総決算のとき

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (313ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622046578

作品紹介・あらすじ

自分らしく死を迎えたい!癌を告知された女性編集者は過去を問い直し、本当の人間関係をもとめる。人生の幕切れを前にした一女性の精神ドラマ。

感想・レビュー・書評

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  • 「本当のことを言うとね、死は私が今まで経験したなかで、いちばん興味深い出来事なのよ」

    フィクション作家というのは往々にして、その卓越した想像力でもって物語を構築するものだとわかっているのに、なぜ、メイの描くこの物語──余命宣告をうけた女の物語に(というよりこの題材を彼女が選び考えることに)えらく感動してしまうのだろう。
    物語を創ることはときに、じぶんのなかにある幾つもの自分との対話なのかもしれない。
    「孤独な作業よ、死んでいくってことは」。
    彼女は、「本当の関係」について考える。
    「本当の関係───それはもしかして、死そのもののことだったのだろうか?そうだとすれば、今彼女の体のなかで起きていることはすべて、もっと大きなものの一部にしかすぎないことになる。満ちてくる潮、ゆっくりと静かだが、避けがたい強引さを含んだ音を立てて寄せてくる波のようなものの一部にしかすぎないのだ。」
    そして母娘の関係のむずかしさ。宇宙の謎みたいにわからない。
    「娘と母親との間に存在するあの緊張は、何なのだろう?」
    ちょうどわたしも適度に距離をおいていた実家へ、ほぼ寝たきりとなってしまった母親に会いに(手伝いに)隔週でいっている。お互いの敵意は消えているようにみえるけれど、依然として壁は、まだ頑なにわたしたちのあいだに存在している。その壁の向こうから飛んでくる棘に刺され、ときにぼろぼろになってしまっている。怒りの盾を、もう持ち合わせていないから。けれどもしかしたら壁をいまだに堅く造っているのは、わたしのほうなのかもしれなかった。彼女(母)とのこれからの向き合いかたに、きちんと向き合わなくてはという心づもりの機会をもらえたようだった。
    「死を生きる」という果てしもないような前向きな最期に、とてもつよい憧憬とともに魂がゆさぶられる。なんと心強い 友 を、わたしは見つけたことだろう。





    「でも私たち、ほんとに人間らしかったのかって──今も人間らしいのかって──思ってしまうわ。あの凄まじい怒り、あの反抗のエネルギーを考えるとね。だから大人になるのにすごく時間がかかった。」

    「かつて胎内に生命を育んだように、今は自分のなかに死を育んでいる。この小さな車が私を乗せているように、私の肉体は死を乗せているのだ。」

    「彼女にとって、権力は愛情の十分に満足のいく代替物たりえたようだった。」

    「でもシビルのあの強力な力や破壊性は、自分の本当の感情を知らないことから来ている、というのがローラの考えだった。」

    「将来どんな人間になるかは、あの時代にもうとり消し不可能なかたちで刻印されてしまったのだ。」

    「女が結婚して子どもを産めば、人生のかなりの部分───たぶん三分の一ぐらい───を犠牲にして子育てや家事に費やさなければならない。ところが男の場合、そんなことはまったくない。だからいくら「自分らしく生きる」ことの大切さが世間で喧伝されても、それは避けがたい葛藤の原因にしかならないのだ。」

    「険しさのない顔とは、生きてこなかった顔のことだ。」

    「「痛みとはとても親しくてやさしい姉みたいなものだ」」

    「そもそも深い人間関係はなんであれ、痛みをはらんでいるものだ。」

    「恋愛とは、そもそも絶対的なものだ。少なくとも恋愛中の人間にとっては、そう思える。」

    「「あなたと私、うまくいかなかった?」
    「何を言ってるのお母さん、いつだって私のことを批判してたくせに。おかげで私は、自分は何をやってもだめだっていう気になったわ!覚えてないの?」」

    「私はもともと複雑な人間じゃないわ。─── 生き延びるために、自分のなかのある部分を閉ざしちゃったんだと思う。」

    「人が何か最終的な見解に到達したと思った瞬間、人生ってやつは予期せぬ気まぐれを起こしてそれを全否定しちゃう。」

  • やっぱりメイ・サートンの小説は面白い。女の一人暮らし、そして病気、孤独を愛すること、女同士の「新しい関係」の表明など、内容は著者本人の内面を色濃く反映しているのだが、日記よりも凝縮されて無駄なく濃いので読みやすく、またそれ以上に読みごたえがある。サートンはいつかの日記でエッセイより小説のほうが嘘が少ない、と書いていたけれど、確かに日記よりもっとむきだしな感じだ。小説の書評にあんなに敏感に反応し、傷ついていたのも今ならわかる気がする。

    死の病に侵されて孤独に死のうとしたがそれもかなわず、やがて女性同士の関係性に安らぎを見いだす女性の小説という特殊な設定ながら、サートンらしく個人の内面を徹底して突き詰めることで普遍性が生まれていると感じた。主人公の家族一人一人の性格や生き方など、あんなに具体的でリアルな重みと膨らみを持っているのでまるで知り合いのように思えてしまう。私の家族とは全然違うけれど、読んでいると何となく自分の家族のことも考える。ローラの一言一言に、うんうんとうなずく。
    「人間関係と名のつくものはすべて謎よ」と言いつつ、心身ともに深く傷つきながらも果敢にその謎に立ち向かっていく主人公ローラの旅。自分にはこんな「総決算」はできないだろう、というあきらめの気持ちと尊敬の念とがないまぜになって静かに過ぎていく。本と現実を行ったり来たり、内面を浮き沈みしながら対話するような、読書の楽しみが詰まっているような本だった。また読むと思う。

  •  運よく、余命が1年ありますと教えてくれた時には、ぜひ読み返してみたい。肺癌で治療を拒否して、自宅で「本当の関係」だけに、心も時間も使おうと決心する。どの国の人であれ、死への態度決定の難しさは変わらないのだ。誠実に立ち向かうも、だんだんと肉体の衰えが、いろんなものを奪ってゆく。その辺の、主人公の心の揺れが、見事に表現されている。過去のわだかまりも解決したいと、焦る気持ちもとてもよくわかる気がする。著者を初めて読んだのですが、その人間性と文章の美しさに惹きつけられました。

  • サートン自身も同年代のときに書いた物語にはきらめく言葉が随所にちりばめられている。

    「死っていうのは誕生と同じように、どこか別の世界へと通りぬけていく、とてつもない冒険じゃないかって」

    「猛烈な勢いで成長しているときは、自分の内面だけを見つめることが許されるし、そうしなくてはならない。でもそのあとは、日々の生活やいろんな人間関係のしがらみが人間の本質的な部分と絡まりあってしまうのよね。絡まりあいながら、でも養分も与えてくれる。人間はひとりでは生きていけないから。でもやがて”しなければいけないこと”ばかりが増えて、本質的なことを邪魔してしまうのよ」

    ガンを告知された60歳の女性、ローラが、日常の雑務から離れ、本当の関係だけを求めながら、死を迎えるまでの生き様が描かれる。

    ただ死がくるのを受動的態度で医療を受けることを否定し、積極的に人生の人間関係の総決算をしようとする。

    威圧的で存在が大きい今は老いた母への複雑な心理、亡き夫への感情、娘や息子たちとの関係の変化、レズビアンの若い作家への愛と励まし、そして一番大切な人、友人エラとの本当の関係について。

    結婚をして子どもを育てあげ、充実した本の仕事にも恵まれたが、一番の幸福はエマと人生を生きることであった。
    最後にエマへ書いた手紙が届きエラがかけつけてくる。

    女同士ですべてを分かち合うこと、女の間に生まれる共感、やさしさ・・。

    エマと本当の関係を再確認すると、ローラの体から力が抜け、死という長い旅につくのだ。

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著者プロフィール

(May Sarton)
1912-1995。ベルギーに生まれる。4歳のとき父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツ州ケンブリッジで成人する。一時劇団を主宰するが、最初の詩集(1937)の出版以降、著述に専念。小説家・詩人・エッセイスト。日記、自伝的エッセイも多い。邦訳書『独り居の日記』(1991)『ミセス・スティーヴンズは人魚の歌を聞く』(1993)『今かくあれども』(1995)『夢見つつ深く植えよ』(1996)『猫の紳士の物語』(1996)『私は不死鳥を見た』(1998)『総決算のとき』(1998)『海辺の家』(1999)『一日一日が旅だから』(2001)『回復まで』(2002)『82歳の日記』(2004)『70歳の日記』(2016)『74歳の日記』(2019、いずれもみすず書房)。
*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

「2023年 『終盤戦 79歳の日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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