ブラス・クーバスの死後の回想 (光文社古典新訳文庫 Aマ 4-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (571ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752491

作品紹介・あらすじ

死んでから作家となった書き手がつづる、とんでもなくもおかしい、かなしくも心いやされる物語。カバにさらわれ、始原の世紀へとさかのぼった書き手がそこで見たものは…。ありふれた「不倫話」のなかに、読者をたぶらかすさまざまな仕掛けが施される。南米文学の秘められた大傑作。

感想・レビュー・書評

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  •  抗心気症の膏薬を開発中に肺炎で亡くなった主人公は、自身の回想録を書くことを思い立つ。そして、「死者になった作者ではなく、作者になった死者であるため」、死を冒頭に置く異色の方法を採る。「あなたは老いを急ぐが、本の歩みはのろのろしている。あなたは直截で栄養満点の文章と、規則的で流麗な文体を愛するのに、わたしの文体は千鳥足」。こううそぶく著者の筆は、典型的な非小説・メタ小説の枠組みを踏襲しながら、奇妙な回想録にふさわしい可笑しなコンテンツで読者を煙に巻きながら物語を進めていく。
     ところが、本書の出版が1880年代であることを知った時、本書の持つ意味は急展開する。現代における多くの非小説・メタ小説の緊張感とは無縁の文体でありながら、本書はその背景に、伝統と近代、理想と現実、秩序と非秩序が相克した当時のブラジルという国家を背負っており、そうした視点を持った途端、本書の特徴的な語りの中からは、社会で生じる欺瞞や矛盾、不正・虚偽が否応なしににじみ出してくるからだ。
     ブラジル文学、いや世界文学における最高峰の一冊。

  • 地道にラテンアメリカ文学は色々読んできたつもりですが、一見メジャーそうなのにブラジルの作家は実は初めてです(パウロ・コエーリョとか読んだことないから)。マルケスやリョサはまだご存命だし、フエンテスも亡くなったのは昨年、ボルヘスも80年代まで存命だったことを思うと、1839-1908年のこの作家の作品はすでにラテンアメリカ文学としては古典の域。しかし年代も国の違いも全く感じさせない面白さでした。

    タイトル通り、死んじゃった主人公ブラス・クーバスが、死後に自分の人生を回想するわけですが、死ぬ直前に回想してたらもっと悲愴になってたかもしれない事柄が、死後ということで結構お気楽というか、軽妙なトーンで語られています。全部で百六十章・・・というと膨大ですけど、ひとつひとつの章はとても短いので逆にテンポよく気軽に読めました。

    死後に自伝を書いてる時点である意味ファンタジーなんですけども、回想される人生の内容はいたって現実的。そして、クーバス氏、自伝を残すほどの業績があるわけでもなければ、立派な人格者でもありません。むろん悪人でもないけれど、要するにつまり平凡な俗物。子供の頃は奴隷の少年をいじめ、青年期には商売女性に入れあげて父親のお金を使い込み、拾った大金は着服(笑)、親の遺産を妹夫婦に分けようとせず喧嘩、大臣を目指すも挫折、人生のメインは、人妻との数十年にわたる不倫(まあ、ある意味大恋愛かもしれないですけど)という・・・こうして羅列してみると改めて結構酷いな(笑)。でもそれだけ自分を美化せずに、ありのままに正直に語っているといるところに親近感が沸くというか、共感できるというか、まあしょせん自分も俗物なので(笑)。

    でもそんなクーバス氏の、死後目線からの達観した語り口がとても軽快で、なにげない出来事にも哲学的な真理がぽろりと紛れこんでいたりするので、ろくでもない不倫人生なのに全く退屈しないで面白おかしく読み進められてしまうんですよね。とくに好きだったのは、クーバス氏が死の直前に見た夢のようなものが語られる七章と、寓話のような八章。まるごと引用したいくらい示唆に溢れています。とくに七章は幻想的で、この章に物語全体のテーマが凝縮されているといっても過言ではないかも。

    あとクーバス氏の友人キンカス・ボルバ氏が編み出した「ウマニチズモ」という思想も興味深かった。凹んでるクーバス氏を励ますボルバ氏のポジティブさときたら、松岡修造ばりです(笑)。みんなが実践できるわけじゃないけど、基本的に言ってることは間違ってないんだと思う。まあどんな優れた思想も宗教も哲学も、狂信しちゃうのは良くないと思いますが。

    最後の一文は多分皮肉でなければ負け惜しみなんだろうけど、同じく独身のまま子供と持たず生涯を終える可能性のある人間としては、もし死ぬ前にそのことで後悔しそうになったら、この言葉を思い出して自分を慰めよう(笑)と思いました。まあそこを抜きにしても、なんというか、50代、60代・・・と年を重ねるほどこの作品の面白さは増す気がするので、10年ごとくらいに読み返してみたいかも。そして死ぬ直前とかも。この本読んだらなんだかちょっと元気出そうな気がする(笑)。

  • 本を手に取ったのは偶然、マシャード・ジ・アジスがブラジル文学の重鎮で本書が代表作とも、読み終わるまで知らなかった。ブラジル文学のマイナーぶりは、ポルトガル語の壁だろうか。後書きには英語圏でもてはやされないとグローバルに評価されない、とも書いてあった。本書はラテンアメリカ=マジックリアリズムの系譜ではないため、南米文学人気の中でも置き忘れられていたのかもしれない。
    冒頭から文学神学哲学の引用がばんばん出てくるので「smartな作品らしいぞ」と分かるが、印象としては、ヨーロッパ的に知的で成熟している。死人が自分の過去を振り返るという構成はユニークだが、死人だけあって冷静で客観的な、辛口のユーモアを含む視点の描写に練れた余裕を感じる。不倫という王道テーマで、数ページ程度のごく短い章を積み重ねているためさらっと読めるが、洗練された細部に感心する。書かれた年代からすると古典の域だが、まったく古さは感じない。
    圧倒されるような読書体験ではないが、書き手の巧さを味わった。

  • 擬人化した文章が面白い。
    例えば、
    理性は狂気に、自分の家から出て行くように言ったが、狂気は他人の家に愛着を持つのが昔からの悪い癖で〜

  • 2012-5-16

  • いわば平凡で誰にでも起こりうる不倫話。
    を、超自然的な体験(諸世紀の源流)を経て死後作者となった死者(ブラス)が、
    新たな視点から語りなおす。中盤からウマニチズモという思想も加えられ。
    常識は疑われ悪しきは良しとされ制度への懐疑が呈される。
    それは当時の作者(マシャード)が置かれていた欧米化社会へのアンチでもある。
    読んでいる最中よりも思いだしているときのほうが深く感じられる不思議な読後感。
    マジックリアリズムとは異なる系譜で、南米にはまだ宝がある。

  • 不思議な物語だった。生前作家ではなかった男が死後、作家となって自分の人生を回顧して綴っていく物語。各チャプターが短いのでどんどん読めるのだけどあんまり頭に入ってこない。最初にあとがき、解説を読んでなかったらもっとちんぷんかんぷんだったかも。2012/584

  • 常識と非・常識。
    解説読んで奥深さがやっとわかる…

  • この高貴な与太話に夢中になれなかったのは、単なる好みの問題。

  • 死んだ主人公が自分の一生を回顧するという構造の小説。短い断章の中に描かれる人生は裕福であり人妻を恋をして一生独り身で過ごした、ある意味平凡な一生である。ドラマは何も起きない。だけど端々に現代人も共感出来る人生の悲哀が詰め込まれていて、なんかじんわりと染みる。

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