アマルティア・セン講義 グローバリゼーションと人間の安全保障 (ちくま学芸文庫 セ 5-2)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480098191

感想・レビュー・書評

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  •  前に読んだ『経済学と倫理学』は少々ピンと来ないものがあったが、本書はなかなか素晴らしかった。講義録なのでたいへん平易だが、中身は深い。
     まず、「グローバリゼーション」の定義を刷新する。それは最近の大企業によって始められたものでも、帝国植民地主義により現れたものでもなく、古代から既にあったもの、として捉え直される。
     たとえば印刷術は中国で発明されたものだし、十進法はインドで考案されたものだが、これらは西の方へと伝わり(当然、逆の流れも存在した)、そのような各地域文明の相互交流によって、文明は「進展」してきたのである。
     著者センはこのような「グローバリゼーション」を手放しに推進するべきとも、全力でこれを批判:抵抗するべきとも加担せず、たとえばそれにより貧富の差の拡大という事象が生じるなら、それはそれとして当然対処しつつ、各国の自由な文化的交流の自由を確保するべきだ、という考えであるようだ。
     著者はまた、「西」「東」「キリスト教」「イスラム」「ヒンドゥー」などといった区分で粗雑に比較し論じることを批判している。それはそうだ。いたずらな二項対立を強調すれば不要な情緒的葛藤をも生み出すし、見落とす点が多々あろう。もっとも、二項対立の思考は、クロード・レヴィ=ストロースが『神話論理』で強調するように、人類の思考法のプロトタイプであり、思うに、人間のゲシュタルト(簡易化)思考の常道であるために、これを排除することは不可能である。図式に頼りながらも、常にその図式をも乗り越えつつ、慎重に世界理解を進めるべき、という他ないだろう。
     本書では「人間の安全保障」の重要性が指摘されている。これは、「貧富の格差が拡大する危険」のほかに、病気等により他者とのあいだにハンディキャップを背負うことになる危険、均等な教育を受けられず潜在能力が発揮できない状況に置かれてしまう危険などが考慮され、それらに対する社会的救済をはかるものである。
     この辺の思考は既に経済学の範疇を遥かに超えており、社会思想になっている。しかしこうした倫理性に支えられないような経済学こそが、怪しいのではないか。
     わかりやすい上に良書なので、おすすめしたい1冊(薄いし)。

  • アマルティア・センがノーベル経済学賞を受賞したときに『合理的な愚か者』を読んで挫折。現代において最も重要な学者の一人であることには間違いないし、……と思いつつも「食わず嫌い」していた。そんな怠け者の自分がこの本を読もうと思ったきっかけは中公新書の神島裕子『正義とは何か』で非常にわかりやすく、かつ興味深くセンのことが紹介されていたから。

    実際に読んでみて非常にわかりやすく、しかも「刺さる」。コロナ禍で揺れるまさに今だからこそ読むべき一冊。

    本書は、第1章および2章は第13回石坂記念講演の内容、第3章は東大がはじめて名誉博士制度を創設し、その第1号としてセンが選ばれたときの記念講演の内容、そして、第4章はセン自選の論文、という構成となっている。

    第1章はグローバリゼーションを歴史的な観点から検証し、「過去数千年にわたる世界の進歩は、交易、旅行、移住、思想・知識・芸術・文化の拡散を促すグローバルな相互作用によって形成されてきた」(p.38)とし、肯定的に捉える。一方で、「グローバリゼーションがもたらすであろう潜在的利益を、富裕国と貧困国との間で、あるいは国内のさまざまなグループの間で、どう配分するかということにあ」(p.40)ると問題の核心を突く。

    第2章は新しい焦点として「ヒューマン・セキュリティ」という概念が取り上げられる。センはこの概念が重要となってくる場面としてとくに「これら(エイズや新型マラリア、治療薬に抵抗性のある結核などの)感染症は、グローバル化した世界の病気である」と述べ、「この問題と取り組むにはグローバルな対応が求められている」(p.50)と強調している。

    第3章ではハンチントンの文明の衝突論がいかにダメかをその問の立て方自体が対立を促す間違った問いであることを曝き、徹底的に批判し、最後の第4章では夙に評判の悪い「啓蒙主義」を擁護し、論理的思考による問題解決の可能性を、インドのアクバル大帝の思想などを引きながら「恐ろしい出来事がもたらす闇に包まれた世界に、希望と自信を与えてくれる心強い源泉」(p.121)であると論じている。

    巻末の山脇直司による解題「センの経済思想と文明思想」も簡にして要を得ていて有益。

  • 開発目標4:質の高い教育をみんなに
    摂南大学図書館OPACへ⇒
    https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50075277

  • 東2法経図・6F開架 319.8A/Se56g//K

  • 319.8||Se

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著者プロフィール

1933年、インドのベンガル州シャンティニケタンに生まれる。カルカッタのプレジデンシー・カレッジからケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに進み、1959年に経済学博士号を取得。デリー・スクール・オブ・エコノミクス、オックスフォード大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、ハーバード大学などで教鞭をとり、1998年から2004年にかけて、トリニティ・カレッジの学寮長を務める。1998年には、厚生経済学と社会的選択の理論への多大な貢献によってノーベル経済学賞を受賞。2004年以降、ハーバード大学教授。主な邦訳書に、『福祉の経済学』(岩波書店、1988年)、『貧困と飢饉』(岩波書店、2000年)、『不平等の経済学』(東洋経済新報社、2000年)、『議論好きなインド人』(明石書店、2008年)、『正義のアイデア』(明石書店、2011年)、『アイデンティティと暴力』(勁草書房、2011年)などがある。

「2015年 『開発なき成長の限界』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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