童謡詩人金子みすゞの生涯

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  • JULA出版局
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  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784882840855

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  • ●本書について
     本州の西の端、鯨捕りや鰮漁の盛んであった小さな漁村仙崎。おおらかでやさしいこの漁村で幼少の感受性を磨き、成人後、大都会下関の静かな書店の店番をしながら類稀なる詩作を生み出した金子みすゞ。大正後期には西條八十に認められ一流の童謡詩人の地位も得たみすゞであったが、その若すぎる死のあと、昭和後期に至るまで約五十年にわたり長く世の中から忘れ去られていた。
     本書は、昭和四十年代、一冊の岩波文庫に一篇だけ載せられていた金子みすゞの「大漁」という詩に衝撃を受けた一大学生が、約二十年にわたる執念の調査で掘り起こした彼女の作品と書簡等の資料と数多くの聴き取り調査によって得られた証言をもとに構成された、金子みすゞの生い立ちから晩年までの全生涯を詳らかにした一代記である。

    ●本書の構成
     本書は4つの章に分けられており、
    第一章「少女・テル」は、小学校卒業までの幼少時代について。
    第二章「女学校時代」は、高等女学校卒業までの女学生時代について。
    第三章「みすゞ誕生」は、「金子みすゞ」としての童謡詩人時代について。
    第四章「さみしい王女」は、幸せならざる結婚と早すぎる死について。
    となっている。この後、後日譚としての「エピローグ」と年表が添えられている。

    ●所感
    ◎一次資料としてゆるぎない書物
     本書は、現在においても、金子みすゞについて徹底的に調べ上げたほぼ唯一のものと思われる。また、当時聞き取り調査に応じた肉親、縁者の多くは既に亡くなられており、本書の一次資料としての希少性はゆるぎないものであると考えられる。生まれ故郷の仙崎の風景、そこでで過ごした小学校・女学校の出来事と遺稿集の作品とを符合させる作業は綿密な調査の賜物であると思われ、著者の矢崎氏の仕事の緻密さとそれを支える情熱には感服した。

    ◎実の弟上山雅輔氏の存在感
     本書の文字資料(全集のもととなる遺稿集や、みすゞに宛てた上山氏の書簡等)の主たる提供者であり、また、みすゞに対して深い愛情を持っていた実弟上山雅輔氏の、「裸になったうえに、もう一枚皮を脱ぐ所まで、すべて話しました」(P346)という証言は本書成立の大きな軸となっており、作品(琅玕集・南京玉含む)以外の自筆資料や書簡等が殆ど無いにもかかわらず本書で記すことのできたみすゞの生き生きとした言葉は、上山氏に大きく依拠している事は言うまでもない。上山氏は、みすゞの実弟ではあるが、物心つかないうちから他所に養子に出され、長い間みすゞの事は従姉だと思っていたという事情があり、優しく知的なみすゞに淡い恋心を抱いていた気持ちを矢崎氏に明かしている(p138)。上山氏がみすゞについて書き綴った日誌や、彼がみすゞにあてた書簡は残っており、その情熱的でやや読むのが恥ずかしくなるほどのロマンティックな文章は、まさしく恋する青年のそれであり、彼目線におけるみすゞのひととなりを知る上で大変重要なものとして、本書内で原文のまま、非常に多く取り上げられている。

    ◎みすゞの命をちぢめたのは誰か?
     本書がみすゞを惜しむ人間によって書かれたものである以上、彼女が何故こんなにも早く、しかも自死というかたちで結末を向かえてしまったのか、という口惜しさにも似た感情を持つことは当然であろう。「もしあの時あの人がこんな判断をしなければみすゞは仕合せになっていたのでは?」というような表現が本書にはいくつか見受けられる。もちろん、著者自身その事は自覚しており、心迷いながらも反省しつつ取材を行っていたようだ。
     印象的だったのは、実弟である上山氏自身がみすゞの結婚の破綻した原因の一端が自分にあると考えていたようで、「みすゞのいのちを短くした何人かの…(中略)…僕もその共犯者だという思いは、今でもあるのです」(p235)と、回想している事であった。

    ◎みすゞが埋もれていたのは何故か?
     残念ながら本書において謎のままであったのは、遺稿集三冊の複本は実弟上山雅輔氏が所持していたのに対し、西條八十に送られたとされる遺稿集正本三冊の行方が本書では最後まで明らかにされなかった事である。西條は何故これほどのみすゞの作品を世に出さぬまま済ませてしまったのか?という疑問も残されている。この件についてはまだ調査、研究の余地が残されていると思うが、正本が仮にまだ存在するのであれば、それが遺失しないうちに速やかに発見されなければならない。
     そして、本稿で述べることは少々憚られるが、見過ごせない点がある。それは、本書の著者である矢崎氏がみすゞを甦らせるまでの半世紀の間、なぜ「みすゞは埋もれたまま」だったのだろうか?西條八十の事は横に置いたとしても、である。しかし、この件について深く言及するのは本書の範囲を超えるものであろう、という了解、あるいは認識を、私は持っている。この件に関してはもう少し下の世代の研究に任せるほかないだろうと思われる。

    ◎協力者への感謝に満ちた労作
     本書はひとえにみすゞの詩に魅せられた著者の情熱を、彼女の肉親縁者が理解し、惜しみなく協力をしたことによって成立した労作であると思われる。著者の矢崎氏もその協力に最大限報いる思いで本書を完成させたはずだ。多くの協力者は既に亡くなられているが、著者は彼らへの敬意をずっと持ち続けていくだろう。本書が若干みすゞを賛美する度合いが強い事や、実弟上山雅輔氏のロマンチシズムが前面に出ている事などもむべなるかな、と思うのだ。これは私の勝手な解釈ではあるのだが、私はそう理解し、その前提で面白くこの本を読んだ。この本はこれで完成していると思うし、別の側面、あるいはもっと客観的な解釈を求める研究は、いづれまた他の場で行われればいいと思う。

    ◎最後に
     金子みすゞを扱った著作は色々あるが、今の所、私の知る限り、本書を参考文献にしていない著作は見当たらない。網羅的で読み易く、みすゞへの愛に満ち溢れた本書は、金子みすゞに興味を持たれた方は、作品そのものは勿論全集を読んでみて欲しいが、その他の文献は、まわり道などせず本書をまず読まれることをお薦めする。

    ●参考文献
    矢崎節夫:『童謡詩人金子みすゞの生涯』:JULA出版局:1993
    金子みすゞ・矢崎節夫・与田準一:『新装版 金子みすゞ全集』:JULA出版局:1984

  • 金子テルさん。

    みすゞさんと出逢ったのは
    約20年前。
    今でも大好きな女性です。

    今では殆どの方々がご存知なみすゞさんですが、明治生まれでお勉強も良く出来て、いつまでも透き通った心、生死一如の眼を持ち、短い時間で数多くの優しい詩が作られ、今でも小さな子から、私たちと沢山の心に残っているのではないでしょうか。

    そんなみすゞさんを“若き童謡詩人の中の巨星”とまで言われた方ですが、とても悲しくて切ない生涯を送られています。

    大学時代にみすゞさんの“大漁”を読んで衝撃を受け、もっと読みたい!との熱い気持ちから16年もの探索の末、みすゞさんの遺稿を発見し、512編の童謡詩を再び世に送りだした矢崎節夫さんによる本です。

    この本からは、矢崎先生の熱意、正輔さん(実弟)への愛と思いやり。

    そして
    ふさえさん(お嬢様)への深い愛情。

    人として、女性としてみすゞさんの
    芯の強さや不器用ながらも頑なさ。

    初めて読んだ際には年上のみすゞさんに憧れ、みすゞさんの最期の年齢を超えた今でも生きる価値観はいつも同じ。

    ただただ共感。

    悲しい最期は切なくて涙が出ます。

    これからも沢山の方々が、みすゞさんに共感し、作品に感動し、勇気を貰う人がますます、広く伝わっていく事を望みます。

    この本を読み返すたびに初心に戻る事ができる私の愛蔵書です。

  • 生前のみすゞを知っていた親戚、友人、知人などを丹念に取材し、貴重な証言により書かれています。
    今までほとんど世に知られていなかったみすゞを、現代に甦らせた著者による、貴重な一次資料です。

  • 『日本童謡集』にあった金子みすずの「大漁」の詩に大きな衝撃を受け、それ以後20年近くみすずの詩を追い求めてきた詩人矢崎節夫さんが、みすずの弟に巡り会い、弟が大事にもっていた3冊の詩集等を『金子みすず全集』として世に知らせたあと、さらにみすずの周辺の人々への聞き書きを経て書き上げたみすずの伝記である。そこで大きな役割を果たしたのは、弟である上山正祐氏の日記抄である。ぼくたちは本書によって、みすずがどのような家庭で育ち、どのような教育を受けて育ち、結婚後子どもをもうけたにもかかわらず、なぜ自死という道を選ばなくてはならなかったのかということを知ることができる。弟は生まれてすぐ叔母の家に養子としてもらわれていったから、みすずとはいとこ同士だと思っていて、すばらしい詩を雑誌に投稿する姉にあこがれ恋心ももっていたと思ったが、本書を読めばそうであることがわかる。
    一方、みすずに性病をうつし、みすずが生き甲斐としていた娘のふさえまでも奪おうとした元夫の宮崎氏は、みすずファンには憎くてたまらない男であろうが、矢崎さんはその母との関係、かれの生育歴を描き、一概に非難しはしない。お互いあまりに育ちが違いすぎたのである。離婚というのはどちらかが一方的に悪いわけでないのだから。

  • 著者の矢野さんが学生時代にみすゞの「大漁」に衝撃をうけ、金子みすゞ探しをして16年、彼女の弟正祐さんに会えた。そのあとみすゞの生涯を親せき、友人からの言葉をもとに語ったもの。

  • 金子みすゞ様の産まれより・・・あえて哀しみはここに表わしません。

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著者プロフィール

昭和22(1947)年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学在学中より童謡・童話の世界を志し、童謡詩人佐藤義美、まど・みちおに師事。昭和57年、童謡集『ほしとそらのしたで』で、第12回赤い鳥文学賞を受賞。自身の創作活動の傍ら、学生時代い出会った一編の詩に衝撃を受け、その作者である童謡詩人金子みすゞの作品を探し続ける。16年ののち、ついに埋もれていた遺稿を見つけ『金子みすゞ全集』(JULA出版局)として世に出し、以後その作品集の編集・出版に携わっている。

「2020年 『金子みすゞ童謡集 このみちをゆこうよ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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