ミリンダ王の問い: インドとギリシアの対決 (1) (東洋文庫 7)

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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582800074

作品紹介・あらすじ

第11刷 (第1刷: 昭和39年)

感想・レビュー・書評

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  • 「尊者ナーガセーナよ、・・・」
    「大王よ、・・・」
    この繰り返しと有無を言わせない話の終わり方が、まるで絵本のようで面白かった。

    今、平行してアリストテレスの霊魂論を読んでおり、対比させながら読む進めると、似ているようで全く違っていたりして、さらに面白い。
    ただ、インド哲学をある程度理解してから読んだ方がよかったかなとも思う。

    分かりにくい部分も多々あるが、古びたハードカバー(図書館から借りた本なのにゴメンナサイ)に古めかしい言葉遣い・・・この独特の世界観に浸っているだけでも楽しかった。

  • 中村先生の「原始仏典」が素晴らしかったので、読んでみた本。「原始仏典」にあった、ミリンダ王がナーガセーナに質問しまくる態度は、私が仏教ついて聞きたいことを聞きまくりたい心情と一致する。なので、その対話を全文読んでみたかったのだけど、何せ長かったし、字が小さかったので、最初の5Pで挫折しました...
     ざんねん!

  • 仏教は,ギリシア的論理をとり入れることによって,世界宗教としての普遍性を獲得した。紀元前2世紀のインドで,支配者たるギリシア人王と仏教長老の対話のかたちで語られる聖典。第1巻は,第2編第1章第2まで。中村元の解説を付す。

  • 輪廻の主体が存在しないのに悪から逃れられない理由が納得いかない。

  • 「我は死を喜ばず、
    我は生を喜ばず。
    あたかも雇人が賃金を待つかのごとくに、
    われは時の来たるのを待つ。

    われは死を喜ばず、
    我は生を喜ばず
    正しく意識し心に念じてわれは時の来たるのを待つ」

  • 仏教の僧侶がギリシア人である王の疑問に答える話。

    詩で構成される他の仏典と違い、
    質疑応答の形を取っており、
    形而上学に対して原始仏教が
    どのような立場を取っていたかを
    比較的分かりやすく知ることが出来る。

    仏教と言えば葬式を連想する
    我々にとってもっとも驚くべきことは、
    原始仏教が霊魂の存在を否定する
    立場を取っていたことだろう。

    念仏について触れる記述もあり、
    その後現れる浄土教の起源も
    見て取れ、大変興味深い。

  • 東洋文庫本は解説も有益。
    東西の思想の違いについて知る事が出来る。

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著者プロフィール

新潟大学人文学部准教授
1977年、東京都八王子市生まれ。1999年、東京都立大学人文学部史学科卒業。2009年、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学、博士(史学)。
八王子市総合政策部市史編さん室専門員、獨協大学法学部特任助手を経て現職。
著書・論文に、『東京の制度地層』(公人社、2015年、共著)、『新八王子市史 通史編5近現代(上)』(八王子市、2016年、共著)、『新八王子市史 通史編5近現代(上)』(八王子市、2017年、共著)、「1930・40年代日本の露店商業界紙『関西俠商新聞』・『小商人』・『日本商人』について」(『資料学研究』12号、2015年)、「戦災の記憶の継承と歴史資料――長岡空襲の事例に即して」(『災害・復興と資料』8号、2016年)など。

「2018年 『近現代日本の都市形成と「デモクラシー」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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