信仰が人を殺すとき 下 (河出文庫 ク 10-2)

  • 河出書房新社
3.64
  • (3)
  • (3)
  • (3)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 87
感想 : 7
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309463971

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 中学時代から世界史が好きであった僕にとって、世界史を学ぶ中で最初に感じた疑問は宗教の存在であった。僕自身は特定の宗教を信仰していないし、どちらかと言えば宗教に対しては批判的である。しかし、宗教の何に自分が嫌悪感を感じるのかは正直曖昧であり、明確に言語化できていないもどかしさがあった。そんな自分にとって、本書のラストの一文を読んだとき、「そうか、この曖昧さはこういうことだったのか」という大いなる気づきを得た。それはこういう一文である。

    ”「信仰生活をつづけている人々はーこのコロラド・シティに暮らしている人々は、たぶん、ほかの土地の住民たちよりも、全体的に見ると、幸せだろうと思います」
    彼は赤い砂を見つめ、顔をしかめて、片方の靴のつま先で石をそっと突いた。
    「だが、人生には、幸せよりも大事なことがあります。たとえば、自分で自由にものを考えることです」”
    (本書下巻p244より引用)

    ============
    本書は1984年、アメリカ合衆国ユタ州の惨劇から始まる。24歳の女性とまだ幼い娘が2人の男により惨殺されるという事件。犯人は被害者の夫の兄弟であり、神からの殺せという命令に沿っただけであると主張する。

    極めて不可解なこの事件であるが、犯人の2人は末日聖徒イエス・キリスト教会、いわゆるモルモン教の原理主義を信奉していた。著者のジョン・クラウワーはこの事実から、モルモン教がユタ州(特に聖都としてのソルトレイクシティ)を中心にどのように発展し、その過程で原理主義が生まれた歴史的背景を丹念に描きだす。

    特筆すべきは、モルモン教が当初の教義にあった一夫多妻制を、州・合衆国政府からの強い批判に合うことで、教義から捨て去り、世俗化を図ろうとする点にある。ここが大きなポイントであるのは、ここにモルモン教原理主義が生まれた原因があるからである。つまり、原理主義者らは、一夫多妻制は重要な教義であるとして、自らを正当派として位置づけ、徐々に様々な分派の派生が進んでいくからである。

    驚くことに、一夫多妻制は未だに原理主義者らの中で生き延びており、さらにそこでは10代半ばにすぎない少女が洗脳され、暴力的なレイプ被害に合うケースすらあることをジョン・クラウワーは暴きだす。

    しかしながら暴力的なのは、何も原理主義者だけではない。主流派の側も、数十人もの非モルモン教徒を虐殺し、その罪をアメリカ先住民になすりつけるなど、そのむごたらしさでは五十歩百歩であるからである。

    ============

    自分の頭で考えられなくなる代わりに得られる幸福が価値を持つか、それはその人次第であるが、少なくとも僕にとっては、全く価値を持たないということは、本書を読んで自分の中で明確になった。この明確化は自分にとって大きな価値を持つ気がしている。

  • モルモン教原理主義は思っていたより大きくて、不穏だった。
    ソルトレークオリンピックのときはまったく知らなかったけれど、ユタ州に対する考えが変わる。今は原理主義でないモルモン教のほうがメジャーだとしても、正直、できるなら行きたくない。
    日本人だったら嫌でもオウムと重ねてしまうはず。アメリカなら911か。
    何をやっても「神が命じたから」ですめば罪の意識はなくてすむ。

    一夫多妻は男にはいいのだろうけれど、女たちは苦しんだはず。信仰の中でどうやって折り合いをつけたんだろう。心を殺して従ったんだろうか。

  • [ 内容 ]
    <上>
    「彼らを殺せ」と神が命じた―信仰とはなにか?
    真理とはなにか?一九八四年七月、米ユタ州のアメリカン・フォークで二十四歳の女性とその幼い娘が惨殺された。
    犯人は女性の義兄、ロナルド・ラファティとダン・ラファティであった。
    事件の背景にひそむのは宗教の闇。
    圧巻の傑作ノンフィクション、ついに文庫化!

    <下>
    弟の妻とその幼い娘を殺害したラファティ兄弟は、熱心なモルモン教信徒であった。
    著者はひとつの殺人事件を通して、その背景であるモルモン教とアメリカ社会の歴史を、綿密かつドラマチックにひもといてゆく。
    人間の普遍的感情である信仰、さらには真理や正義の問題を次々突きつけてくる刺激的傑作。

    [ 目次 ]
    <上>
    第1部(聖徒たちの都市;ショート・クリーク;バウンティフル;エリザベスとルビー;第二の大覚醒;クモラの丘;静かなる細き声;調停者)
    第2部(ホーンズ・ミル;ノーヴー;教義;カーシッジ;ラファティの男たち;ブレンダ;力のある強い者;殺害

    <下>
    第3部(退去;水では役に立ちそうもないから;スケープゴート;神の御旗のもとに)
    第4部(福音主義;リーノ;プロヴォの裁判;大いなる恐ろしい日;アメリカの宗教;ケイナン山)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • アルコール禁止、おとなしく平和主義だと思っていたモルモン教徒が、こういう側面も持っていたとは‼︎宗教は恐ろしい。

  • モルモン教の初期から現代の原理主義者まで、そして1984年の殺人事件について追う興味深いドキュメンタリーです。
    日本人の私から見ると、なんでこんな新興宗教がはびこってるんだろう…と思いますが、基本はキリスト教を踏襲してるので、キリスト教国であるアメリカ人には入りやすいのかも。それと宗教の舞台がアメリカなんで、アメリカ人にも馴染みやすいのかもしれません。端から聞くとめちゃくちゃな話ではありますけど…。
    最後の方では、宗教を信じること、それ自体はどんな宗教でも変わりないし、各コミュニティによって「常識」は違う。どんなに変わった「宗教」であっても、殺人や暴力まで発展するとは限らない。モルモン教にとんでもない教義があったとしても、ではキリスト教や仏教、イスラム教は論理的なのか?というとそういうわけではない…
    宗教って、一体何なんだろうな?と基本的無神論者の自分は不思議に思いました。そこまでなぜ宗教にはまれるのだろう?と。
    本書の最後に、モルモン教であったが棄教してしまった人の話がすごく良かったです、宗教を信じていれば、それは幸せなことではある、考えることがシンプルになるからだ、と。何か不安なことがあっても、神様が判断してくれるから。
    しかし「人生には幸せより大事なことがあるます。たとえば、自分で自由にものを考えることです」
    この言葉でこの本は終わっています。

  • 「神」の御名のもと、弟の妻とその幼い娘を殺した熱心な信徒、ラファティ兄弟。その背景のモルモン教原理主義をとおし、人間の普遍的感情である信仰の問題をドラマチックに描く傑作。解説=桐野夏生。

  • 下巻。
    上巻と同じように、殺人事件を軸にしているが、モルモン教の歴史や他の原理主義グループについても語られる。
    時系列がバラバラなので混乱してしまうようにも思えるが、実際はそんなことはない。訳者あとがきや桐野夏生の解説にもあるように、モルモン教の重要なポイントである『一夫多妻』(後に破棄される。このことも本文中で語られる)と『神の啓示』が共通点としてしっかりしているからだろう。
    『作者の言葉』に書かれた『この本を書こうと思ったきっかけ』も面白い。成立から現在に至るまでの歴史が克明に記録されている宗教は、確かに、なかなかあるものではない。

全7件中 1 - 7件を表示

著者プロフィール

1954年生まれ。ジャーナリスト、作家、登山家。
当事者のひとりとして96年のエベレスト大量遭難事件を描いた『空へ』(1997年/日本語版1997年、文藝春秋、2013年、ヤマケイ文庫)、ショーン・ペン監督により映画化された『荒野へ』(1996年/日本語版1997年、集英社、2007年、集英社文庫。2007年映画化、邦題『イントゥ・ザ・ワイルド』)など、山や過酷な自然環境を舞台に自らの体験を織り交ぜた作品を発表していたが、2003年の『信仰が人を殺すとき』(日本語版2005年、河出書房新社、2014年、河出文庫)以降は、宗教や戦争など幅広いテーマを取り上げている。

「2016年 『ミズーラ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ジョン・クラカワーの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×