堕落論 (280円文庫)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758435451

感想・レビュー・書評

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  • 初読。これは……戦後すぐにこれを書けるのは文学者としてというよりも哲学者として凄すぎるな。第二次世界大戦に身を投じた日本人の国民意識を解体し、それまであった倫理観を徹底的に否定、なぜ人は戦争に魅入られてしまうのか、人という存在の矮小さ、自分自身の矮小さ、道徳というものが曖昧なものでしかないこと、そして”なぜ人は堕ちるのか”、それらを宣誓文のような筆致で解き明かしていく。ここに書かれていることは現代の日本においてはむしろまっとうな精神と思えるものばかりだけど、戦後すぐにこれを発表しちゃうあたり並大抵の根性じゃないなと思う。なによりも言葉ひとつひとつの重みが違うので、例え自分の思想に反することが書かれていたとしても、内臓の方にまで届く迫力がある。それこそがこの『堕落論』の凄さであり、小説家であるところの坂口安吾の真骨頂なのだろう。自分自身がいかに弱く脆いかをよくよく知っているからこそ、「人間」それ自体の脆弱さをここまで綴れるんだろうなと感じる。人間を見つめる目線の冷徹さが尋常じゃないんだもの。言葉によって人は物事を規定し、誰かに影響を与え、社会の見方を変えることが出来る、そのことをゴリゴリに力強い筆致で見せていくエッセー文学。圧巻。

  • 天皇制に対する舌鋒鋭い文章に驚く。

    P26
    藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何がゆえに彼ら自身が最高の主権を握らなかったか。それは彼らが主権を握るよりも、天皇制が都合がよかったからで、彼らは自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分がまずまっさきにその号令に服従してみせることによって号令がさらりよく行きわたることを心得ていた。(中略)
    自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。

    P28
    耐え難きを耐え忍び難きを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!
    我ら国民は戦争をやめたくてしかたがなかったのではないか。竹槍をしごいて戦車に立ちむかい土人形のごとくにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかったのではないか。戦争の終わることを最も大切に欲していた。そのくせ、それが言えないのだ。そして大義名分といい、また、天皇の命令という。忍びがたきを忍ぶという。何というカラクリだろう。


  • ひとが戦時中にあったある種の美しさを尻込みしながらつぶやくのに対して、はっきりと確かに美しかったと断言するのがいい。
    さらにその美しさを否定し、ひとがひとであるが故に、どこまでも堕ちきることを肯定するのもいい。
    そしてなによりdaracuronという、いかにも堕落していそうな語感がいい。
    早すぎたポストモダン論のよう。
    気付く者は、敗戦体験の時点ですでにそのステージにキャッチアップしていたのだ。

  • 著者も言っているように「堕落」しろとは言っているけどそれはレトリックで、真の意味で生きようとすれば俗世間からは「堕落」ととらえなければならない。と言うように、この一点をいろいろとレトリックを駆使して主張しているけれど、俗な言い方をすれば非常識人たれと言っているんだなあ。

  • 今更ながら読んでみた。
    結果、学生の頃、読みたかったなぁと思う。

    人間らしいとはどういう事なのか。
    について、ヒントを得ることが出来たうえ、
    自分の世の中や青春への認識を肯定された気がした。

    「理性に勝つ」とは、
    人間性への回帰に必要なテーマと考えているのだが、坂口安吾はそれについて天皇や法律や敗戦の歴史をリファレンスとして、綴っている。

    自分が好きな物語は、「喪失と再生」について描いている作品なのだが、
    「堕落」すなわち堕ちるところまで堕ち、自分と出会う事、それこそが再生への道であるという物語解釈へのヒントにもなった。

    青春論や恋愛論もおもしろく、
    何にせよ理性や道徳を裏切り、欲に忠実に現在を生きることこそが、人間らしいという事なのである。

    と、思いました。

  • 制度や道徳等の社会システムによって、堕落を食い止めている一方で人間の本性は堕落にあり、正しく堕ちることにより自分自身を発見し、救われなければならない。
    「欲しがりません、勝つまでは」に代表される戦時中の忍ぶことへの美意識や武士道は人間の本性の対極にあり、打ち崩すべき価値観だと、戦後の日本に訴えているものだが、今の社会においても通用しうる考え方である。

    守るべき伝統と慣習がごっちゃになっている場面は少なくない。文化やそれに付随する価値観は守るべきものではなく、常に更新されるべきものだと改めて思った。

  • 「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に、人間を救う便利な道はない。」堕ちよ、生きよと説いた坂口安吾の堕落論は、戦後の日本が持つ様々なトラウマを浄化し、伝統や精神論的絶対服従の鎖を断ち切った。続堕落論でも、農村文化を崇高に従う生き方を否定し、貧乏であること、節約することを美徳とする日本の武士道や戦争に突入するときにもっていた天皇絶対の思考を、完全に取っ払おうとしている。みんなそうあるべきだと、根底に流れるのは安心感であり、その安住の地から堕ちる恐怖は、人間が誰しももつもので、日本人だからとか戦後だからとかではない。安心して、勇気を持って堕ちることで、そこから戦後の日本人の重たい鎖を外そうとした。確かに、付き従うこと、盲目的に信じることの方が楽なのかもしれない。こういうものだよね、そういうセリフをいつのまにか吐いていることもあるかもしれない。でも、本当にやりたいこと、もっと俗で、もっと生々しいことの方にリアリティがあって、それやってみたらいいよと言えることの方が健全であるのかもしれない。堕ちるという単語を用いるセンス、戦後日本の精神を支えたエッセイと言える強さ、言葉が持つ力を十二分に感じられる作品だ。

  • この本を読んで感じたのは、常識だと思っていたことが、実際は常識でも何でもないことは数多くあるということ。
    戦争は早く終わってほしかった、天皇制は歴史上の為政者の都合の良いように利用されることが多かった、など。

    人間が堕ちたとか堕落することが必要とあるが、要は今までの既成の道徳観念を捨て去り、ありのままの人間を見つめ直すことが肝要ということか?と思いました。

    確かに人間は弱く、自分の都合ばかり考えがちな生き物なんだろうと思います。

  • 様々なトピックについて、著者の考えをつらつらと述べた本

    著者は、形式よりも実利だったり、実用だったりの「実」を重んじる人であったのだと思います。終戦一年後に書かれたとは思えない、攻めた内容で、「いや、捻くれすぎでしょ」だったり、「確かに、そういう考えもあるか」だったり、色々なツッコミや意見を心に浮かべながら、変わった人とお話しているつもりで読むのがおすすめです。

    「人間は堕落するもの」という考えは、頭に置いときたいと思います。

  • 崇拝対象を奉ることで自らの力を誇示する人もいる。
    失敗したから堕落するのではなく、人間はもともと堕落するように生まれたのである。もはや生まれたこと自体が堕落なのでは?だから堕落することを認めることができず、常に高みを目指す人がいる。綺麗なままで死にたいとか。
    でも、人間である以上堕落はするものって考えるとちょっと楽になったな。

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著者プロフィール

(さかぐち・あんご)1906~1955
新潟県生まれ。東洋大学印度倫理学科卒。1931年、同人誌「言葉」に発表した「風博士」が牧野信一に絶賛され注目を集める。太平洋戦争中は執筆量が減るが、1946年に戦後の世相をシニカルに分析した評論「堕落論」と創作「白痴」を発表、“無頼派作家”として一躍時代の寵児となる。純文学だけでなく『不連続殺人事件』や『明治開化安吾捕物帖』などのミステリーも執筆。信長を近代合理主義者とする嚆矢となった『信長』、伝奇小説としても秀逸な「桜の森の満開の下」、「夜長姫と耳男」など時代・歴史小説の名作も少なくない。

「2022年 『小説集 徳川家康』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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