パワー (西のはての年代記 3)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (477ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309204970

感想・レビュー・書評

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    川を渡る場面が印象的だった記憶があった。“鎖が切れた”つらい経験をして乗りこえるためには想像を絶する苦しみがあるけれど、復讐(攻撃)は必要ない。

  • 『ゲド戦記』のル=グウィンが、新たな構想の下に書き下ろした「西のはての年代記」三部作。『パワー』はその完結編にあたる。第一部『ギフト』の主人公オレックは、今では有名な詩人として知られるようになっている。第三部は、表紙裏の地図によれば『ギフト』の舞台となっていたスコットランドを思わせる高地地方と『ヴォイス』の舞台であった海峡に面した都市アンサルに挿まれた中央部の都市国家群を舞台にしている。

    当時、都市国家群では群小国家が覇を競い合い、戦争に明け暮れていた。戦時下では人手はいくらあっても足りない。足りない分を補うため、奴隷狩りが横行する一方で、自由を求めて逃亡する奴隷も後を絶たなかった。そうした逃亡奴隷たちの中には森の中に自分たちだけの都市を持つものまでいた。

    主人公のガヴは水郷地帯生まれだが、幼い頃、姉とともに奴隷狩りに遭い、今では都市国家エトナの元老院議員の館で奴隷として暮らしている。ローマ風の政治体制を持つエトナでは、奴隷も教育を受けることができる。人並み外れた記憶力を持つガヴは教師の手伝いができるほどの優等生だが、それを妬ましく思う一部の者からは執拗ないじめを受けていた。

    この物語も他の多くの物と同じで、特別な力を持つ不遇な少年が、諸国を彷徨い様々な出来事を経て成長し、自分の居場所を見つけるところまでを描いた物語と一応は括ることができるだろう。しかし、主人公が自分の持つ特別な力で、次々と押し寄せる敵を倒し難問を解決していくという約束通りのストーリー展開を期待すると裏切られる。なにしろ作者があのル=グウィンである。『ゲド戦記』全巻を読み通した人にはお分かりのはず。

    少年は二種類の力を持っている。それは「見たり聞いたりしたことを鮮明に思い出すこと」と「ときどき、これから見たり聞いたりすることを<思い出す>こと」ができる力である。一つ目の力は覚えた詩や物語を朗誦することに使え、聴衆を楽しませることができる。二つ目の力の方は、見たことや聞いたことがいつ起きるのか分からないので、それらを正しく読む力を持つ者の助けがなければ何の役にも立たない。

    主人公の少年が他の物語のように大活躍できないのは、少年が持つ力が価値あるものとして遇されない世界にいるからだ。ファンタジーであれ、現実であれ、多くの世界は男性を中心に動いている。その点では、都市国家エトナも逃亡奴隷たちが共同生活を営む森の都市も同じだ。女は家事労働や男に(性的な)奉仕をする役割しか担わされていない。男村と女村に分かれ、ジェンダーによってするべき仕事も分かれている水郷地帯であっても、幻(ビジョン)を「見る力」は男のもので、女の見る幻(ビジョン)はたわごと扱いをされている。「詩を作るより田を作れ」という言葉がある。物語を語ったり、詩を朗唱したりする力は、男性中心主義の世界では、武器を操ったり、獲物を狩ったりする力と比べると一段低い能力と見なされることが多い。

    しかし、主人公がそれまで当然のこととして受容していた世界に疑問を感じ始めるのは、オレックたちが書いた本を読んだからである。自分がいる世界を客観視するためには他者の視点が必要だ。「本」は持ち運びが可能な他者なのだ。文字のない世界や、本のない世界では詩や物語を語ることのできる人は「本」の代わり。主人公の少年は「本」の寓意である。「本」は戦わない。「本」は獲物を捕ることもなければ耕作もしない。では、「本」はほんとうに価値のないものなのか、という問いかけが三部作全編を通じて繰り返されている。

    もちろん、「本」は素晴らしいものだ。その価値を知る世界では「本」は正当に遇される。それが、正当に遇されないのは、誰かがそうさせないからだ。少年の教師は「新しい」本を読むことを少年に禁じている。逃亡奴隷たちの首領は森の都市に学校を作ろうという主人公に同意しない。権威や権力を持つものは自分以外のものが見識を持つことを喜ばない。「知」の持つ力を恐れるからこそ、それを女、子どもが喜ぶものように言いなすことで、男をそこから遠ざけようとするのだ。

    オレックと同じように、ガヴも「見たり聞いたりしたことを鮮明に思い出すこと」のできる力を母親からもらっている。「ギフト」は男と女をつなぐものだ。男と女が別々に暮らすのではなく、どちらか一方が服従するのでもない、互いに相補いあうことができるなら、今よりもっと豊かな実り多い暮らしが営まれるはず。そんなメッセージが「西のはての年代記」全編から響いてくる。その実現を言祝ぐかのように、祝祭的な明るさに満ちた終幕はオレックとその妻グライ、『ヴォイス』の主人公メマー、それにもちろんハーフ・ライオンのシタール(大好き!)も登場する。作者ル=グウィンの想いが本の外へ溢れ出してくるような力作である。

  • 3巻を読みようやく、「西のはての年代記」が力を授かった子どもたちの物語だけではなく、詩句や歴史、抑圧から自由を獲得する物語なのだと理解した。ル=グウィンの作品が信頼できるのは、登場人物が作者の分身ではなく、育った環境に影響を受けたひとりの人間だからだ。私たちは小さなころ無条件に親を信じていたけれど、しだいにそれは間違っていたと気づく。主人公が性に未熟な男の子だったおかげでこの話のつらさが多少は緩んだ。権利を主張できない女をどんな悲劇が襲うか、彼女の筆は容赦ない。つらい物語だけれど終わって欲しくなかった。

  • 前2作と変わりない世界観だが、本作を読むと前2作が準備段階だったことがわかる。本作の主人公ガヴのギフト(能力)は予言とか予知、それと記憶能力の2つ。同じ単語が種族によって違う意味で使われていることとか、ギフトを持っていても使う人で意味が変わるとか、設定が大変示唆的。タイトルのPowersのメインシームはスレイバリー(Slavery)とパワーであることは明白だが、経済力、政治力、軍事力、肉体物質的な力、信じる力、裏切りの力、カリスマの力。1巻のGifts(特殊能力)、Voices(声の力、伝える力)とと合わせて、非常に意味のある力。ラストにオレック、グライ、シタール、それに大人になって美女になったメムーが登場する。この先が読みたいとも思うが、いいラストではある。

  • ゲド戦記のファンです。

    西のはての年代記は話はゲド戦記とは関係ありませんが、内容・雰囲気はゲド戦記の後半と近いです。

    淡々とした語り口、自由への望み、人間の悪意、女性への蔑みと尊敬・・・

    この本も何度も読み返して、その良さが深まっていく予感です。

  • 自由。自分の生きてきた中でしか人はものを考えられない。今の生き方が正しいのか、間違っているのか、人はたくさんの経験をすることで自分のあり方を考えることができる。自身の経験もあり、人から聞いて学びこともあり、本を読むことによって学ぶこともできる。ガウィアとともに旅して、そんなことを考えました。

  • 奴隷とはいえ教育を受け、優秀ゆえに将来も保証され、親身に面倒を見てくれる屋敷の主人を信頼していた少年ガヴィアは、姉の悲惨な死によって初めて自分のおかれた立場が虐げられたものであるか知り絶望の中屋敷を逃げ出します。放浪の末に悩み苦しみながら自分の生きる場所を得る主人公に共感できました。『ゲド戦記』にも垣間見えた著者のフェミニズムが今作にも現れている気がします。皆が自由であるはずの理想郷ですら、慰み者として生きるしかない女性達や「ギフト・ガール」という名の性の奴隷としての姉の人生など。自由に生きる立場でこそおかしい、と思えることも、それが当たり前と思って生きている人たちがいまだ世界各地にいることを思うとつらいです。

  • まさか三部作とは…もっと長いシリーズになるものとばかり
    超超名作なのはもちろんだけど、オレックの登場がまたしても(笑)
    また続編書いて欲しいなぁ

    奴隷の少年 沼地の人々

  • 三部作の完結編ということです。
    奴隷として育った少年ガヴの運命の転変を丁寧に描いて、何とも読み応えのある書きっぷり。
    西のはての都市国家エトラ。
    水郷の民から幼いときにさらわれて、アルカマンドという裕福な一家の奴隷となった姉のサロと弟のガヴィア。
    家族的なあたたかい暮らしの中で教育も受け、奴隷制には疑問を持たずに暮らしていましたが、幻を見る力があることだけはひた隠しに。
    戦争の時期の奴隷の扱いに悩み始めます。一家の長男ヤヴンのギフトガールとなった姉も幸せそうだったのですが、理不尽な急死。ガヴは衝撃を受けて、館を出奔。
    森での自由民の暮らしに加わり、学問のある若者として期待されますが、そこでも中心人物のバーナと問題が起きて、出身地の水郷の里へ。
    親族を見いだしますが、おばの幻視で追っ手がかかっていることを知り、また出て行くことに。
    森で再会した少女メルを連れての逃避行のはて、奴隷のいない国ウルディーレへ。
    一作目の切なさや、二作目のダイナミックさを兼ね備えて、人生と世界を感じさせます。
    2007年の作品、2008年8月、翻訳発行。

  • 主人公・踏みつけにされる弱い者たちのひりひりするような辛さがこれでもかと展開されます。

    オチに意外性はありませんが、最後に主人公のいられる場所がやっと見つかって、やっとほっとして本を閉じられました。

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