ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース(柴田元幸翻訳叢書) (Switch library)

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  • スイッチパブリッシング
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  • Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784884184421

作品紹介・あらすじ

小説を愛する読者たちに選ばれ続けてきた名作短篇たち。スウィフト、ディケンズ、コンラッド、サキ、ジョイス…イギリスとアイルランド小説の「ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト」。

感想・レビュー・書評

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  • 翻訳者の柴田さんが選定したブリティッシュ&アイリッシュ作家の短編集。とてもユニークでレベルの高い作品ばかりだ。こういうアンソロジーは長編のように集中して一気呵成に読む必要はないし、寝る前に一つ二つ、どの作品から読んでもかまわないわけで、作品間の繋がりもさほど気にしなくていい、そんな抜群の気楽さがうれしい♪

    +++
    *ジョナサン・スイフト『アイルランド貧民の子が両親や国の重荷となるのを防ぎ、公共の益となるためのささやかな提案』
    *メアリー・シェリー『死すべき不死の者』
    *チャールズ・ディケンズ『信号手』
    *オスカー・ワイルド『しあわせな王子』
    *W・W・ジェイコブズ『猿の手』
    *ウォルター・デ・ラ・メア『謎』
    *ジョゼフ・コンラッド『秘密の共有者』
    *サキ『運命の猟犬』
    *ジェームズ・ジョイス『アラビー』『エヴリン』
    *ジョージ・オーウェル『像を撃つ』
    *ディラン・トマス『ウェールズの子供のクリスマス』

    このアンソロジーは『アメリカン・マスターピース』の姉妹編。アメリカの作家たちのアンソロジーも楽しくてお薦めだが、なんといっても今回の私の獲物、もとい、読みたいお話は、ジョゼフ・コンラッド♪

    いや~コンラッドは『闇の奥』でも感激した。彼の「中編」は中身がしまって、流れも文体も集中して濃い。濃厚なチョコレートをむしゃむしゃ食べているような幸せな気分になる。かたやコンラッドの長編『ロード・ジム』は、前半まではすごくよかった……あぁ~中編にとどめてくれれば……と無体なことを独りつぶやいた。でも当時の人気連載だったようで、うまく終われなかったのかもしれない? でも本作『秘密の共有者』は中編。緊張感みなぎるいい作品だと思う。
    ポーではないけれど、ざっとこんな感じではじまる。

    ***
    わずか2週間前にその船の航海を命じられた若き船長は、航行のさなか海の風を待つため錨をおろした。船員をねぎらい、自ら当直を申しでる。ひとり真夜中の甲板を見まわるうちに、縄梯子が海に投げ出されたまま放置されていることに呆然とする。梯子の垂れたその先に目をやると、漆黒の海に青白い首のない死体が!?

    そのほかの作品も一筋縄ではいかないハイレベルなもので、くわえて訳者の解説もユニークだ。なかでも夏目漱石の書評を引いたスイフトのそれは素頓狂な真面目さで笑いをさそう。そもそもスイフトも可笑しいが、夏目漱石という人もひどくまじめで可笑しな人で――そうでなければ『吾輩は猫である』のような小説はまずもって生まれない――読んでいるうちに笑いがとまらなくなる。 

    こういう上手いアンソロジーをたよりに、今まで触れたことのない作家や作品を開拓していくのもいいかも。ということで明日から楽しい宝探しをはじめることにしよう(2020.8.11)。

  • 『アメリカン・マスターピース古典篇』と比べて明らかに暗い。
    ただその暗さはつまらなさとはまったく別。
    一つ目のスウィフトからダークさ全開。
    『しあわせの王子』が唯一の光みたいな感じ。
    でもどれも印象深い。

  • いつも新作ばかりを読んでいるけど、文学のルーツは過去から綿々と受け継がれているもの。その本質は勿論、文学の世界に限らず、ありとあらゆる分野に及ぶ。だから、ふとした時に過去の名作に触れることは、古いだけではない新しきものを感じ求めることに受け継がれていく。
    ディケンズ、ワイルド、コンラッド、サキにオーウェル、ジョイス…この時代に比べ、今の時代、知りたい情報を安価かつ膨大に集めやすくなった。にもかかわらず、人々の不安や恐れは減るどころか、世界の裏側の出来事に瞬時に心痛める事もある。安心な世の中などこの世にはない。でも、不安は確かに存在するのである。

  • 柴田元幸訳の「しあわせな王子」とか読まないわけにいかないじゃん!
    柴田訳はツバメが軽薄だけど小粋で、活き活きとしている分また切なかった。
    他にもディケンズ、シェリー夫人、スウィフト、ジェームズ・ジョイスその他、とても豪華な作品集。
    特に気に入ったのはオーウェルの「象を撃つ」。
    初オーウェルだったのだけど、とても面白くて他の作品も読みたくなった。
    あと「猿の手」怖すぎる…読んだの後悔するくらい怖かった…でも面白いんだよねええ!やっぱり読んで良かったです。
    あとがきの、
    「米文学は荒野をめざし英文学は家庭の団欒に向かう。
    米文学は(中略)おのれの生に限界があることに苛立ち、英文学は人生の限界を諦念とともに受け容れる傾向にある。」
    という柴田氏の比較も非常に興味深かった。

  • さすが傑作集。さすが柴田元幸訳。冒頭の短篇を読めばすぐ分かる。これはただの短篇集ではないぞ、と。怪奇的な作品『信号手』『猿の手』『謎』では読者を存分に縮み上がらせ、自己犠牲や友情がテーマの『しあわせな王子』では優しい気持ちにさせてくれる。作品の並びが年代順、あとがきにその順番で訳者の解説付き、というのも嬉しい。久しぶりに大学時代に使っていたイギリス文学史の教科書をひっぱり出し、各々の著者説明を読んだら他の作品も気になった。

    ジョナサン・スウィフト『ささやかな提案』
    メアリ・シェリー『死すべき不死の者』
    チャールズ・ディケンズ『信号手』
    オスカー・ワイルド『しあわせな王子』
    W・W・ジェイコブズ『猿の手』
    ウォルター・デ・ラ・メア『謎』
    ジョセフ・コンラッド『秘密の共有者』
    サキ『運命の猟犬』
    ジェームス・ジョイス『アラビー』『エヴリン』
    ジョージ・オーウェル『象を撃つ』
    ディラン・トマス『ウェールズの子供のクリスマス』

    p30
    記憶すべきその夜の残りの時間、私の魂を楽園でもって包んだ栄光と至福の眠りを、言葉で言い表そうとはしまい。あの享楽、あるいは目覚めたときに私の胸を捉えた歓喜に較べれば、言葉などその浅く弱々しい符号にすぎない。

    I will not attempt to describe the sleep of glory and bliss which bathed my soul in paradise during the remaining hours of that memorable night. Words would be faint and shallow typed of my enjoyment, or of the gladness that possessed my bosom when I wake.
    -The Mortal Immortal, Mary Shelly

    p254
    一般に-と、乱暴な一般論を展開すると-米文学は遠心的であり英文学は求心的である。キャッチコピー的に言うと米文学は荒野をめざし英文学は家庭の団欒へ向かう。ディケンズの『ディヴィット・コパフィールド』のように、暖炉が暖かく燃えている前で主人公が自分の生涯をしみじみとふり返り、かたわらでは妻が編み物をしている...といったような終わり方は米文学ではなかなかお目にかからない。だからこそ『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のホールデン・コールフィールド少年は、自分のアメリカ的物語を語る上で「ディヴィット・カッパフィールド的なしょうもないあれこれ」(村上春樹訳)なんか語らないぞ、と宣言することからはじめねばならなかった。 
    別の点から見れば、米文学は-まあこれは短篇よりも早大な長篇からの方が見えやすいと思うが-己の生に限界があることに苛立ち、英文学は人生の限界を諦念とともに受け容れる傾向にある。カズオ・イシグロのような作家がアメリカから
    出てくることはやや考えにくい。
    もちろん、英文学といっても、アイルランド、スコットランドの文学を考えるなら、イングランドの圧政に対する反逆、出口の見えない閉塞感、といった別の要素も入ってくる。

    p255
    ジョナサン・スウィフト(一六六七-一七四五)
    イングランド系移民の子としてアイルランドに生まれたスウィフトは、イングランドとアイルランドを往き来する生活を送ったが、やがてアイルランドに落ち着き、諷刺作家・論客として活躍した。この「ささやかな提案」は一七二九年、諷刺文学の傑作『ガリバー旅行記』初版刊行の三年後に発表された。アイルランドの人口問題を解決するには子供を食べればいい、という文字どおり人を食った文章であり、イングランドに対する憤怒に突き動かされていることはもちろんだが、それにしても、全文を貫く皮肉はすさまじい。

    p256
    メアリ・シェリー(一七九七-一八五一)
    イングランドの文学は奔放にして過剰なことを身上とする文学ではないと思うが、そのなかで女性作家が書くものには時として奔放にして過剰なものが現れる。メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』(一八一八)、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』(一八四七)、ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』(一九二八)などがそれにあたる。特にメアリ・シェリーが、十九世紀前半すでに、奔放なSF的想像力と、生死やアイデンティティといった根元的問題をめぐる思索とを両立させたのはすごいと思う。「死すべき不死の者」は、現代短編小説の技巧の水準からするとやや粗野で、構成も緊密さを欠くと思うが、近代という、科学が神に交代した時代における重要問題をいち早く小説で取り上げた、いわば「言い出しっぺ」の強さがあると思う。

    p257
    チャールズ・ディケンズ(一八一二-一八七〇)
    「信号手」はまぎれもない傑作である。怪奇小説としての構造の複雑さ、崖の上と下という構図の象徴性、語り手の役割の微妙さ、そこに階級の問題などもさりげなく盛り込まれて、実に読みごたえある一作となっている。

    p258
    オスカー・ワイルド(一八五四-一九〇〇)
    ワイルドにおける「しあわせな王子」の位置は、太宰治における「走れメロス」の位置に似ている。どちらも決してストレートに教訓的、道徳的ではない作家が書いた、教科書に載せても大丈夫そうな、友情や自己犠牲の物語。

    p259
    ウォルター・デ・ラ・メア(一八七三-一九五六)
    デ・ラ・メアの小説の怪奇幻想というのは、行間から恐怖感・幻想性がじんわり浮かび上がってくる微妙なものであることが多く、長篇The Return(邦題『死者の誘い』)などでは男の顔が何世紀も前の死者の顔になってしまったのはわかるのだがその顔が元に戻ったのかどうか、一読しただけではよくわからない。まあそれだけ、じっくり読むに値するよい作家だということなのだが。
    そのなかでこの「謎」は、例外的に(少なくとも展開は)わかりやすい作品である。この家のどこで遊んでもいいけれど、あの樫の箱にだけは近寄ってはいけないよ...と言われたらそりゃ子供は近づきますよね。が、そうした「読めてしまう」展開にもかかわらず、何度読んで惹きつけられる一作である。

    p260
    サキ(一八七〇-一九一六)
    ビルマ生まれ、本名H・H・マンロー。新聞を初出の場とする短めの短篇を多く残した。アメリカの短篇作家O・ヘンリー(一八六二-一九一〇)と並べて論じられることも多いが、O・ヘンリーが情緒的・感傷的であるのに対し、サキはシニカルで皮肉に満ちている。O・ヘンリーは名もない市井の人びとに共感し、サキは名のある(というか称号のある)貴族を嗤う。もっともそれは、階級的な憤りとか義侠心とかいうものに貫かれた罵倒的笑いではなく、世界が意味を成す場であることをあらかじめあきらめているような達観から生じる笑いであり、ある意味でさわやかだとさえ言っていい。

  • イギリス&アイルランドの傑作短編を集めた作品。
    ジョナサン・スウィフトの「アイルランド貧民の子が両親や国の重荷となるを防ぎ、公共の益となるためのささやかな提案」は実にブラックユーモアが効いていて、現状に対するすさまじいまで怒りを感じる。

  • 文学

  • 信号手とか猿の手とか怖かったw
    個人的にはコンラッドの秘密の共有者なんかが一番面白かったw

  • ジョゼフ・コンラッド、「秘密の共有者――沿岸の一エピソード」
    最高

  •  古典中の古典。名作の中の名作……というわけではないが、楽しめた。スウィフトの、子どもを食料に使う合理性と言い回しのおおざっぱさが良い。【そこで、ここにおいて提示申し上げる案を、読者諸兄にご検討いただければと思う。まず、すでに計算した十二万の子どものなかで、二万は繁殖に供すべく残す。うち男は五分の一とする(これでも羊、肉牛、豚よりは多い数である)。野蛮な者たちは結婚という制度をさして重んじておらず、これらの子供が結婚の所産であることは稀であり、したがって男一人いれば女四人に仕えるに十分であろう。そして残った十万人を、一歳になった時点で、国中の、地位も資産もある方々に向けて売りに出すのである。その際、母親にはつねに、最後の一か月はたっぷり乳を与え、上等の食卓に乗せるべくぽっちゃち太らせておくように促す。子供一体あれば、知人を招いての会食なら料理が二品できる】。この「料理が二品できる」とか適当な統計の感じがとても良い。
     それからメアリーシェリーは、本当に現代によみがえってほしい女性作家だ。不老不死の薬を発明する話……なのに、なぜか不老不死の薬の中に媚薬が入っていて、好きな人をゲットする男の話になるのである。やがてその好きな人は年老いて……それから、男が老人のふりをするのではなく、年老いたほうが女子高生みたいな真似をする醜悪な描写は秀逸だと思う。こう、不老不死に媚薬いれてくるってのがメアリーシェリーのすごいところだ。
     オスカーワイルドのしあわせな王子は絵本とかで読んだような気がするが、実際小説で読むと、もう、「ゲイも神の祝福で天国に行ける話」としか思えない。同性愛認証宗教小説……だろうか。なんだか奇妙な感じがする。泣ける話ではない。
     ジェイコブズの「猿の手」も有名な一編。でも短くしたものしか読んでいなくて、きちんとした長さのものを読むのははじめてだった。人を呪わば穴二つか。恐怖の描写が素晴らしいが、母親のほうは息子をおびえるんじゃなくて、ゾンビでも会いに行こうとしていて、必死に鍵をあけようとして、寸でのところで父親が「お願いを解除するお願い」をするという展開だったのか。
     メアの「謎」は、箱の中に次々消えていく、これまた滅茶苦茶面白いホラーで、これっておばあちゃんの記憶から消えていくことの暗示なのか、それともガチで消えていっているのか、その曖昧さが怖い。
     サキの「運命の猟犬」も、お坊ちゃんと勘違いされて村で過ごしていると、どうやら前のお坊ちゃんは村中から憎まれていて、最後は村人にぶっ殺されるという話。理不尽仕方ないのだが、それでも妙な怖さとリアリティがある。
     オーウェルの「象を撃つ」は、「よかった象が人を殺していてくれて」というオチの皮肉さが素晴らしかった。

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著者プロフィール

1954年生まれ。東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベックなどアメリカ現代作家を中心に翻訳多数。著書に『アメリカン・ナルシス』、訳書にジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』、エリック・マコーマック『雲』など。講談社エッセイ賞、サントリー学芸賞、日本翻訳文化賞、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌『MONKEY』日本語版責任編集、英語版編集。

「2023年 『ブルーノの問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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