- 東京創元社 (2024年1月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784488805036
作品紹介・あらすじ
【英国最高の文学賞ブッカー賞受賞作】
詩的散文。
どこまでも広がる物語の唐草模様。
途中で止めるわけにはいかない。池澤夏樹
廃墟のごとき屋敷で
顔も名前も失った男が語る
美しく妖しい物語
砂漠に墜落し燃え上がる飛行機から生き延びた男は顔も名前も失い、廃墟のごとき屋敷に辿り着いた。世界からとり残されたような場所へ、ひとりまたひとりと訪れる、戦争の傷を抱えたひとびと。それぞれの哀しみが語られるとともに、男の秘密もまたゆるやかに、しかし抗いがたい必然性をもって解かれてゆく──英国最高の文学賞、ブッカー賞五十年の歴史の頂点に輝く至上の長編小説。訳者あとがき=土屋政雄/解説=石川美南
感想・レビュー・書評
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映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作本。公開当時に映画を見て、本も読んだのですが、今回東京創元社から発行されて読書会課題本になったので再読&映画も観ました。
原作と映画はかなり違います。
とても詩的で美しい言葉が流れてゆく物語です。
映画はこちら。
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/B00005V1CI
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第二次世界大戦末期のイタリアのサン・ジローラモ修道院で、カナダ人看護師のハナは全身に火傷を負った患者を看病している。
ハナは連合軍の看護師としてイタリアに派遣されていたが、目の前で繰り広げられう戦闘で、多くの負傷者や死者を見るうちにハナの心は閉ざされていった。その気持ちに留めとなったのは父の戦死の報だった。
その頃全身に火傷を負った患者が運び込まれる。身元不明で持ち物はヘロドトスの「歴史」だけ。身体は動かないが意識はあり言葉は詩的で知的な人物と思われる。彼は「イギリス人の患者」とだけ呼ばれるようになる。
そのころ軍が移動するため医療部隊もついていくことになるが、ハナは移動を拒絶してイギリス人の患者と二人きりでサン・ジローラモ修道院に残ることを主張する。
爆撃で半分潰れた修道院をハナは一人で暮らせるように整え、畑を作っている。そこへハナの消息を聞いた父の友人であるカラヴァッジョが訪ねてくる。カラヴァッジョは元泥棒だが、連合軍ではその腕を見込まれて諜報活動部隊に所属していた。つまり国家公認の泥棒となったわけ。しかしドイツ軍にとらえられて両手の親指を切り取られる拷問を受けた。
ドイツ軍はこの地域から撤退していたが、あたりに山のように地雷を残していった。ある時サン・ジローラモ修道院にイギリス軍に所属するインド人シーク教徒で26歳の爆弾処理工兵キップがやってくる。修道院に残されていた地雷を撤去し(本の間とか、メトロノームの中とか、戻ってきた住人が日常を戻すために手に取るところに仕掛けるらしい)てそのまま修道院の中庭にテントを張って寝泊まりする。
物語の舞台は、このサン・ジローラモ修道院と、それより数年前の北アフリカになる。
サン・ジローラモ修道院の主要人物は上記の四人。戦時中に違う国籍の心に傷を受けた四人が集まって、戦争真っ只中でありながらとりとめのない会話をしながらすごした数ヶ月の物語となる。
ハナは、父や継母(父の後妻)を深く愛していたが、父の死を聞き継母からの手紙に返事を出す事ができないでいた。戦場で火傷を負って死んだ父に変わるようにイギリス人の患者の面倒を見る。彼にヘロドトスを朗読する。修道院の図書室から手に取った本を朗読する。
カラヴァッジョは、明るく口がうまく、盗むよりも「見る」ために他人の家に忍び込むような泥棒だった。国家のために働き拷問を受けて年老いて、もはや明るさを見いだせなくなっている。
そんなカラヴァッジョがサン・ジローラモ修道院で出会ったのは、幼い少女のハナではなく、彼女の声でもなく、自分がなろうとしてなった孤独で傷ついて靭やかな女性の姿だった。
キップの兄は熱心なイギリスからの独立派で、その運動のために投獄されていた。キップは医者になりたかったが、兄の不在の為軍に入った。インド人ということで区別(差別というほどでもなく)も多かったが、爆弾処理班の責任者サウォーク卿やその秘書、運転手たちとは真の交流を結んでいた。だが彼らは爆弾処理中に爆死した。
爆弾開発のスピードは早い。処理班は、ある日突然進化した爆弾の相手をする。今までと同じ爆弾と思って今まで通りの処理をするとそれは死につながる。進化した爆弾の処理方法を見つけ、連合軍全体に共有することが戦況に大きく関わる。サウォーク卿はそんな重大な責任を飄々と引き受けていたのだ。
イタリアでのキップは、修道院や美術館での爆弾処理にあたり、普段は見られない聖者たちの絵や彫刻とともに過ごしていた。
ハナとキップは、サン・ジローラモ修道院で寄り添い合い優しい恋が生まれる。
彼らの物語の間あいだに流れるように「女」の話が入る。それはイギリス人の患者がここに運び込まれる事になったある愛の物語だった。
第二次世界大戦勃発直前の北アフリカ。
ハンガリー人のアルマーシ伯爵は、砂漠に魅せられて探検家の一員となっていた。同じく探検隊のイギリス人マドックスとは親友の間柄だった。その探検隊に若きイギリス人貴族のクリフトンと、その新妻キャサリンが加わる。探検隊が探すのは、今は失われた砂漠の中のオアシスの痕跡だった。それはある洞窟の壁に泳ぐような人間の絵を見つけたことで証明された。ここには昔水があって泳いでいたんだ。
だがアルマーシ伯爵はヘロドトスを朗読するキャサリンの声に恋をするようになり、その後彼らは不倫関係に陥る。激しい恋、激しい苦悩を経て二人は不倫関係を終わりにせざるを得なかった。
おりしも第二次世界大戦開戦が迫り、国籍を問わない探検隊は解散させられた。マドックスは故郷に帰ったがその後自殺したという。自分の居場所であった砂漠から帰され、戦争に賛同し高揚する故郷はもう故郷ではなかったのだ。(※映画では、アルマーシ伯爵のある行いがマドックス自殺の要因とされています)
探検隊に参加したクリフトンについては、アルマーシ伯爵も知らなかったことがある。彼の実家はイギリスでも上流階級で政治経済で重要な地位にいた。そこで「国籍混合の怪しい連中が北アフリカを国境を関係なく動き回っている」ということで、パトロンの振りをして様子を見に来たのだ。そのためアルマーシ伯爵とキャサリンの不倫もイギリスでは筒抜けだった。
ついにクリフトン本人も、妻とアルマーシ伯爵が過去に不倫していたことを知り、砂漠で二人を巻き添えにした無理心中としての飛行機墜落を起こす。
クリフトンは即死したが、キャサリンは重症ながら生きていた。アルマーシ伯爵はキャサリンを抱えて「泳ぐ人の洞窟」に運び込む。
この時点で、クリフトンを通してアルマーシ伯爵を監視していたイギリスでも、彼の行方は完全に見失った。
アルマーシ伯爵は「必ず救助を連れて戻る」と言って砂漠を徒歩で横断した。だがやっと辿り着いたイギリス軍で、ドイツ人スパイと思われて収容されてしまう。
なんとか抜け出したアルマーシ伯爵は、ドイツ軍に協力する代わりに「泳ぐ人の洞窟」にたどり着く手段を手にする。しかし彼が洞窟に辿り着いたのはすでに3年経ち、ミイラ化したキャサリンの遺体を抱きしめる。
そしてキャサリンとともに乗った飛行機が墜落し、全身大火傷を追った彼が連合軍に助けられて「イギリス人」と思われたのだ。
瀕死のキャサリンの眼差しから、アルマーシ伯爵は逃れることができない。女が最後に見たのはアルマーシ伯爵。アルマーシ伯爵は、自分がクリフトンとキャサリンに出会う前の情景にも自分がいたかと思うくらいに彼らに捕らえられた。
イギリス人の患者(アルマーシ伯爵)の口から出るのは、女、砂漠、ヘロドトス。
数ヶ月が経ったある日、キップはサン・ジローラモ修道院から突然去っていった。ラジオから流れる「アメリカが広島と長崎に原爆を落とした」ニュースは、非白人のキップにとっては身を切られるような自分ごとだったのだ。アメリカの背後にはイギリスがいる。連合軍はは、白人国家には原爆を落とさないだろう。イギリス人の患者だってその白人だ。
キップはアルマーシ伯爵に向けた銃をなんとか降ろして出てゆく。
ハナとキップの幸せを願っていたカラヴァッジョは、最後にキップを抱きしめる。「寂しくなる、いったいどうやって紛らわしたらいいんだ」
アルマーシ伯爵は長くはないだろう。きっとハナとカラヴァッジョが埋葬するだろう。そして国に帰るだろう。
ハナは、やっと継母に手紙を書く。数ヶ月、数人でなんということもない会話をして過ごした日々。でももう帰りたい。
何年もたち、インドで男は女のことを思い出す。手紙がきたが決して返事は出さなかった女。
今では医者になり、明るい妻と子供もいるが、それでも彼女のことを考える。だがハナはあれからどえしたのか、いまどえしているのか、まったく想像できない。今キップの目の前でハナはフォークを取り落とした。キップはフォークを受け止め、娘の手に戻す。
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美しい詩のような物語。
国籍が違う四人が戦争の間に共に過ごした。終盤でハナは、罪悪感からずっと手紙を書けなかった継母(父の再婚相手)に手紙を書く。<愛するママン。(…中略…)この数ヶ月、ある屋敷で三人の人と一緒に暮らしてきました。のんびりと、とりとめのない会話をしながら。いまの私には、それ以外の話し方はできません。P281>ここに繋がった!
ハナは全体的にも主人公だと思うのだが性格描写はなされていない。<ハナがどんな女性か、私にはよくわからない。たとえ作家に翼があっても、ハナはその翼の中にいつまでもとどまる女性ではない。P290>作者の自由自在な思考の現れなんだろうか。
そして終わり方。キップのその後で終わるとは以外だったが、心の目でみたハナが落としたスプーンと現実の娘が落としたスプーンがつながる文章が!とても!鮮やか!
キップとイギリス人で師匠のようなサウォーク卿やそのチームとの繋がりがとても良かった。爆弾技術はすぐに進む。爆弾を分析して解除方法を味方に共有することの責任感と、そんな日々で見える人間の真の部分。
そんなキップが激情したのが、アメリカが日本に原爆を落としたというニュースだというのも良かったなあ。「結局これが自分たち有色人種国家に対する白人国家のなんだ。相手が白人の国だったら大量破壊兵器など落とさなかった。」核に対しての海外コメントは軽いものた目についてしまうので、いわゆる「同じ有色人種国家」が同じように痛みを感じている意見があったんだなあ。
<世の中には、不公平に押しつぶされる人もいれば、堪え忍べる人もいる。兄が投獄され、仲間が爆死し、自分もこの戦争で日々危険にさらされているのに、尋ねれば男はきっと「いい人生だった」と答えるだろう。>
これほど詩的な語りなのに、現実的な戦争の駆け引きも書かれていてバランスが良いのも不思議。
※読書会
●連想したもの。映画「太陽の帝国」、「低開発の記憶(キューバ映画)」、「シェルタリング・スカイ」
●戦争のPTSDが語られている。日本でも第二次世界大戦、原爆のことは語られるが、ヨーロッパでも行われている。
●「現在」の物語としては、患者、ハナ、キップだけで成り立ち、いる場所が違うカラヴァッジョにより話が面白くなっている。
●患者の全身の怪我と、原爆患者が重なった。
●原作と映画の違い。
原作では、色彩と官能を感じた。キップの比重が大きい。
原作のほうが、アルマーシ伯爵とキャサリンの不倫関係はかなり激烈。日本語訳ではまだ穏やかになっているが英語原作はもっと過激な言葉が使われている。
●英語版と、日本語訳の違い。
人称が違う。英語では「He、She」、日本語では「男、女」など。
⇒名前がない、ということで、ハナは患者の中でも「イギリス人の患者」に惹かれる?
英語では、砂漠の出来事は過去形。サン・ジローラモ屋敷の出来事は現在形なので、いつの話なのかわかる。
●みんな個人名があるのに「男、女」などの表記になっている。キャサリンもハナも「女」と同じ表記。
⇒距離の近さ、遠さを表している?
⇒海外小説では「彼、彼女」で始まる事が多いので、個人名に拘るのは日本語の特徴?
⇒アルマーシ伯爵がうなされて「アルマーシが…アルマーシが…」と言う。それを聞いたカラヴァッジョが「アルマーシはあんたのことだろ?」というと、「死ねば三人称になるんだ」と応える。人称ではここも不思議。
●キップとアルマーシは、二人とも故郷を捨てている。
●同じ戦場で死体を見ながら、諦めを抱えているハナと、患者を助けようとするキップの違い。
●ラストのコップを落とす場面は、サン・ジローラモ屋敷で爆弾の信管を落とした場面の再現。
●アルマーシ伯爵には実在のモデルがいるようだ。
●「カラヴァッジョ」のこと。光と影の画家、寂れた修道院の宗教画、などの描写があるので、「カラヴァッジョ」の名前にしたのかな。
●作者オンダーチェは、他の本の紹介や解説を書くことが多い。作家として良い小説を紹介してゆく作者なのだろう。
●地雷、戦争PTSDで、ベトナム戦争を連想した。第二次世界大戦で地雷描写はあまりみたことがなかったかも。小説の地雷を掘り起こす作業が、各自の記憶を掘り起こす行為に繋がっているのかと思った。その記憶は悪い物が多いのだが。
●イギリス人の患者自身が「地雷」そのものなのかと感じた。聖者?裏切り者?
●サン・ジローラモ屋敷で過ごした時期はヨーロッパでは戦争は落ち着いている。そんななかに「原爆」のニュースで現実に戻った感じがある。
⇒現実としては、原爆が落とされた直後はそれがどのような武器でどのような被害が及んだのかはわからなかったはずなので、キップが新聞で原爆ニュースを読んだだけでそこまでわかったかい?というのはある。
<この男はイギリス人じゃない。アメリカ人か。フランス人か。ぼくにはどうでもいい。世界の茶色の人種に爆弾を落とし始めたら、そいつはイギリス人だ。>
●作者は白人かと思ってしまった。ブッカー賞だし名前がマイケルだし。読んでいるとキップのキャラクターの鮮やかさで、非白人だなと分かる。
●海外の話は、詩に比重をおいている。
⇒海外の作家には、小説と詩それぞれの思考を行っている作家が多い。
⇒翻訳では、分かりづらかったり、むしろ分かり易すぎるようになってるかもしれない…。
●ヘルドトスの意味は?アルマーシ伯爵の調査した土地の歴史?
●カラヴァッジョは、アルマーシ伯爵と腹を割って話したことにより、さっぱりしたのか?
⇒去るアルマーシ伯爵とカラヴァッジョ。これからの人生がある若いハナとキップに世代交代。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1992年のカナダ総督文学賞とブッカー賞受賞。2018年にブッカー賞50周年記念の歴代受賞作で最も優れた作品として、ゴールデン・マン・ブッカー賞受賞。『イングリッシュ・ペイシェント』の名で映画化され、アカデミー賞9部門受賞しています。
著者はスリランカ生まれのカナダ在住。カナダ文学ですぐに思い浮かぶのは、モンゴメリやマーガレット・アトウッドくらいでしたが、こんな凄い作家がいたのですね。
長らく新潮文庫で絶版でしたが、創元文芸文庫で復刊。東京創元社も、白背表紙の文芸文庫シリーズを始めて間もないので、ラインナップ充実を図ってのことでしょう。手に入りやすくなったのは喜ばしい限りです。
さて、詩的な書き出しから始まる物語は、いきなり衝撃的な描写で、METALLICAの名曲”One”のPV『ジョニーは戦場に行った』のトラウマ映像が脳裏をよぎりましたが、目が見えるし会話もできるので、酷い状態ながらもとりあえず一安心。
時は第二次世界大戦のイタリア。全身火傷を負った正体不明のイギリス人と思われる人物が、連合軍の野戦病院に運び込まれます。かつての尼僧院だった屋敷は、ドイツ軍が撤退する時に破壊し尽くし、建物内にも爆発物が残る危険な状態。負傷者と看護婦を安全な場所に移す決定が下されたとき、看護している若いカナダ人女性は、周囲の反対を聞かずにその廃墟のような屋敷に留まります。
そこへ女性の少女時代を知る、女性の父親の友人のおじさんと、爆発物処理のインド人工兵の青年が加わり、屋敷での生活が始まります。4人は、少しずつ互いの過去を語ることにより、距離感が縮まり親密になっていきます。そして、次第に”イギリス人の患者”や登場人物たちの過去が明らかになっていき…
戦争という特殊な状況の中で、異国で育った男女のそれぞれの過去が、まるで厳選された詩の言葉を織り交ぜたような美しい文章で綴られていき、時に時代を前後し、時に人物が入れ替わり、少しずつ少しずつ語られて行きます。そうして、印象的な場面が次々と現れて、次第に物語が積み上げられて明らかになって行く様や、美しい心象風景の描写の数々にとても引き込まれました。
また、美しいだけでなく、時には、ヘロドトスの『歴史』を仲間の前で朗読する”イギリス人の患者”の過去に関係する女性の「ほのめかし」でドキドキしたり、おじさんの泥棒失敗談でクスりと笑ったり、”イギリス人の患者”の親友の後半でのエピソードでグッときて涙腺を刺激されたりもしました。あと、”イギリス人の患者”が、キプリング『キム』を朗読する看護婦への読書指導もいいですね。
残念なところは、終盤での早急過ぎる変化。例えるなら,夏目漱石『虞美人草』の登場人物の性格が急変してエンディングに向かって行くようなと言えば伝わるでしょうか?伏線は散りばめられているだけに、もう少し繋がりが丁寧だといいのにと思いました。
それと、性的な描写で少し引いてしまうような記述があるので、誰かにおすすめはしづらいのが難点かな。とは言え、個人的には他のブッカー賞受賞作、J.M.クッツェー『恥辱』『マイケル・K』やカズオ・イシグロ『日の名残り』を超えたかもしれない。やはり、ブッカー賞歴代1位は順当でしょうね。 -
評価出来なかった。
自分はこの本の対象読者ではなかったように感じました。
全身に大火傷を負った男、それを介抱する女
男は少しずつ過去を語り出す。
概要を読み、男の謎が実は女性の過去や同じ建物内にいる他の人達にも少し繋がりがあるのでは?(その方が何か面白そう)みたいな事を考えて読んでいた。
全然違った。しかと美しい感じで語られるのは酷く身勝手な話だった。どんなに脚色しても、なんかしょうもない…
ビールを頼んで「美味い!」と叫びたい気持ちに
上品で何十年物の高級なワイン(やや埃っぽい)のちゃんと保存できてなかったやつを色々言い訳して飲まされてるような感じ。辛かった。
文の美しさに酔いたい人が勝手に酔いしれる本
半年近く、最初の何章かは二、三度読んだが
残り数十ページでリタイアしました。
自分が戦争を理解して読んでいたら、また違った感じ方をしたのでしょうか?-
2025/05/05
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2025/05/05
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2025/05/06
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あー。すごい。すごい、これ。それ以外まず言葉が出ない。
ブッカー賞を受賞した中でも最も素晴らしい作品を選ぶという企画の中で選ばれた本作。ブッカー賞オブブッカー賞。
「イングリッシュ・ペーシェント」という題で映画化され、かつアカデミー賞も受賞したとのことだがその筋に疎い私はそんなことも知らず。
この小説が最初ですべてだったわけだが、すごい。
私が海外文学が好きな理由の一つに「絶対に日本人には書けない物語を書ける」ということがあるのだが(もちろんその理由で日本の文学も好きだけれども)、この小説は日本人には絶対書けない。
第二次世界大戦が舞台で、かつ、ヒロシマナガサキの描写が物語のキーになってもいるのだが、それでもこれは日本人には書けない。
イタリアで、戦禍から取り残された病院。そこに残った、飛行機が墜落したことで大火傷を負い顔を失った「イギリス人の患者」。その患者の面倒を見るべく、病院に残った若い看護師のハナ。
物語はその二人の、とても静かな描写から始まる。
なんとなく居心地の良い静寂を楽しむ物語なのかと思い読み進めると、ハナの亡き父の親友でもと泥棒(かつスパイ)のカラバッジョと、不発弾を処理する兵士のキップが屋敷にやってきてから途端に様相が変わる。
今までの静寂から打って変わり、様々な人間の様々な愛が語られるようになる。
突然の展開に若干面食らいながらも読み進めるうちに、これも本作の特徴ではあるのだが、そして作者が詩人であるということも大いに関係しているのだろう、体言止めと曖昧な時制(過去のことを現在形で綴る)を多用しながら視点がぐるぐると変わる不思議な体験をさせられながら、イギリス人やキップの過去が明らかにされていく。
そしてそれらの過去が明らかになり、いろんなことがつながったとき。そして読者が「うーん、なかなか壮大な愛の物語だったなあ」と思った瞬間に、またそれをひっくり返す。詳細は語らないが、ここでヒロシマナガサキ。
えっ、となり、急転直下。
でもここからなぜか涙が止まらなくなる。最終盤。
本当に涙が止まらなくなる。戦争の悲惨さとか、そういうことも含めて涙が止まらなくなる。
そして物語が終わる。読み終わった後、どう捉えるかは人それぞれだと思うのだけれども、私は「やっぱり壮大な愛の物語」だったかな、と思う。
これは、本当に素晴らしい。
人生で何冊とない一冊。
こういう出会いがあるから、読書はやめられない。
本当に素晴らしい小説だった。ブラボー。 -
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藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)...藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)
https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/review/353428-r.html2023/12/10
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漂うような不安定さ…が読後の第一の感想。
美しくはあるけれど、時間も場所も目まぐるしく変わり、浮かぶ画像もゆらゆらと揺蕩うようで。
この物語りは読むものを選ぶ。そう言われる所以が良くわかった。おそらくは、脈絡の無いような物語りと物語りが続き、かつ、過去と今とが入り乱れて、尚且つ、美しくはあるけれど難解な文章だ…読み始めて数ページで放り出したくなる人も多いと思う。
忍耐はいる。
映画化された「イングリッシュ・ペイシェント」はアカデミー賞を受賞し、一躍本書をも有名にしたようだが、原作とは大きく異なる点も多く、自分は見ないことにした。(アマプラでは吹き替え版が見られる)
実を言うと…読み始めてすぐに「あー、えらいものに手を出したな…」と思い始めて少しでも理解を早めようと映像の冒頭を見た…見てしまった。
本書ではすでに亡くなりミイラ化していると思われる「女」が、映像では眠っている?いや、注意すれば亡くなっていることはわかる…つまり、あたかも飛行中に亡くなった?或いは直近に…と思われる、姿形をとどめて、彼女の髪が風に乱れるシーンは美しいとさえ思える。。。そんな出だしであったので、あー、これは随分と違うのかな…と感じて…見るのをやめた。
ならば、独力で、と読み終える覚悟を決めた…笑。
好きか嫌いか、或いは、読めるか読めないか…
二つに分かれるだろう、という多くの感想通りに、詩的ではあるものの、個人的にはイマイチでした。
ブッカー賞の中のブッカー賞…というからには、、、との思い入れもあったので、そこは仕方なし。
他にも秀作は沢山ある。
カズオイシグロを抑えた…とは言えない…と、これもまた個人的には思います。
まあ、「不倫」を美談にしている時点で相容れないものはありますが。。。
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「変わり者の魅力的な女の子」に90年代性を感じる。「90年代」に対する世間一般のイメージはわからないが、この小説はわたしが小娘だったころ流行っていたものごとの感じがある。そして小娘だった時代のものは、自分のせいでおしなべて気恥ずかしい。オンダーチェからしたら「勝手に想起するな」のひとことだろうから、なるべくこの気恥ずかしさを封印して考えてみる。
第一に、美しい小説だと感じる。潮騒のように、規則正しいような正しくないようなリズムに乗って揺れているうちに、4人の気持ちが切れ目なくしかも別々に流れ込んでくる。4人がそれぞれに温かい繋がりを持ちながら、誰とも共有できない思いを抱えている。彼らが住む石造りの建物の日向と日陰の温度を感じる。
読み終わってみれば、戦争の話だった。戦争がなかったら、彼らが出会うことも損なわれることもなかった。だが戦争があったからあの美しさが存在したような気持ちになってしまう。ページをめくり終わっても宙づりにされたまま、読み終わらせてくれない小説だった。 -
再読中 新潮の絶版からまさかの創元で復刊。good job!
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「この本を読むために私は読書を始めたのかも」と本気で思った。
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実に最高。この世界観にふれられたことに感謝する。
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実はよくわからなかった。
原爆はアジアだから落とされた という一文が強く残りました。 -
およそ完璧といってよい小説。この上なく、美しく、心を揺さぶらずにはおれない。この小説の魅力を、人物、筋、表現の3点からまとめてみよう。
まず人物。ハナとイギリス人の患者、とにかくこの2人の登場人物の魅力よ。
ハナ。愛しきハナ。孤独を愛し、知的で、物静かで、でも快活で、一本筋が通って凛とした、そして誰よりも心優しいハナ。誰もいない真っ暗な屋敷で1人けんけんぱをする無邪気な少女のような一面を持ちながら、人の死に対して凛として静謐に対応していく冷静さも併せ持つ、実に魅力的な二十歳の女性。
そしてもう1人はイギリス人の患者と呼ばれる謎めいた男。墜落事故により全身に火傷をおい、顔も真っ黒にただれ、もう容貌はおろか、何人かもわからない。ヘロドトス『歴史』を愛読し、ハナに本の朗読をお願いする男。
次いで筋。イギリス人の患者は何者なのか。ただ、その一点で引っ張る。どうも過去にすごく愛した女の人がいるらしい。どうやら本当はイギリス人じゃなくて、どこかの国のスパイらしい、といったことがどんどん明らかになってくる。この面白さ。小説としては、後述する通り、前衛的手法を駆使してかなり難しいことをやっているが、普通の人が読めば、ただ美しい小説を読んだと思うだけだろう。それはこの周到に謎の配置されたプロットのなせる業だと思う。
3つ目が表現。とにかく、ここだ。これに尽きる。
イギリス人の患者が、どのようにしてキャサリンと恋に落ちたか語るところ。『ボヴァリー夫人』の農事共進会の交互進行の手法を用いて、現代の恋模様とヘロドトス『歴史』のなかの不貞の妃が語られ、しかもその不貞の妃に現代の不貞の妻が二重映しにされる。そう、神話的手法だ。ここの巧さには、本当に舌を巻いた。
そして、何より全編を通して、言葉によって、人物や世界を成り立たせる力が、現代の作家のなかでは間違いなく頭ひとつ飛び抜けている。ハナとイギリス人の患者の住む屋敷の図書館が描写されるとき、その窓が破れ、地面に穴が空いているのとあわせて、そこにぽつねんと置かれた椅子の描写することを作者は忘れない。そのことによって、言葉が描く世界はまさしく現実となり、眼前に戦時の砲撃によって、半ば廃墟と化した屋敷が、その図書館がわれわれ読者の前に現前する。本当に見事な描写力だと思う。
最後の章の得体の知れなさも強く印象に残る。急に物語は前衛化し、曖昧模糊とした世界を描く。ハナの手紙とキップの手紙がクロスオーバーされ、時空が歪み、空間が歪み、運命が歪む。そこにわれわれは確かな時の痕跡と記憶の名残を見る。この章があることで、本書は通俗的でありすぎることから免れている。これまで積み上げてきたプロットをあえて脱臼させている。 -
「教皇選挙」を観て、レイフ・ファインズ熱が再燃。
自分的No.、最も美しく儚い姿だった「イングリッシュ・ペイシェント」を思い出した。
原作は読んでいなかったな、ということで手に取る。
本書の解説にもあるが、映画と小説はかなり別物であった。
なので、映画が好みだからと言ってこちらも気にいるかは別問題。
しかしながら、小説にはこの形式でないとできないだろう展開・発展があり、その揺らぎが文庫版の訳者曰く「読む人を選ぶ本」だそうだが、私には合っていてすぐこの世界感に没入した。
話者がコロコロ変わる、時間が自在に行き来する、ということだったがその変化に反発せずについていけ、こちらも時間も空間も地図上の移動も自由に旅することができた。
なんという想像力だろう、こういう作品にあと何回出会えるだろう、と思う類の読書体験。特別な作品だった。
“飛行機屋”からしたら、そりゃないぜなエッセンスもあるだろうけど、そういうことを突っ込むのは野暮だろう。
もしそこを突っ込んだとして、この本の価値はそこではないし、これをベースにして作られたあの映画も色褪せはしないと思う。
冒頭から最後まで、脳内ではレイフ・ファインズが語り、あの美しい様々なシーンが絵になってあらわれた。
ハナとキップ、砂漠の風景、皆が住む廃墟など、印象的なことをあげたらキリがない。
映像になっていなかった要所も、まるで文字を追っている目と本の間にスクリーンが立ち上がり、映像が浮かぶような心を掴まれる描写ばかりで、行ったことのない砂漠の乾燥した熱風を受けたり、日陰では涼しく暗い洞窟で、水滴の垂れる音だけ聞こえているような静謐を感じたり、あらゆるものが五感に語りかけてくる本だった。
映画のことを言えば、あの時レイフ・ファインズは33,34歳だったらしい。
信じられない程の悩ましい色気!
美しい青い瞳と最高に切ないあの眼差し。たまらないね。
何がどうなったらあのような造形に仕上がるのか...
ヴォルデモートの姿しか知らない人は、ぜひ観てほしい姿だわ -
読んでいる際の雰囲気が池澤夏樹さん著の”夏の朝の成層圏”に似ている気がしました。
両方ともなんとなくモヤモヤしている気持ちへの処方箋として良いのではと思います。
著者プロフィール
マイケル・オンダーチェの作品
