ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース(柴田元幸翻訳叢書) (Switch library)
- スイッチパブリッシング (2015年7月7日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
- / ISBN・EAN: 9784884184421
作品紹介・あらすじ
小説を愛する読者たちに選ばれ続けてきた名作短篇たち。スウィフト、ディケンズ、コンラッド、サキ、ジョイス…イギリスとアイルランド小説の「ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト」。
感想・レビュー・書評
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翻訳者の柴田さんが選定したブリティッシュ&アイリッシュ作家の短編集。とてもユニークでレベルの高い作品ばかりだ。こういうアンソロジーは長編のように集中して一気呵成に読む必要はないし、寝る前に一つ二つ、どの作品から読んでもかまわないわけで、作品間の繋がりもさほど気にしなくていい、そんな抜群の気楽さがうれしい♪
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*ジョナサン・スイフト『アイルランド貧民の子が両親や国の重荷となるのを防ぎ、公共の益となるためのささやかな提案』
*メアリー・シェリー『死すべき不死の者』
*チャールズ・ディケンズ『信号手』
*オスカー・ワイルド『しあわせな王子』
*W・W・ジェイコブズ『猿の手』
*ウォルター・デ・ラ・メア『謎』
*ジョゼフ・コンラッド『秘密の共有者』
*サキ『運命の猟犬』
*ジェームズ・ジョイス『アラビー』『エヴリン』
*ジョージ・オーウェル『像を撃つ』
*ディラン・トマス『ウェールズの子供のクリスマス』
このアンソロジーは『アメリカン・マスターピース』の姉妹編。アメリカの作家たちのアンソロジーも楽しくてお薦めだが、なんといっても今回の私の獲物、もとい、読みたいお話は、ジョゼフ・コンラッド♪
いや~コンラッドは『闇の奥』でも感激した。彼の「中編」は中身がしまって、流れも文体も集中して濃い。濃厚なチョコレートをむしゃむしゃ食べているような幸せな気分になる。かたやコンラッドの長編『ロード・ジム』は、前半まではすごくよかった……あぁ~中編にとどめてくれれば……と無体なことを独りつぶやいた。でも当時の人気連載だったようで、うまく終われなかったのかもしれない? でも本作『秘密の共有者』は中編。緊張感みなぎるいい作品だと思う。
ポーではないけれど、ざっとこんな感じではじまる。
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わずか2週間前にその船の航海を命じられた若き船長は、航行のさなか海の風を待つため錨をおろした。船員をねぎらい、自ら当直を申しでる。ひとり真夜中の甲板を見まわるうちに、縄梯子が海に投げ出されたまま放置されていることに呆然とする。梯子の垂れたその先に目をやると、漆黒の海に青白い首のない死体が!?
そのほかの作品も一筋縄ではいかないハイレベルなもので、くわえて訳者の解説もユニークだ。なかでも夏目漱石の書評を引いたスイフトのそれは素頓狂な真面目さで笑いをさそう。そもそもスイフトも可笑しいが、夏目漱石という人もひどくまじめで可笑しな人で――そうでなければ『吾輩は猫である』のような小説はまずもって生まれない――読んでいるうちに笑いがとまらなくなる。
こういう上手いアンソロジーをたよりに、今まで触れたことのない作家や作品を開拓していくのもいいかも。ということで明日から楽しい宝探しをはじめることにしよう(2020.8.11)。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『アメリカン・マスターピース古典篇』と比べて明らかに暗い。
ただその暗さはつまらなさとはまったく別。
一つ目のスウィフトからダークさ全開。
『しあわせの王子』が唯一の光みたいな感じ。
でもどれも印象深い。 -
いつも新作ばかりを読んでいるけど、文学のルーツは過去から綿々と受け継がれているもの。その本質は勿論、文学の世界に限らず、ありとあらゆる分野に及ぶ。だから、ふとした時に過去の名作に触れることは、古いだけではない新しきものを感じ求めることに受け継がれていく。
ディケンズ、ワイルド、コンラッド、サキにオーウェル、ジョイス…この時代に比べ、今の時代、知りたい情報を安価かつ膨大に集めやすくなった。にもかかわらず、人々の不安や恐れは減るどころか、世界の裏側の出来事に瞬時に心痛める事もある。安心な世の中などこの世にはない。でも、不安は確かに存在するのである。 -
柴田元幸訳の「しあわせな王子」とか読まないわけにいかないじゃん!
柴田訳はツバメが軽薄だけど小粋で、活き活きとしている分また切なかった。
他にもディケンズ、シェリー夫人、スウィフト、ジェームズ・ジョイスその他、とても豪華な作品集。
特に気に入ったのはオーウェルの「象を撃つ」。
初オーウェルだったのだけど、とても面白くて他の作品も読みたくなった。
あと「猿の手」怖すぎる…読んだの後悔するくらい怖かった…でも面白いんだよねええ!やっぱり読んで良かったです。
あとがきの、
「米文学は荒野をめざし英文学は家庭の団欒に向かう。
米文学は(中略)おのれの生に限界があることに苛立ち、英文学は人生の限界を諦念とともに受け容れる傾向にある。」
という柴田氏の比較も非常に興味深かった。 -
文学
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信号手とか猿の手とか怖かったw
個人的にはコンラッドの秘密の共有者なんかが一番面白かったw -
ジョゼフ・コンラッド、「秘密の共有者――沿岸の一エピソード」
最高 -
古典中の古典。名作の中の名作……というわけではないが、楽しめた。スウィフトの、子どもを食料に使う合理性と言い回しのおおざっぱさが良い。【そこで、ここにおいて提示申し上げる案を、読者諸兄にご検討いただければと思う。まず、すでに計算した十二万の子どものなかで、二万は繁殖に供すべく残す。うち男は五分の一とする(これでも羊、肉牛、豚よりは多い数である)。野蛮な者たちは結婚という制度をさして重んじておらず、これらの子供が結婚の所産であることは稀であり、したがって男一人いれば女四人に仕えるに十分であろう。そして残った十万人を、一歳になった時点で、国中の、地位も資産もある方々に向けて売りに出すのである。その際、母親にはつねに、最後の一か月はたっぷり乳を与え、上等の食卓に乗せるべくぽっちゃち太らせておくように促す。子供一体あれば、知人を招いての会食なら料理が二品できる】。この「料理が二品できる」とか適当な統計の感じがとても良い。
それからメアリーシェリーは、本当に現代によみがえってほしい女性作家だ。不老不死の薬を発明する話……なのに、なぜか不老不死の薬の中に媚薬が入っていて、好きな人をゲットする男の話になるのである。やがてその好きな人は年老いて……それから、男が老人のふりをするのではなく、年老いたほうが女子高生みたいな真似をする醜悪な描写は秀逸だと思う。こう、不老不死に媚薬いれてくるってのがメアリーシェリーのすごいところだ。
オスカーワイルドのしあわせな王子は絵本とかで読んだような気がするが、実際小説で読むと、もう、「ゲイも神の祝福で天国に行ける話」としか思えない。同性愛認証宗教小説……だろうか。なんだか奇妙な感じがする。泣ける話ではない。
ジェイコブズの「猿の手」も有名な一編。でも短くしたものしか読んでいなくて、きちんとした長さのものを読むのははじめてだった。人を呪わば穴二つか。恐怖の描写が素晴らしいが、母親のほうは息子をおびえるんじゃなくて、ゾンビでも会いに行こうとしていて、必死に鍵をあけようとして、寸でのところで父親が「お願いを解除するお願い」をするという展開だったのか。
メアの「謎」は、箱の中に次々消えていく、これまた滅茶苦茶面白いホラーで、これっておばあちゃんの記憶から消えていくことの暗示なのか、それともガチで消えていっているのか、その曖昧さが怖い。
サキの「運命の猟犬」も、お坊ちゃんと勘違いされて村で過ごしていると、どうやら前のお坊ちゃんは村中から憎まれていて、最後は村人にぶっ殺されるという話。理不尽仕方ないのだが、それでも妙な怖さとリアリティがある。
オーウェルの「象を撃つ」は、「よかった象が人を殺していてくれて」というオチの皮肉さが素晴らしかった。