりながら旅をしてみるのはいかがだろう。
***
ハンブルクの場末の小さな屋台。そこで作るレーナのカレーソーセージに首ったけだった少年はいつしか大人になり、ひょんなことから彼女と再会して話を聴くことに。1945年4月、世界大戦末期のハンブルクに暮らしていたレーナは、ある日軍隊から逃げてきた一人の若い水兵をかくまう。みつかれば処刑されてしまう危うい日々がはじまる。
食べものにも事欠く混乱の時代、貧しいながら唯一の楽しみだった食をとおして語られる物語。もはや手に入らない懐かしいコーヒーの香りがするというどんぐりコーヒーやカニの風味がするというスープ、ひそかに人々が集うヤミ市は玉石混交のカオス。紙くず同然の紙幣に取って代わったのは酒やたばこ、油やバター。きっとあのマルクスさえ真っ青になるほどしたたかな物々交換経済が、まことにリアルに活写されているのだ。
「なにもかもが不足してきて材料がほとんど手に入らないせいで、ほかの誰もが料理する気をなくしたころになってはじめて、彼女は料理をしたいと思ったのだった。手に入るほんの少しの材料をやりくりするのが楽しかった。彼女は味の模倣に挑戦した。……少ない材料から豊かなものを生みだすの、と彼女は言った、記憶で料理するのよ、と。……彼女はこの欠けている味を描写するべき言葉を探した。それは記憶の味だった」
「僕」のカレーソーセージの探求は、いつのまにか戦中戦後を生きる人々の喜怒哀楽の歴史になり、男女の切ない想いが交錯する。レーナというキャラクターのなんと多彩で可愛らしいこと、しなやかで、ふてぶてしくて、折々の女性心理の描写はひどく繊細ですばらしい。さらに若いころのレーナと年を重ねたレーナ……時の経過にさらされ人間味を増していく彼女も見どころだ。すぐれた作家は、男女の性別を超えてあらゆるキャラクターを自由に立ち上げることができ、それを変幻自在に操るのだろう。
回想形式をとりながら、時空を超えて次々に人称がかわっていく、それも流れるように巧みに。まるで映画を観ているようにドラマティックだ。とはいえ作者ティムの作品の味つけは決して濃くはない。どちらかと言えばかなり薄味だと思う。だから読み手はぱくぱく貪欲に食べたくなってしまうのかもしれない。気づけばお腹もいっぱい、幸せ。
じつは先日はじめてこの作者ウーヴェ・ティムと出会った。彼の書いたオートフィクション(自伝のようなフィクション)となる『ぼくの兄の場合』の素敵なレビューを目にしたのがきっかけだった。余韻の漂う不思議な作品で、「僕」の父と兄を巡りながら自己探求していく。アメリカの作家ポール・オースターにちょっと似ていてなんだか嬉しい。
いやはや~星の数ほどある本のなかから、偶然このような出会いや繋がりがあるのだから、やはり何ものにも代えがたい、つくづくブクログやレビュアーさんに感謝している。そしてこれを読んでいるうちに、本場の熱々カレーソーセージが食べたくなった♪(2022.11.08) -
大戦末期のハンブルグ。未亡人レーナは、脱走兵ブレーナーを自宅にかくまう。見つかったら銃殺刑、人目を忍ぶ緊張の日々が物語の冒頭に描かれるが、ハンブルグが降伏した時にはレーナの恋情に火がついていた。かくしてレーナは、戦争が終わったことを隠し続ける...。
ドイツのソウルフードである「カレーソーセージ」のルーツに興味を持った主人公が、屋台第一号を開いたレーナに発明のエピソードを尋ねる。その聞き書きが本書。であるがレーナの話は一向にカレーソーセージにつながらず、戦前戦後のブレーナーとの物語を延々と語り続ける。前半から中盤にかけてもどかしいのだが、終盤の展開は鮮やか。それこそ一流料理人によって手際よくフライパンのなかで転がされたような気持ち。
ひょんな偶然と、運命的なめぐりあわせによって誕生した偶然の逸品「カレーソーセージ」が出来上がる場面は、ドラマに満ちており、ドイツの悲劇をも語っている。そして何よりおいしそう!
小品ですが、素晴らしい小説です。エンディングも記憶に残る印象的なものでした。 -
主な語り手である彼と同様、ドイツで庶民の味として人気があるらしいカレーソーセージを最初に作ったのはだれか?に、興味津々ながらも、第二次世界大戦終了間近のドイツの、知り得もしなかった市民の暮らしや、もちろん、彼女の物語に惹きこまれる。
さり気なく語り手が代わるのだけど、あまりの自然さに気付いたときに驚かされる。
「偶然」とはなんだろうか。
この本を手に取ったのも偶然なのだけど。 -
カレーソーセージが食べたくて、読んだあとはしばらくソーセージの事ばかり考えていました。
-
文学
-
レーナ・ブリュッカー夫人の人柄
どんな状況も笑いに変えること、
自分自身を笑い飛ばすこと。
カレーは憂鬱を吹き飛ばす神様の食べ物
終戦まぎわのドイツ
語られない一ヶ月の生活、愛情。
隣人愛。一人一人の歴史。
したたかに生き抜いていくこと。
ユーモア。 -
2015年7月26日に開催されたビブリオバトルinいこまで発表された本です。テーマは「カレー」。チャンプ本!
-
淡々とした書きぶりで読みやすく、終戦間近の人々の暮らしぶりが丁寧に紡がれている。 親子ほども歳の離れた兵士を匿い深い仲になるが、戦争終結を告げられず悩む主人公レーナの強かで現実的な在り方がまるで本当の事のように感じられた。
-
第二次世界大戦中に脱走兵を匿い僅かな期間を一緒に暮らしたレーナがカレーソーセージを『発明』するまでの話を主人公に語って聞かせる話。素朴で、貧しげで、それでも何やら美味しそうな食べ物に関する挿話が興味深かった。
-
カレーソーセージというのはドイツではよくある庶民的な屋台料理だそうです。
ソーセージをいくつかに切って炒め、ケチャップにカレー粉を混ぜて絡めたもの。
ブリュッカー夫人が作るシーンでは本当に美味しそう!
語り手が子供の頃、伯母と同じアパートに住んでいたレーナ・ブリュッカー。吹きさらしの屋台で手際よく作ってくれたカレーソーセージの味が忘れられず、老人ホームまで話を聞きに行きます。
事の起こりは第二次大戦末期、ハンブルク。
子供達も巣立ち、夫が出征したまま他の女性に走ったため、一人暮らしだったレーナは空襲の夜に出会った若い海軍兵曹ブレーマーが死地に赴くと知ってアパートに案内し、そのまま匿って同棲生活を始めます。
物のない時代に、工夫を凝らして蟹スープなどのご馳走に似せた料理をふるまうレーナ。
従軍した体験やカレーを初めて食べた思い出を語るブレーマー。
脱走兵は捕まれば銃殺なので、隠れているしかなくなったものの、まもなく連合軍が上陸。しかし、レーナは彼を引き留めたくて、それを言えない。
実は彼にも秘密があり…
複雑な状況がすんなりこちらの胸に飛び込んでくる書き方でテンポ良く読ませ、文句なしに充実した時間を過ごせました。
何よりも、たくましいおかみさんのレーナが魅力的。戦後の物々交換を上手くやってのけるあたりの展開も生き生きと描かれていて、すごく面白いのです。そして、思いがけない偶然から生まれるカレーソーセージ!
既に敗色の濃い時期にナチスへの密告をする近所の人もいる一方で、反骨精神のあるコックの行動なども傑作。
特殊な状況下でのはかない恋も納得のいく展開で、結末にほのぼのとした感慨を残す、味わい深い物語です。
-
カレーソーセージというファストフード誕生を巡る一人の女性の悲恋の物語。食べ物が人間に与える幸福と苦悩が、敗色濃いナチス・ドイツで脱走兵をかくまいつつ、不器用だがしたたかに日常を生きるレーナの人生と共に語られる。
-
カレーソーセージという一つの料理の歴史が、ドイツ人女性レーナの口から語られる。
しかしなかなかカレーソーセージの発明秘話には行き着かない。彼女と若い脱走兵との出会いから物語は淡々とすすむ。
特に期待していなかったのに、とても感動する結末。おすすめの一冊。 -
北ドイツの方で、よく食べられている「カレーソーセージ」がどうやって生まれたかと、自称「カレーソーセージ」を発明した女性レーナの話を聞き書きしたもの、というスタイルの小説です。
終戦間近のハンブルク。そこに暮らしていた、一人暮らしの中年女性レーナが、若い水兵をかくまうことから話が始まります。えー、全然カレーソーセージ関係ないじゃんという話の始まりから、進んでいく物語。終戦後のドイツ、という暗い時代でも、物語に暗さがないのは、レーナのたくましさがあるからかな。話に引き込まれるんですが、常に「カレーソーセージはいつ出てくるんだ」と頭の片隅に気になります。焦らされ系ね。食べ物の美味しそうな小説は、好きです。読んだ後に、その食べ物が食べたくなるようなやつね。 -
カレーソーセージというファストフード誕生を巡る一人の女性の悲恋の物語。食べ物が人間に
与える幸福と苦悩が、敗色濃いナチス・ドイツで脱走兵をかくまいつつ、不器用だがしたたかに
日常を生きるレーナの人生と共に語られる -
小説の形式の妙、ディティールの描き方、主人公の濃さ、のめりこんで読んだ一品。主人公が、とにかく魅力的なんだ。
ある意味、料理は発明でもあるのでしょうね。
ほとんど私の場合は失敗に終わりますが。
アテナイエさんもルーは市...
ある意味、料理は発明でもあるのでしょうね。
ほとんど私の場合は失敗に終わりますが。
アテナイエさんもルーは市販のものを使われることが多いのですね、安心しました 笑
本棚の本を猫ちゃんと想像することにしました。もうめちゃくちゃ可愛い猫ちゃんたち、ずっと寝てていいよ~笑