オリエントの星の物語 (白水社世界の文学)

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560044445

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  • メロエ王ガスパール、ニップル王バルタザール、パルミラ王メルキオールは、それぞれ事情を抱えながら奇妙な星に導かれベツレヘムへと旅にでる。エルサレムで合流した三人はヘロデの宴に参加した後、ベツレヘムの馬小屋で誕生したばかりのキリストを見る。同じころ、とあるお菓子の製法を知るため旅をしていたインドの王子タオールは、三王の話を聞いて自分もキリストに会いに行くことにするが……。東方の三王(三博士)をモチーフにした大人の寓話ものがたり。


    聖書には名前すらでてこない三王を、博覧強記のトゥルニエが自由に創作している。ガスパールのメロエは今のスーダンの辺り、バルタザールのニップルはバビロニア、メルキオールのパルミラは今のシリア、そしてタオールもインドから象を連れてやってくるので、クリスマスのエピソードが千夜一夜ナイズドされているような楽しさがある。
    彼らは敬虔な宗教者などではなく、アフリカ人のガスパールは白人奴隷を愛し傷ついた心を癒すために、美術蒐集に取り憑かれたバルタザールは美しい蝶の幻を星に重ね見たがために、年若いメルキオールは陰謀によって国を追われたために旅にでたことになっている。
    文体の使い分けが巧みで、三王の章は三人称だが、ヘロデの命でサンガリという語り手が話すおとぎ話の章は一人称で「ですます」調。ヘロデが自分の一族の陰惨な相続争いと深い不信を語りだす章は一応三人称だがほとんどヘロデの一人語りで、執拗なほど詳細な歴史記述に圧倒される。
    そしてついにベツレヘムの馬小屋に場面が移るのだが、ここでの語り手はラバ。一人称で悪態をたれながら聖家族や村人たちと大天使ガブリエルのやりとりを見つめるラバは、この小説でもっとも読者に近い語り手だと思う。ラバの目を通してヘロデを含む四人の王が相対化される。
    そして最後にタオールが登場する。彼はトゥルニエの完全な創作キャラクターで、ピスタチオ入りのロクムに魅せられ、お気に入りの白象を連れて船に乗ったタオールの旅は絵本のように始まる。だが、宮殿でスポイルされて育ったタオールの少年時代は、旅のあいだに少しずつ終わりへ向かう。聖家族が去った後のベツレヘムでタオールが開いた子どもたちのための盛大なパーティーは、分け与えることの幸せと彼の“砂糖の時代”が終焉を迎える寂しさが同時に押し寄せる素晴らしい場面だが、これがヘロデによる嬰児虐殺と同じ夜なのだ。この先のタオールはヨブの似姿のように全てを失い放浪する。
    印象深いのはソドムの描き方。ソドムの人びとは地下に逃れて生き延びており、タオールは塩坑で皮膚が透けるまで働かされる。ソドムのしたたかさを語る地の文はその土地を悪とみなしていない。
    塩坑の新入りから成長したイエスの噂を聞き、その思想と奇跡にタオールは深く感じ入る。ここでイエスは民に食べ物を与えることにこだわりがある、と指摘して元々お菓子が目的で西方へやってきたタオールと繋げているのが面白い。すっかり老いて塩坑をでたタオールはまっすぐにイエスに会いに行く。これは生誕に立ち会っただけの三王とは全く異なる敬虔な旅だ。結局イエスにあい見えることはできなかったが、最後の晩餐で聖別されたパンとワインの残りを口にして天に召される。究極の甘味を求めた旅は、神の血と肉によって満たされたのだ。
    クリスマスの裏に嬰児虐殺があるということを強く印象付けられる小説ではあるが、王から坑夫になったタオールや馬小屋のラバ、サンガリが語るおとぎ話は夜空に輝く星のようにどこか懐かしい。完全に大人向けでありながら、聖書をおはなしとして楽しく読んでいた子どものころも思いだす作品だった。

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著者プロフィール

現代フランスを代表する作家。1924年パリに生まれる。ゲルマン神話とドイツの哲学・音楽に傾倒する。『魔王』『気象』『黄金のしずく』等著書多数。この作品はドゥルーズが非常に高く評価している。

「2010年 『フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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