- Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
- / ISBN・EAN: 9784758435475
感想・レビュー・書評
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四篇の短編集。
女性の語りが二篇、男性の語りが二篇で、そのうち三編はダメ男のお話。語りのリズムが実に良いです。
解説は又吉直樹さん。自分とこの作品の男たちの内向的さを同化して感じているということ。
『ヴィヨンの妻』
あわただしく、玄関をあける音が聞こえて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔した夫の、深夜の帰宅に決まっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。(p8)
女性の一人語りによるダメ夫とその場その場なりに精一杯生きようとする内縁の妻の日々。妻の健気なこと。
「人非人でもいいじゃないの。私達は、生きてさえすればいいのよ」(P48)
『秋風記』
私はどんな小説を書いたらいいのだろう。
死にたいという気持ちに付き纏われている作家の”私”が、2つ年上のKという女性と湯河原に旅行に出て厭世的な会話を交わす。
最後にKが事故で怪我をして、”私”はKを、ああ、美しくて不仕合せな人だな、と思う話。
『皮膚と心』
自分を不美人だと思っている語り手が、何よりも恐れる発疹と吹き出物に罹ってしまい、我が身を嘆くという一人語り。
話の内容は「私は顔がおたふくなんだから皮膚には気をつけていたのに、吹き出物なんて絶対いや〜〜!! 。(><)。」ということなのですが、この語り口がなんとも可愛らしい。
「私どもの結婚いたしましたのは、ついことしの3月でございます。結婚、という言葉さえ、私には、ずいぶんキザで、浮ついて、とても平気で口に出しかねるほど、私どもの場合は、弱く貧しく、てれくさいものでございました。だいいち、私は、もう二十八でございますもの。こんな、おたふくゆえ、縁遠くて、それに二十四、五までには、私にだって…」(P75)
自分に自信のない夫婦はそれぞれ自己否定しているのですが、それでも滲み出る初々しさ可愛らしさ。
この頃の人って言葉がきれいで品がありますよね。
『桜桃』
子供より親が大事、と思いたい。
今度の語り手はダメ男、ダメ亭主。ふとした夫婦の会話で「俺は脇の下に汗をかく。お前はどこだ?」「私はね、この、お乳とお乳のあいだに、…涙の谷…」というやりとりで自分のダメさが分かってしまった。
家では陽気を取り繕っている。小説だってそうだ。哀しいときや辛いときに帰って軽く楽しい物語をかく。そのおかげで太宰とかいう作家が私を軽薄で安易だとか言っている。
話をうまくまとめようと思って妻に言った言葉でますます自分の内面を暴かれてしまった気分だ。3人の子供は妻に任せっきりだし家に帰らないこともしょっちゅうだ。
はっきり言おう、くどくどと、あちこち持ってまわった書き方をしたが、実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである。
家を飛び出して馴染みの女のやる店へ行く。桜桃(さくらんぼ)が出された。うちの子供たちは桜桃なんて食べたことないから持って帰ったら喜ぶだろう。しかし帰らない、持って帰らない。ただ出された桜桃をまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
私的な話なんですが、私の母は6/19生まれで名前を「治子(はるこ)さん」といいます。桜桃忌だと言うことで祖母が太宰治の治から名付けたということらしい。そして私はやっと「桜桃」を読みました(笑)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
短編集です。
秋風紀の「私」が倒れている描写が美しくて、ぞくぞくしました。
皮膚と心は題名から、グロテスクで気持ちの悪い作品なのかな?と思ったら、ほっこり可愛らしい新婚さんの物語で、とても好きでした。 -
『桜桃』の、「子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親の方が弱いのだ。」
ここの一言に全てがつまってるような気がしました。
「と思いたい。」と、自分を納得させるような、正当化するような…本当はわかっている。「子供の方が親より大事」であるべきだということを。
彼の、「親」としての責任と、「自己」としての主張が見事に集約されてるなと思いました。 -
又吉直樹さんのエッセイが読みたくて購入
280円て、安い
語注や略年譜もありすごくありがたい
同じ内容でも読みやすい。
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「皮膚と心」大好き。救われた記憶。
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文章の美しいクズ、太宰治。好きです。
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放蕩夫とそれを支える妻の生活を描いた『ヴィヨンの妻』。悩める小説家と「K」の対話が展開される『秋風記』。ある婦人が、突如として己の体に出現した出来物について思い悩む『皮膚と心』。そして表題作『桜桃』の四編からなる短編集。
どれも特に大きな事件が起こるわけではありません。むしろ、淡々と人々の生活を描いた作品集と言えるでしょう。それでも読まされてしまうのは、作者の人間観察の確かさと、その記述の巧みさにあるのではないでしょうか。
これらの作品に出てくるメインの登場人物は、皆、なにかに悩んでいます。それは生活を脅かすようなものから、いかにも小さな問題であったりするのですが、そのいずれもが非常なリアリティをもって描かれており、思わずわが身を振り返ってしまうのです。
特に感心したのが、ある日自分の体に現れた出来物について思い悩む婦人の心情を描いた『皮膚と心』。皮膚のできものから始まり、自分自身の女としての人生へと至る、その記述には圧倒されるものがあります。
巻末のエッセイはピースの又吉さんが書いていらっしゃるのですが、そちらもセンスの良い文章で大変良かったです。