イギリス人の患者 (創元文芸文庫)

  • 東京創元社
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488805036

作品紹介・あらすじ

砂漠に墜落し燃え上がる飛行機から生き延びた男は顔も名前も失い、廃墟となった屋敷に辿り着いた。ひとり屋敷に残って男を看護する女性ハナは、彼の語る物語に惹かれていく。世界からとり残されたような場所にひとり、またひとりと訪れる、戦争の癒えぬ傷を負ったひとびと。それぞれの哀しみの源泉が美しい言葉で紡がれるとともに〈イギリス人の患者〉の秘密もまたゆるやかに、しかし抗いがたい必然性をもって解かれてゆく。英国最高の文学賞ブッカー賞、その歴史のなかで頂点に輝く至上の長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 1992年のカナダ総督文学賞とブッカー賞受賞。2018年にブッカー賞50周年記念の歴代受賞作で最も優れた作品として、ゴールデン・マン・ブッカー賞受賞。『イングリッシュ・ペイシェント』の名で映画化され、アカデミー賞9部門受賞しています。

    著者はスリランカ生まれのカナダ在住。カナダ文学ですぐに思い浮かぶのは、モンゴメリやマーガレット・アトウッドくらいでしたが、こんな凄い作家がいたのですね。

    長らく新潮文庫で絶版でしたが、創元文芸文庫で復刊。東京創元社も、白背表紙の文芸文庫シリーズを始めて間もないので、ラインナップ充実を図ってのことでしょう。手に入りやすくなったのは喜ばしい限りです。

    さて、詩的な書き出しから始まる物語は、いきなり衝撃的な描写で、METALLICAの名曲”One”のPV『ジョニーは戦場に行った』のトラウマ映像が脳裏をよぎりましたが、目が見えるし会話もできるので、酷い状態ながらもとりあえず一安心。

    時は第二次世界大戦のイタリア。全身火傷を負った正体不明のイギリス人と思われる人物が、連合軍の野戦病院に運び込まれます。かつての尼僧院だった屋敷は、ドイツ軍が撤退する時に破壊し尽くし、建物内にも爆発物が残る危険な状態。負傷者と看護婦を安全な場所に移す決定が下されたとき、看護している若いカナダ人女性は、周囲の反対を聞かずにその廃墟のような屋敷に留まります。

    そこへ女性の少女時代を知る、女性の父親の友人のおじさんと、爆発物処理のインド人工兵の青年が加わり、屋敷での生活が始まります。4人は、少しずつ互いの過去を語ることにより、距離感が縮まり親密になっていきます。そして、次第に”イギリス人の患者”や登場人物たちの過去が明らかになっていき…

    戦争という特殊な状況の中で、異国で育った男女のそれぞれの過去が、まるで厳選された詩の言葉を織り交ぜたような美しい文章で綴られていき、時に時代を前後し、時に人物が入れ替わり、少しずつ少しずつ語られて行きます。そうして、印象的な場面が次々と現れて、次第に物語が積み上げられて明らかになって行く様や、美しい心象風景の描写の数々にとても引き込まれました。

    また、美しいだけでなく、時には、ヘロドトスの『歴史』を仲間の前で朗読する”イギリス人の患者”の過去に関係する女性の「ほのめかし」でドキドキしたり、おじさんの泥棒失敗談でクスりと笑ったり、”イギリス人の患者”の親友の後半でのエピソードでグッときて涙腺を刺激されたりもしました。あと、”イギリス人の患者”が、キプリング『キム』を朗読する看護婦への読書指導もいいですね。

    残念なところは、終盤での早急過ぎる変化。例えるなら,夏目漱石『虞美人草』の登場人物の性格が急変してエンディングに向かって行くようなと言えば伝わるでしょうか?伏線は散りばめられているだけに、もう少し繋がりが丁寧だといいのにと思いました。

    それと、性的な描写で少し引いてしまうような記述があるので、誰かにおすすめはしづらいのが難点かな。とは言え、個人的には他のブッカー賞受賞作、J.M.クッツェー『恥辱』『マイケル・K』やカズオ・イシグロ『日の名残り』を超えたかもしれない。やはり、ブッカー賞歴代1位は順当でしょうね。

  • 『イギリス人の患者』(新潮社) - 著者:マイケル・オンダーチェ 翻訳:土屋 政雄 - 高橋 源一郎による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
    https://allreviews.jp/review/2699

    映画では捨象された原作の濃密な時間の流れ | レビュー | Book Bang(「週刊新潮」2021年9月16日号 掲載)
    https://www.bookbang.jp/review/article/703077

    歴代ブッカー賞、金賞はM・オンダーチェ『イギリス人の患者』 | HON.jp News Blog
    https://hon.jp/news/1.0/0/11961

    イングリッシュ・ペイシェント - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画
    https://filmarks.com/movies/911

    イギリス人の患者 マイケル・オンダーチェ(著/文) - 東京創元社 | 版元ドットコム
    https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784488805036

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)...
      藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)
      https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/review/353428-r.html
      2023/12/10
  • あー。すごい。すごい、これ。それ以外まず言葉が出ない。
    ブッカー賞を受賞した中でも最も素晴らしい作品を選ぶという企画の中で選ばれた本作。ブッカー賞オブブッカー賞。

    「イングリッシュ・ペーシェント」という題で映画化され、かつアカデミー賞も受賞したとのことだがその筋に疎い私はそんなことも知らず。
    この小説が最初ですべてだったわけだが、すごい。

    私が海外文学が好きな理由の一つに「絶対に日本人には書けない物語を書ける」ということがあるのだが(もちろんその理由で日本の文学も好きだけれども)、この小説は日本人には絶対書けない。
    第二次世界大戦が舞台で、かつ、ヒロシマナガサキの描写が物語のキーになってもいるのだが、それでもこれは日本人には書けない。

    イタリアで、戦禍から取り残された病院。そこに残った、飛行機が墜落したことで大火傷を負い顔を失った「イギリス人の患者」。その患者の面倒を見るべく、病院に残った若い看護師のハナ。
    物語はその二人の、とても静かな描写から始まる。
    なんとなく居心地の良い静寂を楽しむ物語なのかと思い読み進めると、ハナの亡き父の親友でもと泥棒(かつスパイ)のカラバッジョと、不発弾を処理する兵士のキップが屋敷にやってきてから途端に様相が変わる。
    今までの静寂から打って変わり、様々な人間の様々な愛が語られるようになる。

    突然の展開に若干面食らいながらも読み進めるうちに、これも本作の特徴ではあるのだが、そして作者が詩人であるということも大いに関係しているのだろう、体言止めと曖昧な時制(過去のことを現在形で綴る)を多用しながら視点がぐるぐると変わる不思議な体験をさせられながら、イギリス人やキップの過去が明らかにされていく。

    そしてそれらの過去が明らかになり、いろんなことがつながったとき。そして読者が「うーん、なかなか壮大な愛の物語だったなあ」と思った瞬間に、またそれをひっくり返す。詳細は語らないが、ここでヒロシマナガサキ。

    えっ、となり、急転直下。
    でもここからなぜか涙が止まらなくなる。最終盤。
    本当に涙が止まらなくなる。戦争の悲惨さとか、そういうことも含めて涙が止まらなくなる。

    そして物語が終わる。読み終わった後、どう捉えるかは人それぞれだと思うのだけれども、私は「やっぱり壮大な愛の物語」だったかな、と思う。

    これは、本当に素晴らしい。
    人生で何冊とない一冊。

    こういう出会いがあるから、読書はやめられない。
    本当に素晴らしい小説だった。ブラボー。

  • マイケル・オンダーチェのゴールデン・マン・ブッカー賞受賞作。新潮文庫から版元を代えての復刊。

    第二次世界大戦終戦間際のイタリア。ドイツ軍が撤退した後、廃墟となった僧院に記憶がなく全身に火傷を負った患者と、その看護をする若い看護師が住んでいる。そこに看護師の父の友人と、爆弾の解体工が加わり、四人による生活が始まる。。。

    美しい。ただひたすらに美しい小説。
    詩的な文章により、四人の過去と主に北アフリカ地方の歴史が語られる。北アフリカの話は、描かれるほとんどに馴染みがないので理解できない描写も多いが、砂漠の幻想的な表現が非常に良く読んでいても飽きさせない。
    特にイギリス人の患者の過去がほんのりわかり始めてからが面白く、そうかそういう話だったのかと、その悲劇の美しさに圧倒される。

    訳者の人も解説で説明しているが、ラスト付近がちょっと駆け足か。余韻は良いのだが、そこだけが少し残念。
    また場面転換が非常に多く、読む人を選ぶかもしれないが、ゆっくりと全身で味わう小説なんだと思って時間をかけて読んでみて欲しい。

  • 再読中 新潮の絶版からまさかの創元で復刊。good job!

  • 実はよくわからなかった。

    原爆はアジアだから落とされた という一文が強く残りました。

  • 強いイメージをよびおこす美しい小説には違いないのだが、消化しきれなかったかも。詩的散文か。実はわたくしのように詩がわからない人のための詩なのかもしれないが

    なお、フォーサイスの漏らしたという感想は、わたくしとしてもそんなこと言っても仕方ないよなと思いつつも共感するところで、そうしたリアリズム二の次なところは引っかかるといえば引っかかる

    エジプトあたりが舞台であったり、エスピオナージュ風味であったり、多層的な語りであったり、アレクサンドリア四重奏を思い出す。あの本も読んだ直後は消化できなかったと思ったが、自分の中で長く余韻を引いている感じがある。この小説もそうなればうれしい

    ところで訳者あとがきにある「四人の物語が終わろうとする最後の最後に、作者オンダーチェ自身がひょいと顔をのぞかせたりもする」とは、どこを指しているのだろうか?十数年後のキップを作者に重ねているのかな?

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著者プロフィール

マイケル・オンダーチェ(Michael Ondaatje)1943年、スリランカ(当時セイロン)のコロンボ生まれ。オランダ人、タミル人、シンハラ人の血を引く。54年に船でイギリスに渡り、62年にはカナダに移住。トロント大学、クイーンズ大学で学んだのち、ヨーク大学などで文学を教える。詩人として出発し、71年にカナダ総督文学賞を受賞した。『ビリー・ザ・キッド全仕事』ほか十数冊の詩集がある。76年に『バディ・ボールデンを覚えているか』で小説家デビュー。92年の『イギリス人の患者』は英国ブッカー賞を受賞(アカデミー賞9部門に輝いて話題を呼んだ映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作。2018年にブッカー賞の創立50周年を記念して行なわれた投票では、「ゴールデン・ブッカー賞」を受賞)。また『アニルの亡霊』はギラー賞、メディシス賞などを受賞。小説はほかに『ディビザデロ通り』、『家族を駆け抜けて』、『ライオンの皮をまとって』、『名もなき人たちのテーブル』がある。現在はトロント在住で、妻で作家のリンダ・スポルディングとともに文芸誌「Brick」を刊行。カナダでもっとも重要な現代作家のひとりである。

「2019年 『戦下の淡き光』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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