アブサロム、アブサロム! (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-9)
- 河出書房新社 (2008年7月11日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309709499
感想・レビュー・書評
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恥ずかしながら初フォークナー。どれを読むべきかわからずテキトーに取ったんだが、フォークナーの長編は彼の作った架空の群の架空の町が舞台となっているということでこれ一冊では終われない感じだ。
複数の人物の独白から形作られるトマス・サトペンという人物を通して、南部の歴史や一族の因習が浮かび上がる。
初めに語り始めるのは、サトペンの妻エレンの妹のローザで、サトペンを悪魔と憎みながらも、寄る辺ない田舎娘の憧れと執着を覗かせる。
ローズが語る相手はクエンティン・コンプソン。祖父がサトペンと交流があった大学生。
話の構造はなかなか入り組んでいて、ローザがクエンティンに話したことと、クエンティンの父がクエンティンの祖父から聞いたことをクエンティンに話し、さらにクエンティンは学友シュリーブに話しながら分析する、という感じ。
複数の人物がそれぞれの目線から語るので、起きた事件が先に語られ(誰かの死とか)、その詳細が後で語られ、そのさらに後でその人物たちの心情を考えていく、という仕立てはミステリーっぽくもある。
題名や登場人物の名前はギリシア古典や旧約聖書から来ていて、悲劇を予想させるものだが、登場人物像やそれぞれの執着したものがはっきりしていて、それが崩壊するさまが激しくも滑稽でもある。 -
去年読んだ『八月の光』に続き、二作目のフォークナー。この本もまたあらすじだけでは到底味わえない凄みを持っていて、いや〜すごい読書体験をしてしまった。
中心はトマス・サトペンという男。義妹(のち妻)や他の語り手に食人鬼だの悪魔だのとボロクソに言われ、血も涙もない男のように語られるが、私がこの物語の中で一番行動原理がはっきりしていて実在に近いと感じた人間はこのトマス・サトペンだ。世継ぎの男の子にこだわるところとか、昔の日本にもこういう父親いっぱいいたよね。悪事に手を染めるのはいかんけれども、反骨精神というか、自分の力で成り上がってやるぜ!という気概は買いだと思う。
それに比べて女たちのなんと空想的というかフワフワしたつかみどころのないことか。『八月の光』のリーナも、一体なんでそんなに逞しいのよ、とその逞しさの源がいまいちよくわからなくて不気味だったのだけど、この『アブサロム!アブサロム!』に登場する女性たちもたいそう個性的な方々で…。エレンもローザもジューディスも、透き通った幽霊のようで、でもこの時代のこの社会では女性の生き方なんてほとんど決められていて、その中で彼女らが何をどう考えていたところで、世界を動かせるはずもなく…。女性目線で読むと途方も無い無力感を味合わされる作品。しかし、サトペンもまた自分の理想を実現できなかったのだからある意味女たちの復讐は成ったと言えるのかも。
最初のローザの語りが執念深く偏見に満ち満ちていてこれを読むのが一苦労だったが、後半はわりとスラスラ読めた。クウェンティンがまた気になる存在なので、『響きと怒り』も読みたい。-
こんばんは(^_^)
>最初のローザの語りが執念深く偏見に満ち満ちていて
ローザは今でいうと「喪女拗らせた」「オタク拗らせた」な...こんばんは(^_^)
>最初のローザの語りが執念深く偏見に満ち満ちていて
ローザは今でいうと「喪女拗らせた」「オタク拗らせた」な感じがしてしまう(笑)
あの男嫌い!でもちょっと素敵で姉さん羨ましい!でもやっぱり嫌い!嫌い過ぎてあの家で何が起こってるか分かっちゃの!って(笑)
よその家の作物盗んで生き延びて平気でいられるのは、そういう場所で時代だったんだろうなと。2017/10/11
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100年の間閉ざされていた部屋の湿度と匂いが感じられる。
まずおかしいのが「カッコ、が終わらないんです。
」が出てこない。「なんたらかんたら「なんたらかんたら、と永遠に話が続く。芥川の「藪の中」と同じで全て誰かの視点から語られているから何が真実かわからない。何重ものレイヤーで思い出が浮かび上がり、そのシーンが近づいたり遠のいたりする。匂いを感じる文体。そして土の感触。血の強さ。蜃気楼。
書いている時点で話に含まれている人が全員死んでいる。というもの絶対におかしい。
ベラスケスの「ラス・メニーナス」に対峙している時と同じ感覚になる。
こちらが入っていける空間になっている。でも入っていった世界はほんとは全員死んでる。こっちが物語を見ているはずが作者がこちらを見ている。永遠ループ。 -
こりゃまたビッシリ独白が続いたもんだ。凄くシンプルな事実を、遠巻きながらに延々と語られるグッタリ感たるや、まるで諸行無常の響きのようでありました。読んだなあという手ごたえ感たっぷりでした。
ところで、冒頭の文章でこの本は9月のまだ暑い時期に読むべきだと思って読み始めたけど、読み終わった今となっては冬の時期に読んだほうがよかったかも。次に読むときは冬、そう覚えておこう。 -
聖書のダビデ王の子息のエピソードにちなんだ話である。トマス・サトペンという男(ダビデの立場)の生き様を縦糸にとりながら、宿命を避けようとした男がより大きな宿命の渦に取り込まれる様を描いた。
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荘園主・サトペンは極貧から身を起してハイチで頭角を現し、最後に南部はジェファソンの町に住み着いて一代で財をなす。サトペンが自分のアイデンティティ(=極貧のなりあがり)を変えようと白人農園主(だったと思う)の娘と結婚したときから、破滅への序曲が始まる。息子が白人の純正な血をついでいないこと(妻が白人に見えて実は混血だったので、サトペンが築き上げた王国の後継者が黒人に!)を知ったサトペンはハイチの妻子を捨てて南部で新しい妻を迎えるが、その妻が産んだ娘は先妻の息子(異母兄弟)と惹かれあう…。近親相姦、ジェンダー、人種、南部。さまざまなファクターを縦横無尽に絡ませた、サトペン王国の興亡の物語。
天才とはフォークナーのような人間にささげられる言葉で、今は過剰に使われてインフレを起している。小説によって人生が180度変わることはないが、人生観が180度変わることはある。そのような体験ができる、数少ない世界文学のひとつ。 -
2201219*読了
架空の郡で起きた一族をめぐる物語。
主人公として狂気じみた男性が出てくるものの、彼の口から直接語られるのではなく、彼が祖父に伝えた話を父から聞かされて…であったり、彼と婚約することになったが破棄した女性の過去として聞かされたりと、ありきたりではない体裁がとられている。
また、長すぎる手紙や長々とした心理は異なるフォントで書かれている点も今まで読んできた全集になく、独自性がありました。
世界文学全集を読んできて感じるのは、黒人の存在や在り方。
日本に生まれ生きていて、親族も皆日本人である自分にとっては、黒人というのはあまりにも遠いところにいる人。
だからこそ、彼らの歴史や不当な扱われ方をしてきたことに対して疎い。
この小説でも黒人の血が混じっているであったり、娘なのに黒人奴隷の子どもであるから扱いが違ったりと、明らかな差別がある。
これを当時のアメリカ人が読んでどう感じるのか。
そして、この小説においては南北戦争の様子も欠かせないけれど、それだってわたしはよく知らない。
日本以外の国で起こったことや、国外からの視点についてはまだまだ知識が乏しいと痛感。
それにしても、出てくる人の誰に共感しようもなくて、サイコパスさが感じられる小説でした。
おもしろいんだけれど、え?大丈夫?となる突拍子もなさが頻出。
独特の味わいがある小説だと思います。
そして、この小説自体もフォークナー氏が作り出した世界の一部でしかなくて、その世界にまつわる小説をたくさん書いているところも個性が強いですね。 -
難解。
トマス・サトペンとその一族について 、当時を知る人たちの話は常に不確かだが、それを聞き伝えられたクウェンティンが思い描くそれらの情景が南部を浮き彫りにする。
貧しさから侮辱された過去を持つサトペンの気持ちには優しさすら感じるところもあるが、それはあくまでも白人に対してであり、黒人は決して同じ人間として認識されていない。
それを考えると、ボンが長年待ち望んできたことが起こるはずもなく、そんなボンの宿命が不憫で受け止められない気持ちになった。
終盤の邸に向かうあたりからの盛り上りが凄まじい。 -
やっと読了。
まあ間に他の本をいろいろ読んでいたこともあるが、なかなか終わらなかった。しかし、中断して戻ってきても大丈夫な内容で楽しめた。
我が愛する『百年の孤独』の元ネタだという話を目にして、これは読まねばなるまいと思ったわけだが、架空の広大な土地の架空の一族の壮大な物語、という意味ではマルケスのほうが数段上だなと思った。
こっちは結局、老トマス、トマス・サトペンがあちこちに作った子どもがうろうろする話だもの100年間、とはいえこの1作だけでそう言ってはいけないのであって、フォークナーの他の作品がヨクナパトーファを舞台に繰り広げられているとか、こういうの好きだなあ。
巻末に年表があって人間関係を把握するのにとても役立った。
遅ればせながらご挨拶にあがりました。
ラテンアメリカ文学を中心に、好きなジャンルが被っていたり、被っていない部...
遅ればせながらご挨拶にあがりました。
ラテンアメリカ文学を中心に、好きなジャンルが被っていたり、被っていない部分は新しい発見があり、たくさんレビュー読ませていただきました!
これからもよろしくお願いします。
あ、ギンレイホール、もう10年越えの会員なのです(笑)どこかですれ違っているかもしれませんね。
「喪女拗らせた」に笑ってしまいました。たしかに!
差し入れの食べ物をいただきながら皿も洗わずに返すというのもすごい厚かまし...
「喪女拗らせた」に笑ってしまいました。たしかに!
差し入れの食べ物をいただきながら皿も洗わずに返すというのもすごい厚かましさで、あんたサトペンとお似合いだよ…と思ったり(^_^;)
女性陣は、厳しい現実世界とそれを離れた自分の空想の世界との両方を生きていたのでしょうね。クライティだけは現実的な印象ですが。
屋敷の中に誰がいるのか、サトペンはなぜ最初の妻を離縁したのかなど、気になる要素が終盤まで明らかにされず、最後まで飽きずに読めました。