堕落論 (280円文庫)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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レビュー : 50
  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758435451

感想・レビュー・書評

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  • ひとが戦時中にあったある種の美しさを尻込みしながらつぶやくのに対して、はっきりと確かに美しかったと断言するのがいい。
    さらにその美しさを否定し、ひとがひとであるが故に、どこまでも堕ちきることを肯定するのもいい。
    そしてなによりdaracuronという、いかにも堕落していそうな語感がいい。
    早すぎたポストモダン論のよう。
    気付く者は、敗戦体験の時点ですでにそのステージにキャッチアップしていたのだ。

  • 「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に、人間を救う便利な道はない。」堕ちよ、生きよと説いた坂口安吾の堕落論は、戦後の日本が持つ様々なトラウマを浄化し、伝統や精神論的絶対服従の鎖を断ち切った。続堕落論でも、農村文化を崇高に従う生き方を否定し、貧乏であること、節約することを美徳とする日本の武士道や戦争に突入するときにもっていた天皇絶対の思考を、完全に取っ払おうとしている。みんなそうあるべきだと、根底に流れるのは安心感であり、その安住の地から堕ちる恐怖は、人間が誰しももつもので、日本人だからとか戦後だからとかではない。安心して、勇気を持って堕ちることで、そこから戦後の日本人の重たい鎖を外そうとした。確かに、付き従うこと、盲目的に信じることの方が楽なのかもしれない。こういうものだよね、そういうセリフをいつのまにか吐いていることもあるかもしれない。でも、本当にやりたいこと、もっと俗で、もっと生々しいことの方にリアリティがあって、それやってみたらいいよと言えることの方が健全であるのかもしれない。堕ちるという単語を用いるセンス、戦後日本の精神を支えたエッセイと言える強さ、言葉が持つ力を十二分に感じられる作品だ。

  • 大学生、受験戦争が終わり。勉強も人付き合いも、恋愛もみんな嫌なとき読んだ。

  • 書かれた時期を考えると、なるほどなと思う。率直に戦後の焼け野原からどう立ち直るかリセットを含めた、もういっぺん一からって感じを色濃く感じさせる。ありきではなく率直というのが印象で坂口安吾を気取るのと坂口安吾では大きく違うと思う。その率直な書きぶりは内容というより姿勢や書きっぷりが印象的で阿修羅と真剣でやり取りしたような読後感だった。率直なのでいろんな角度から斬られたような。読んだ後はこころに生傷がたくさんといった感じ。元気じゃない時に読むのはオススメしないかも。インパクトはあったかな。

  • 2017.8.1
    堕落論、続堕落論だけつまみ読み。
    我々は意味や価値を求める。故にそれが何かを見つめ、それを作り出す。道徳や制度。しかしそれを見出すということは同時に基準を作るということで、基準を作るということは同時にそれを満たさないものや自分を悪とするということである。そうして、武士道道徳や天王星によって、現実を見えなくし、嘘をついて、そうして善を求めた。しかしそういう善は、薄っぺらいものである。
    堕落せよ、というのは、こういう人間の弱さを、人間と人間がともに生きることの困難を、ごまかさず、直視せよということである。安易な理想は簡単にへし折れる。へし折れた人間はもうこの世に価値はないというニヒリズムに走るか、もしくは直視しようとせず、信じれば救われるというような臭い宗教者にでもなるのか。私もそうだった。すがっていた。これで正しいんだ、今は間違っていても、これでいいんだと、自らの価値にすがっていた。そういうものは確実に挫折するし、そういうものは人を救わない。目を背けてはいけない。我々は、人間は、そんなに綺麗なものでもないし、そんなに美しいものでもないのだ。
    しかしだからこそ我々は、美しいものを求めるのである。堕落はなんのためか。幸せな生、美しい生のためである。生きよ墜ちよとはニヒリズム宣言ではない。それはニヒリズムを超えるための、いわばデカルトやフッサールがやったような、方法的虚無主義である。堕落することで、現実を、人間の弱さを、あえて徹底的に直視することで、そこから、それを乗り越えるものを見出そうとする。自らを狭い真善美の型にはめてはならない。
    が、しかし。堕落にも色々ある。その堕落の原因はなんだろうかと考えると自らの被害妄想だったりすることもある。どうやら堕ちるにも、良い堕ち方と、そうでないものがあるような気がする。と同時に、私はやはり嘘つきの卑怯者なので、欲しいものを欲しいと言い、嫌なことを嫌というのは、まだできない。しかしこのできないもまた人間の弱さで、人間の堕落の一つであるように思える。道徳を作ることもまた自らへのごまかしという意味では一つの堕落である。どう考えると、堕落とはなんだろうかという話になる。やはり、ただただ自らに問う他はないのではないか。ただ、堕落もまた一つの快楽だと思うので、妄想的な、世界はクソだ、私は生きるに値しない、という、ルサンチマン的な絶望はもうやめにしたいとは思っている。そうではないのだ。堕落は常に現実の関係からやってくる。
    私とは関係であるならば、生きよとは、この世界、他者との関係の中で自らを問え、ということであり、その上で墜ちよとは、その関係の善を成せない自らの悪を問え、ということである。ルサンチマンは現実的関係ではなく妄想的関係から来るものである。どのような関係から、堕落を考えるか、ここに堕ち方の良し悪しがあるように思う。

  • 坂口安吾は思想がインド哲学に近い。実際、東洋大学でインド哲学を勉強していたようであるし。具体的な思想だと、実存主義に近い。アテネ・フランセで仏語も勉強していたこともある。サルトルが流行りだしたのと同時期に活躍していた人であるから、西洋の思想を知る機会も大いにあったのだと想像する。全てを捨てる覚悟というものは、社会の枠組みに対しての問いかけではなく、各個人に重きを置いている思想体系であると思う。しかし、個人がそのレベルに達していれば、地に足の着いた考えができると思うため、この本を読むことは時間の無駄にはならない。

  • 久しぶりに頭を使う読書でした。
    ちょっとその感じが感動だったので周りの人にお勧めしてみようと思う。
    今まで読んでいなかったのを後悔。
    10代、20代と歳を重ねて読みたい本。

    漢字の使い方とかが何となく椎名誠を彷彿させる。

  • まったく。恐ろしいことをさらりと。

  • 当時ではなかなか口に出せないようなことを思いきって痛快に書いたエッセイ。

  • この本を読んで感じたのは、常識だと思っていたことが、実際は常識でも何でもないことは数多くあるということ。
    戦争は早く終わってほしかった、天皇制は歴史上の為政者の都合の良いように利用されることが多かった、など。

    人間が堕ちたとか堕落することが必要とあるが、要は今までの既成の道徳観念を捨て去り、ありのままの人間を見つめ直すことが肝要ということか?と思いました。

    確かに人間は弱く、自分の都合ばかり考えがちな生き物なんだろうと思います。

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