殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (504ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622078005

感想・レビュー・書評

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  • 日本に生まれたならば、道を歩いているだけで全財産を奪われたり、家に食べ物がないからと言って飢える心配をする機会はほぼないだろう。
    それは、事故や病死による急死のリスクが0%ではないことを、誰もが理解しつつも気にしていないこととは少し違う。良くも悪くも、社会を信じているということだ。

    食べ物を持っていなければ、あるところから奪うのが動物であり、実際に初期の人間はそうだった。
    しかし、現代においては、殺してでも奪い取ることを良しとせず、それを律し、暴力が日常ではない社会を構築するに至った。
    それは進化と同じく、奪い合う社会が滅び、協力しあう社会だけが生き延びた結果なのかもしれないが、
    「時に殺し合うこともある」ということすら法の範囲として内包することで、人間社会は緩やかに信じ合い、協力を促し、分業を発達させ、加速度的な繁栄を続けている。
    だが同時に、信じるということは知らなくて良いということでもある。

    現代社会が「情報で溢れている」と表現されることがあるが、「知らないこと、知らなくても良いことで溢れている」とも言い換えられる。
    隣人がどんな人か知らなくとも、出会い頭に強盗されることを恐れて武装したりしなくても良い。
    物流の仕組みを理解していなくとも、餓死することを恐れて食料を溜め込まくても良い。
    コンビニ店員が知らない人でも、偽物を売りつけられる心配をしなくても良い。
    そのような信頼が、現代の巨大都市、国家、社会を成立させている。

    新しい社会は新しい問題も山程生んだが、サルの社会と人間の社会のどちらが良いのかなんて、誰にも判断できることではない。人類は目指したところに進んで到達したわけではなく、偶然たどり着いたのみなのだから。
    壮大な社会実験は、いつか全滅するその時まで続くだろう。

  • 経済学という人間経済の因果関係を示す学問を進化生物学的観点から読み解いたエッセー。
    人間は合理的存在である前に、類人猿と同類の進化しつつある生物であり、その抜きん出た社会性は生来の少しの返報性とそこから有効性が増す個人間、家族間、集団間の信頼の醸成を強化する制度、特に財産権、によって近年強化されて来た。

    農業は狩猟採集より貧困を生んだ実証的証拠があるが、それでも同時多発で進化したのは、それが共同作業を生み、個人の幸福度は下げたとしても、社会全体を大きくしその社会の生き残り度合いを高めたと思われる。

    この信用の広がりおよび開放的な制度を進める考えのひとつがリベラリズムであり、この流れは共産主義、全体主義などのセットバックがあっても継続しているが、常に反グローバリズム、ナショナリズム、原理主義とのせめぎ合いは続き、盤石なものとはいえない。

  • 歴史学、生物学、社会学、人類学、心理学など、広範囲の学問知識から見た人類経済史本。

    シャツを作るのにどれくらいの人が協力しあう必要があるのだろう、街を歩いていて他人に襲われないのはなぜなんだろう、といった経済生活にまつわる様々な疑問に信頼と協力がいかにして成り立ってきたかを歴史的推測などから解き明かそうとする内容。
    「日常生活というのは、みんなが想像するよりずっと奇妙なもので、脆い経済基盤の上に成り立っている。これが人類の進化史の教えるゾッとするメッセージだ。」
    と始まる「殺人ザル」の「大いなる実験」による変化が如何に凄いことで、また脆い基板の上に成り立っているかを鮮明に優雅に解説している。

    序文で全体について、各章の前後にはそのまとめがしっかりとなされているのでボリュームの大きさに臆することなく読みこなせていけた。専門用語や業界用語も極力排されている。
    人々はなぜ見知らぬ他人を信用できるのか≒経済活動を行えるのかを人の進化から見た内容で、これ以上に現代社会の成り立ちの根源を説明できるものはないと言っていいくらいに興味深い内容だった。

  • これは良著。
    ヒトは数万〜数十万年は遺伝子レベルではほとんど進化していないにもかかわらず、一万年前頃から急速に発展し、特にここ千年の伸びは驚異的だ。
    この経済-信頼のシステム-が人間のどんな根本的性質に基づいているのか、遺伝子の中にあるわずかな手掛かりだけをもとに試みられたこの"実験"の信頼性はどの程度か、という事を明らかにしていく。
    最初の数章は特に刺激的で興味深い。人類の歴史と現代の社会について、誤解しやすい事柄を整理する内容。
    中盤以降、テーマが細分化される部分はやや抽象的な議論や補足的事項が多く、中だるみ感は否めない。(経済書に中だるみ云々が関係あるのかという話だが、論説としての鋭さに欠ける部分がある。)
    また、かなり広範な学問をまたぐ総括的な議論のため、この形式の本にしては引用される文献の量が異常に多い。それぞれの参考文献の妥当性についてはそれこそ著者を「信頼」する他無いが、一部の文献についてはその評価が注釈に示されており、著者の親切心は感じられる。
    革新的な経済学的発明がある本ではないが、数十年前のイデオロギー的経済分析からここまで客観性を高めたという点で、間違いなくこれまでの経済書よりも一歩進んだ本であると言える。

  • 一言で言って深い。
    非常に読み応えのあるタフな本。
    中盤は少し進化論的な内容の繰り返しに枝葉をつけるような感じの退屈なところもあるが、全体通して意外性のある考察が面白かった。

    私には1度で本書の内容を理解できるような学はないので、機を見ては読み返そうと思う。

  • 人類経済史の傑作。
    鹿島茂評
    菅野稔人2014年の3冊。

  • 見知らぬ同士が出会えば殺し合っていた類人猿が、何百万年に渡る人類史のほんの一万年の間で、なぜ全く見知らぬ相手に対して仕事や貯蓄、そして命でさえ預けられるようになったのかを解き明かしたのが本書である。

    筆者であるポール・シーブライトによると、互いに殺し合う類人類から全く見知らぬ同士を信用するホモ・サピエンス・サピエンスに人類が進化するには、「協力の費用と便益を合理的に計算する能力」と、親切には親切で、裏切りには復讐で報いようとする意志である「強い返報性」であったとする。この合理的計算能力と強い返報性は、どちらもヒトの進化には必要であった。こうした能力が全く見知らぬ人への「信頼」を生み出し、そこから見知らぬヒト同士の「協力」や「分業」へとつながった。信頼は、脳の中に組み込まれた「自然な本能」ではなく進化によって構築されてきたとシーブライトは論じている。

    分業が始まると、ヒトは己の仕事に没頭する「視野狭窄」に陥る。本書の第一部で書かれているシャツの例のように、視野狭窄のお陰で現代人はさまざまな商品を手に入れられる。なぜならば、各人が視野狭窄に陥ることで、シャツが手に入るまでの膨大な生産過程を管理者なしに勝手に作りあげて、その後は「市場」が自動的に需給を調節してしまうからである。現代社会はそのような視野狭窄を必要としているのだ。

    人類が獲得した視野狭窄には、メリットもあればデメリットもある。視野狭窄により分業への没頭から、ユダヤ人虐殺に何の責任も感じていない、ニューベルク裁判で裁かれたナチス高官たちを生み出したりもした。また世界金融危機を引き起こしたのも、ヒトの視野狭窄による「信頼性」の崩壊だとしている。

    また、ヒトは「分業」により「協力」を生みだしたが、協力にもやっかいな問題がある。それは「同類マッチング」と呼ばれるものだ。同類マッチングとは、それぞれの個人の生産性が当人自身の才能や努力だけでなく、一緒に働く人々の才能や努力によって左右されてしまうことだ。同類マッチングによれば、才能がある者は才能がある者と組み、才能のない者は才能のない者と組んでしまう。その結果として、ますます生産性に差がついてしまうという現象である。これも視野狭窄と同じように分業が生み出したマイナス面であると言えよう。

    第二部と第三部では、分業から協力から派生した信頼性について、都市や銀行制度、戦争、水、家族と企業、国家とグローバリゼーションといった様々なトピックが扱われている。最終章のグローバリゼーションを扱った章では、環境破壊により問題は山積みであるが、「グローバリゼーションとそれが齎す問題は目新しいものではなく、少なくともここ一万年ほどの社会的発展の延長でしか無い」として、問題が解決できないわけではないと若干希望を持たせる結論となっている。本書の内容は盛りたくさんであるが、内容が多岐に渡るために散漫な印象はある。正直、読み通すのにかなり苦労した本だ。しかしながら、進化心理学、人類史と経済学との関連性を知るには読んで良かったと思う。今の経済学に飽き足らない、経済学万能にはちょっと違和感があるなあと思う人にはおすすめの本だ。

  • 原題:The Company of Strangers: A Natural History of Economic Life
    著者:Paul Seabright(1958‐)
    訳者:山形浩生、森本正史

     扱うテーマが多い。例を挙げると:経済制度の(人類進化スパンの)歴史、人間の社会性(ここは進化心理学っぽい)や暴力性、現代の国際金融、グローバル化、貧困、国民国家……。

    【書誌情報】
    四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/504頁
    定価 4,104円(本体3,800円)
    ISBN 978-4-622-07800-5 C1033
    2014年1月10日発行
    http://www.msz.co.jp/book/detail/07800.html

    【目次】
    目次 [iii-viii] 
    序文(ダニエル・デネット) [ix-xiii]
    謝辞 [xiv-xviii]

    信頼とパニック――改訂版への序 003
    社会的な信頼と金融危機/大いなる実験/本書の論点/本書は最新の研究成果をどう活用しているか

    第 I 部 視野狭窄 021

    第1章 責任者は誰? 022
    世界のシャツ需要/責任者なしの協力/疑問を抱くべき二つの理由/政府の役割

    第 II 部へのプロローグ 043
    第 II 部 殺人ザルから名誉ある友人へ――なぜ人は協力できるのか?047

    第2章 人と自然のリスク 048
    好機の判断/リスク軽減手段としての作業分担/作業分担と専業化/専業化と新たなリスク

    第3章 私たちの暴力的な過去 070
    人間の殺人傾向

    第4章 人類はどうやって暴力本能を手なずけてきたか? 082
    予測と相互依存/文明化の過程を見直す?/微笑み、笑い、そして信用の証の必要性/信頼と感情

    第5章 社会感情はいかに進化したか? 101
    強い返報性の進化に関する三つの解釈/返報性と復讐

    第6章 お金と人間関係 115
    お金と物々交換/金融信用の網/お金はどのようにして定着したか?/お金、匿名性、不安

    第7章 泥棒たちの信義――貯蔵と盗み 135
    貯蔵、融資、パニック/信用を買う

    第8章 銀行家の信義? 金融危機の原因とは? 147
    信用の破綻/うまく機能しているときの銀行システムはいったい何をしているのか?/1930年代の世界恐慌から得た三つのまちがった教訓/一つめの教訓――ライオンから走って逃げるな/二つめの教訓――プロはパニックを起こさない/三つめの教訓――不安になるな/暴落とその影響/なぜこうなってしまうのか?

    第9章 仕事と戦争におけるプロフェッショナリズムと達成感 171
    兵士と哲学者/物語の探求/プロの規範と視野狭窄

    第 I 部と第 II 部のエピローグ 189

    第 III 部へのプロローグ 195
    第 III 部 予想外の結果――家族の結束から工業都市まで201

    第10章 都市――古代アテナイから現代マンハッタンまで 202
    華やかな大都市/悪臭とゴミ/市民活動と都市環境/都市の統治

    第11章 水――商品、それとも社会制度? 223
    水の多様な意味/希少性と財産権

    第12章 何にでも価格? 242
    調整役としての価格/世論調査としての価格/オークション/何でも売り物か?

    第13章 家族と企業 266
    会社の限界/標準化と監視/家族からの脱却/テクノロジーと企業規模/企業とその環境からくる制約

    第14章 知識と象徴体系 295
    最初の象徴的人工物/世代間の信用/物の保護か、アイデアの保護か/アイデアと現代的制度の形成

    第15章 排除――失業、貧困、病気 318
    失業/好況、不況、分業/貧困と情報の孤島化/同類マッチング/病気と排除/委任された意思決定の避けがたい歪み/排除と集団行動

    第 III 部のエピローグ 344

    第 IV 部へのプロローグ 347
    第 IV 部 集合的行動――交戦国家から国家間の市場へ353

    第16章 国家と帝国 354
    防御と攻撃/力と繁栄/商業路線の三つの欠陥/力の不均衡の危険性/軍人と民間人/武器市場/政府の仕事

    第17章 グローバリゼーションと政治活動 376
    連帯と責任/グローバリゼーションとその遺産/政治と集団への忠誠/リベラリズムとその歴史

    第18章 結論――大いなる実験はどのくらい脆いのか? 394
    目に見えない友人、沈黙の敵/国家の存続/国民国家内における信用の持続/国民国家同士の信用

    訳者解説(二〇一三年一二月 バンコク空港にて 訳者代表 山形浩生) [413-419]
    参考文献 [xxxv-lviii]
    原注 [ix-xxxiv]
    人名索引 [i-vii]

  • 140705 中央図書館
    生物としての類人猿そしてその進化系であるヒトは、本来は血族以外には暴力的であることがデフォルトだ。しかし1万年前、定住生活と分業という構造が「実験として導入」されると、協力と信頼という原理が、種全体が生き延びるにあたってきわめて有効であることが種の記憶として刷り込まれるようになったのであろう。結果として、現代でヒトは電車で隣り合わせたヒトに過剰な恐怖感を覚えたり暴力衝動を感じることは(普通は)ない。

    さて、これは経済学なのか、社会学なのか、文化人類学なのか、それらをつきまぜた教養のようなものとしかいえない。学術的には新味に乏しい一般書ではないかと思うが、われわれが何者なのかを考察する鍵として、知的興味を満足させてくれる点では申し分ない。

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